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关于农村社会主义教育等问题的指示 農村の社会主義教育などの問題に関する指示 (一九六三年五月)

一、关于社会主义社会的阶级斗争

一、社会主義社会における階級闘争について


  在社会主义社会中,有没有阶级?有没有阶级斗争?外国有一种说法:他们国内没有阶级了,他们的党是全民的党了;无产阶级专政也没有对象了,他们的国家是全民的国家了。我们国内也有类似的说法。资产阶级每天在斗争无产阶级,就是不承认有阶级存在,就是不承认有阶级斗争,说阶级斗争是马克思捏造的。不光是外国的修正主义者和国内的资产阶级不承认有阶级和阶级斗争存在,我们有许多干部、党员、对于敌情的严重性也是认识不足的,甚至熟视无睹的。


社会主義社会において、階級は存在するのか? 階級闘争は存在するのか?外国にはこのような主張がある。いわく、「国内に階級はもはや存在せず、党は全人民の党となった。プロレタリア独裁の対象も消滅し、国家は全人民の国家となった」と。我が国内にも、これに似た主張が存在する。ブルジョアジーは日夜プロレタリアートを攻撃していながら、階級の存在を認めず、階級闘争の存在を認めず、階級闘争とはマルクスがでっち上げたものだと主張している。階級や階級闘争の存在を認めないのは、単に外国の修正主義者や国内のブルジョアジーだけではない。我々の多くの幹部や党員もまた、敵の情勢の深刻さにたいする認識が極めて乏しく、甚だしきに至っては見て見ぬふりすら決め込んでいるのである。


  以上这些看法对不对?完全不对。已被推翻的反动统治阶级是不甘心于死亡的,他们总是企图复辟的。同时,资产阶级分子会新生,反革命分子也会新生。而在这些阶级敌人的后面,还站着帝国主义,现代修正主义和反动的民族主义。因此,党的八届十中全会公报指出:“在无产阶级革命和无产阶级专政的整个历史时期内(这个时期需要几十年,甚至更多的时间),存在着社会主义和资本主义这两条道路的斗争。”


こうした見解は正しいであろうか? 断じて正しくない。打ち倒された反動支配階級は、決して自らの滅亡に甘んじるものではなく、常に復辟(旧体制の復活)を企んでいる。同時に、ブルジョア分子は新しく生まれ、反革命分子もまた新しく生まれてくるのである。しかも、これら階級敵の背後には、帝国主義、現代修正主義、そして反動的民族主義が立ちふさがっているのだ。それゆえ、党の第8期第10回中央委員会総会(八届十中全会)公報は次のように指摘している。

「プロレタリア革命とプロレタリア独裁の全歴史的期間(この期間は数十年、あるいはそれ以上の時間を要する)を通じて、社会主義と資本主義という二つの道の闘争が存在する」


  〔翻印者注:公报上原文为:“在无产阶级革命和无产阶级专政的整个历史时期,在由资本主义过渡到共产主义的整个历史时期(这个时期需要几十年,甚至更多的时间)存在着无产阶级和资产阶级之间的阶级斗争,存在着社会主义和资本主义这两条道路的斗争。”〕


〔復刻者注:公報の原文では「プロレタリア革命とプロレタリア独裁の全歴史的期間において、資本主義から共産主義へと移行する全歴史的期間(この期間は数十年、あるいはそれ以上の時間を要する)において、プロレタリアートとブルジョアジーとの間の階級闘争が存在し、社会主義と資本主義という二つの道の闘争が存在する」となっている。〕


  社会上的阶级斗争,一定要反映到我们党内来。我们这样大的国家,又存在阶级,在党内不反映资产阶级思想、封建阶级思想、富裕农民思想那才是怪事!阶级斗争所以会反映到党内来,还有一个重要根源。从党内成份来看,我们党内主要是工人、贫雇农、下中农,主要成份是好的。但是党内有大量的小资产阶级,其中有的是城乡上层小资产阶级分子,也有一批是知识分子,还有相当数量的地主、富农的子女。这些人,有的马列主义化了,有的化了一点,没有全部马列主义化,有的完全没有化,组织上入了党,思想上没有入党。


社会における階級闘争は、必ずや我々の党内へと反映してくるものである。我々のような大国において、しかも階級が存在している以上、党内にブルジョア思想、封建主義思想、裕福な農民の思想が反映しないとすれば、それこそ奇妙なことというべきである!階級闘争が党内に反映するのには、もう一つ重要な根源がある。党内の構成から見れば、我が党の主力は労働者、貧雇農、下中農であり、主要な構成は良好である。しかし党内には、大量の小ブルジョアジーが存在する。その中には都市や農村の上層小ブルジョア分子もいれば、知識人の一群もおり、さらには地主や富農の子女も相当数存在する。これらの人々のうち、ある者はマルクス・レーニン主義化し、ある者はわずかに変化したものの完全には化しておらず、ある者はまったく化していない。組織の上では入党していても、思想の上では入党していないのである。


这些人对社会主义革命没有思想准备。另外,这几年还钻进一些坏人,他们贪污腐化,严重违法乱纪。民主革命不彻底,坏人钻进来,这个问题要注意。但是比较好处理。主要问题是没有改造好的小资产阶级分子,知识分子和地主.富农子女,对这些人需要做更多的工作。因此,对党员、干部要进行教育,再教育,这是一个重要任务。


これらの人々は、社会主義革命にたいする思想的準備ができていない。このほか、ここ数年の間に一部の悪質分子が紛れ込み、貪汚・腐敗に走り、著しく違法・乱紀を行っている。民主主義革命が徹底されておらず、悪質分子が紛れ込んでいる問題には注意しなければならない。しかし、この問題の処理は比較的容易である。主要な問題は、未改造の小ブルジョア分子、知識人、ならびに地主や富農の子女であり、これらの人々に対しては、より多くの工作を行う必要がある。それゆえ、党員や幹部に対して教育を行い、再教育を行うこと、これこそが重要な任務なのである。


  二、关于社会主义教育运动问题

二、社会主義教育運動の問題について


  这次社会主义教育运动,是一次伟大的革命运动。“革命尚未成功”这是孙中山的话。我们现在是:社会主义革命正在进行,有些地方民主革命尚未成功。社会主义革命没有完成,就要继续进行社会主义革命;民主革命没有成功,就要进行民主革命的补课,还有一些地方,地主根本没有打倒,那些地方是重新革命的问题。


今回の社会主義教育運動は、ひとつの偉大な革命運動である。「革命なお未だ成功せず」――これは孫中山(孫文)の言葉である。我々の現在はどうであろうか。社会主義革命はまさに進行中であり、一部の地域では民主主義革命すら未だ成功していないのである。社会主義革命が完成していないのであれば、社会主義革命を推し進め続けねばならない。民主主義革命が成功していないのであれば、民主主義革命の補修講義(やり直し)を行わねばならない。さらに一部の地域では、地主が根本から打ち倒されておらず、そうした地域では革命をやり直すこと(再革命)が問題となるのである。


  资产阶级右派和中农分子把希望寄托在自留地、自由市场、自负盈亏和包产到户,这“三自一包”上面。我们搞社会主义革命,在城市搞“五反”,在农村搞“四清”,就是挖资产阶级的社会基础,挖资本主义的根子,挖修正主义的根子。


ブルジョア右派や中農分子は、「自留地(個人用区画地)」「自由市場」「自負盈虧(自己採算制)」そして「包産到戸(戸別生産請負制)」という、いわゆる「三自一包」に望みを託している。我々が社会主義革命を推し進め、都市において「五反」を展開し、農村において「四清」を展開すること――それこそは、ブルジョアジーの社会基盤を掘り崩し、資本主義の根を掘り起こし、修正主義の根を絶ち切ることにほかならないのである。


  党的八届十中全会以后,有些地方比较认真执行了中央关于社会主义教育的指示,做得很好,不仅制止了“单干风”,而且把农村中阶级斗争的盖子揭开了,把各种矛盾揭开了,把各种破坏社会主义的牛鬼蛇神揭露出来了。可见,阶级斗争一抓就灵,也有些地方,虽然进行了社会主义教育,但是没有抓住要点,没有找到正确的方法。今后,还需要抓住要点,采取正确的方法和步骤,进一步开展社会主义教育运动。


党の第8期第10回中央委員会総会(八届十中全会)以後、一部の地域では中央の社会主義教育に関する指示が比較的真剣に実行され、非常に大きな成果をあげた。それらの地域では「単幹風」(個人経営化の風潮)を制止したばかりでなく、農村における階級闘争の蓋(ふた)を開け放ち、あらゆる矛盾を白日のもとに晒し、社会主義を破壊するあらゆる「牛鬼蛇神」(反動的悪質分子)を暴露したのである。これによって分かるように、階級闘争は、取り組めばすぐ効果があらわれる。一方で、一部の地域では社会主義教育を進めはしたものの、要点を掴めず、正しい方法を見出せなかった。今後は、さらに要点をしっかりと掴み、正しい方法と手順を採用して、社会主義教育運動をいっそう展開してゆかねばならない。


  这次社会主义教育的要点是什么?要点就是阶级和阶级斗争,干部洗手洗澡,依靠贫、下中衣,“四清”,干部参加集体劳动这样一套。凡是社会主义教育一般化,不触及洗手洗澡,不触及贪污盗窃的地方,就不能抓住主要问题。


要点とは、階級と階級闘争、幹部の「洗手洗澡(手を洗い、風呂に入ること=自己批判と身の清算)」、貧農・下中農への依拠、「四清」、そして幹部が集団労働に参加するという一連の営みである。およそ社会主義教育が一般化(形骸化)し、「洗手洗澡」に触れず、貪汚や盗窃(不正な着服や泥棒行為)に触れない地域では、主要な問題を掴むことなど到底できないのである。


  方法是什么?方法就是说服教育,洗手洗澡,轻装上阵,团结对敌,就是要团结百分之九十五以上的群众和干部,同阶级敌人作斗争,对百分之九十五以上的人,不抓辫子,不打棍子,不戴帽子,还要加上不追不逼,不打不骂。有错误的人,只要彻底坦白悔改,就算在百分之九十五以内。手脚不干净,要批评,要洗手洗澡,还要继续做工作。伤人不要过多,但少数人是要伤的。


方法とは何か?方法とは、説得と教育であり、「洗手洗澡(手を洗い風呂に入ること=自己批判と身の清算)」であり、身軽になって陣頭に立ち、団結して敵に対峙することである。すなわち、95%以上の大衆および幹部と団結し、階級敵と闘うことである。95%以上の人々に対しては、しっぽを掴まず(弱みを攻めず)、棒で叩かず(レッテルで叩かず)、帽子をかぶせず(罪名を着せず)、さらに「追及せず、威圧せず、打たず、罵らず」を加えるべきである。過ちを犯した者であっても、徹底的に自白して改悛しさえすれば、95%の中に含める。手足が汚れている(不正や着服がある)者に対しては、批評を行い、「洗手洗澡」を行わせ、なおかつ引き続き工作を担当させねばならない。人を傷つけ(処分・弾圧し)すぎてはならないが、ごく少数の者については、傷つけざるを得ないのである。


要奖励一些好人,处理少数坏人,组织处理一定要经过批准手续。有的地方采取讲社史、村史、家史的办法,对青年进行阶级教育。这个办法很值得推行。贫农受剥削、受压迫的家史可以讲,贫农富裕起来的家史也可以讲。地主、富农的家史也可以作为反面教材讲给贫、下中衣听,讲他们是怎样剥削压迫人的。


善い人々を褒賞し、ごく少数の悪質分子を処理せねばならない。組織上の処分や処理については、必ず認可の手続きを経なければならない。一部の地域では、人民公社史・村史・家史(家族の歴史)を語り聞かせる方法を採用し、青年に対して階級教育を行っている。この方法は極めて推し進める価値がある。貧農が搾取され、抑圧されてきた家史を語ることもできれば、貧農が(社会主義のもとで)裕福になっていった家史を語ることもできる。地主や富農の家史であっても、彼らがどのように人を搾取し抑圧してきたかを示す反面教材として、貧農や下中農に語り聞かせることができるのである。


  步骤是什么?就是:经过试点,分期、分批、分地区地进行。一个县之内,也要分期、分批进行。要注意到各地区的不同情况,允许有先有后,允许参差不齐,开始训练县级干部,再训练公社和大队的干部,然后训练生产队干部和贫、下中农的积极分子。试点很重要,各地都要搞试点,经过试点把情况弄清楚。有的同志,开始对阶级斗争、社会主义教育不大相信?后来他去试点以后,就相信了,相信了就抓起来了。


手順とは何か?手順とは、すなわち試点(試行・パイロット運用)を経て、時期を分け、グループを分け、地域を分けて進めることである。一つの県の中でも、時期を分け、グループを分けて進めねばならない。各地域の異なる状況に注意を払い、先後(着手の時期のズレ)があることを許容し、足並みが揃わないことを許容せねばならない。まず県級の幹部を訓練し、次に人民公社および大隊の幹部を訓練し、その後に生産隊の幹部と貧農・下中農の積極分子(アクティビスト)を訓練するのである。試点は極めて重要であり、各地で必ず試点を実施し、試点を通じて状況を明確に把握しなければならない。一部の同志は、最初は階級闘争や社会主義教育というものをあまり信じていなかった。しかし後になって試点に赴くや、信じるようになり、信じてからはしっかりと掴んで取り組むようになったのである。


  有人对社会主义教育有顾虑,无非是两条:一是怕耽误生产,一是怕“伤人”太多,阶级斗争和社会主义教育一定会有利于增加生产。“伤人”不能过多,但少数人是要伤的。解决人民内部矛盾问题也要有点“紧张”,精神轻松愉快,这是就其结果说的。不是说在社会主义教育过程中没有一点紧张。只有搞了社会主义教育,“五反”、“四清”,组织贫、下中农阶级队伍,才能做到心情舒畅。贫、下中农起来,几股黑风不打倒,干部不洗手洗澡,能够心情舒畅吗?干部心情不舒畅,就要搞我们这一套。贫、下中农心情不舒畅(此处遗漏了一段)才能出现真正的心情舒畅的局面。


社会主義教育に対して懸念を抱く者がいるが、それは詰まるところ二点にすぎない。一つは生産の邪魔になるのではないかという恐れ、もう一つは人を「傷つけ(処分・叩き)」すぎるのではないかという恐れである。階級闘争と社会主義教育は、必ずや生産の増大に寄与するものである。人を「傷つける」のは過度であってはならないが、ごく少数の者については傷つけざるを得ない。人民内部の矛盾を解決する問題においても、ある程度の「緊張」は必要である。「精神が伸び伸びとして愉快である(心情舒畅)」というのは、その結果について言っているのである。社会主義教育の過程において、一切の緊張がないなどと言っているのではない。社会主義教育、すなわち「五反」や「四清」を展開し、貧農・下中農の階級の隊列を組織してこそ、はじめて心情舒暢(晴れやかな気持ち)を実現できるのだ。貧農や下中農が立ち上がらず、幾股もの黒風(悪しき風潮)が打ち倒されず、幹部が「洗手洗澡(手を洗い風呂に入ること=自己批判と清算)」をしないままで、どうして心情舒暢であり得ようか?幹部の気持ちが晴れやかでないのであれば、我々のやり方を貫かねばならない。貧農や下中農の気持ちが晴れやかにならない(※注:原文一部脱落)ことによってのみ、真に心情舒暢な局面が現れるのである。


  当然也不要急躁,不要蛮干。过去社会主义教育搞得不深的地方,要从搞得不深的实际情况出发,要跳起来,一哄而起。不打无把握之仗,要准备好了再打。没有试点,情况不明,或者兵没有练好,干部和贫、下中农没有训练好,就不要急急忙忙的、大规模地开展运动。对干部要着重说服教育,口头说不服的,就用事实材料去说服。要派强有力的干部去领导运动,不会打仗的人,不要他当指挥官。没有蚂蚁的地方不要硬找蚂蚁。例如,过去有些一类社、队过去注意了阶级斗争,注意了社会主义教育,就不一定完全采取现在这一套办法来搞。但是人民内部矛盾是普遍存在着的,在一类社、队,也要解决人民内部矛盾。


むろん、焦りや苛立ちを生んではならず、暴走(蛮幹)してもいけない。過去に社会主義教育の取り組みが不十分であった地域では、その不十分であったという実際の状況から出発しなければならない。焦って一躍立ち上がり、一斉になだれ込むようなやり方をしてはならないのである。「確信のない戦(無把握之仗)は交えない」のであり、十分に準備を整えてから叩かねばならない。試点(パイロット運用)も行わず、状況も不明であり、あるいは兵の訓練ができておらず、幹部や貧農・下中農の訓練ができていない段階で、急ぎ慌てて大規模に運動を展開してはならないのである。幹部に対しては説得と教育を重視すべきであり、口頭で納得させられない場合は、事実と資料をもって説得する。運動を指導させるためには強力な幹部を派遣せねばならず、戦の仕方を知らぬ者に指揮官を任せてはならない。アリ(問題・敵)のいない場所で無理にアリを探し出すような真似をしてはならない。例えば、過去において階級闘争や社会主義教育に意を払い、成果をあげてきた一部の「一類社(優良な生産合作社)」や生産隊などでは、必ずしも現在の一連のやり方をそのまま適用して進める必要はない。しかしながら、人民内部の矛盾は普遍的に存在しているものであり、一類社や生産隊においても、人民内部の矛盾は解決されねばならないのである。


  总之,这次运动是一次大考验,干部好不好,行不行,都要在这次运动中受到考验。只要我们分期、分批、分地区去搞,经过试点,认真对待,再加上保护百分之九十五以上的干部和群众,大毛病是可以避免的。


要するに、今回の運動はひとつの大きな試練である。幹部が良いか悪いか、役に立つか立たないかは、すべて今回の運動の中で試練を受けねばならない。我々が時期を分け、グループを分け、地域を分けて進め、試点(パイロット運用)を経て真剣に対処し、そのうえで95%以上の幹部と大衆を護りさえすれば、大きな過ち(大毛病)は回避できるのである。


  三、关于四清问题

三、「四清」の問題について


  在农村中,不搞“五反”,只搞“四清”。“四清”就是清理账目,清理工分,清理仓库,清理财物。其中又主要是清理账目、清理工分两项。首先应当发动群众把1962年以来的账目、仓库、财物、工分,同时把国家投资、银行贷款和商业部门赊销所添置的资产,全面彻底地清查一次。


農村においては「五反」を行わず、「四清」のみを行う。「四清」とは、帳簿の清算(清理帳目)、工分(労働点数)の清算(清理工分)、倉庫の清算(清理倉庫)、財物の清算(清理財物)のことである。このうち、中心となるのは帳簿の清算と工分の清算の二項目である。まずは大衆を発動し、1962年以来の帳簿、倉庫、財物、工分を全面的かつ徹底的に徹底清査せねばならない。同時に、国家の投資、銀行の融資、ならびに商業部門のツケ払い(売掛)によって増強された資産についても、一括して徹底的に清査すべきである。


  这是一项同社会主义教育运动相结合的大规模的群众运动,主要解决人民内部矛盾,但对于贪污、盗窃、投机倒把、蜕化变质分子来说,也是一场严重的阶级斗争,农村中的“四清”运动,同城市中正在进行的“五反”运动一样,都是打击和粉碎资本主义势力猖狂进攻的社会主义革命斗争。


これは、社会主義教育運動と結びついた大規模な大衆運動であり、主として人民内部の矛盾を解決するものである。しかしながら、貪汚(着服)・盗窃(泥棒)、投機倒把(闇取引・買い占め)、ならびに退化変質(腐敗・転落)した分子にしてみれば、これもまた厳粛な階級闘争にほかならない。農村における「四清」運動は、都市において現在展開されている「五反」運動と同様、いずれも資本主義勢力の狂暴な攻撃を打倒し、打ち砕くための社会主義革命闘争なのである。


  我们在农村中十年没有搞阶级斗争了。1952年搞“三反”、“五反”,是在城市。在农村,1957年搞了一次全民整风,但不是用现在这个方法搞的。合作化以来,农村中的现金、工分、财物、仓库就没有清理过,没有向社员全面公布账目。“四清”能搞出很多贪污盗窃、牛鬼蛇神。公安机关搞不出来,“四清”能搞出来。


我々は農村において、十年間も階級闘争を行ってこなかった。1952年に行った「三反」や「五反」は、都市において実施されたものである。農村では1957年に一度全民整風(全人民的な作風是正運動)を行ったが、現在のようなやり方で実施したわけではなかった。合作化(農業生産合作社化)以来、農村における現金、工分(労働点数)、財物、倉庫は一度として清算されたことがなく、組合員(社員)に対して帳簿が全面的に公開されたこともなかったのである。「四清」を展開してこそ、夥しい貪汚・盗窃(着服や泥棒行為)や「牛鬼蛇神」(反動的悪質分子)を掘り起こすことができる。公安機関には掘り起こせなくとも、「四清」であれば掘り起こすことができるのだ。


  进行“四清”方法要对,要采取扎根串连,依靠贫、下中农,这一套办法,放手发动群众,有些干部不听领导的话,他们却不能不听群众的话,把群众发动起来,事情就好办了。要把百分之九十五以上的人团结教育过来,打击极少数严重贪污盗窃分子。有些人坦白了,退赔了,就可以不戴贪污分子的帽子,要使多数洗温水澡,轻装上阵,团结对敌。“四清”中一切问题的处理都要发动群众充分讨论。赃款、赃物,不退不行,但要退得合情合理。


「四清」を進めるにあたっては、方法が正しくなければならない。「扎根串連(根を張り連絡を広げること)」を行い、貧農・下中農に依拠するという一連のやり方を採用し、思い切って大衆を発動せねばならない。幹部の中には指導部の言うことを聞かない者がいるが、そうした者たちとて大衆の言うことを聞かないわけにはいかないのだ。大衆を発動しさえすれば、事はやりやすくなるのである。95%以上の人々を団結・教育して引き入れ、ごく少数の重度の貪汚・盗窃分子(極悪な着服・泥棒分子)を打倒せねばならない。自白し、不正に得た財物を返還・賠償した者については、「貪汚分子」の帽子(罪名)をかぶせずに済ませることができる。大多数の者に「温水澡(ぬるま湯の風呂=マイルドな自己批判と清算)」に入らせ、身軽になって陣頭に立ち、団結して敵に対峙させねばならないのである。「四清」におけるあらゆる問題の処理は、すべて大衆を発動して十分に討論させねばならない。不正に得た金品は、返還させねばならないが、道理と情にかなった合理的な方法で返還させねばならないのである。


不退群众不允许,太挖苦了,有些干部过不去,群众过些时候也会同情他们的。对贪污盗窃分子,一般不采用群众大会斗争的方式,可以一方面采用背靠背的方式(在必要的时候,也可以在较小范围的群众会上),让群众充分揭发和批判;一方面组织专门小组清理账目,进行调查研究,然后根据确凿的证据,核实定案。要严防敷敷衍衍“走过场”,也要防止逼、供、信,严禁打人、骂人和任何变相的体罚。已经搞过的要复查。凡是搞得不好,真不彻底的,必须重搞,一些必要的制度还没有建立的,必须建立起来。


不正に得たものを返還させなければ、大衆が納得しない。しかし、追い詰めすぎて辛辣に叩きすぎれば、一部の幹部が行き詰まってしまい、時が経てば大衆も彼らに同情するようになってしまう。貪汚・盗窃分子(着服・泥棒分子)に対しては、一般に大衆大会での闘争(糾弾)という方式は採用しない。一方では「背対背(本人を交えない裏での協議・暴露)」の方式を採用し(必要な場合は、比較的小規模な大衆集会において)、大衆に充分に暴露と批判を行わせる。他方では専門班を組織して帳簿を清算し、調査研究を行って、確実な証拠に基づき事実を照合・認定したうえで決定を下すのである。うわべだけ取り繕って「走過場(お茶を濁して形式的に済ませること)」にすることを厳重に防ぎ、同時に「逼・供・信(威圧・強要・不当な自白の鵜呑み)」を防がねばならない。暴行、暴言、ならびにいかなる変相の体罰も厳禁する。すでに実施された箇所については復査(再調査)を行わねばならない。取り組みが不十分で、真に徹底していないものについては、必ずやり直さねばならず、必要な制度がまだ確立されていない場合は、必ず確立しなければならないのである。


  四、关于组织贫、下中农革命的阶级队伍

四、貧農・下中農の革命的階級隊列の組織について


  不论在革命中,或者在社会主义建设中,都必须解决依靠谁的问题。(翻印者注:上文与下文联系起来看,这里一定遗漏了一段,请读者注意),因为那时还有唯物论和唯心论,还有先进和落后。没有阶级差别了,总还有左、中、右。


革命の中にあっても、また社会主義建設の中にあっても、我々は誰に依拠すべきかという問題を解決せねばならない。(※翻印者注:本文と本文の前後のつながりからみて、ここには必ずや一段落の脱落があることに読者は注意されたい。)なぜなら、その時(将来の階級が消滅した社会)にあっても、なお唯物論と唯心論が存在し、進歩と落後が存在するからである。階級の差別のなくなった世であっても、終始一貫して「左・中・右(左派・中間派・右派)」は存在するのである。


  在农村中依靠谁?

農村において、誰に依拠すべきか?


  不是依靠全民,而是依靠贫农、下中农。贫农、下中农大约占农村人口百分之五十到七十左右。他们是农村中的多数。是农村中的无产阶级和半无产阶级。我们要同地、富、反、坏作斗争,就要团结大多数,首先是依靠贫农、下中农。要多数,还是少数,要无产阶级专政,还是牛鬼蛇神专政?真正的马列主义者就是依靠多数,修正主义者名曰依靠全民,实际上是依靠少数。一些农村干部有一种说法,说:“地主听话,中农好办,贫农糊涂。”其实,地主是要你听他的话,县社干部都不注意听贫农的话,那么贫农一辈子都翻不了身。


全人民に依拠するのではなく、貧農と下中農に依拠するのである。


貧農と下中農は、農村人口のおよそ50%から70%前後を占めている。彼らは農村における圧倒的多数であり、農村における無産階級(プロレタリアート)および半無産階級である。我々が地主・富農・反動分子・悪質分子(地・富・反・壊)と闘うためには、圧倒的大多数と団結せねばならず、何よりもまず貧農・下中農に依拠しなければならないのである。多数をとるのか、それとも少数をとるのか? 無産階級専政(プロレタリア独裁)をとるのか、それとも「牛鬼蛇神」(反動的悪質分子)の独裁をとるのか?真のマルクス・レーニン主義者は多数に依拠するが、修正主義者は「全人民に依拠する」と称しながら、実質的には少数に依拠するのである。一部の農村幹部の間に、「地主は言いなりになり、中農は扱いやすく、貧農は愚かだ」という言い草がある。しかし実のところ、地主は自分たちの言いなりにさせようとしているのであり、県や人民公社の幹部が貧農の声に耳を傾けようとしないならば、貧農は一生立ち上がることができないのである。


  依靠贫农、下中农,树立贫、下中农在农村的优势,是进行社会主义革命和社会主义建设的重要问题也是巩固无产阶级专政的重要问题。在整个社会主义历史阶段,一直到进入共产主义以前,我们在农村都要依靠贫、下中农。


貧農・下中農に依拠し、農村における貧農・下中農の圧倒的優勢を確立することは、社会主義革命および社会主義建設を進めるうえで極めて重要な問題であり、無産階級専政(プロレタリア独裁)を強固にするうえでも極めて重要な問題である。社会主義の歴史的段階の全体を通じて、共産主義へと移行するその時に至るまで、我々は農村において終始一貫して貧農・下中農に依拠せねばならないのである。


  要依靠贫、下中农,就必须建立贫、下中农的阶级组织。组织起来,就有了中心。贫、下中农组织起来就可以更好地团结中农。有些地方,贫农一经组织起来,中农就打听消息,表示要走社会主义道路,还不是大家都组织起来了。


貧農・下中農に依拠するためには、必ずや貧農・下中農の階級組織を確立しなければならない。組織化してこそ、中心(核)が生まれるのである。貧農・下中農が組織化されてこそ、より良く中農と団結することができるのだ。一部の地域では、貧農がひとたび組織化されるや、中農は探りを入れ、社会主義の道を歩む意向を示すようになったではないか。これこそ、皆が組織化されたということである。


  建立贫下中农阶级组织,要在斗争中发动群众去建立,不要形式主义地建立。搞形式有什么用?形式上是社会主义,实际上不是。南斯拉夫还不是挂着社会主义招牌。


貧農・下中農の階級組織を確立するにあたっては、闘争の中で大衆を発動して確立せねばならず、形式主義的に確立してはならない。形式ばかりを取り繕って何の役に立とうか? 形式上は社会主義であっても、実際にはそうでないのだ。ユーゴスラビアとて、社会主義の看板を掲げているではないか。


  开始组织,不一定数量很多。比如一个生产队有二十户,先组织两三户,以后四、五户,有十一、二户组织起来了,就很起作用。要像滚雪球一样逐步搞起来,不要一哄而起,一步一步搞,扎扎实实搞。


組織化を開始するにあたっては、必ずしも最初から大人数である必要はない。たとえば一つの生産隊に20戸がある場合、まずは二、三戸を組織し、その後四、五戸へと広げ、十一、二戸が組織化されれば、大いに効果を発揮するのである。雪だるまを転がすように一歩一歩立ち上げてゆかねばならず、一斉になだれ込むような真似をしてはならない。一歩一歩着実に、足地に足をつけて進めねばならないのだ。


  有些地方提出贫、下中农委员会的主任,由党支部副书记兼任。这不好,要由群众选,可以选支部书记兼任,也可以不选支部书记兼任,不能硬性规定,保谁当选。


一部の地域では、貧農・下中農委員会の主任を党支部の副書記が兼任するという提起がなされている。これは良くない。大衆による選出によらねばならず、支部書記の兼任を選出してもよいし、支部書記以外の兼任を選出してもよいのであって、「誰々を当選させる」などと硬直的に規定してはならないのである。


  在农村中,无产阶级和资产阶级都在争夺农民中的富裕阶层,这个阶层本身就是产生资产阶级的东西,也容易接受资产阶级的影响。但是,对这个阶层,要作具体分析。例如,要看生活上升,还要看政治表现,只要不是剥削者,思想上又赞成社会主义,积极劳动,还是要把他们团结起来,共同建设社会主义。


農村においては、無産階級(プロレタリアート)と資産階級(ブルジョワジー)の双方が、農民の中の富裕階層を勝ち取ろうと争奪している。この階層自体が資産階級を生み出す土壌であり、資産階級の影響をも受けやすいのである。しかしながら、この階層に対しては具体的な分析を行わねばならない。たとえば、生活水準の上昇(経済状況)を見ると同時に、その政治的表現(思想態度)をも見ねばならないのだ。搾取者ではなく、思想的にも社会主義に賛同し、積極的に労働に励む者であるならば、やはり彼らを団結させ、共に社会主義を建設してゆかねばならないのである。



  五、关于干部参加集体生产劳动问题

五、幹部が集団生産労働に参加する問題について


  干部参加集体生产劳动的问题,对于社会主义制度来说,是带根本性的一件大事,干部不参加集体生产劳动,势必脱离广大的劳动群众,势必出修正主义。


幹部が集団生産労働に参加するという問題は、社会主義制度にとって根幹をなす重大事である。幹部が集団生産労働に参加しなければ、広大な労働大衆から遊離することは必定であり、修正主義を生み出すことは必定なのである。


  我们的党是无产阶级的党,是劳动群众的先进的党。我们党的基层组织必须掌握在劳动积极的先进分子手里。农村中的党支部书记不但在政治上应当是最先进的分子,而且必须力争成为生产能手,成为劳动模范。县社以上干部也要认真参加集体劳动。干部不劳动了就会慢慢变质,甚至变成国民党,修正主义就有基础了。


我々の党はプロレタリアートの党であり、労働大衆の先進的な党である。我が党の基層組織は、必ずや労働に積極的な先進分子の手によって掌握されねばならない。農村における党支部の書記は、政治的に最先進の分子でなければならないのみならず、力闘して生産の手本となり、労働模範とならねばならないのである。県や人民公社以上の幹部もまた、真剣に集団労働に参加せねばならない。幹部が労働しなくなれば、やがて徐々に変質し、果ては国民党へと成り下がってしまい、修正主義の土壌を作り出すことになるのだ。


浙江省就有一位大队支部书记应四官说:“不参加劳动,工作就像浮萍一样浮在水面,摸不到底。”参加劳动,就可以解决这个问题,至少可以减少贪污、多占问题,可以了解农、林、牧、副、渔这一套,支部书记参加了,大队长、队长、会计就要参加,整党整团就好办了。这样,修正主义就少了。


浙江省には、ある大隊支部書記――応四官(応四官同志)の次のような言葉がある。「労働に参加しなければ、仕事はまるで浮草のように水面に浮いているだけで、底(現場の実情)を掴むことができない。」労働に参加しさえすれば、この問題を解決することができる。少なくとも貪汚(着服)や多占(多くを取りこぼし盗むこと)の問題を減らすことができ、農・林・牧・副・漁(農業・林業・畜産業・副業・漁業)の一連の現場を把握することができるのだ。支部書記が参加すれば、大隊長、隊長、会計も参加せざるを得なくなり、党の整頓(整党)や青年団の整頓(整団)もやりやすくなるのである。こうしてこそ、修正主義は減少していくのだ。


  现在有些群众对干部作官很有意见。群众说:“大队干部了不起,一吃二用三送礼。”大队干部就这样大?现在给他一个“四清”,一个劳动。你不干,就当老百姓。这是一个很大的斗争,没有一大批积极分子起来是搞不好的。


現在、一部の大衆は幹部が官僚ぶっていることに対して大いに不満を抱いている。大衆は「大隊の幹部様はたいしたもんだ、食い散らかし、使い込み、挙げ句に贈答品に回す」と言っているのだ。大隊の幹部ごときがそれほど偉いというのか?今こそ彼らに「四清」を突きつけ、労働をやらせねばならない。やりたくなければ、一庶民に収まるまでのことだ。これはきわめて大きな闘争であり、大勢の積極分子が立ち上がらなければ、やり遂げることはできないのである。


  山西昔阳县干部参加劳动的情况是个好榜样。昔阳县的干部既然能够长期坚持,其他县的干部也应当是能够办到的。我们争取在三年之内,分期分批,使农村支部书记认真参加劳动。比如一百个支部,第一年先有三分之一参加劳动,第二年又有三分之一,就有百分之六十的人。这样声势就大了,其他的人就要参加进去了。


山西省昔陽県の幹部が労働に参加している状況は、素晴らしい手本である。昔陽県の幹部が長期間にわたって堅持できている以上、他の県の幹部にも必ずやできるはずである。我々は3年以内に、期を分け班を分けて、農村の支部書記が真剣に労働に参加するよう勝ち取らねばならない。たとえば100の支部がある場合、1年目にはまず3分の1が労働に参加し、2年目にはさらに3分の1が加われば、60%の人々が参加することになる。こうして勢勢が大いにおこなわわれれば、他の者たちも参加せざるを得なくなるのである。


  有些劳动模范现在不参加劳动了,不参加劳动,还作什么模范?不能参加劳动,理由无非是怕耽误工作,会议太多。公社以上的领导机关要减少开会。一个县,每年只开一、两次三级干部会议就够了。必须开的会要事先作好充分准备,有些会还可以到下边去开。


一部の労働模範は現在、労働に参加しなくなっている。労働に参加しないのであれば、何が「模範」か!労働に参加できない理由は、仕事を遅らせることを恐れているか、会議が多すぎることのどちらかにすぎない。人民公社以上の指導機関は、開会を減らさねばならない。一つの県においては、毎年1、2回の三級幹部会議(県・公社・大隊の幹部会議)を開けば十分である。必ず開かねばならない会議については事前に充分な準備を行い、一部の会議は現場(下層)へ下りて行って開くこともできるのである。


  六、关于运用马克思主义科学方法进行调查研究的问题

六、マルクス主義の科学的方法を運用して調査研究を行う問題について


  调查研究有两种方法。一种是大胆的主观的假设,小心的主观主义的求证。这是个很坏的方法。一种是马克思主义的科学方法,河北省保定地委关于“四清”的调查就是这种方法。保定地委开始并不是去搞“四清”,是去搞分配问题的。群众不同意,提出搞“四清”。保定地委听了群众的意见,改变了计划,搞了“四清”。这才是真正的调查研究。


調査研究には二つの方法がある。一つは、大胆な主観的仮説と、慎重な主観主義的実証である。これは極めて悪しき方法である。もう一つは、マルクス主義の科学的方法である。河北省保定地委による「四清」の調査こそ、この方法にほかならない。保定地委は最初から「四清」をやろうとしたのではなく、分配問題を扱おうとしたのであった。しかし大衆がこれに同意せず、「四清」を行うよう提起したのである。保定地委は大衆の意見に耳を傾けて計画を変更し、「四清」を実施した。これこそが、真の調査研究というものである。


  调查研究的范围,一个是生产斗争,一个是阶级斗争,一个是科学实验。不对这方面进行调查研究,哪有马克思主义?浙江省清田县搞试验田,带点科学试验性质。他们试验到山里去了。那里人民开头不赞成冬水田,经过试验,冬水田第二年收成好,贫农看到以后就接受了。


調査研究の範囲は、第一に生産闘争、第二に階級闘争、第三に科学実験である。これらの側面にたいして調査研究を行わないのであれば、どこにマルクス主義があるというのか!浙江省青田県(清田県)で取り組まれた試験田は、一定の科学実験の性質を帯びたものであった。彼らは山奥にまで赴いて試験を行ったのである。現地の人民は当初、冬水田(冬期水田)に賛成しなかったが、試験を経て翌年の収穫が良いことが判明すると、貧農たちはそれを見て受け入れるようになったのだ。


所以要调查,要试验。礼会主义教育为什么有人不相信?就是没有试点,没有认真调查研究。比如走路,像平常那样走,什么也看不见,弯下腰来细看,就可以看到地上的蚂蚁很多,就能看到很多东西。否则,不仅新鲜的萌芽的东西看不见,就是大量普遍存在的现象也看不见。例如阶级斗争和干部不参加劳动,是大量存在的现象,有些人都看不见。


だからこそ、調査を行い、試験を行わねばならないのだ。社会主義教育をなぜ信じない者がいるのか? それは試行点(パイロット事業)がなく、真剣な調査研究が行われていないからにほかならない。たとえば道を歩く際、普段通りに歩いていたのでは何も見えないが、腰をかがめて細かく観察するならば、地面に蟻が無数にいるのが見え、多くの事物を見出すことができるのである。さもなければ、新しく芽生えた事物が見えないばかりか、大量かつ普遍的に存在する現象すらも見落としてしまうのだ。たとえば階級闘争や幹部が労働に参加しないといった問題は大量に存在する現象であるにもかかわらず、これを見ようとしない者がいるのである。


  当然,这些事情也是要逐步认识的,要从现象到本质。比如干部不参加劳动,势必产生修正主义,有许多同志就看不清。干部不参加劳动,了解和反映的情况就不会真实。比如打仗不亲自参加战斗,还不是纸上谈兵,怎么能懂得打仗呢?单是进军事学校也不行。


無論、これらの事柄もまた徐々に認識を深めてゆかねばならず、現象から本質へと至らねばならないのだ。たとえば幹部が労働に参加しなければ必ずや修正主義を生み出すということについて、多くの同志はいまだはっきりと見抜くことができていない。幹部が労働に参加しなければ、把握し反映する状況も真実なものとはなり得ない。たとえば戦に際して自ら戦闘に参加しなければ、まさに「紙上談兵」にすぎず、いかにして戦の真髄を解することができようか? 単に軍官学校に入るだけでは到底ダメなのである。


  为了造成调查研究的风气,做好我们的工作,各级党委在日常工作中讲哲学,对干部进行马列主义认识论的教育。唯物论、唯心论、世界观、辩证法,都是讲的认识论。物质可以变为精神,精神可以变为物质。这些道理,应当让干部懂得、群众懂得。让哲学从哲学家的课堂上和书本里解放出来,变为群众的尖锐武器。


調査研究の風気を醸成し、我々の仕事を完璧にやり遂げるために、各級の党委員会は日常業務の中で哲学を語り、幹部に対してマルクス・レーニン主義の認識論の教育を行わねばならない。唯物論、唯心論、世界観、弁証法――これらはみな認識論を語っているのである。物質は精神へと変わり得るのであり、精神は物質へと変わり得るのだ。これらの道理を、幹部に理解させ、大衆に理解させねばならない。哲学を哲学者の教室や書物の中から解放し、大衆の鋭利な武器へと変えねばならないのである!


  人的思想是从哪里来的,我们有些同志是不知道的,对于精神可以变为物质,有些同志就更糊涂了,但是不识字的农民是懂得推理的。比如农民认为地主是人,是剥削压迫他们的人。人、地主是两个概念,农民把这两个概念联结起来,进行判断推理,得出结论说:地主是剥削人的人。农民的这种认识,是从生活中来的,不一定识字才懂得,所以要破除迷信(当然不要破除了科学),不要把哲学看得那么神秘,那么困难。哲学是可以学到的。雷锋那样年青的同志就懂得一点哲学。


人の思想はいったいどこから来るのか、我が同志の中にはそれを知らぬ者がいる。精神が物質へと変わり得るということについて、いっそう混迷している同志すらいるのだ。しかしながら、文字の読めない農民であっても推理を解している。たとえば農民は「地主は人であり、自分たちを剥削(搾取)し圧迫する者である」と考える。「人」と「地主」は二つの概念である。農民はこの二つの概念を結びつけて判断・推理を行い、「地主とは人を剥削する者である」という結論を導き出すのだ。農民のこうした認識は生活の中から生じたものであり、必ずしも文字を解してはじめて理解できるものではない。したがって迷信を破除し(勿論、科学まで破除してはならない)、哲学をそれほど神秘的で困難なものと見てはならないのだ。哲学は学ぶことができるのである。雷鋒のごとき若い同志であっても、哲学をいくらか解していたのだ!


  总之,这一次社会主义教育运动是一次伟大的革命运动,不但包括阶级斗争问题,而且包括了干部参加劳动的问题,而且包括严格的科学态度,经过试验,学会在企业和农业中解决一批问题这样的工作。


総じて言えば、今回の社会主義教育運動は、一つの偉大な革命運動である。それは単に階級闘争の問題を包括しているのみならず、幹部が労働に参加する問題を包括しており、さらには厳格な科学的態度を包括し、試験を経て企業や農業における一連の問題を解決することを学ぶ――そうした仕事を包括しているのである。


看起来很困难,实际上只要认真对待,并不难解决。这一场斗争是重新教育人的斗争,是重新组织革命的阶级队伍,向着正对我们猖狂进攻的资本主义势力和封建势力作尖锐的针锋相对的斗争,把他们的反革命气焰压下去,把这些势力中间的节大多数人改造成为新人的伟大运动,又是干部和群众一道参加生产劳动和科学实验,使我们的干部成为既懂政治、又懂业务,又红又专,而不是浮在上面,做官当老爷,脱离群众,而是同群众打成一片,受群众拥护的真正好干部。


一見困難なように思えても、実際には真剣に対処しさえすれば、解決は決して難しくないのだ。この一戦たる闘争は、人間を再教育する闘争であり、革命的階級隊列を再組織し、我々に向け猛烈な攻撃を仕掛けてくる資本主義勢力および封建勢力に対し、鋭く真っ向から対峙する(針鋒相対する)闘争である。彼らの反革命的気焔を打ち砕き、これらの勢力の中の圧倒的多数の人々を「新人」へと改造する偉大な運動なのだ。またこれは、幹部が大衆と共に生産労働と科学実験に参加し、我々の幹部を「政治にも精通し、業務にも精通する(又紅又専)」存在となす運動である。高みの見物を決め込み、官となり旦那(お上)となって大衆から遊離するのではなく、大衆と一丸になり、大衆から擁護される真の優れた幹部となすための運動なのである!


这一次教育运动完成以后,全国将会出现一种欣欣向荣的气象。差不多占地球四分之一的人类出现了这样的气象,我们的匡际主义的贡献也就会更大了。


今回の教育運動が完成した暁には、全国に活気あふれ繁栄する気象が顕現することであろう。


地球上のほぼ四分の一を占める人類にこのような気象が顕現するならば、我々の国際主義への貢献もまた、さらに大なるものとなるのだ!

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