中共九大 林彪副主席の政治報告 (一九六九年四月一日報告、四月十四日採択)
林彪中国共産党副主席が中国共産党第九回全国代表大会で行なった中央委員会の政治報告(四月一日報告、四月十四日採択)の全文。『北京周報』一九六九年第一七号日本語訳による。
同志のみなさん!
中国共産党第九回全国代表大会は、わが党の歴史において深遠な影響をもつ代表大会となるであろう。
われわれの今回の代表大会は、毛主席がみずからおこし指導しているプロレタリア文化大革命が偉大な勝利をおさめたときにひらかれたものである。この偉大な革命のあらしは、裏切り者、敵のまわし者、労働者階級の奸賊劉少奇をかしらとするブルジョア階級司令部をたたきつぶし、劉少奇を総代表とする党内のひとにぎりの裏切り者、特務、あくまでも悔い改めない資本主義の道をあゆむ実権派をあばきだし、かれらの資本主義復活の陰謀のうちくだき、わが国のプロレタリア階級独裁を大いに強化して、政治、思想、組織の面から今回の代表大会のために十分な条件をととのえた。
⑴ プロレタリア文化大革命の準備について
わが国のプロレタリア文化大革命は、大規模な、真のプロレタリア階級の革命である。
毛主席は、この大革命の必要について、「こんどのプロレタリア文化大革命は、プロレタリア階級独裁のうちかため、資本主義の復活を防ぎ、社会主義を建設するうえで、まったく必要なものであり、きわめて時宜のかなったものである」と簡潔なことばで説明したことがある。毛主席のこの科学的論断を十分に認識するためには、われわれは、プロレタリア階級独裁のもとでひきつづき革命をおこなうことについての毛主席の学説を深く理解すべきである。
党の第八回全国代表大会がおわってまもなく、一九五七年に、毛主席は『人民内部の矛盾を正しく処理する問題について』という偉大な著作を発表し、『中国共産党第七期中央委員会第二回総会での報告』につづいて、全国的に、プロレタリア階級独裁の条件のもとでの矛盾、階級、階級闘争を提起し、社会主義社会に敵味方の矛盾と人民内部の矛盾という性質の異なる二種類の矛盾が存在するという学説を提起し、プロレタリア階級独裁のもとでひきつづき革命をおこなうという偉大な理論を提起した。この偉大な著作は、さんぜんたる光をはなつ灯台のように、わが国の社会主義革命と社会主義建設の針路を照らし、またこんどのプロレタリア文化大革命のために理論的基礎をきずいた。
毛主席の偉大な歴史的貢献をいっそう深く認識するためには、国際共産主義運動の歴史的経験をひととおりふりかえってみる必要がある。
一八五二年、マルクスは、「わたしよりもずっとまえに、ブルジョア歴史学者たちはこの階級闘争の歴史的発展をのべていたし、ブルジョア経済学者たちは各階級にたいして経済的解剖をおこなっていた。わたしが新しくやったことは、つぎの点を証明したことである。(一)各階級の存在は、生産の特定の歴史的発展段階だけにむすびついたものであるということ、(二)階級闘争は、必然的にプロレタリア階級独裁へみちびくということ、(三)この独裁そのものは、いっさいの階級の廃絶と無階級社会とにいたる過渡をなすにすぎないということ、これである」のべた。マルクスのプロレタリア階級独裁の学説によって、科学的社会主義は、空想的社会主義や種々さまざまなエセ「社会主義」と一線を画することになった。マルクス、エンゲルスはこれらのために生涯奮闘した。
マルクスとエンゲルスを死後、第二インターの諸党は、レーニンの指導するボリシェビキ党をのぞいて、ほとんどすべてがマルクス主義を裏切った。レーニンは第二インターの修正主義との闘争のなかで、マルクス主義をつけつぎ、守り、発展させた。闘争の焦点は、ほかでもなく、プロレタリア階級独裁の問題であった。レーニンは古株の修正主義者をきびしく糾弾したとき、「階級闘争を承認するにすぎないものは、まだマルクス主義者ではない」、「階級闘争を承認するだけども、マルクス主義者ではない」とくりかえし指摘した。
レーニンは、ロシアのプロレタリア階級を指導して偉大な十月社会主義革命の勝利をたたかい、最初の社会主義国家を樹立した。レーニンは、プロレタリア階級独裁を指導した偉大な革命的実践にもとづいて、資本主義復活の危険性と階級闘争の長期性を見抜き、「資本主義から共産主義への移行は、歴史的時代である。この時代が終わらないあいだは、搾取者には必然的に復活の望みがのこされていて、この望みは復活の行動に転化する」とのべている。
レーニンは、「ブルジョア階級的反抗は、かれらが打倒される(たとえ国内であれ)ことによって十倍にも狂暴になる。かれらの強大さは、国際資本の力、かれらのものさまざまなお国際的連係の強固さにあるばかりでなく、習慣の力、小規模生産の力にもある。なぜなら、小規模生産は残念ながら、いまなお、この世におびただしくのこっていて、この小規模生産が資本主義とブルジョア階級を、たえず、毎日、毎時、自然発生的に、大規模に生み出しているからである」と指摘している。「すべてこういう理由からして、プロレタリア階級の独裁は必要である」というのがレーニンの結論である。
レーニンはまた、「新しいブルジョア階級が」「われわれのソビエトの職員のなかから生まれつつある、と指摘した。
レーニンは、復活の危険性は資本主義の包囲からもきていると指摘し、帝国主義は「かれらのいわゆる軍事干渉、つまりソビエト権力絞殺のためには、どんな機会をもがすまいとしている」とのべた。
連ソ修正主義裏切り者集団は、レーニンのこれらの輝かしい教えに徹底的にそむいた。フルシチョフからブレジネフにいたる手合はみな、はやくからソ連共産党の内部にひそんでいた資本主義の道をあゆむ実権派である。かれらは政権の座につくやいなや、ブルジョア階級の「復活の望み」を「復活の行動」に変え、レーニン、スターリンの党をのっとり、世界最初のプロレタリア階級独裁の国家を、暗黒な、ファシズムの、ブルジョア階級独裁の国家に「平和的に転化」させた。
毛主席は、連ソ修正主義裏切り者集団を中心とする現代修正主義とまっこうから対決する闘争をおこなって、プロレタリア革命とプロレタリア階級独裁についてのマルクス・レーニン主義の理論を受けつぎ、守り、発展させた。毛主席は、プロレタリア階級独裁の正反両面の歴史的経験を全面的に総括し、資本主義の復活を防ぐために、プロレタリア階級独裁のもとでひきつづき革命をおこなう理論を提起した。
毛主席は、はやくも中国革命が新民主主義革命から社会主義革命に転換する前夜、つまり一九四九年三月、党の第七期中央委員会第二回総会での報告のなかで、プロレタリア階級が全国の国家権力を奪取したあと、国内の主要な矛盾は「労働者階級とブルジョア階級との矛盾」であり、闘争の中心は依然として国家権力の問題であることを明確に指摘した。毛主席は、「銃をもった敵が消滅されてからも、銃をもたない敵は依然として存在する。かれらはかならずわれわれに死にもののたたかいをいどんでくる。われわれはけっしてこれをみくびってはならない。現在、このように問題を提起し、問題を認識するなら、われわれはきわめて大きなあやまりをおかすことに なる」と、とくにわれわれの注意を喚起している。毛主席は、プロレタリア階級独裁樹立後のプロレタリア階級とブルジョア階級のあいだの階級闘争の長期性と複雑性を予見して、政治、思想、経済、文化、外交の領域で、帝国主義、国民党、ブルジョア階級にたいして闘争をすすめするという戦闘任務を全党に提起した。
わが党は、第七期中央委員会第二回総会の決議にもとづき、毛主席のさだめた過渡期における党の総路線にもとづいて、はりつめた戦闘をすすめた。そして、一九五六年には、農業、手工業、資本主義商工業にたいする生産手段所有制の面の社会主義改造を基本的にはなしとげた。これは、社会主義革命がひきつづき前進できるかどうかの決的瞬間であった。毛主席は、国際共産主義運動における修正主義の狂暴ぶりとわが国の階級闘争の新しい動向にかんがみ、『人民内部の矛盾を正しく処理する問題について』という偉大な著作のなかで、「わが国では、社会主義改造が所有制の面では基本的にはなしとげたが」、「くがつえされた地主階級の残存分子はまだ存在しており、ブルジョア階級もまだ存在しており、小ブルジョア階級はやっと改造されたばかりである」と全党に注意をうながしている。一九五六年においた劉少奇がもちだした「わが国で社会主義と資本主義との、どちらが勝つかどちらが勝つかという問題は、現在すでに解決された」などというでたらたな論調にまっこうから対決して、毛主席は「社会主義と資本主義のあいだの、どちらが勝ち、どちらが負けるかという問題は、まだほんとうには解決されていない」、「プロレタリア階級とブルジョア階級とのあいだの階級闘争、各政治勢力のあいだの階級闘争、プロレタリア階級とブルジョア階級のあいだのイデオロギー面での階級闘争は、なお長期にわたる、曲折したたかいいであり、ときにはひじょうに激しいものでさえある」ととくに指摘した。これは、生産手段制の社会主義的改造が基本的にはなしとげられたのちにも、階級と階級闘争がなお存在し、プロレタリア階級はなおひきつづき革命をおこなわなければならないということを、国際共産主義運動の理論と実践の中ではじめて明確に提起したのである。
毛主席をはじめとするプロレタリア階級司令部は、広範な大衆をひきい、毛主席のさし示したこの方向にそって、ひきつづき偉大な闘争をすすめた。一九五七年ブルジョア右派反対した闘争から一九五九年廬山会議で彭徳懐反党集団をあばき出した闘争にいたるまで、また党の社会主義建設の総路線についての大弁論から社会主義教育運動における二つの路線の闘争にいたるまで、闘争の中心は、ほかならず、社会主義の道をあゆむか資本主義の道をあゆむかという問題であり、プロレタリア階級独裁を堅持するかブルジョア階級独裁を復活させるかという問題であった。
毛主席のプロレタリア革命路線がおさめたどの勝利も、党がブルジョア階級に反対しておこした重要な人戦役の勝利もみな、劉少奇に代表される右の、もしくは「左」だが実際は右の修正主義路線を粉砕して、はじめてかちとられたものである。
すでに調査によって判明したように、劉少奇は、はやくも第一次国内革命戦争の時期から、裏切って敵に投降し、敵のまわし者、労働者階級の奸賊になりさがっており、かれはおびただしい犯罪行為をかさねた、帝国主義、現代修正主義、国民党反動派の手先であり、資本主義の道をあゆむ実権派の総代表であった。かれは、中国で資本主義を復活させて、中国を帝国主義、修正主義の植民地に変えようとたくむ政治路線をもっていた。かれらはさらに、その反革命の政治路線に奉仕する組織路線をもっていた。長年らい、劉少奇は、敵に投降したものや変節者をかかえこみ、一群の裏切り者、特務、資本主義の道をあゆむ実権派をかきあつめてきた。かれらは、自分たちの反革命の経歴をひたかくしにかくし、互いにかいばい、ぐるになって悪事をはたらき、党と国家の重要なポストをかすめとり、中央から地方にいたるまでの多くの単位の指導権をにぎり、地下のブルジョア階級司令部をつくって、毛主席をはじめとするプロレタリア階級司令部にたてついていたのである。かれらは、帝国主義、現代修正主義、国民党反動派と結託して、アメリカ帝国主義、ソ連修正主義、各国反動派がはたしない破壊的役割をたしたのである。
一九三九年、毛主席の指導する抗日民族解放戦争がすさまじい勢いで発展しているまさにそのとき、劉少奇はかれの黒い「修養」をもちだした。この本の急所はプロレタリア階級独裁にそむくことにあった。「修養」は、日本帝国主義の打倒については何ひとつ語らず、武力で国家権力を奪取するというマルクス・レーニン主義の根本原理については何ひとつ語らず、逆に、共産党員が偉大な革命の実践から離れて観念論的な「修養」なるものをするようにむけ、実際には、共産党員が「修養」をすることによって、帝国主義、国民党反動派の反革命独裁に膝を屈して投降する奴隷になりさがかるようにむけたである。
抗日戦争の勝利後、アメリカ帝国主義が蒋介石的反革命軍隊を武装し、解放区にたいして大挙攻撃をかける準備をしているそのとき、劉少奇はアメリカ・蒋介石反動派の必要にこたえて、「中国は平和と民主の新しい段階にはいった」などという投降主義路線をもぢだし、毛主席のうちだした「思いきって大衆を立ちあがらせ、人民の力を強大にし、わが党の指導のもとに、侵略者のうちやぶり、新しい中国をきずきあげる」という路線と、アメリカ、蒋介石反動派の進攻にたいしては「まこうから対決し、一寸の土地もかならず争う」という方針をとることに反対し、「中国革命のおもな闘争形態はいま、武装闘争から、非武装の大衆的議会闘争に転換した」などと鼓吹し、人民の軍隊にたいする党の指導を解消し、人民解放軍の前身である八路軍、新四軍を蒋介石の「国軍」に「統一」させようとし、さらに、九軍の指導する労働者・農民の子弟兵を大量に復員させようとし、こうして根本から人民の軍隊を解体して、中国革命を葬りさり、中国人民が血を流して奪いかえした勝利の果実を国民党にううやしくささげようとたくんだのである。
一九四九年四月、中国人民解放軍が長江渡河を準備し、中国の新民主主義革命が全国的勝利をかちとる前夜、劉少奇はこともあろうに天津にかけるて、いきなり資本家のふところにくびをつっこんだ。かれは、閉会したばかりの党の第七期中央委員会第二回総会が決議した、私的資本主義工業にたいする利用、制限、改造の方針に狂気のように対抗し、「こんにちの中国の資本主義はまだ青年時代にあり、無制限に『大いに発展させる』べきであり、『こんにち資本主義による搾取は、罪悪でないばかりか、功績がある』といって大いに吹きまくり、恥知らずにも、『搾取が多ければ多いほど、功績も大きい』などといってブルジョア階級をもちあげ、修正主義の唯生産力論をかんに吹聴し、中国を資本主義の道へひきいれようとたくんだのである。
要するに、新民主主義革命と社会主義革命の多くの重大な歴史的瞬間に、劉少奇一味はいつも、毛主席のプロレタリア革命路線に狂気のように反対し、反革命の陰謀破壊活動をおこなったのである。しかし、かれらが反革命である以上、かれらの陰謀は暴露せざるをえない。フルシチョフが登場して以後、とりわけソ連修正主義がアメリカ帝国主義、インドなどの国の反動派と結託して、大々的に反中国をおこなうようになると、かれらはいっそう狂ってきたのである。
毛主席はだれよりもはやく劉少奇一味の反革命の陰謀の危険性に気づいた。一九六二年一月の中央工作会議で、毛主席は、修正主義があらわれるのを警戒すべきであるという問題を提起した。一九六二年八月の北戴河の中央工作会議と九月の党の第八期中央委員会第十回総会で、毛主席はいっそう完ぺきに、社会主義の全歴史的段階における党の基本路線をうち出した。毛主席は「社会主義社会は相当長期にわたる歴史的段階である。社会主義というこの歴史的段階においては、なお階級、階級矛盾と階級闘争が存在し、社会主義と資本主義との二つの道の闘争が存在し、資本主義の復活の危険性が存在している。このような闘争の長期性と複雑性を認識しなければならない。警戒心を高めなければならない、理解し、処理しなければならない。階級矛盾と階級闘争の問題を正しく理解し、処理し、敵味方の矛盾と人民内部の矛盾を正しく区別し、処理しなければならない。さもなければ、われわれのこのような社会主義国は、その反対の側に向かい、変質し、復活があらわれることになる。われわれはいまから、この問題について、毎年語り、毎月語り、毎日語って、われわれが比較的はっきりした認識をもつようにし、マルクス・レーニン主義の路線をもたなければならない。毛主席の提起したこのマルクス・レーニン主義の路線は、わが党の生命線である。
つづいて、一九六三年五月、毛主席はみずから主宰して、『中国共産党中央の、当面の農村工作におけるいくつかの問題についての決定(草案)』(すなわち『十か条』)を制定し、社会主義運動における党の路線、方針、政策を定めた。毛主席はさらに、全党にたいし、もし階級と階級闘争を忘れ、プロレタリア階級独裁を忘れるなら、「それほど長い期間がたたなくても、つまり、短くて数年、長くて数十年もたてば、不可避的に全国的規模の反省会の復活があらわれることになり、マルクス・レーニン主義の党はきっと修正主義の党にかわってしまい、ファシストの党にかわってしまう、中国全体が変色してしまうであろう。同志諸君に考えてもらいたい、これはなんと危険な景気であろうか!」と警告を発した。毛主席はその時すでに、資本主義の復活の危険性をいっそうはっきりと全党と全国人民のまえに提起したのである!
これらすべての警告と闘争によって、劉少奇一味の反動的階級的本性は、いささかも改められることはなかったし、また改められるものでもなかった。一九六四年、偉大な社会主義教育運動のなかで、劉少奇はとびだしいてきて、大衆を弾圧し、資本主義の道をあゆむ実権派をかばうとともに、毛主席が先頭にたって提唱した、社会的情況について調査研究をおこなうというマルクス主義の科学方法を、すでに「時代おくれ」になったといって公然と攻撃し、劉少奇の路線を実行いたものは、もう「指導幹部になる資格はない」などとうそぶいた。かれらは、しびれを切らしてまらずから主宰して「農村の社会主義教育運動のなかで、当面提起されているいくつかの問題」を制定し、劉少奇の、形は「左」だが実際は右のブルジョア反動路線をきわめて糾弾し、劉少奇の「党内外の矛盾の交叉」、「四清と四不清の矛盾」などという奇怪な論調を批判し、「今回の運動の重点は、党内の例の資本主義の道をあゆむ実権派をたたくことにある」ということをはじめて明確に提起した。毛主席が国内、国際のプロレタリア階級独裁の歴史的経験を総括してえたこの新しい結論は、社会主義教育運動の針路を正し、まさにおとずれようとしていたプロレタリア文化大革命の方向をはっきりとし示したのである。
この間の歴史をふりかえってみると、幾億もの革命的大衆が参加したこんどのプロレタリア文化大革命は、けっして偶然におこったものでないことがわかる。これは、社会主義社会に存在する二つの階級、二つの道、二つの路線の長期にわたる鋭い闘争の必然的な結果である。これは、「プロレタリア階級がブルジョア階級とすべての搾取階級に反対する政治大革命であり、中国共産党およびその指導下にある広範な革命的人民大衆と国民党反動派との長期にわたる闘争の継続であり、プロレタリア階級とブルジョア階級との階級闘争の継続である」。偉大な指導者毛主席にしっかりとしたがって社会主義の道をあゆむことを決意している英雄的な中国のプロレタリア階級、貧農・下層中農、人民解放軍、革命的幹部および革命的知識分子は、劉少奇一味の復活の策動にこれ以上まんできなくなり、ついにおおきな階級闘争が不可避となったのである。
まさに毛主席が一九六七年二月にある談話のなかで指摘したように、「これまで、われわれは農村での闘争、工場での闘争、文化界での闘争をおこない、社会主義教育運動をすすめてきたが、しかし、問題を解決することができなかった。なぜなら、公然と、全面的に、下から上へと広範な大衆をたち上がらせて、われわれの暗い面をあばきだすようなひとついの形態、ひとつの方式を見つけだせなかったからである」。いま、われわれはこのようない形態を見つけた。それはほかでもなく、プロレタリア文化大革命である。幾億もの大衆をたち上がらせて、大いに見解をのべ、思うぞんぶん意見を発し、大字報をはり、大弁論をおこなうようにさせてこそ、はじめて党内にもぐりこんでいる裏切り者、特務、資本主義の道をあゆむ実権派をあばきだし、かれらの資本主義復活の陰謀を粉砕することができるのである。劉少奇というこの裏切り者、敵のまわし者、労働者階級の奸賊にされたのである。党の第八期中央委員会第十二回拡大総会は、劉少奇の党内外におけるあらゆる職務を解任し、かれを永遠に党から除名することを決定した。これは幾億もの大衆の偉大な勝利である。われわれの偉大な教師毛主席が、プロレタリア階級独裁のもとでひきつづき革命をおこなう学説にもとづいて、こんどのプロレタリア文化大革命をみずからおこし指導したことは、まったく必要なものであり、きわめて時宜にかなったものであって」、マルクス・レーニン主義の理論と実践にたいする偉大な新しい貢献である。
(2) プロレタリア文化大革命の過程について
こんどのプロレタリア文化大革命は、プロレタリア階級独裁の条件のもとで、われわれの偉大な指導者毛主席がみずからおこし指導している政治大革命であり、上部構造の領域における大革命である。われわれの目的は、修正主義を粉砕し、ブルジョア階級にのっとられていたその部分の権力をうばいかえし、文化の各領域をふくむ上部構造で全面的なプロレタリア階級独裁を実行し、社会主義の経済的土台をうちかため、強化し、わが国がひきつづき社会主義の道にそって大きなあしどりで前進するのを保証することである。
毛主席は、すでに一九六二年、党の第八期中央委員会第十回総会で、「およそ国家権力をうち倒そうとするば、まず世論をつくりださなければならない、まずイデオロギーの分野における活動をおこなわなければならない。革命の階級もまたそのとおりであるし、反革命の階級もまたそのとおりである」と指摘した。毛主席のことばは、劉少奇反革命修正主義集団の急所をついた。かれらは、あのように出死になってイデオロギーをつかみ、上部構造をつかみ、そのおさえこいていた各部門でプロレタリア階級にたいし狂気ふみた反革命の独裁をおこない、毒草を大いにまきちらしてきたが、その目的はただひとつ、プロレタリア階級独裁をくがえすために世論を準備することにあった。われわれは、政治の面からかれらをうち倒すには、やはりなによりもまず革命の世論でかれらの反革命の世論を粉砕しなければならない。
毛主席は、従来からイデオロギーの闘争をひじょうに重視してきた。全国が解放されてからは、映画『武訓伝』にたいする批判、胡風反革命集団にたいする批判、『紅楼夢研究』にたいする批判、とくどとなく批判をおこしてきた。こんどもまた、毛主席が全党を指導して劉少奇一味の巣くっていたブルジョア階級の陣地に攻撃をおこした。毛主席は、『人間の正しい思想はどこからくるのか』という有名な論文とその他の文献をかいて、劉少奇のブルジョア観念論と形而上学を批判し、劉少奇のおさえていた文学・芸術部門が「いまなお『亡者』に支配されており」、文化部が「もし改めないなら、帝王将相部、子才佳人部、あるいは外国の亡者部と改名し」、「衛生部も」都市のだんな衛生部」と改名すべきであると批判した。毛主席の号令のもとに、プロレタリア階級はまっさきに京劇、バレエ、交響音楽など、地主・ブルジョア階級が神聖不可侵としていたこれらの領域で革命をおこした。これは、つばぜりあいの格闘であった。劉少奇一味があらゆる手だてをつくしてこれに対し、破壊をおこなったにもかかわらず、プロレタリア階級は困難にみちたたたかいをへて、ついに重要な戦果をかちとった。一連の輝かしい革命的模範作品がうまれ、労働者、農民、兵士の英雄像がついに舞台のうえに立ちあがった。つづいて、毛主席はまた、『海瑞の免官』などの大毒草にたいする批判をおこし、そのホコ先を直接修正主義の巣窟――劉少奇のおさえていた例の針一本とおさぜす、一滴しみこませない「独立王国」、つまり旧北京市党委委員会にむけた。
毛主席がみずから主宰して制定した一九六六年五月十六日の『通知』は、こんどのプロレタリア文化大革命のために理論、路線、方針、政策を確定し、運動全体の偉大な綱領となった。この『通知』は、劉少奇のブルジョア階級司令部がこの大革命を弾圧するためにもちだした「二月綱要」を徹底的に批判し、全党と全国人民に、闘争のホコ先を党内にもぐり込んでいるブルジョア階級の代表者にむけ、「いまわれわれの身度にひそんでいる」、「フルシチョフ式の人人物」をあばきだすことにとくに注意をはらうよう、よびかけている。これは、政治大革命をくりひろげるよう全国人民に向かって発せられた偉大な動員令である。この『通知』で成立することになった中央文化革命小組は、毛主席のプロレタリア革命路線をだんこ実行した。
毛主席のプロレタリア革命路線にみちびかれて、広範な革命的大衆は戦闘に身を投じた。北京大学では、中央のよびかけにこたえた一枚の大字報をかいた。ブルジョア反動思想を批判する大字報はみるみるうちに全国をうずめつくした。つづいて、紅衛兵がつぎつぎと立ちあがり、革命的青少年は勇敢な闘争となった。劉少奇集団はあわてふためいて、あたふたとブルジョア反動路線をもちだし、青年学生の革命運動に残酷な弾圧を加えた。しかし、これも滅亡にひんしたかれらにいばくも生きながらえる時間をあたえはしなかった。毛主席は、みずから主宰して党の第八期中央委員会十一回総会をひらいた。総会は、「中国共産党中央委員会のプロレタリア文化大革命についての決定」(すなわち「十六条」)というこの綱領的な文献を採択した。毛主席は、『司令部を砲撃しよう』という大字報を発表して、劉少奇このブルジョア階級のかくれみのをひきがした。毛主席は、紅衛兵にあてた手紙のなかで、紅衛兵の革命的行動は、「労働者、農民、革命的知識分子、革命的党派を搾取し抑圧しているすべての地主階級、ブルジョア階級、修正主義とかれらの手先にたいしていきどおりを示していることを物語っており、反動派にたいする違反には道理があるということを物語っている。わたしは、あなたがたに熱烈な支持を表明するといって指摘した。つづいて、毛主席は、首都の天安門で、全国からあつまった千三百万の紅衛兵およびその他の革命的大衆に八回にわたって接見し、全国人民の革命の闘志をふるいたたせた。革命的な労働者の運動、農民の運動、および機関の革命的幹部の運動は、みるみるうちに発展していった。大字報はいよいよ多くくなって、さながら燎原の火のようにもえひろがり、いっせいに行りひびく砲声のようにとどろいて、「反動派にたいする違反には道理がある」というスローガンが全国にこだました。劉少奇のブルジョア階級司令部を砲撃する幾億もの大衆の戦闘は、すさまじい勢いでくりひろげた。
いかなる反動的階級も、けっして自分からすすんで歴史の舞台をひきさがるようなことはありえない。革命がプロレタリア階級のかすめとっていたその部分の権力にふれると、階級闘争はいちだんと鋭くなった。劉少奇が倒れたあと、劉少奇修正主義集団とその各地における代理人は、たえず手をかえ、「すべてを疑い」「すべてを打倒す」などという、形は「左」だが実際は右のスローガンをもちだして、ひきつづき大勢のものに打撃をあたえ、かれらひとにぎりのものを保護しようとたくんだ。かれらはまた、革命的大衆を分裂させ、一部の大衆をあやつり、あざむいて、ふたび狂気じみたさまきかえしに乗りだしてしてきた。これがつまり、一九六六年の冬から一九六七年の春にかけてあらわれた例の逆流である。
この逆流は、毛主席をはじめとするプロレタリア階級司令部にそのホコ先をむけていていた。その一般的綱領は、つぎの一点につきる。つまり、党の第八期中央委員会第十一回総会の採択した決議をくがえし、すでに打倒されていた劉少奇をかしらとするブルジョア階級司令のために罪状をくがえし、すでに広範な大衆によって鼻もちらないまでに批判されていたブルジョア反動路線のために罪状をくがえし、革命的大衆運動にたいして弾圧と報復を加えるということである。
しかし、この逆流は毛主席のきびしい批判と広範な革命的大衆の抵抗を受け、結局は革命的大衆運動の主流が滔滔と流れるのをさえぎることはできなかった。
革命運動の数回にわたる曲折と反復は広範な大衆に、国家権力の重要性、つまり劉少奇一味が悪事をはたらくことができたのは、主としてかれらが多くの単位と地方のプロレタリア階級の権力をかすめとっていたからであり、革命的大衆が抑圧を受けていたのは、主としてその権力がプロレタリア階級の手ににぎられていなかったからである、ということをいちだんと理解させた。一部分は、形の上では社会的所有制だが、実際の指導権はひとにぎりの裏切り者、特務、資本主義の道をあゆむ実権派にのっとられていたか、もしくは依然としてもとの資本家の手ににぎられていた。とくに、資本主義の道をあゆむ実権派が「生産に力をいれる」という口実で革命をおさえつけようとした陰謀に失敗し、犯罪的な反革命経済主義のよこしまな風を吹かしたとき、広範な大衆のプロレタリア階級の暴力を奪いかえすようにということをいっそうそう理解するようになった。革命的伝統をもつ上海の労働者階級は、毛主席と毛主席をはじめとするプロレタリア階級司令部の指導と支持のもとに、身を挺して立ちあがり、広範な革命的大衆、革命的幹部と連合して、一九六七年一月、下から上へと旧上海市党委委員会、旧上海市人民委員会のなかの資本主義の道をあゆむ実権派の権力を奪った。
毛主席は、上海の一月革命のあらしの経験を適時に総括し、「プロレタリア革命派は連合して、党内のひとにぎりの資本主義の道をあゆむ実権派から権力を奪取しよう!」と全国によびかけた。つづいて、毛主席はまた、「人民解放軍は左派の広範な大衆を支持すべきである」という指示を出した。毛主席は、ひきつづき黒竜江省など一部の省、市の経験を総括し、革命的幹部の代表、人民解放軍の代表、革命的大衆の代表が参加した、革命的三結合を実行する革命委員会をうちたてるという方針、政策を確定し、全国の奪権闘争を推進した。
プロレタリア階級とブルジョア階級のあいだの療権と反専権の闘争は、食うか食われるかの闘争である。一九六七年上海の一月革命のあらしから、一九六八年九月西蔵、新疆に革命委員会が成立するまでの一年九カ月間に、二つの階級、二つの路線は政治的対決をくりかえし、プロレタリア思想と非プロレタリア思想ははげしい闘争をくりひろげ、きわめて複雑な情況があらわれた。すでに毛主席が指摘しているように、「以前、われわれは全国各地に転戦したが、そういう戦争はやすかった。それは、敵がはっきりしていたからである。こんどのプロレタリア文化大革命は、そういう戦争よりもはるかに難しい。」問題は、思想上のあやまりを犯したものと敵味方の矛盾にぞくするものとがまざりあって、ここしばらくは、はっきり見分けがつかないことにある」しかし、われわれは毛主席の英明な指導にたって、ついにこのような困難を克服した。一九六七年の夏、毛主席は、長江の南北を視察し、きわめて重要な指示をおこなって、広範な革命的大衆がしだいに敵味方の矛盾と人民内部の矛盾をはっきりと区別し、革命的大連合と革命的三結合を一歩ずつすすめて実現するようにみちびき、小ブルジョア階級の思想をプロレタリア革命の軌道にのせていった。こうして、この闘争の過程においては、敵だけが乱れ、広範な大衆は鍛えられたのである。
大衆のなかに潜伏しているひとにぎりの裏切り者、特務、改造しても立場をあらためない地主分子・富農分子・反革命分子・悪質分子・右派分子、現行反革命分子、ブルジョア野心家、二面派は、一定の気候にならないと正体をあらわさないものである。一九六七年の夏と一九六八年の春、かれらはいま一度右の方と極「左」の方から、罪状をくがえそうとする反動的なよこしまな風を吹かした。かれらは、ホコ先を、毛主席をはじめとするプロレタリア階級司令部に向け、新生の革命委員会に向けて、プロレタリア階級にたいする反権をおこなおうとした。しかし、このひとにぎりの悪人は、ついにかれらの頭目劉少奇と同じようにあばきだされた。これはプロレタリア文化大革命の大勝利であった。
3 闘争・批判・改革を真剣にりっぱにやりとげることについて
こんどの上部構造の領域における大革命では、すべての革命と同様に、根本問題は国家権力の問題であり、指導権がどの階級の手ににぎられるかの問題である。全国の省、市、自治区(台湾省以外)のすべてに革命委員会が成立したことは、この革命が偉大な、決定的な勝利をおさめたことを示している。しかし、革命は終わってはいけない。プロレタリア階級は、ひきつづき前進し、「闘争・批判・改革を真剣にりっぱにやりとげ」、上部構造の領域における社会主義革命を最後までやりぬく必要がある。
毛主席は、「三結合の革命委員会の樹立、大批判、階級隊列の純潔化、党の整頓、機構の簡素化・不合理な規則と制度の改革・課室要員の生産現場への下放――工場の闘争・批判・改革は大体このようなかたちの段階を経る」と指摘している。われわれは、毛主席の指示にしたがって、一つの工場、一つの学校、一つの人民公社、一つひとつの単位で、深くほりさげて、きめこかく、着実に、合理的にこれらの仕事を達成しなければならない。
革命委員会の活動はいいりくんではいいるが、ぜひとも根本をつかまなければならず、毛主席思想を活学活用することを諸活動の首位におき、毛主席思想ですべてを統帥しなければならない。数十年のなかた、毛主席の思想はずっと全党と全国人民の方向をさし示してきた。しかし、劉少奇反革命修正主義分子一味が毛主席の指示を封鎖したため、広範な革命的大衆は毛主席の声を直接耳にすることが困難であった。こんどの大革命のあらしによって例の大小さまざまの伏魔殿がたたきつぶされ、毛主席の思想が直接広範な革命的大衆に伝えられるようになった。これは偉大な勝利である。毛主席思想が七億の人口を擁する大国でこれほど広く普及するようになったことは、こんどのプロレタリア文化大革命のもっとも大きな収穫である。プロレタリア文化大革命のなかで、幾億もの人民は「毛主席語録」を肌身はなさずず、これを真剣に学習し、真剣に運用しており、最新指示が発表されると、ただちに宣伝し、ただちに行動をおこしている。このようなもっとも貴い作風をしっかりしたものに、堅持していかなければならない。われわれは毛主席思想を活学活用する大衆運動を深くくりひろげ、さまざまな型の毛主席思想学習班をひきつづきに運営し、毛主席の一九六六年の「五・七指示」にもとづいて、われわれの全国を真に毛主席思想の大きな学校にすぎあげなければならない。
すべての革命的同志は、思想・政治の領域における階級闘争はけっして停止することはない、ということを冷静に見でとらなければならない。われわれが権力を奪したからといって、プロレタリア階級とブルジョア階級との闘争が消失するというものではけっしてない。われわれはひきつづき革命的大批判の旗を高くかかげ、毛沢東思想をもってブルジョア階級を批判し、修正主義を批判し、毛沢東のプロレタリア革命路線にそむく右の、もしくは極「左」のさまざまなあやまった思想を批判し、ブルジョア個人主義を批判し、「多中心論つまり無中心論」を批判しなければならない。われわれはひきつづき裏切り者、敵のまわし者、労働者階級の奸賊劉少奇の実行した一連の買弁・洋奴哲学、牛歩主義を批判してこれをうち倒し、鼻もちらないものにし、毛沢東の「独立自主、自力更生」の思想を広範な幹部と大衆のなかにしっかりと確立し、われわれの事業がひきつづき毛主席のさし示した方向にそって前進するよう保証しなければならない。
毛主席は「革命委員会は一元化した指導を実行し、重複する行政機構をうち砕き、人員の精鋭化と行政の簡素化をおこない、革命化され、大衆と結びついた指導グループを組織しなければならない」と指摘している。これは、上部構造が社会主義の経済的土台によりよく奉仕するようにうながす一つの根本原則である。大衆から浮きあがった重複する行政機構、大衆の革命的積極性を抑圧し束縛する煩瑣哲学、見え張りや形式主義を追求する地主・ブルジョア階級の作風は、いずれも社会主義の経済的土台を破壊するものであり、資本主義にとっては有利で、社会主義にとっては不利なものである。各級の国家権力機関とその他の組織は、いずれも毛主席の指示にもとづいて、大衆と
密接に結びつかなければならず、なによりもまず、労働者階級と貧農・下層中農などの基本的大衆と密接に結びつかなければならない。新旧の幹部はみな、常に官僚主義のほこりをはらいおとさなければならない、「役人風やだんな風を吹かす」悪習に染まってはならない。節約して革命をおこない、勤倹をむだとしてすべての社会事業を運営することを堅持し、派手ごのみや浪費に反対し、ブルジョア階級の糖衣弾による襲撃を警戒しなければならない。幹部の集団的生産労働への参加の制度を堅持しなければならない。大衆の生活に関心をよせなければならない。
毛主席の教えにもとづいて、みずから調査研究の活動をおこない、雀を一羽ないし数羽解剖して、たえず経験を総括しなければならない。つねに批判と自己批判をくりひろげ、革命の継承者についての毛主席の五つの条件にもとづいて、「私心とたたかい、修正主義を批判し」自己の世界観を真剣に改造しなければならない。
人民解放軍はプロレタリア階級独裁の強固な支柱である。毛主席は、マルクス主義の観点からみれば、国家の主要な構成部分は軍隊である、とくりかえし指摘している。毛主席がみずからつくりあげ、指導している中国人民解放軍は、労働者・農民の子弟兵であり、プロレタリア階級の軍隊であって、帝国主義、封建主義、官僚資本主義という三つの大きな山をくつがえす闘争のなかで、また祖国防衛、抗米援朝および帝国主義、修正主義、各国反動派の侵略粉砕の闘争のなかで、偉大な歴史的功績をたてた。プロレタリア文化大革命のなかで、大勢の指揮員・戦闘員は三支両軍(すなわち工業支援、農業支援、左派の広範な大衆への支持、軍事管制、軍事・政治訓練)にたずさわり、軍隊の代表は三結合に参加して、いずれも階級闘争の鍛練をうけ、大衆と密接に結びつき、軍隊の思想の革命化をうながし、人民のために新しい功績をたてた。これはまた、戦争への最上の備えでもある。われわれは「擁政愛民」、「擁軍愛民」のはえある伝統を発揚し、軍民の団結をつよめ、民兵の建設をつよめ、国防の建設をつよめ、諸活動をいっそうりっぱにおこなわなければならない。ここ三年らい、裏切り者、特務、あくまでも悔い改めない資本主義の道をあゆむ実権派、反革命分子は、われわれのこの偉大な人民の軍隊を破壊しようとたくらんできたが、そのたくらみをとげることはできなかった。これはほかでもなく、人民が軍隊を擁護し、軍隊が人民を保護したからである。
上部構造の領域において、文化、芸術、教育、報道、医療衛生などの部門はきわめて重要な地位をしめている。第七期中央委員会第二回総会では、「誠心誠意労働者階級に依拠しなければならない」という路線が決定された。こんどは、毛主席の「労働者階級がすべてを指導しなければならない」という号令のもとに、プロレタリア革命の主力軍である労働者階級とその強固な同盟軍である貧農・下層中農が、上部構造の闘争・批判・改革の政治舞台にのぼった。一九六八年七月二十七日から、労働者階級は意気さかんにな堂々と、例の資本主義の道をあゆむ実権派が長期にわたって支配していたところにはいっていき、知識分子がかたまっているすべてのところにはいっていった。これは偉大な革命的行動である。プロレタリア階級が文化・教育の陣地をしっかりと占領し、毛沢東思想でそれらを改造することができるかどうかは、プロレタリア文化大革命を最後までやりぬくことができるかどうかの鍵となる問題である。毛主席はこの面の活動をひじょうに重視し、みずから典型をつかんで、われわれに輝かしい手本をしめした。われわれは思想・文化・教育戦線を軽視する一部の同志のあやまった傾向をかならず克服しなければならず、毛主席にしっかりとつながって、持続的な、骨のおれる、きめのこまかい活動をおこなわなければならない。「労働者階級も闘争のなかで自己の政治的自覚をたえず高めていくべきであり」、上部構造における闘争・批判・改革を指導する経験を総括し、この戦線でのたたかいをりっぱにすすめていかなければならない。
(4)プロレタリア文化大革命の政策について
上部構造の領域における革命をひきつづきおこなうには、毛主席のプロレタリア階級の諸政策を真剣に実行しなければならない。
はやくも一九六六年五月十六日の『通知』と八月の『十六カ条』のなかで、プロレタリア文化大革命の政策についての明確な規定がおこなわれた。「プロレタリア文化大革命の闘争・批判・改革の段階では、政策に真剣に注意しなければならない」ことなど、毛主席の一連の最新指示によって、諸政策はいっそう具体的なものとなった。
当面のおもな問題は実行にうつすことである。
知識分子についての政策、幹部政策、「教育によって立ちなおれる子女」(罪をおかした人やあやまりをおかした人の子女をさす――訳注)についての政策、大衆組織に対処する政策、対敵闘争の政策、経済政策などをふくむ党の諸政策の瞑目は、とりもなおさず、敵味方の矛盾と人民内部の矛盾という性質の異なる二種類の矛盾を正しく処理する問題である。
ふるい型の学校で養成された知識分子の多数あるいは大多数は、労働者、農民、兵士と結びつくことができるか、もしくはそうすることを願っている。毛主席の正しい路線のみちびきのもとで、労働者、農民、兵士がかれらに「再教育」をほどこすべきであり、りっぱに結びついているものや、積極的に農山村におむむいた紅衛兵や知識青年に対しては、激励をあたえなければならない。
毛主席はわれわれに、「教育面を広くし、打撃面を小さくしなければならない」、また、「全人類を解放してのみ、プロレタリア階級は自己を最終的に解放することができる、というマルクスの教えを実行し」なければならない、とくりかえし教えている。あやまりを犯した人に対しては、教育と再教育に重点をおき、しんぼう強くきめのこまかい思想・政治工作をおこない、真に、「思想の面からもはっきりさせ、病をなおして人を救うという方針を実行す」べきである。本質的にはよい人間だが、資本主義の道をあゆむというあやまりを犯したものに対しては、われわれは、かねらが自覚を高め、大衆の諒解をえたのちに、時をうつさずかれらを解放して、適当な仕事をあたえるとともに、労働者・農民大衆のなかにはいって世界観を改造するようはげまさなければならない。わずかながらも進歩をとげ、いくらか自覚をみせはじめた人びとに対しては、団結の観点から出発して、ひきつづき援助をあたえなければならない。毛主席は、さいきん、「プロレタリア階級は、人類の歴史においてもっとも偉大な階級である。この階級は、思想の面でも、政治の面でも、力の面でも、もっとも強大な革命的階級であり、圧倒的多数の人びとを自己のまわりに結集して、最大限にひとにぎりの敵を孤立させ、これに打撃をあたえることができるし、またそうしなければならない」と指摘している。
対敵闘争のなかでは、毛主席が従来から主張している「矛盾を利用し、多数を獲得し、少数に反対し、各個に撃破する」という政策を実行しなければならない。「証拠をおもんじ、調査研究をおもんじるべきであって、強迫して自供させ、それを信じるようなことはかたく禁じなければならない。毛主席のうちだした、「自白したものは寛大に処理し、あくまで反抗するものは厳重に処分する」、「活路をあたえる」という政策を実行しなければならない。われわれは主として、広範な人民大衆に依拠して敵にたいする独裁を実行するのである。階級隊列の純潔化の運動のなかでは、確実な証拠のある殺人、放火、毒薬投入などをはたらいた現行反革命分子を法にてらして処分すべきほか、調査判明した悪人、あるいはうたがわしいものにたいしては、すべて「一人も殺さず、大部分は逮捕しない」という政策をとるべきである。
ブルジョア階級の反動的学術権威者に対しては、一に批判し、二に観察する、あるいは一に批判し、二に使用する、あるいは一に批判し、二に養うという政策を実行する。要するに、思想を批判して、活路をあたえるのである。この部分の敵味方の矛盾を人民内部の矛盾として処理することは、プロレタリア階級独裁をうちかためるのに有利であり、敵を分化、瓦解させるのに有利である。
党の諸政策を実行にうつすばあいには、所属単位の状況を具体的に研究しなければならない。およそ革命的大連合がまだ十分にうちかためられていないところでは、われわれは、広範な革命的大衆が革命的原則のもとに系統別、業種別、クラス別の革命的大連合を実行し、団結してともに対処するよう、援助すべきである。およそ階級隊列の純潔化の仕事がまだはじまっていないか、もしくははじまったばかりの単位は、党の政策にしたがって、これに力をいれ、これをりっぱにおこなうべきである。純潔化の仕事がほぼ完了した単位では、毛主席が闘争・批判・改革の各段階についておこなった指示にもとづいて、その他の諸活動に力をいれるべきである。同時に、階級闘争の新しい動向によく注意をはらわなければならない。悪人がふたたびのさばりだしたらどうすればよいだろうか。毛主席のことばに、「徹底した唯物論者はなにものをもおそれない」という名言がある。階級敵がふたたびことをおこしたならば、大衆をたち上がらせて、いま一度かれらを闘争にかけ、うち倒すまでである。
『十六カ条』が指摘しているように、「プロレタリア文化大革命は、わが国の社会的生産力を発展させる強大な推進力である」わが国では、農業生産の面で連年豊作をあげており、工業生産、科学技術の面でも、活気にあちたすばらしい局面があらわれている。広範な勤労人民の革命と生産の積極性はかつてなく高まっており、多くの工場・鉱山・企業はたえず生産記録を更新し、史上最高の生産水準をうみだし、技術革命がたえず発展している。市場は活況を呈し、物価は安定している。一九六八年の年末までに、われわれは公債を全部返済した。わが国はすでに、国内の債務もないし国外の債務もない社会主義国となっている。
「革命に力をいれて、生産を促進する」というこの方針は、まったく正しい。この方針は、革命と生産、精神と物質、上部構造と経済的土台、生産関係と生産力の関係に正しい回答をあたえた。毛主席はつねに、「政治工作はすべての経済工作の生命線である」とわれわれに教えている。レーニンはかつて、政治の面から問題を見ることに反対する日和見主義者をきびしく糾弾して、「政治は経済にたいして優位を占めざるをえない。この点を肯定しないのは、マルクス主義のイロハを忘れたことを意味する」とのべた。レーニンはさらに、もし政治と経済と同列におくなら、これまた「マルクス主義のイロハを忘れた」ものである、と指摘している。政治は経済の集中的表現である。もし上部構造で革命をやらず、広範な労働者・農民大衆をたち上がらせず、修正主義路線を批判せず、ひとにぎりの裏切り者、特務、資本主義の道をあゆむ実権派、反革命分子をあばき出さず、プロレタリア階級の指導権をうちかためないなら、どうして社会主義の経済的土台をいっそううちかため、社会主義の生産力をいっそう発展させることができるだろうか。これはけっして革命を生産にとってみ代らせるのではなく、革命をもって生産を統帥し、生産を促進し、生産を先導しなければならないということである。われわれは、毛主席の「大いに意気こみ、つねに高い目標をめざし、多く、はやく、りっぱに、むだなく社会主義を建設する」という総路線にもとづき、また「戦争にそなえ、自然災害にそなえ、人民のために」という偉大な戦略思想、「農業を基礎とし、工業を導き手とする」などの一連の方針にもとづいて、調査研究をおこない、経済戦線における闘争・批判・改革の多くの政策問題を積極的かつ妥当に解決しなければならない。各民族の人民大衆の革命的積極性と創意性を十分に発揮させ、革命に思いきり力をいれて、生産を大いに促進し、国民経済発展計画を達成または超過達成しなければならない。プロレタリア文化大革命の偉大な勝利は、経済戦線とわれわれの社会主義建設事業全体に新たな躍進があらわれるのをひきつづきうながすにちがいない、と断定することができる。
(5)わが国の革命の最終的勝利について
わが国のプロレタリア文化大革命の勝利は、たしかに偉大なものである。しかし、けっして、枕をたかくして寝てもよい、と考えてはならない。毛主席は一九六八年十月のある談話のなかで、「われわれはすでに偉大な勝利をかちとった。しかし、敗北した階級は、なおあがきつづけるものである。これらの連中はまだ生きており、この階級はまだ存在している。だから、われわれは最終の勝利を口にしてはならない。数十年のあいだ、このことを口にしてはならない。警戒心をなくしてはならない。レーニン主義の観点にしたがえば、ひとつの社会主義国の最終的勝利は、自国のプロレタリア階級と広範な人民大衆の努力が必要であるばかりでなく、世界革命の勝利に期すべきであり、人が人を搾取する制度が全地球から消滅されて、全人類が解放されるのに期すべきである。したがって、わが国の革命の最終的勝利をかるがるしく口にするのは、まちがいであり、レーニン主義に反しており、事実にも一致していない」と指摘した。階級闘争には、なお反復があるだろう。われわれは、絶対に階級闘争を忘れてはならず、絶対にプロレタリア階級独裁を忘れてはならない。当面政策を実行にうつす過程には、依然として二つの路線の闘争が存在し、「左」あるいは右からの妨害が存在している。闘争・批判・改革の各段階の活動をりっぱにやりとげるには、なおひじょうに大きな力をそそがなければならない。われわれは毛主席にしっかりとしたがい、広範な革命的大衆にしっかりと依拠し、前進途上の困難と曲折を克服して社会主義事業のいっそう大きな勝利をたたかいとらなければならない。
(6)党の整頓と建設について
プロレタリア文化大革命の勝利は、プロレタリア階級独裁の条件のもとで、いかに党の建設をすすめるかについて、われわれに貴重な経験をあたえてくれた。毛主席が全党にたいして指摘しているように、「党組織はプロレタリア階級の先進分子によって構成されなければならず、プロレタリア階級と革命的大衆を指導して階級敵と戦うことのできる、生気はつらつとした前衛組織でなければならない」。毛主席の指示は、われわれの党の整頓、党の建設の政治方向を確定している。
中国共産党は、われわれの偉大な指導者毛主席につかわれて建設された党である。一九二一年に創立されていいら、われわれの党は、暴力で国家権力を奪取しプロレタリア階級独裁をうちかためる長期の闘争をへてきた。毛主席の指導のもとに、わが党は終始、革命戦争と革命闘争の最前線にたってきた。まさに毛主席の正しい路線にみちびかれて、わが党は、国内外の敵がきわめて強大で状況がひじょうに複雑であるという環境のなかで、中国のプロレタリア階級と広範な人民大衆を指導して、独立自主、自力更生の方針を堅持し、プロレタリア国際主義を堅持し、先人烈士のしかばねをのりこえ、英雄的に奮闘してきたからこそ、最初数十人のメンバーしいなかった共産主義グループから、こんにちのように、強大な中華人民共和国を指導する、偉大な、光栄ある、正しい党になるまでに発展してきたのである。人民の武装闘争からはなれては、こんにちの中国共産党はありえず、こんにちの中華人民共和国はありえないということを、われわれはふかく理解している。「血をもってあがなわれたこの経験を全党の同志はわすれてはならない」という毛主席の教えを、われわれは永遠に銘記しておかなければならない。
中国共産党のすべての成果はみな、毛主席の英明な指導のたまものであり、毛沢東思想の勝利である。半世紀このかた、毛主席は、中国各民族人民の新民主主義革命達成の偉大な闘争を指導するなかで、わが国の社会主義革命と社会主義建設の偉大な闘争を指導するなかで、また現代の国際共産主義運動の、帝国主義反対し、現代修正主義反対し、各国反動派反対する偉大な闘争のなかで、マルクス・レーニン主義の普遍的真理を革命の具体的実践と結びつけ、政治、軍事、経済、文化、哲学などの各分野で、マルクス・レーニン主義をうけつぎ、守り、発展させて、マルクス・レーニン主義をまったく新しい段階に高めた。毛沢東思想は、帝国主義が全面的崩壊にむかい、社会主義が全世界的勝利にむかう時代のマルクス・レーニン主義である。わが党の全歴史はつぎの真理を立証している。毛主席の指導からはなれ、毛沢東思想からはなれたなら、われわれの党は挫折し、失敗する。毛主席にしっかりとしたがい、毛沢東思想にもとづいて事をおこなうなら、われわれの党は前進し、勝利する。われわれは、この経験を永遠に銘記しておかなければならない。いかなるとき、いかなるばあいでも、毛主席に反対し、毛沢東思想に反対するものがいれば、それが誰であろうと、全党がこぞってこれを糾弾し、全国をあげてこれを討伐するのである。
毛主席は、党の整頓、党の建設について言いしたさい、「人間は動脈、静脈があって、心臓をつうじて血液循環をおこない、さらに肺をつうじて呼吸をし、炭酸ガスを吐きだし、新鮮な酸素を吸いこむ、これがつまり、ふるいものを吐きだし、新しいものをとり入れることである。プロレタリア階級の党もふるいものを吐きだし、新しいものをとり入れてはじめて、生気はつらつとしたものになる。廃物をとりのがさず、新鮮な血液を吸収しなければ、党は生気を失ってしまう」とのべた。毛主席はこの生き生きとした比喩を用いて、党内矛盾の弁証法をいいあらわしたのである。「事物の矛盾の法則、すなわち対立面の統一の法則は、唯物弁証法のもっとも根本的な法則である」。党内の二つの路線の対立と闘争は、社会の階級矛盾および新しい事物とふるい事物との矛盾が、党内に反映したものである。もし、党内に矛盾と、矛盾を解決するための闘争がなければ、また、ふるいものを吐きだし、新しいものをとり入れなければ、党の生命もしとまってしまう。毛主席の党内矛盾についての理論は、こんど党を整頓し、党を建設していくうえでの根本的な指導思想である。
中国共産党の歴史は、ほかでもなく、毛主席のマルクス・レーニン主義路線と、党内の右翼と「左」翼の日和見主義路線との闘争の歴史である。毛主席の指導のもとに、わが党は、陳独秀の右翼日和見主義路線にうちかち、瞿秋白、李立三の「左」翼日和見主義路線にうちかち、王明の、はじめは「左」翼、のちは右翼の日和見主義路線にうちかち、張国燾の、赤軍を分裂させる路線にうちかち、彭徳懐、高崗、饒漱石らの右翼日和見主義の反党連盟にうちかち、さらに、長期にわたる闘争をへて、劉少奇の反革命修正主義路線を粉砕した。わが党は、まさに二つの路線の闘争のなかで、わけでも、党にもっとも大きな危害をあたえた陳独秀、王明、劉少奇ら三つの裏切り者集団のうちかつ闘争のなかで、強固になり、発展し、強大になってきたのである。
プロレタリア階級独裁の新しい歴史時期において、プロレタリア階級のおこなう独裁と、そのすべての活動にたいする指導は、プロレタリア階級の前衛部隊である共産党をつうじて実現されるのである。プロレタリア階級独裁からはなれ、プロレタリア階級独裁のもとでひきつづき革命をおこなうことからはなれては、党建設の問題、つまりどのような党を建設し、どのように党を建設するかという問題を、正しく解決することはできない。
劉少奇の修正主義の党建設路線は、ほかでもなく、マルクス・レーニン主義のプロレタリア階級独裁の学説と党建設の理論に根本からそむくものである。中国の社会主義革命がふかまり発展し、階級闘争が激烈をきわめているその重要なときに、劉少奇はまたもかれの黒い『修養』をあらためて出版した。その目的は、わが国のプロレタリア階級独裁をくつがえし、ブルジョア階級独裁を復活させることにあった。劉少奇は、われわれがさきに引証した、プロレタリア階級独裁の必要性にかんするレーニンのあの一節のことばをかきぬいたさい、「プロレタリア階級独裁は必要である」というこのもっとも重要な結論をふたたび故意に削除し、これによって、プロレタリア階級独裁を裏切ったかれ自身の反革命の正体をはっきりとさらけ出したのである。また、劉少奇が「階級闘争消滅論」、「従順な道具論」、「大衆落後論」、「入門出世論」、「党内平和論」、「公私融合論」(つまり「少し損をしてうんとお得をする」)などといった反動的な、でたらめな論調をひきつづきまきちらしたのは、ほかでもなく、われわれの党を腐蝕、瓦解させて、党員が「修養」すればするほど修正主義に走るようにし、マルクス・レーニン主義の党を修正主義の党に「平和的に転化」させ、プロレタリア階級独裁をブルジョア階級独裁に「平和的に転化」させようともくろんでいたためである。われわれは、ひきつづき革命的大批判をくりひろげて、その悪影響を徹底的に一掃しなければならない。
こんどのプロレタリア文化大革命は、わが党の歴史上、もっとも広範で、もっともふかく掘りさげた整党運動である。各級の党組織、広範な共産党員は、二つの路線のはげしい闘争にたえ、大規模な階級闘争の試練にたえ、党内外の革命的大衆の審査にたえた。これによって党員と幹部は風雨にさらされ、世間を知り、階級的自覚と二つの路線の闘争についての自覚を高めた。この大革命は、われわれにつぎのことを教えている。プロレタリア階級独裁のもとで、われわれはかならず広範な党員にたいし、階級、階級闘争、二つの路線の闘争と、ひきつづき革命をおこなうことについての教育をほどこさなければならない。党内外において、修正主義反対する闘争をすすめ、裏切り者、特務および搾取階級の利益を代表するものを党から一掃し、はげしい風波のなかで試練をうけた真のプロレタリア階級の先進分子を党に吸収しなければならない。各級の党組織の指導権を真にマルクス主義者の手ににぎらせるよう努めなければならない。われわれは、党員が真に理論と実践とをむすびつけ、大衆と密接にむすびつき、批判と自己批判を勇敢におこなうようにさせなければならない。われわれは、党員が永遠に謙虚で、つつしみぶかく、おごらず、あせらない作風と、刻苦奮闘の作風を保つようにさせなければならない。こうしてこそ、党はプロレタリア階級と革命的大衆を指導して、社会主義革命を最後までやりぬくことができるのである。
毛主席はわれわれに、「歴史の経験には注意をはらう必要がある。ひとつの路線、ひとつの観点については、つねに語り、くりかえし語らなければならない。少数の人に語るだけではだめで、広範な革命的大衆がみな知るようにしなければならない」と教えている。こんどのプロレタリア文化大革命の基本的経験の学習と宣伝、二つの路線の闘争史の学習と宣伝、プロレタリア階級独裁のもとでひきつづき革命をおこなうことについての毛主席の学説の学習と宣伝は、いずれも一回おこなうだけではだめで、くりかえし語り、毎年語り、毎月語り、毎日語らなければならない。こうしてこそ、あやまった路線にあやまった傾向がめばえたとき、広範な党員と人民大衆がただちにこれを批判し、排斥するようになり、これによってわが党が終始毛主席のさし示した正しい航路にそって勝利のうちに前進するのを保証することができるのである。
党の第九回全国代表大会の重要な議事日程のひとつに、党規約の改正がある。中央はすでに党規約草案を大会の討議にかけた。この草案は、全党と全国の革命的大衆がともに参加して起草したものである。一九六七年十一月、毛主席が党の基層組織の党規約改正への参加を提起していらい、中央は数千にのぼる草案をうけとった。党の第八期中央委員会第十二回拡大総会はこれを基礎に党規約草案を作成したのち、全党、全軍、全国の広範な革命的大衆は、いま一度、熱烈で真剣な討論をおこなった。新しい党規約草案は、偉大な指導者毛主席の英明な指導と広範な大衆との結合によってうみだされたものであって、全党、全軍、全国の広範な革命的大衆の意志を反映しており、党が一貫して堅持している民主集中制と大衆路線のいきいきとしたあらわれであるといえる。とりわけ重要なことは、党規約草案が、党の思想をみちびく理論的基礎はマルクス主義・レーニン主義・毛沢東思想であるとあらためて明確に規定したことである。これは、プロレタリア文化大革命が劉少奇の修正主義党建設路線を粉砕しておさめた偉大な勝利であり、マルクス主義・レーニン主義・毛沢東思想の偉大な勝利である。中央は、われわれの党がかならず代表大会の討議をへて採択された新しい党規約の規定にもとづいて、さらに偉大な、さらに光栄ある、さらに正しい党に建設されるにちがいないと信じている。
(7)わが国と外国との関係について
ここで、われわれはさらに、わが国と外国との関係の問題について重点的にのべようと思う。 世界のプロレタリア階級と被抑圧人民、被抑圧民族の革命闘争は、もともと互いに支持しあうものである。わが国のプロレタリア文化大革命にたいして、アルバニア労働党およびすべての真のマルクス・レーニン主義の兄弟党と兄弟組織、全世界の広範なプロレタリア階級と革命的人民、多くの友好な国々に、友好的な団体と人びとはみな、熱情をこめて称賛をおくり支持をあたえている。わたしはここに、偉大な指導者毛主席と党の第九回全国代表大会を代表して、かれらに深い感謝の意をあらわすものである。われわれは、中国共産党と中国人民がかならず、自己のプロレタリア国際主義の義務をはたし、かれらとともに、帝国主義に反対し、現代修正主義に反対し、各国反動派に反対する偉大な闘争を最後までやりぬくことをかたく約束するものである。
当面の世界の全般的な趨勢は、依然として毛主席のがのべた言葉にあるとおり、「敵は日一日と腐っていき、われわれは日一日よくなる」一方では、全世界のプロレタリア階級と各国人民の革命運動が、すさまじい勢いでもりあがっている。ベトナム南部、ラオス、タイ、ビルマ、マラヤ、インドネシア、インド、パレスチナおよびアジア、アフリカ、ラテンアメリカのその他の国ぐにと地域の人民の武装闘争は、日ましに強大になっている。「鉄砲から国家権力がうまれる」という真理は、日一日と広範な被抑圧人民、被抑圧民族によって把握されている。日本、西欧、北米など資本主義の「心臓」部では、これまでに見られなかった大規模な革命的大衆運動がまきおこっている。ますます多くの人民がいま目ざめつつある。真のマルクス・レーニン主義の兄弟党と兄弟組織は、マルクス・レーニン主義を自国の具体的な革命の実践と結びつける過程で、一歩一歩発展してきている。他方では、アメリカ帝国主義とソ連修正社会帝国主義が、政治危機と経済危機におちいり、内外とも苦境にたたされ、まったくゆきづまっている。かれらは、世界の再分割を夢みており、互いに結託もすれば、互いに争奪もしにいる。反中国、反共、反人民、民族解放運動弾圧および侵略戦争をすすめる面では、かれらは互いに呼応しあい、ぐるになって悪事をはたらいている。原料、市場、従属国、戦略要地、勢力圏を争奪する面では、かれらは相手の腹を探りながら、いしみあい、排斥しあっている。かれらは、それぞれ自己の野望を実現するため、軍備拡張と戦争準備をすすめている。
レーニンは、つきのように指摘している。帝国主義とはつまり戦争である。「生産手段の私的所有制が存在しているかぎり、このような経済的土台のうえでは帝国主義戦争は絶対に避けられないものである」レーニンは一歩すすんで「帝国主義戦争は社会主義革命の前夜である」と指摘している。レーニンのこれらの科学的論断は、けっして、時代おくれのものになってはいない。
毛主席は最近つぎのように指摘している。「世界大戦の問題については、二つの可能性しかない。一つは戦争が革命をひきおこすことであり、一つは革命が戦争をおしとどめることである」。なぜなら、現代の世界には、被抑圧民族と帝国主義、社会帝国主義とのあいだの矛盾、資本主義国、修正主義国内部のプロレタリア階級とブルジョア階級とのあいだの矛盾、帝国主義国と社会帝国主義国とのあいだ、各帝国主義国のあいだの矛盾、社会主義国と帝国主義、社会帝国主義とのあいだの矛盾という四つの大きな矛盾が存在しているからである。これらの矛盾の存在と発展は、必然的に革命をひきおこすのである。第一次、第二次世界大戦の歴史的経験にもとづいて、つぎのように断定することができる。もし帝国主義、修正主義、各国反動派が第三次世界大戦を世界人民におしつけるなら、これらの矛盾の発展を大いにはやめ、全世界の人民が革命たちあがるようながし、すべての帝国主義、修正主義、各国反動派ののコらず葬りさるだけである。
毛主席は、「すべての反動派はハリコの虎である」「われわれは戦略の上ではいっさいの敵を蔑視しなければならず、戦術の上ではいっさいの敵を重視しなければならない」と教えている。毛主席が指摘したこの偉大な真理は、全世界人民の革命の闘志をふるいたたせ、われわれが帝国主義、修正主義、各国反動派にたいする闘いのなかでたえず勝利をかちとるようみちびいている。
アメリカ帝国主義のハリコの虎の本質は、とっくに全世界人民によってあばき出されている。アメリカ帝国主義というこの全世界人民の防っとも凶悪な敵は、ますます下り坂をたどっている。ニクソンは登場後、穴だらけのボロ屋台をかかえてぬけだすことのできない経済危機に直面し、全世界人民と国内の人民大衆の大きな反抗に直面し、帝国主義諸国が四分五裂におちいって、アメリカ帝国主義の指揮棒がますますききめをうしなうという難局に直面している。ニクソンは、問題を解決するいかなる方法をも持ち出せないので、かれの前任者と同じように、ひき続き反革命の二つの手口をもってあそぶほかはなく、うわべでは「平和を愛する」ポーズをとり、実際には、さらに大規模な軍備拡張と戦争準備をすすめている。アメリカの軍事費の支出は、年をおって増加している。アメリカ帝国主義はいまなおわが国の領土台湾を不法に占領している。アメリカ帝国主義は、多くの国ぐにに侵略軍を派遣し、また世界各地にいく百いく千もの軍事基地と軍事施設をもうけている。アメリカ帝国主義はあれほど多くの飛行機と大砲を製造し、あれほど多くの原水爆とミサイルを製造しているが、これらすベてはなんのためのものだろうか。それは人民を威嚇し、人民を弾圧し、人民を殺戮し、世界を制覇するために使われるものである。しかし、そのようにした結果、アメリカ帝国主義は、いたるところで人民に敵対する立場においこまれ、全世界の広範なプロレリア階級と人民大衆から包囲され、痛撃をあびせられており、またそれはかならず全世界で、いっそう大規模な革命をひきおこすにちがいない。
ソ連修正主義裏切り者集団もやはりハリコの虎である。その社会帝国主義の正体はますますはっきり暴露されてきている。フルシチョフ修正主義が頭をもたげたばかりのときに、われわれの偉大な指導者毛主席はすでに、世界革命事業にもたらす現代修正主義のゆゆるしい危害を見てとった。毛主席は全党を指導して、偉大なマルクス・レーニン主義者エンペル・ホッジャ同志をはじめとするアルバニア労働党および全世界の真のマルクス・レーニン主義者とともに、思想、理論、政治の面からソ連修正主義を中心とする現代修正主義とだんとした闘争をすすめ、全世界の人民に闘争のなかでほんものとにせもののマルクス・レーニン主義、ほんものとにせものの社会主義をみわけることを一步一步学びとらせ、フルシチョフ修正主義破産させた。これと同時に、毛主席はわが党を指導して、劉少奇の帝国主義、修正主義、各国反動派に投降し、各国の革命運動をおしつぶす修正主義路線をだんと批判し、劉少奇反革命修正主義集団をたたきつぶして、わが党のプロレタリア国際主義の義務をはたした。
ブレジネフが政権の座についてから、ソ連修正主義裏切り者集団の指揮棒はますますききめを失い、内外の困難はますます深刻なものとなっている。そのため、かれらはいっそう狂気のように社会帝国主義、社会ファシズムをおしすすめている。国内では、ソ連人民にたいする弾圧をつよめ、資本主義の全面的復活に拍車をかけている。対外的には、アメリカ帝国主義との結託をつよめ、各国人民の革命闘争への弾圧に拍車をかけ、東ヨーロッパ諸国とモンゴル人民共和国にたいする支配と搾取を強化し、アメリカ帝国主義とのあいだで中東やその他の地域を争奪することに血道をあげ、わが国にたいする侵略の脅威をつよめている。数十万の軍隊をくりだしてチェコスロバキアを占領したことと、わが国の領土珍宝島に武力挑発をかけたこととは、ソ連修正主義が最近二回にわたってみせたみにくい演技にほかならない。かれらは、その侵略と掠奪を弁論するため、「有限主権論」、「国際独裁論」、「社会主義大家庭論」なるものを鼓吹している。こういったしろものは何を意味しているのか。それはつまりこうである。きみの主権は「有限」であるが、かれの主権は無限である。きみが服従しないなら、かれは、きみにたいして「国際独裁」、つまり各国人民にたいする独裁を実行し、これによって、ヒトラーの「ヨーロッパの新秩序」、日本軍国主義の「大東亜共栄圏」、アメリカの「自由世界大家庭」と同じような、新しいツァーが支配する「社会主義大家庭」つまり社会帝国主義の植民地をきずきあげるというのである。レーニンは、第二インターの裏切り者どもを「口先での社会主義、実際の帝国主義であり、日和見主義が成長して、帝国主義になったものである」ときびしく糾弾した。これは、こんにちの資本主義の道をあゆむひとにぎりの実権派からなるソ連修正主義裏切り者集団にもまったくあてはまるものである。われわれは、光栄ある革命的伝統をもつソ連のプロレタリア階級と広範な人民が、かならず立ち上がってこれらひとにぎりの裏切り者集団を打倒するものと、かたく信じている。まさに毛主席が、「ソ連は、最初の社会主義国であり、ソ連共産党はレーニンがつくりあげた党である。ソ連の党と国家の指導権はいま、修正主義者のにとられているとはいえ、わたしは同志たちに、ソ連の広範な人民、広範な党員と幹部はよい人びとであり、革命を求めており、修正主義の支配はそう長く続くものではないということをかたく信じてもらいたい」と指摘しているとおりである。
ソ連政府がわが国の領土珍宝島を武力で侵犯する事件を一手につくりだしたため、中ソ境界問題は、全世界の注目を集めた。中ソ境界問題は、わが国とその他のいくつかの隣国とのあいだの境界問題と同じように、歴史のがのこした問題である。これらの問題については、わが党とわが政府は、外交ルートをつうじて交渉をおこない、公平かつ合理的な解決をはかること、それが解決されるまでは、境界の現状を維持し、衝突をさけることを一貫して主張してきた。この主張にもとづいて、わが国はビルマ、ネパール、パキスタン、モンゴル人民共和国、アフガニスタンなどの隣国と境界問題をあい前後して円満に解決した。ソ連、インドとわが国との境界問題だけがいまなお解決されないままになっている。
中印境界問題については、わが政府はインド政府と何回も交渉をおこなった。インド反動政府はイギリス帝国主義の侵略政策をうけついで、旧中国の歴代の反動政府でさえ承認しなかった不法な「マクマホン・ライン」をわれわれに承認させようとしたばかりでなく、さらに一歩すすんで、これまでずっとわが国の管轄下にあるアキサイチン地区をも侵略、占領しようとたくらんだため、中印境界問題の交渉は破壊された。これは周知のとおりである。
中ソ境界問題は、中国にたいするツァー・ロシア帝国主義の侵略によってつくりだされたものである。十九世紀の後半、当時、中国、ロシア両国人民はいずれも権力をもたぬ状態にあった。ツァー政府は中国を分割するという帝国主義の侵略行動をとり、中国に一連の不平等条約をおしつけ、広大な中国の領土をもぎとり、また多くの地方で、不平等条約によってきめられた境界線を越え、一歩すすんで中国の領土を侵略、占領した。こうした強盗行為は、マルクス、エンゲルスとレーニンの怒りをこめた糾弾をうけた。一九二〇年九月二十七日、偉大なレーニンの指導するソビエト政府は、「これまでロシアの歴代政府が中国と締結したすべての条約を全部無効にし、これまで中国から奪いとったすべての領土と中国領内のすべてのロシア租界を放棄し、ツァー政府とロシア・ブルジョア階級が横暴にも中国から奪いとったすべてのものを無償で永久に中国に返還する」(『ロシア・ソビエト連邦社会主義共和国政府の中国政府にたいする宣言』を参照)とおごそかに宣言した。当時の歴史的条件によって、レーニンのこのプロレタリア階級の政策は実現されなかった。
わが政府は、境界問題にかんする一貫した立場にもとづいて、はやくも一九六〇年の八月二十日と九月十一日の二回にわたり、ソ連政府に中ソ境界問題を解決するための交涉をおこなうことをすすんで提案した。一九六四年、中ソ双方は北京で交涉を始めた。現在の中ソ境界にかんする条約はツァーが中国人民におしつけた不平等条約であるにもかかわらず、われわれは中ソ両国人民の革命的友情をまもる願いから、やはりこれらの条約を基礎に、境界問題を解決することを主張した。しかしソ連修正主義裏切り者集団は、レーニンのプロレタリア階級の政策にそむき、新しいツァーの社会帝国主義の立場を固持し、これらの条約が不平等なものであるということをあくまでも認めようとせず、さらに、かれらが条約に違反して侵略、占領した、または侵略しようとたくらんでいる中国の領土はみなソ連に属しているということを、かたくなにわが国に認めさせようとした。ソ連政府のこのような大国排外主義と社会帝国主義の立場によって、交涉は破壊された。
ブレジネフが登場して以来、ソ連修正主義裏切者集団は前よりも一層ひどく境界の現状を破壊し、再三にわたって境界事件をひきおこし、身に寸鉄をおびないわが国の漁民や農民を射殺し、わが国の主権を侵犯している。最近では、なおさらのこと、かれらはわが国の領土珍宝島にたいしつぎまぎに武力侵犯をおこなっている。わが辺境守備部隊は、これ以上がまんができず、自衛のための反撃をおこない、侵略者に当然うけるべき打撃をあたえ、勝利のうちにわが国の神聖な領土を守りぬいた。コスイギンはかれらの狼狽した状態からのがれるため、三月二十一日、わが国の指導幹部と電話で話したいと申しでてきた。三月二十二日、わが政府はただちに覚書でかれに回答し、「当面の中ソ間の関係からいって、通話方式で連絡をとることは、すでに適当でなく、もしソ連政府が何かいいたいことがあれば、外交ルートをつうじて中国政府に提出してほしい」と言明した。三月二十九日、ソ連政府は声明を発表して、一方では依然としてわが国の領土の立場を固執するとともに、他方では「協議」を再開したいと表明した。これにたいして、わが政府はその回答を考慮中である。
わが党と政府の対外政策は一貫している。それは、プロレタリア国際主義の原則のもとに、社会主義諸国との友好相互援助協力関係を発展させること、すべての被抑圧人民と被抑圧民族の革命闘争を支援すること、領土保全と主権の相互尊重、相互不可侵、内政不干渉、平等互恵、平和共存という五原則のうえに、社会制度の異なる国ぐにととの平和共存をかちとり、帝国主義の侵略政策と戦争政策に反対することである。われわれのプロレタリア階級の対外政策は、一時的、便宜的なものではなく、長期にわたってあくまでも実行する政策である。われわれはこれまでもこのように実行してきたし、今後もなおこのように実行しつづけるものである。
われわれはこれまでずっと、各国の内部の事がらは各国の人民が自分自身で解決することを主張してきている。大国、小国をとわず、大きな党、小さな党をとわず、すべて平等と相互内政不干渉の原則のうえに相互関係をうち立てなければならない。中国共産党はこれらのマルクス・レーニン主義の原則を守るため、ソ連修正主義裏切り者集団のみにくい大国排外主義と長期にわたってたたかってきた。これは周知の事実である。ソ連修正主義裏切り者集団は口をひらけば「兄弟党」、「兄弟国」といいながら、実際には自分をおやじ党とみなし、勝手気ままに他国の領土を侵略、占領してもよい新しいツァーとみなしている。かれらは中国共産党、アルバニア労働党などの真のマルクス・レーニン主義政党にたいしては、また、かれらのいわゆる「社会主義大家庭」のなかのおよそ少しでも異なった意見をもつ党にたいしては、また、かれらのいわゆる「兄弟国」にたいしては、凶悪な相貌をみせて、弾圧、破壊、転覆活動をすすめ、さらには軍隊をくりだしてかれらのいわゆる「兄弟国」を侵略、占領し、かれらのいわゆる「兄弟国」の成員を拉致することまでし、悪事のかぎりをはたらいている。かれらのファシズム的強盜行為は、かれらの覆滅の末路を運命づけている。
アメリカ帝国主義とソ連修正主義は、つねに中国を「孤立」させようと考えているが、これは中国にとって光栄なことである。かれらの狂気みた反中国は、われわれを少しも損うことはできず、逆にわが人民の、独立自主、自力更生、発奮して富強をはかるという意志をかきたて、また全世界に向かって、中国がアメリカ帝国主義、ソ連修正主義とはっきりと一線を画していることを立証している。こんにち世界の運命を決定するものは、帝国主義、修正主義、各国反動派ではなく、プロレタリア階級と各国の革命的人民である。プロレタリア階級の先進分子によって構成され、プロレタリア階級と各国のマルクス・レーニン主義の政党と組織は、新生の勢力であって、はてしなく広大な道をもっている。中国共産党はだんことしてかれらと一つに団結し、ともにたたかうものである。
われわれは、アルバニア人民の帝国主義に反対し修正主義に反対する闘争をだんこと支持し、ラオス、タイ、ビルマ、マラヤ、インドネシア、インド、パレスチナおよびアジア、アフリカ、ラテンアメリカのその他の国ぐにと地域の人民の革命闘争をだんこと支持し、アメリカ支配集団に反対するアメリカのプロレタリア階級、青年学生、黒人大衆の正義の闘争をだんこと支持し、ソ連修正主義裏切り者集団をくつがえすソ連プロレタリア階級と勤労人民の正義の闘争をだんこと支持し、ソ連社会帝国主義に反対するチェコスロバキアとそのほかの国ぐにの人民の正義の闘争をだんこと支持し、日本、西欧、大洋州の諸国民の革命闘争をだんこと支持し、世界各国人民の革命闘争をだんこと支持し、アメリカ帝国主義とソ連修正主義の侵略と抑圧に反抗するすべての正義の闘争をだんこと支持するものである。アメリカ帝国主義、ソ連修正主義の侵略、支配、干渉をうけているすべての国ぐにと人民は団結して、もっと広範な統一戦線を結成し、われわれの共同の敵を打倒しよう! われわれは、勝利したからといってして自己の革命的警戒心をゆるめてはならず、アメリカ帝国主義、ソ連修正主義が大規模な侵略戦争をひきおこす危険性をけっして軽視してはならない。われわれは、十分な準備をととのえておかなければならず、かれらが大規模な戦争をしかけてくるのにそなえ、また、早いうちに戦争をしかけてくるのにそなえておかなければならない。かれらが通常兵器による戦争をしかけてくるのにそなえるとともに、かれらが核兵器による大規模な戦争をしかけてくるのにもそなえておかなければならない。要するに、われわれにはそなえがなければならない。毛主席ははやくから、相手が侵してこなければこちらも侵さない、相手が侵してくればちかしもかならず犯す、とのべている。かれらがあくまで戦争をしかけてくるなら、われわれは最後までつきあう。中国革命の勝利は、戦ってかちとられたものである。毛沢東思想で武装し、プロレタリア文化大革命によってきたえられた幾億もの中国人民と中国人民解放軍は、自分たちの神聖な領土台湾をかならず解放し、あえて侵略してくるすべての侵略者をかならず断固として、徹底的に、きれいに、のこらず消滅するという決意をすでに固めており、その勝利の確信にみちている。われわれの偉大な指導者毛主席は、「ソ連修正主義とアメリカ帝国主義はぐるになって、これほど多くの悪事をはたらき、恥ずべきことをやってきたが、全世界の革命的人民は、かれらをゆるすはずがない。世界各国の人びとはいま、立ちあがりつつある。アメリカ帝国主義とソ連修正主義に反対する新しい歴史的時期がすでに始まっている」と指摘している。戦争が革命をひきおこすにせよ、アメリカ帝国主義、ソ連修正主義の寿命はそう長くはない! 万国のプロレタリア団結せよ! 全世界のプロレタリア階級と被抑圧人民、被抑圧民族は団結せよ! アメリカ帝国主義、ソ連修正主義とかれらの手先を葬りさろう!
(8)全党、全国人民は団結していっそう大きな勝利をかちとろう
党の第九回全国代表大会は、わが党が歴史的に発展する重要なときに、わが国のプロレタリア階級独裁がうちかためられ、発展する重要なときに、世界共産主義運動と世界革命が発展する重要なときにひらかなれた。われわれの大会の代表のなかには、一代先輩のプロレタリア革命家もいれば、大量の新鮮な血液もふくまれている。産業労働者の党員代表、農民・下層中農の党員代表、婦人の代表の数が多いことは、わが党のこれまでのどの代表大会にもみられなかったことである。人民解放軍の党員代表のなかには、赤軍時代からの古い戦士もいれば、新しい戦士もいる。紅衛兵のなかの党員代表は、はじめて党の全国代表大会に参加した。これほど多くの代表が全国の津々浦々から北京にやってきて、偉大な指導者毛主席の身ちかに集まり、党と国家の大事をともに相談し、決定するということは、われわれの代表大会が生気はつらつとした大会であり、団結の大会であり、勝利の大会であることを示している。
毛主席はわれわれに、「国家の統一、人民の団結、国内諸民族の団結、これは、われわれの事業がかならず勝利するための基本的な保証である」と教えている。プロレタリア文化大革命をへて、毛沢東思想の偉大な赤旗のもとに、われわれの祖国はかつて見られなかったほど統一し、わが国の人民はきわめて広範な革命的大団結を実現した。この大団結は、プロレタリア階級が指導する、農同盟を基礎としたものであって、それには、兄弟の各民族がふくまれ、長期にわたって、祖国革命と建設の事業のために有益なことをした愛国の民主人士がふくまれ、広範な海外の愛国の華僑の同胞と香港・澳門の愛国的同胞がふくまれ、アメリカ・蒋介石反動派の抑圧と搾取のもとにおかれている台湾の愛国的同胞がふくまれ、社会主義を擁護し、社会主義祖国を熱愛するすべての人びとがふくまれている。今回の党の全国代表大会のあと、われわれ全国各民族の人民は、偉大な指導者毛主席の指導のもとに、いちだんとかたく団結し、われわれの共通の敵に反対する闘争のなかで、強大な社会主義祖国を建設する事業のなかで、いっそう大きな勝利をかちとるにちがいない。と、われわれは信じている。
毛主席は一九六二年 に、「いまから五十年前ないし百年前後は、世界で社会制度が徹底的に変化する偉大な時代であり、天地もくつがえるような時代であって、過去のいかなる歴史の時代もくらべものにならない。このような時代にあって、われわれは過去の時代の闘争形態とは異なる多くの特徴をもつ偉大な闘争をおこなう用意がなければならない」とのべた。毛主席のこの、高い見識にたって遠くまで見とおす壮大な展望は、われわれの今後の前進の道を照らし、すべての真のマルクス・レーニン主義者が共産主義の偉大な理想を実現するため勇敢に奮闘するようはげましている。
全党は団結し、全国人民は団結して、毛沢東思想の偉大な赤旗を高くかかげ、決意をかため、犠牲をおそれず、万難を排して、勝利をたたかいとろう!
プロレタリア文化大革命の偉大な勝利万歳!
プロレタリア階級独裁万歳!
党の第九回全国代表大会万歳!
偉大な、光栄ある、正しい中国共産党万歳!
偉大なマルクス・レーニン主義・毛沢東思想万歳!
われわれの偉大な指導者毛主席万歳!万歳!万歳!




