中編
聖なる日、それはヴァレンタイン。恥ずかしがり屋の女子が照れ屋の男子にチョコレートを贈る日である。
いつの間にか広まったこの儀式は、日本の祝日などでは、断固ないのである。なのに何故だろう同じ月にある建国記念日のことは忘れられていても、14日のヴァレンタインがこれほどまでに有名なのは。
理不尽ではあるが、所詮誰もが皆楽しいイベントのほうが好きなのである。
だが、しかし誰もがというわけにはもちろんいかない。
「レイナ、私やっぱり気が重い」
「ええっ、どうしてっ。セリだって昨日はあんなにノリノリでつくっていたじゃない」
「あれは、ダメ。没になっちゃった。昨夜、レイナが帰った後にナナに悪戯されてね」
作り直したけど、ものすごいチャッチイ代物になってしまったのだよと言いながら、可愛らしくラッピングしてあった袋の中身を見せた。
「あらら。で、でも可愛いくトッピングもしてあるし、美味しそうだよ。このカップケーキ」
そうなのである。昨夜あれから気を取り直して、作ってはみたのだが材料が足りず急遽カップケーキに変更せざるをえなかったのである。
ママの助言で可愛らしくトッピングして見栄え的にはマシになったけど、最初のガトーショコラの出来の良さに比べるとグレートダウンしている感は否めない。
いや、はっきりいって落ちている。どうしようもなく落ちていた。私自身の精神的な部分も落ち込んでいる。
「レイナ、やっぱり帰っ」それ以上一言でも言わせまいという気迫のレイナにしっかりと後ろから抱きつかれるようにされ、手で口を覆われた。
「セリ、冷静になって聞いてね?」
昨夜、お兄様達にはすでにあげたのね。で、恭太郎兄様にはセリと一緒に作ってきたことはバレていたし、セリが恭太郎兄様のために手作りのケーキを作ったのはすでに知られているわけなのよ。
で、例のごとく表面上は、いつもどおりなんだけど内心ものすごく喜んでいるのは確かなの。それなのにセリがここでケーキを渡さないとかいう選択はないわ。
我が家の平穏のためにも何としても渡してもらわないと。
「うっ……別の意味でも重い……」
「それに、ここでケーキもなしってことになると、恭太郎兄様がどんな暴走をはじめるか」
さりげなく、脅し入っていませんか。レイナさん?
まあ、そんなことを言い合っているうちに、早くも堂島邸についてしまった。
ベテラン運転手さんのなめらかな運転技術は今日も冴えていたわ。
そんなこんなで、今私は、堂島邸の家族専用の居間にいる。
レイナママの趣味らしい、優しいクリーム色とミントグリーンでまとめられたインテリアは落ち着く。
ただ、そんな素敵なインテリアも今日の私を落ち着かせてはくれなかった。
どこからか、救世主が現れてくれまいか。聖なる日ヴァレンタインなのだからと願った私は間違ってはいない。
だがしかし、悪魔の邪なる想いは聖なるヴァレンタインよりも力が強いらしい。
私は、間違った選択をしてしまう。
「セリちゃん、恭太郎ね今夜、仕事が忙しくて家に帰ってこれないみたいなの。でねセリちゃん」
「そうなんですか。それは残念です。で、ではこのケーキを置いていきますのでっ」
「研究室の方に来てくれって。さっきから迎の車が待っているの」
逃げようとしていた私の腕をむんずと捕まえて容赦なく、歩かせてくださるのはいつもは笑顔も優しい、堂山家のメイドさん。
身長も体重も変わらなそうなのに凄い力あるんですね。
何だか泣けてきそうだ。堂山家のお抱え運転手さんがすでに運転席で待機してあった黒の高級車に乗せられて、連れて行かれてしまいました。
恭太郎のいる研究室は、本社の場所とは少し離れていて都心からは遠い。でも高級車の乗り心地はすこぶる快適でいっそこのままずっとドライブをしていたいくらい。
いえ、決して恭太郎と会うのを避けているわけじゃあないわ。うん、そうよ。私そんなヘタレじゃないし……。やっぱり少しだけ泣いてもいいかな。
少々の恐怖心を抱えながらも、窓の外の景色を見て楽しんでいた私は甘かったかな。
研究室とはいっても敷地面積は広い。セキュリティもしっかりしている。研究室なので、秘密を守るためだろうけど。
今私が連れてこられた部屋も防犯対策がしっかりしているらしい。
ここまで案内をしてくれた研究所員の受け売りだけれども。そういえば、あの人は何であんなに焦っていたんだろう。まるで一刻も早く私を連れて行かないと誰かにひどい目にあわせられるといった風だったが。気のせいかなあ。




