合作社を論ず――陝甘寧辺区高級幹部会議での講話―― (一九四三年一〇月)
『論合作社』(一九四三年十月在邊區高幹會講話)〔『發展生産』『擁政愛民』文獻集』六~九ページ〕
〔編注〕本資料は、晋察冀日報社編『毛沢東選集』巻四(一九四四年五月初版、四五年三月再版)には収録されているが、現行『毛沢東選集』には収録されていない。また、原典の公刊期日の点では『新華日報』四四年一月六日掲載のものが早いが、一部削除が行なわれているので、本原典を採用した。文中の数字も『新華日報』のものと異同がある。
今年、辺区には、生産発展の面で、さらにもう一つ革命が起こった。これこそ合作社方式によって、公私の労働力を組織し、大衆の生産への積極性を発揮させ、労働能率を高め、生産を大いに発展させたことである。
従来、辺区の生産力を発展できないように縛りつけていたものは、辺区の封建的搾取関係であったが、一半の地区では、土地革命を経て、この封建的束縛を打ち破ったし、一半の地区では、減租減息〔小作料・利子の引下げ──訳注〕を経てからというもの、封建的束縛が弱まった。このようにして、これらが合わさって、辺区全体が封建的搾取関係の大半を打破した。これは第一の革命である。
だが、もしも個人労働〔原語は「個体」――訳注〕から集団労働への生産方式の改革にまですすまないならば、生産力はやはりより一歩すすんだ発展を遂げることはできないであろう。それゆえに、個人経済を土台とする(個人的な私有財産の基礎を破壊しない)労働互助組織、すなわち農民の農業生産合作社を建設することが非常に重要であり、このようにしてこそ、生産力は大いに高まりうるのである。現在の陝甘寧辺区の経験では、一般的な変工〔労働交換、労働を融通しあうこと。日本の「ゆい」にあたる――訳注〕労働、札工〔変工に同じ――訳注〕労働は二人で三人分の仕事ができ、模範的な変工労働・札工労働は一人で二人分の仕事ないしは二人以上の仕事ができる。もし農民全体の労働力が集団互助労働に組織されるならば、全辺区の現存の生産力が五〇パーセントないしは一〇〇パーセントがた高まるであろう。この方法は、各抗日根拠地で実行しうるものであるし、将来は全国において、これを実行しうるであろう。これは中国の経済史上、特筆大書すべきことである。このような改革では、生産用具は全然変化していないし、生産の成果も共有になるのではなく、個人のものとなるのであるが、人と人との生産関係は変化したのであり、これがすなわち生産制度のうえでの革命であり、第二の革命である。
全辺区の現存の全労働力は三五万人であり、今年、恒常的に集団労働を行なっている変工隊・札工隊に組織されているものがすでに三万余人おり、全労働力総数の一〇分の一をしめており、臨時的な労働互助は、延安県についていえば、七〇パーセントにおよんでおり、来年はさらに伸びるであろう。もしも各県の恒常的な集団労働組織が一〇パーセントから二〇~三〇パーセントにまで高まるならば、一〇万人前後に達するであろう。さらにそのうえに、臨時的な労働互助組織が延安に右へならえすることができれば、また半労働力も組織に参加するなら、これは一つの大変大きな労働力軍となるであろう。
われわれの一部の部隊・機関・学校の生産も合作社の性格をおびている。たとえば、一個連〔中隊〕は一つの小さい合作社であり、一個旅〔旅団〕は一つの大きい合作社である。各種の部隊・機関・学校の合作生産のうちでは、楊家嶺運輸隊の経験は注目に値するものである。楊家嶺運輸隊は、改組前には、大八車八輌・騾馬一六頭をもち、普通の事情のもとでは、毎月最低限二七万斤の物資を輸送できるはずであるが、実際には一九万斤しか輸送していない。経費支出は、一般の供給基準にしたがって供給されるほかに、なお毎月六万元の補助を必要としていた。今年は、公私両利の原則にしたがって、輸送隊を運輸合作社に改め、政府は大八車八輌・騾馬一六頭(のちに二〇頭にふやした)および全輸送用具を出して八〇株とし、輸送員二〇名は労働出資の名目で二〇株とし、両者合わせて一〇〇株として、毎月株数に応じて、二割と八割の割合で純益を分配することにしており、すべての人員・役畜・追加購入などの費用支出はすべて合作社が自身で解決するようにし、政府のために物資を輸送するには、距離の遠近・重量に応じて輸送費を支給するものとし、輸送員の生活は運輸合作社が適当に改善してやるようにしている。
この方法については、種々説明を加えたので、全輸送員が一致してこれに賛成している。実施の結果、輸送量は毎月一九万斤だったものが三八万九〇〇〇斤にふえ、一〇〇パーセントの増加となり、普通の輸送力を三〇パーセント超過するにいたった。同時に、輸送員の仕事に対する責任感と積極性が大いに高まり、多くの経費や用具が節約され、また役畜がより一層愛護されるようになった。たとえば、従来は小麦粉包装用の袋が破れて、お椀ほどの穴があいていても、誰もとりあわなかったが、今は、輸送員は針や糸を身につけてもらっており、袋を縫うようにしている。従来は、馬糧を着服することは公然の秘密であったが、今は、こうした着服はなくなった。従来は、車馬用具は少しばかり壊れると、すぐ政府に新しいのを補充してくれるよう要求してきたが、今は、なんとか間に合わせることができさえすれば、手を加えて使うようになった。役畜については、従来は粗略にあつかっていたが、今はやはり、しだいに注意深く飼育するようになった。運賃支出は、改組前にくらべて、今は三分の一がた減っている。従来は、供給基準にしたがって供給するほかに、なお毎月六万元を補助していたが、今は半文の補助金も使っていないし、なお毎月数万元の利益をあげている。
各機関は、この方法を採用したのち、やはり大変大きな効果をあげている。管理局運輸営〔大隊〕の役畜一〇〇頭、大八車二〇輌は、まだ合作社を組織しない前には、毎月一二〇万斤の輸送量しかなかったが、合作社に改組されたのちには、毎月の輸送量は一八五万斤にまで高まり、五〇パーセントの増大となった。そこで、みなさんに、こうした合作の方法がわれわれの公営工場および公営農場にひろく採用できるかどうかを考えていただきたい。
この方法は資本主義諸国および国民党では採用できないことであり、われわれだけが採用し得るのである。なぜなら、われわれは人民搾取を目的とせず、公私兼顧の方針を貫徹しているからである。
軍隊内では、たとえば、第三五九旅の兵士たちが毛糸を紡ぎ、柳や楡の枝でいろいろな用具を編んでいるが、次のような規定を設けている。すなわち、およそ政府〔所有〕の〔生産〕用具を使用した手工業労働では、その結果の五分の四を政府のものとし、五分の一を個人のものとする。およそ政府の用具を使用しないものでは、その三分の一を政府のものとし、三分の二を個人のものとする、と。この方法は、一面では、公用品の需要を満たすし、同時に、兵士への手当をふやしたのと同じことになるし、また合作社的要素も含まれている。
合作社の性格は大衆に奉仕することにあり、これはどこでも、大衆のことを考え、大衆のためをはかり、大衆の利益を第一におくことである。これはわれわれと国民党との根本的ちがいであり、共産党員の革命の出発点ならびに帰着点でもある。大衆のなかから、大衆のなかへで、問題を考えるにも、大衆から出発するし、また大衆を帰着点とするようにすれば、なにごともうまくやれるものである。それゆえに、われわれ一人ひとりの共産党員はみな人民のために考えなければならず、部隊の責任ある同志は兵士のために考えなければならず、部隊・機関・学校の責任ある同志は大料理場のために考え、雑務要員のために考えなければならない。こうした大衆的観点からの生産学説は従来のさまざまな正しくない「学説」を打ち破ったし、またこうした大衆のための学説のみが生産を立派にやり遂げることができるのである。
各地の同志は合作社的生産を提唱するよう注意していただきたい。部隊・機関・学校の生産は一種の合作社であり、農村の集団的互助労働はこれまた一種の合作社である。このほかになお、さまざまな業務が含まれている総合的な合作社、運塩隊とよばれている運輸合作社、労働者の集団互助的な手工業合作社があり、こうした多くの様式の合作社をことごとく発展させれば、公私の全大衆が富裕になっていくにちがいない、敵後方の各根拠地の、現在の困難な状況も克服できるであろう。
(尾崎庄太郎訳)




