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革命的三結合を論ず (一九六七年三月)

編注:一九六七年三月『紅旗』五号の社説である。訳文は一九六七年『北京周報』一二号による。


毛主席は、権力奪取を必要とする一部の地方や単位では、革命的な「三結合」の方針を実施して、革命的で、代表性があり、しかもプロレタリア的権威をそなえた臨時権力機構をつくらなければならない、この権力機構の名称は、革命委員会とするのがよい、と指摘している。


これはプロレタリア革命派の奪権闘争が勝利をおさめるための政治的保証であり、組織的保証である。プロレタリア革命派はこの方針を正確に理解し、この方針を正確におしすすめなければならない。


革命的な「三結合」の臨時権力機構は、広範な大衆を真に代表する革命的大衆組織の責任者、人民解放軍の現地駐屯軍の代表、革命的指導幹部によって構成されなければならない。この三者のどのひとつを欠いてもいけないし、どの方面的役割を無視または過小評価するのも間違いである。


半年余にわたるすさまじい勢いのプロタリア文化大革命の大衆運動を経て、大衆は十分に動員され、新しく誕生したおびただしい革命的大衆の代表者がつぎつぎとあらわれている。広範な革命的大衆は、プロタリア革命派が資本主義の道を歩む党内のひとにぎりの当権派から権力を奪取するにあたっての基礎であり、革命的な「三結合」の臨時権力機構の基礎でもある。


真のプロタリア革命派や新しく誕生した革命的大衆の代表者は、プロタリア文化大革命にたいして不滅の功績をうち立てた。かれらは毛沢東思想にはぐくまれた新生の力であり、かれらは革命の大方向を体現しているのである。


資本主義の道を歩む党内のひとにぎりの当権派にたいする今回の奪権闘争は、毛沢東をはじめとする党中央の指導する下から上の大衆運動である。革命的な「三結合」の臨時権力機構のなかでは、かならず革命的大衆組織の責任者の役割を十分に発揮させ、またかれらの意見を重視しなければならず、けっしてかれらを引立て役とみなしてはならない。なぜなら、かれらは広範な革命的大衆の代表だからである。もしもかれらの役割を認めないかまたは低く評価するなら、それこそ、革命的大衆を否定し、プロタリア文化大革命を否定することになる。もしもこれを排除し、かれらを引立て役とみなすなら、革命的で、代表性があり、しかもプロタリア的権威をそなえた臨時権力機構の樹立は不可能となるし、革命的な「三結合」も不可能となるのである。


すべての大革命の大衆運動のなかでは、いくつかの欠点や誤りがあらわれるのは、避け難いことである。われわれは、かならず本質と主流をはっきりとみきわめ、革命の大方向をはっきりとみきわめなければならない。今回のプロタリア文化大革命において、広範な大衆を真に代表する革命的大衆組織の責任者の欠点や誤りは、一〇本の指のうちの一本の指といった問題であり、前進のなかでの問題である。プロタリア革命家としては、かれらの大方向が正しいものということをみてとるべきであり、またかれらには多くの長所があることをみてとって、虚心にかれらに学ぶべきである。そして、かれらの欠点や誤りに対しては、限りない熱情をこめて辛抱づよく、段取りを教えみびき、かれらを援助しなければならない。また、多くのアマチュア(※原本のままでは「多くのアマチュア」ではなく「多くの革命的大衆組織」)がみずから毛沢東の著作を活学活用し、自分たちの組織のなかに出現する誤った傾向とそれをただす方法を提起していることをみてとるべきである。これは一種の、尊ぶべき革命的な自覚性、創意性である。資本主義の道を歩む党内のひとにぎりの当権派から権力を奪取すると同時に、自分の頭のなかのが「私」からも権力を奪取する――これはほかでもなく、革命的大衆自身が提起したものである。


究極において、広範な大衆を真に代表する革命的大衆組織の責任者が「三結合」の臨時権力機構に参加することにどのような態度をとるかという問題は、とりもなおさず、大衆にたいし、大衆運動にたいしてどのような態度をとるかという問題であり、また毛沢東に代表されるプロタリア革命路線を実行できるかどうかを示す重要なめじるしである。われわれは、いついかなる時も、「大衆こそ真の英雄である」、「人民大衆は限りない創造力をもっている」、「人民のみが世界の歴史を創造する原動力である」という毛沢東の教えを銘記していなければならない。どのような組織、どのような個人も、もし広範な革命的大衆から遊離するなら、かならず毛沢東に代表されるプロタリア革命路線をつらぬけないことになるであろう。


半年余に及ぶすさまじい勢いのプロタリア文化大革命の大衆運動は、われわれの幹部の隊伍にとってきびしい試練となった。資本主義の道を歩む党内のひとにぎりの当権派はあばき出された。それと同時に、われわれの大多数の幹部はよい幹部であるかまたは比較的よい幹部であることが立証された。幹部を一様に排除したり、一様に打倒したりするような観点は、完全な誤りである。しかし、指摘しておかなければならないのは、これについて大衆を責めてはならないということである。幹部にたいして大さかいなく、一様に排除し、一様に打倒する――これはブルジョア反動路線を打ちだした例のなん人かのものの主張であり、しかも、かれらこそがその通りにやったのである。この余毒がある一部の同志の頭のなかから、まだ一掃されておらず、そのためにかれらは無意識のうちに、ある程度、こうした誤りを犯したのである。


各地方、各部門、各企業・事業単位には、それぞれ大勢の革命的幹部がいる。資本主義の道を歩む当権派の盤踞していたいちぶの地方、いちぶの部門にしても、やはりそうである。ただ、そのようなところの革命的幹部は、長いあいだ、おさえつけられていたにすぎない。われわれはかならずこの点をみてとおかなければならない。 「三結合」の臨時権力機構に参加する革命的幹部の役割を十分に評価しなければならない。かれらはこの機構のなかで中核としての役割、骨幹としての役割をはたすべきであり、またその可能性をもっている。いうまでもなく、大衆と結びつき、仕事のなかで大衆路線を歩んでこそ、はじめてこうした役割をはたすことができるのである。誤りを犯した幹部が、誤りを自己批判し、誤りを改め、資本主義の道を歩む党内のひとにぎりの当権派とはっきり一線を画し、ブルジョア反動路線とはっきり一線を画し、毛主席に代表されるプロレタリア革命路線の側にほんとうに立ちさえすれば、われわれは革命に前後の区別はないという原則にしたがって、かれらと団結し、かれらに適当な仕事をあたえるべきであり、また、かれらのうちの多くの人は臨時権力機構に参加することができるのである。


しかし、誤りを固執し、資本主義の道を歩む当権派とはっきり一線を画さず、ブルジョア反動路線とはっきり一線を画さないものを大衆の頭の上におしつけ、強引に「三結合」の権力機構のなかにひきこんではならない。さもなければ、それは革命的な「三結合」ではなくなるし、それでは資本主義の道を歩む党内のひとにぎりの当権派から権力を奪取することなど全然話にもならなくなる。それではまた、新しい反復が出現させることになり、ひいては、打倒された、資本主義の道を歩む当権派を再登場させることにさえなるであろう。


いちぶのものが革命的な「三結合」の方針をねじ曲げ、「三結合」を口実にして、折衷主義、協調主義、「合二而一」(二つのものをあわせて一つにする)を実行し、はてはあらゆる手口を使って資本主義の道を歩む党内の当権派をひきもどそうとしていることに、われわれは警戒しなければならない。これこそ火事場どろぼうをはたらき、プロレタリア文化大革命の成果をのっとり、反革命の復活を実行しようとするものにほかならない。すべての革命的大衆、すべての革命的幹部は、かならず階級敵のこのような陰謀を断固として排除し、それに断固として反対し、それを断固として粉砕しなければならない。


偉大な人民解放軍は、プロレタリア階級独裁の礎石である。毛主席は、広範な革命的左派の大衆を積極的に支持するよう人民解放軍に呼びかけているが、これは偉大な戦略的意義をもっている。


経験が立証しているとおり、革命的「三結合」の臨時権力機構のなかに、人民解放軍の現地駐屯軍の代表が参加することは、奪権闘争の任務を勝利のうちに達成するうえで、ひじょうに重要な役割をはたしている。


人民解放軍の幹部が参加する「三結合」の臨時権力機構があり、人民解放軍の支援があれば、地方のプロレタリア革命派の勢力はいっそう大きくなるであろう。階級敵は人民解放軍をもっとも恐れ、軍隊の幹部が参加する革命的な「三結合」をもっとも恐れている。かれらは苦心に苦心をかさねて流言飛語をとばし、あらゆる事実をでっちあげて、革命的大衆と人民解放軍を離間し、真相を知らないいちぶの大衆を扇動して、闘争の矛先を人民解放軍に向けさせようとたくらんでいる。階級敵のこうした陰謀にたいしては、かならず、徹底的な暴露をおこない、断固たる打撃をあたえなければならない。


中国人民解放軍は、世界中にならぶもののない、ひじょうに革命化したプロレタリア階級の軍隊である。毛主席は、「しっかりと中国人民の側にたって、誠心誠意、中国人民に奉仕することこそ、この軍隊の唯一の目的である」のべている。それだからこそ、すべての革命的大衆組織、革命的大衆はみな人民解放軍に信頼をよせ、現地駐屯軍の代表が革命的な「三結合」の臨時権力機構に参加することを心から支持しているのである。上から下まで、権力の奪取を必要とするすべての単位には、いずれも軍隊の代表または民兵の代表が参加して、「三結合」をおこなわなければならない。工場、農村、財政・貿易部門、文化・教育部門(大学、中学校、小学校)、党・政府機関、大衆団体のいずれを問わず、みなそのようにしなければならない。県以上にはすべて軍隊の代表を派遣し、公社以下にはすべて民兵の代表を派遣するのは、たいへんよいことである。軍隊の代表が足りない場合は、一時欠員にしておき、のちに派遣してもよい。


人民解放軍にたいする態度、とりもなおさず、プロレタリア階級独裁にたいする態度であり、また、真の革命的左派であるかどうかを見分ける重要なんめじるしである。


あるいちぶの地方では、階級闘争の状況がいりくんで複雑なため、現地部隊のいちぶの同志が、支援活動のなかで、一時的な誤りを犯すこともありうる。こうした問題が生じた場合、真の革命的左派は善意をもって、適当な方式をとり、部隊の責任者の同志に事情を説明し、意見を提出すべきであって、けっして公然とした敵対的態度をとるべききではなく、まして闘争の矛先を人民解放軍に向けるようなことをしてはならない。さもなければ、絶大な誤りを犯すことになり、また味方を苦しめ、敵をよろこばせるような事をおこない、階級敵につけこまれることになるであろう。


人民解放軍はプロレタリア革命派の奪権闘争を支援するなかで、すでに重要な貢献をしている。全指揮員、戦闘員は毛主席の教えにしたがって、広範な革命的大衆にしっかりと依拠し、虚心に革命的大衆に学び、まず大衆の生徒となり、そののちに大衆の先生となり、問題があればよく大衆と相談して、深くほりさげた、綿密な調査研究をおこなわなければならない。そうすれば、プロレタリア革命派の奪権闘争をひじょうに力強く支援できるのであり、また、部隊自身も闘争のなかで、新たな鍛錬を経、新たな向上をかちとることができるのである。


「三結合」の臨時権力機構は、かならず革命的で代表性があり、しかもプロレタリア的権威をそなえたものでなければならない。この権力機構は毛主席に代表されるプロレタリア革命路線を断固としてつらぬき、ブルジョア反動路線に断固として反対しなければならず、「合二而一」であってはならず、折衷主義的なものであってはならない。それでこそ、この権力機構ははじめて代表性をもつことができ、はじめて広範な革命的大衆や広範な革命的幹部を代表することができる。また、それでこそはじめて、プロレタリア的権威をそなえたものとなることができるのであり、はじめて階級敵に強力な独裁を実行して、資本主義の道を歩む党内のひとにぎりの当権派や社会の妖怪変化のさまざまな形態の反革命復活の陰謀を粉砕することができるのである。


いま全国人民の前におかれている大きな問題は、プロレタリア文化大革命を最後までおしすすめるか、それとも途中で挫折させるかということである。すべての革命的同志は、冷静な判断力を保持しなければならず、けっしてあやふやな考えをもってはならない。「宜将剰勇追窮寇、不可沽名学覇王」(余勢をかって逃げ回る敵を追いつめるべきであって、虚名を得ようとして覇王項羽のまねをしてはならない)。当面、われわれは、とくに毛主席のこの教えてを銘記しておかねばならないのである。

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