機関銃と迫撃砲の来歴その他 (一九五九年八月一六日)
[訳注] 八月一五日、毛沢東は「『マルクス主義者は、革命的大衆運動をいかに取り扱うべきか』という文書に対する批評」を書いており、これは『毛沢東思想万歳』丙本に収められている。同文書は、侯永、王愈明編になる、毛沢東とマルクス・エンゲルス・レーニン・スターリンの語録を集めたものであり、『紅旗』 一九五九年第一七期に載っている。
八期八中全会の閉会日に話された(あるいは書かれた)本文件は、同日、採択された「彭徳懐を頭とする反党集団についての決議」の趣旨の解説ともなっている。
きのうの午前中、私は、「マルクス主義者は革命的大衆運動をいかに取り扱うべきか」と題する文書は「どんな秀才同志がつくったのか知らないが、それは何挺かの機関銃や何門かの迫撃砲をさがし出してきて、廬山会議における右派の友人たちに向って、ポンポンと、大量の連発弾を放ったことになる」と話した。この疑問は、昨夜になって、 はっきりしてきた。それは廬山の秀才同志ではなくて、北京の劉××同志とかれの二人の助手が、大きな熱意を抱き、 大きな願望をもってやったことである。廬山に現われたこの闘争は、一つの階級闘争であり、過去十年来の社会主義革命の過程における、ブルジョアジーとプロレタリアートという、二大敵対階級の生死をかけた闘争の継続である。 中国でも、わが党内でも、このような闘争は、みたところまだ続けられなければならず、少なくともあと二〇年間は闘わなければならず、半世紀のあいだ続けなければならぬかもしれない。要するに、階級が完全に消滅するまでやって、やっと闘争が止むであろう。古い社会的闘争が止んでも、新しい社会的闘争がおこってくる。要するに、唯物弁証法にしたがえば、矛盾と闘争は永久的なものであり、そうでなければ、世界はなりたたない。プロレタリアートの政治学説、共産党の哲学こそ闘争の哲学である。少しもまちがいなく、全く、その通りだ。ただ、しかし、闘争の形態は、時代の相違にしたがって異なってくるだけのことだ。現在について言えば、社会経済制度は変わったが、旧時代が残したところの相当大きな部分の人びとの頭のなかに残っている反動思想、つまり、ブルジョアの思想と小ブルジョア上層の思想は、いっぺんには変わり切れない。変わるには、時間が必要だし、しかも非常に長い時間が必要だ。
これが社会の階級闘争である。党内闘争は、社会における階級闘争が反映している。これは、少しもあやしむに足りない。こうした闘争がないことこそ、かえって不可思議なことだ。 この道理は、過去においては、はっきりと述べられたことがなかったし、極めて多数の同志はまだこのことがわかっていない。ひとたび問題がおこると、たとえば一九五三年の高崗・饒漱石問題や現在の彭徳懐・黄克誠・張聞天・周小舟問題のような問題が起こると、多くの人が奇怪に感じる。このような奇怪さは理解できることだ。なぜなら、社会の矛盾は隠れた状態からはっきりした状態に進むのである。社会主義時代の階級闘争についての人びとの理解は、自己の闘争と実践を通じてのみ、はじめて深まっていくのである。とりわけ、一部の党内闘争、たとえば、高・饒・彭・黄といった連中のやっている闘争は、複雑でまがりくねった性質をそなえている。きのうまではまだ功臣であったが、今日は元兇に変わってしまう。 しまう。どうしてこんなことをおこすのか。やり方をあやまったのか? 人びとはかれら〔高・饒・彭・黄ら]の歴史的変化がわからず、 かれらの歴史[経歴]が複雑で曲りくねっていることがわからないのだ。これは極めて当然のことではないか。同志諸君に、この複雑で曲りくねった性質を、一歩一歩、正しく、はっきりと話してやるべきだ。なお、その上に、このような事件を処理するには、単純なやり方にたよってはならず、それを敵味方の矛盾とみなして処理してはならず、それを人民内部の矛盾とみなして処理しなければならない。「団結——批判団結」、「前のあやまちをこらしめて後のいましめとし、病を治して人を救う」、「批判は厳しく、処分は寛大に」、「一つには見守り、二つには助ける」という政策をとるべきである。かれらを党内に留めておくだけでなく、さらに省委員会、中央委員会の中に留めておくべきであり、一部の同志についてはさらに中央政治局のなかに留めておくべきである。このようにして危険はないだろうか? あるかも知れないが、われわれが正しい政策をとりさえすれば、それはさけられるだろう。かれらの誤りは、いずれにせよ二つの可能性をもっている。 第一はあやまちを改めること、第二はあやまちを改められないことである。 あやまちを改める条件は十分にある。まず第一に、かれらには二面性があり、一面では革命性をもっているが、他面では反革命性ももっている。現在までのところ、かれらと裏切者陳独秀、羅章竜、張国豪、高崗との間にはちがいがあり、一つは人民内部の矛盾であるが、他の一つは敵味方の矛盾である。人民内部の矛盾は、もし双方の取る態度とやり方が適切でなければ、敵味方の矛盾に転化するかも知れないし、もし、われわれがこのような矛盾を適時に解決できれば、敵味方の矛盾に転化しないで、終始、人民内部の矛盾として、徹底的に解決されるかもしれない。下級におけるこれらの条件は重要であり、全党全人民が〔それらについて]監督することである。中央と地方の大多数の幹部の政策の「作成・遂行]水準は、一九五三年の高・饒事件の時期と比べて、大いに高まったし、物事についての理解も豊富になった。廬山会議におけるこの一場の成功した闘争こそ、そのことの証明ではないか。そのほかに、なお、 われわれがかれらを扱う態度と政策は、どうしても、情況に合致したマルクス主義的な態度と政策でなければならない。そしてわれわれはすでに、このような態度と政策をもっている。あやまちを改めない可能性はある。だが、いずれにしても、引き続き攪乱したあげく、自滅するだけである。そんなことをしても、何ら大したことはない。陳独秀、 羅章竜、張国燾、高崗の隊列内に、何人かのメンバーが増えても、わが偉大な党と民族になにほどの損害をあたえることがあろうか。しかし、われわれは信ずる。誤りを犯したすべての同志は、陳、羅、張、高のたぐいの極く少数の者を除けば、一定の条件の下で、時間をかければ、必ず変わることができるであろうと。この点については、われわれはしっかりした信念を持たなければならない。わが党三八年の歴史が充分な証拠を提供している。このことは、みんなの周知のことである。誤りを犯した同志が誤りを正すのを助けるためには、依然としてかれらを同志として扱い、 兄弟同様に扱い、心からの援助をあたえ、かれらが誤りを改める時間と、引き続き革命の仕事に従事する活路とを与えねばならない。余地は残しておかねばならない。暖かさがなければならず、春〔ののどかさ」がなければならない。 いつも冬のさなかにあって日を送らせることではない。これらの言葉はみな極めて重要だと私は思っている。




