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星が墜ちた後の世界で  作者: 花依はな


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8/8

最終話:星は廻る(世界はまだ終わっていない)

アルの瞳の奥で濁る、狂おしいほどの愛。

その熱に射抜かれ、ステラは逃げ場のない腕の中で、ただ小さく息を吐くことしかできなかった。


「……なんで、消えたんだ」


アルが静かに問う。

声は低く、さっきまでの棘のある怒りは薄れ、ただ深く、重い情愛が沈んでいる。

言い淀むステラの顔にかかった髪を、耳にかけ、その指で顎を掴まれた。


「本当の理由を、ちゃんと聞かせくれ。……俺、ステラの事なら何でも知りたい」


ステラの喉が小さく鳴る。

アルとの距離は鼻が付きそうなほど近い。

彼女はようやく、ずっと胸の奥に閉じ込めていた言葉を吐き出した。


「……私が、死ぬ運命だったから」

「……?」

「実はね、私前世の記憶があるの。ここはその時よく遊んでいたゲームの世界で...」


ぽつり、ぽつりと、少しづつ音を紡ぎだす。

アルは何も言わない。ただそこにいて、ステラの言葉の行方を見守っている。


「ゲームの史実通りなら、私は流星事件で死んで、アルの隣から消えるはずだったの。

 私が残ったら、誰かが死ぬ未来になるかもしれない。……だから、消えたの」


アルの腕に、一瞬だけ爪が食い込むほどの力が籠もる。

けれどすぐに、その力は優しく、けれど二度と逃がさない強い抱擁へと変わった。


「……馬鹿だよ、ステラは」


低く甘い声が、耳元で震える。


「誰がそんなこと言ったんだ。ステラが死ぬ?今生きてるだろう。ステラは俺の腕の中にいる

 ステラが勝手に決めつけていただけじゃないのか」

「でも——」

「『でも』じゃない。そもそもステラが死ぬなんて、俺が絶対に許さない」


その時だった。

路地の奥から、乾いた靴音が近づいてくる。

監査官が、煙草の紫煙を薄く漂わせながら姿を現した。


「……やれやれ。二人とも、随分と甘い再会だな」


アルはステラを胸の中に抱きかかえこんだまま、監査官を一瞥する。

敵意はない。ただ「俺たちの邪魔をするな」という静かな威圧だけが漂っていた。

監査官は呆れたように肩をすくめ、ステラに視線を向ける。


「ステラ。お前の言う『死ぬ運命』ってのは、完全な勘違いだ」

「……え?」

「本来、流星事件で死ぬはずだったのは俺だ。お前が第9部隊長を引き受けた時点で、すでに史実なんて崩れていたんだよ。お前という異端が生まれた瞬間から、シナリオは狂い始めていたんだ」


ステラの目が大きく見開かれる。


「そして、歪みが早まったおかげで——死ぬはずだった駒が生き残る“バグ”が起きた。お前が生きていること自体が、世界にとって好都合な歪みなんだよ」

「…そんな!」


悲壮な決意の支柱が、音を立てて崩れていく。

自分が犠牲になれば皆を守れると思い込んでいた前提が、根底から覆された。


それでも、胸の奥に残る不安は消えなかった。

世界はまだ本編の途中だ。シナリオは大きくずれている。これから何が起きるのか、本当にアルを守り切れるのか——。


アルは、その微かな震えを見逃さなかった。

彼はステラの頬を両手で優しく包み込み、おでこをこつんと重ね合わせる。

視界がアルでいっぱいになった。


「……不安なんだろ、ステラ」

「……うん」

「分かってる。世界がどう転ぶかなんて、まだ誰にも分からない」


アルの声は、驚くほど穏やかで温かかった。


「でもな。その不安も、ぜんぶ俺が受け止める」

「アル……」

「好きだよ。そばに居ないと狂うぐらいに、ステラが好きだ。

 もう二度と、ステラを失うような真似はさせない。

 世界が壊れそうになっても、俺がステラを守る。……一緒に、変えていこう」


視界がジワリと滲む。霞んだ先には、ずっと求めていた青くてきれいな光があった。

その瞳の奥には、底なしの情熱と執着が揺らめいている。

ステラの瞳から、熱い涙が零れ落ちる。


「...ありがとう、アル」


言葉にならない感情が、胸の奥で温かく弾けた。


「……私も、好きだった」


掠れた声で、けれど確かに告げる。


「ずっと……ずっと、アルが好き……!」


アルは綺麗な顔を崩して笑うと、ステラを強く、深く抱きしめた。

頬をくすぐる髪から伝わる、どこまでも温かい抱擁。

彼女の細い身体をすっぽりと包み込み、雨に濡れた夜の冷気すら一切寄せ付けない。


「……もう絶対、離さないから」


ステラはアルの濡れたコートに顔をうずめ、小さく、けれど深く頷いた。


まだ完全に安心しきれたわけではない。

世界はまだ終わっていないし、不安は確かに残っている。


それでも——。


この腕の中にいる限り、自分はもう一人で消える選択をしなくていいのだと、ようやく心の底から理解できた。


耳をふさぐような音で降り続いていた重たい雨粒が、ゆっくりと軽くなっていく。

遠くで、不夜城のネオンが青白く綺麗に瞬いていた。



◇◇◇



翌朝。討伐機関の司令部。


「——というわけでだ」


部屋には窓はない。静かな空間がそこにはあった。


ステラとアルは目の前の食えない顔をした男、監査官に呼び出されていた。

煙草の紫煙をくゆらせながら、監査官はデスクの上に何枚もの書類を雑に放り投げる。


「ステラは『特務協力』として極秘裏に世界の歪みを調査・解決していた。戦死処理は誤報。本調査の完了をもって、本日付けで討伐機関へ正式復帰とする。……これでいいな、バカ弟子」


監査官がステラの方を見てニヤリと笑う。

裏で手を回し、上層部を丸め込んで「英雄の帰還」として書類を処理してくれたのだ。


「サンキュ、監査官。手際の良さだけは尊敬するよ」


隣に立つアルは、ステラの肩を抱き寄せたまま、ふっと鼻で笑った。


「あーあーこんなところでいちゃつくなタバコが不味くなる

 まったく。命がけで隠蔽して損した気分だ。

 ……二人とも、おかえり」


監査官の言葉に、ステラは深々と頭を下げた。


「ただいま戻りました……!」


胸を締め付けていた暗い影は、もうどこにもなかった。

世界はまだ本編の途中だけれど、もう何も怖くなかった。





復帰から数日後。


討伐機関の隊員たちは、生き返ったステラを涙と笑顔で出迎えた。

……が、その裏で深刻な(?)問題が一つ発生していた。


「……あの、アル。そろそろ離れてくれないと、仕事が……」


執務室のデスク。ステラは書類を前に、困り果てた声をあげる。

後ろから彼女の腰に腕を回し、顎を肩に乗せたまま片時も離れようとしない男のせいだ。


「ダメ。離れる理由がない」

「あります! 報告書の提出が——っ、あ、首に顔を埋めないで……っ」

「数か月分のステラ不足、補充中。まだ全然足りない」


周囲の隊員たちも最初は生暖かく見守っていたが、今では「ごちそうさまです」と呆れ顔でスルーする始末だ。

何ならアルが執務室に入ってくれば、何も言わずに出ていく。


その状況に味を占めたのか、アルは決まってこの時間に訪れるようになった。

いつの間にかアル専用の椅子まで増えていた。


「アル、10分でいいから、そこでおとなしく座ってて」


ステラは自分の隣を指さしてアルを引きはがした。

はーい、と、軽い返事をして椅子に座ったアルは、デスクに肘をついて、ステラの髪を弄りながらニコニコとこちらを眺めている。


ステラはその仕草に胸がくすぐったくなった。愛おしくてたまらなかった。


(絶対に言わないけど!!!!)


嫌がるフリをしながらも、自分からアルの頭を優しく撫でる。


ふと、アルが思い出したようにポケットから何かを取り出した。


「そういえば…はい、これ」


デスクに置かれたのは、輝く銀紙に包まれた、新品のホワイトチョコレート。

傷一つない、綺麗な一枚。


「これ……」

「覚えてるよな?『生き延びたら一緒に食べよう』って言ってたやつ」


かつては「二度と叶わない約束」だと思っていた甘い味。


アルは手際よく銀紙を剥がすと、パキと綺麗な音を立ててチョコを二つに割った。

片方をステラの口元へ差し出す。


「あーん」

「……っ、自分で食べられるってば」

「いいから。……ほら」


ステラは頬を赤くしながら、差し出された白いチョコを小さくかじる。

口いっぱいに広がるのは、まろやかで、どこまでも優しい甘さ。


「……甘い」

「可愛いな ……俺のも、やる」


そう言ってアルは自分の分のチョコを口に含むと、書類に視線を戻そうとしたステラの頬を引き寄せ、そのまま唇を重ねた。


「ん……っ!?」


解けたホワイトチョコの甘さが、熱い舌と一緒に滑り込んでくる。

アルの触れる指先が耳まで伸び、耳裏をひと撫でしてステラをさらに引き寄せた。


何度も、何度も甘さを確かめ合うような、深く優しい口移しのキス。


息が上がって唇が離れた時、ステラの瞳は甘い熱で潤んでいた。


「ふふ、最高の味だ」


満足そうに目を細めるアルに、ステラはゆっくりと、自分から彼の首に手を回した。


「ばか、アル」

「バカで結構。もう二度と、離さないから」


窓から差し込むあたたかな木漏れ日の下で、二人は微笑みを交わし、再び唇を重ねた。

溶けたホワイトチョコレートの甘い香りが、二人だけの部屋に満ちていく。


ステラはアルの胸に額を預けながら、静かに思った。


(世界は、まだ終わっていない)


不安は、確かに残っている。

それでも——この腕の中にいる限り、もう一人で抱え込まなくていいのだと、彼女はようやく、心の底から理解していた。


「アル……大好き」

「知ってる。……俺の方が、狂うほど愛してるよ」


甘い声が重なり、二人の幸せな時間だけが、ゆっくりと流れていった。

最後までお読みいただきありがとうございます!


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