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今年は全軍の生産自給を広くおしすすめよう──併せて整風および生産の歴史的重要性を誇ず── (一九四五年四月二七日)

「社論 全軍生産自給、今年是關乎推行的一年──眾論整風與生產的歷史重要性」(『解放日報』一九四五年四月二七日 一ページ) [編注] 晋察冀軍区の一九四五年度の生産自給計画を全軍に紹介した社論。毛沢東が書いた。「毛沢東集」第二卷に、『関軍隊生産自給、律詩整風和生産関大運動的重要性的重要性』と題して収録される際、最初の一節は削除された。関連嗣文として、田家英『毛沢東同志論抗日時期的整風運動和生産運動』(北京、人民出版社、一九五四年)がある。


春耕がやってきた。われわれは、晋察冀軍区方面の消息を大いに喜びをもって受け取った。そこで今年の軍隊の生産自給についての計画が公布されており、四月二三日の本紙がこの計画を発表した。この計画とは――(一)一人毎日、油と塩はそれぞれ四銭(一銭は一〇〇分の一斤、旧制で五・九七グラム――訳注)、肉は五銭、野菜は一斤、薪は三斤、また正月と節用の肉は六斤(このなかには、公定の供給量の不足分を補充する部分がはいっている)、(二)手当、(三)公用雑費、(四)書籍・新聞代、(五)傷病者の飼育費、(六)〔各人に〕タオル二本、靴下一足、(七)傷病者の生活補助費。上記の七項目は部隊の生産自給のための任務を規定したものである。しかし、また次のように規定している――「部隊のおかれている環境が異なるため、一部のところではそのうちの数項目しか責任を負わせない。


たとえば、第一二、第一三の両分区および翼中区では、政府〔原文「公家」――訳注〕から依然として公用雑費を支給する。(原文「公家」――訳注)から依然として公用雑費を支給する。 「晋熱遼区では、生産を通じて部隊生活の改善をはかるよう要求する」と。彼らは自身でまたこの計画の三つの特徴を指摘している――(一)生産任務のうち主要な部分は食事と個人の日用品の部分的自給であり、こうすれば部隊の生活レベルを向上させることができる。(二)生産してこそ自給ができるのだから、部隊と個人に支出を節約するよう注意させることができる。(三)部隊とは上級への上納任務を果たさないですむかわりに、自分の手で自分たちの困難を解決し、革命の生計を建設していくことであり、したがってそれは部隊内での自力更生という考え方の確立を促すことになり、去年のような上級への依頼心や〔下級の果たすべき〕上納任務を少なめにしたり、またはまったく納めなかったりしようという考えを取り除くであろう」。 この計画は全般的には立派なものであり、その主な精神は、ここに述べた第三の特徴にある。物資の極度の欠乏という困難に直面した現在の状況のもとで、分散作戦という現在の状況のもとでは、けっしてすべての物資供給の責任を上級の指導機関が負うべきではなく、また下級の広範な人びとの手足を束縛すべきではない、また下級の要求を満たすことも不可能である。


むしろ同志君がみんなで手を動かして困難を克服するようにしよう、と言うべきである。上級がうまく任務を提起し、思いきって下級のものに自力更生を図らせれば、問題は解決するのであるし、しかもより立派に解決されるであろう。もし上級のものがそうせず、実際にはこなしきれない任務をすべて背負いこみ、下級にはやらせようとしないで、広範な大衆の自力更生の積極性を盛り上げなければ、たとえ上級のものがどれほどがんばってみても、結局は上下ともに行きづまり、当面の条件のもとでは、永久にこの問題は解決できないであろう。数年来の経験はすでに、この点を十分に証明している。「統一的指導、分散しての経営」という原則が、当面の条件のもとでのわれわれの解放区のすべての経済生活の正しい原則であることが、すでに証明されている。


解放区の軍隊は、すでに九〇余万に達している。日本侵略者を打ち負かすためには、まだ軍隊を九〇万の数値にまで拡大していくことが必要である。しかし、われわれには外部からの援助がない。将来、かりに外部からの援助がえられたとしても、生活物資については、われわれ自身が解決するほかはない。このことについては、なんらの主観主義もあってはならない。連合諸国の作戦に呼応し、遠からぬ将来、われわれは必要な兵団を集中させ、いまの分散作戦地区を離れて一定の攻撃目標に対して作戦をしなければならないであろう。このような作戦に加わる大兵団は、自給生産ができないばかりか、さらに後方からの大量の物資を供給することが必要になる。あと上から残った方部隊と地方兵団(その人数はこれからも拡大する)だけが、これまでどおりに一面で戦いながら、他面で生産できるわけである。こうしてみると、われわれ全軍は当面の時機をはずさず、作戦や訓練の妨げにならないことを条件にして、一律に部分的に生産自給することを会得するとともに、またその任務を徹底的に解決すべきであり、まさかおこの点に疑問があるわけではないまい?


軍隊の生産自給は、われわれのおかれている条件の下では、形式的にはたちおくれており、退歩しているが、実質的には進歩的であり、偉大な歴史的意義をもっている。形式的には、われわれは分業の原則に違反している。いま世界ではどこの文明国の軍隊でも、生活物資の生産自給ということはない。やっていないし、やり得ないし、またやるべきことではない。だが、われわれのもつ条件――国が貧しく、国家が分裂し(これが、われわれのもつ条件――国が貧しく、国家が分裂し(これが、われわれのもつ国民党の主な支配集団がつくり出した罪業のことはいずれも国民党の主な支配集団がつくり出した罪業の結果である)、また分散した長期にわたる人民遊撃戦争を行なっている――のもとでは、われわれがそうすることが、進歩的なのである。見たまえ、国民党の軍隊は痩せ細った青黒い顔をしているが、解放区の軍隊は頑強な体格をもっている。


見たまえ、われわれ自身が生産自給をしなかったときには、いかに困難だったことか、そしていったん生産自給が行なわれてから、どのように楽になったことか。いまわれわれの前にある二つの部隊、たとえば二つの連〔中隊〕に、次の二つの方法のうちの一つを選ばせてみよう。すなわち、上級から生活物資のすべてを供給してもらう方法か、生活物資を全然供給してもらわないかまたは少ししか供給してもらわずに、彼らがその全部、大半、半分または一部分を生産自給に頼る方法か、そのどちらかを選ばせてみよう。どちらが良い結果をもたらすか? 彼らはどちらを受け入れたいと思うか? 生産自給を真剣に一年間試験的にやってみたあとでは、彼らはきっと後者の方法が良い結果を生むと認めて、こちらの方を受け入れたがるにちがいない。そして前者の方法は結果がよくないと認めて、それを受け入れたがらないであろう。それは、あとの方法をとれば、われわれ部隊のすべての要員の生活を改善していけるが、前者のやり方では、たとえ上級がどのような供給方法をとろうとも、物資の窮乏という当面の条件のもとでは、彼らの要求を満たすことができないからである。


われわれがこうした表面目的には、「おくれた」「退歩的な」方法をとり、われわれの軍隊に生活物資の困難を克服させ、生活を改善させ、一人ひとりのものが身体的に頑健になることによって、困難のなかにある人民の租税負担を十分に軽減することができ、そのために人民の支持をかちとるようになり、また十分に長期の戦争を持ちこたえることができるとともに、軍隊を拡大することができ、解放区を拡大し、被占領地区を縮小し、最終的に侵略者を一掃し、全中国を解放する目的を達成できるようになるとしても、こうした歴史的意義はまだ偉大ではないなどとはまさかいえまい。


軍隊の生産自給は、生活を改善し、人民の負担を軽減するとともに、そこからまた軍隊を拡大しただけではなく、さらに直ちに多くの副産物をもたらした。これらの副産物とは以下のとおりである――(一)将兵関係を改善したことである。将兵は一緒に生産労働に従事し、兄弟のように親しくなった。(二)労働観念を強めたことである。われわれの現行兵役制は、すでに完全な募兵制でもなければ、徴兵制でもなくて、第三の兵役制――動員制――の状況にある。それは募兵制よりも優れており、二流子〔ルンペン・ゴロッキや迷信を業とするような反社会的項目――訳注〕はそんなに多くはいっていない。しかし、徴兵制よりはいくらか劣っている(われわれの当面の条件の下では、動員制をとることしか許されないし、徴兵制をとることはまだできない)。この動員制は長期兵役制であり、要員の労働観念を弱めたり、失わせたりするので、一部の二流子や軍閥軍隊にあるいくつかの悪い風習も生じる。生産自給が行なわれると、すぐに労働観念は復活し、二流子も改造される。(三)規律性が強化されたことである。生産のなかで労働の規律が実施されると、戦闘の規律や軍人生活の規律が弱められないばかりか、むしろそれらの規律が強められることになる。(四)軍民関係を改善したことである。部隊が生計をたてるようになり、一般的な民衆の財物を侵害するようなことも少なくなるか、またはまったくなくなった。生産を通じての軍隊と民衆の間の変工・互助が行なわれ、彼らの友好関係がより一層強められた。(五)軍が政府のグチをこぼすことも少なくなり、軍と政府との関係もよくなったことである。(六)人民の大生産運動を促進したことである。軍隊が生産をすると、機関の生産ももっと必要になり、もっと力がいれられるようになった。すべての人民を広くまきこんだ増産運動がもちろんもっと必要になり、一層これに力がいれられるようになった。


一九四二年および四三年から始まった普遍性をおびた整風運動と生産運動は、このような重大な意義をもっていたし、また現在にもちつつある。つまり、これは二つの環であり、もしそれをとりあげなければ、われわれの革命の車輪は前進することができないのである。誰でも承知のように、一九三七年以前に入党したわれわれの組織された党員で残っているのは、数万人にすぎないが、われわれの現在の党員を一二〇万人余りであり、そのうちの大多数は、農民と小ブルジョア出身者である。彼らは大いに賞讃すべき革命への積極性をもつとともに、よろこんでマルクス主義の訓練を受けている。


しかし、彼らは彼ら本来のマルクス主義には合致しないか、あまり合致しない思想をおびたまま入党したものである。こうした事情は、一九三七年以前に入党した人たちのなかにも存在している。これはきわめて重大な矛盾であり、きわめて大きな困難である。こうした事情にありながら、普遍的なマルクス主義の教育運動、すなわち整風運動を行なわなくてもわれわれはなお順調に前進することができるだろうか? できないことは明らかである。しかし、われわれはこの矛盾――党内におけるプロレタリア階級の思想と非プロレタリア階級の思想(そのなかには小ブルジョアジー、ブルジョアジー、いやそれどころか地主階級の思想さえ含まれているが、主なるものは小ブルジョアジーの思想である)との矛盾、つまりマルクス主義思想と非マルクス主義思想との矛盾を解決したし、また現に解決しつつある。「それゆえに」わが党は、思想的に、政治的に、組織的に、かつてなかったほど統一的に(完全に統一的にではない)、大幅に、だが着実に前進している。


抗日戦争の最終段階においても、わが党はまだ発展しうるし、またやはり発展しなければならない。しかし、われわれはマルクス主義の思想的原則のもとで、将来の発展をよりよく掌握しうるであろう。


第二の環は、生産運動である。抗戦以来八年経った。われわれには当初は、まだ食べる食糧もあり、着る衣類もあった。その後、われわれは日を追って困難になるか、または大困難に陥り、食糧に不足し、油や塩にも不足し、衣類にも不足し、経費にも不足してきた。これは一九四〇~四二年の一の特大規模な進攻と国民党政府による三回に及ぶ大規模な反人民闘争の盛り上げ(「反共の高まり」)とともにやってきた絶大な困難、絶大な矛盾であった。もしこの困難、この矛盾を解決せず、この環をつかまなかったとしたら、われわれの抗日の車輪がどうして前進することができたであろうか? できなかったことは明らかである。


しかし、われわれは生産を習得したし、また習得しつつあり、このようにしてわれわれはまた活躍しており、生気発刺としてきている。もう数年すれば、われわれはいかなる敵をも恐れなくなり、すべての敵を圧倒するであろう。 このように見てくれば、精神と物質、整風と生産の二大運動がいかに歴史的な重要性をもっているかは、疑う余地なく明らかである。 われわれは一歩すすんでこの二大運動をひろくいたるところでおしすすめて、その他の各項の戦闘任務の基礎としようではないか。もしそうすることができれば、日本侵略者を最終的に打ち破り、中国人民を徹底的に解放することは確実である。


いまはまさに春耕の季節にあたっており、すべての解放区の指導的同志・工作要員・人民大衆は、機を失せず、生産の環をつかみ、昨年よりも一層大きな成果をおさめられることを希望する。とくにまだ生産を習得していない一部の地区では、今年は一層大きな努力をはらわなければならない。


(中川一郎訳)

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