第三話:欠片を拾う(それでも、手のひらに残る)
無機質な電子音が規則正しく鼓膜を打っていた。
消毒液のツンとした匂いと、肌を刺すような冷気。
重い瞼をゆっくりと開くと、視界に飛び込んできたのは灰色の殺風景な天井だった。
(……私、生きてる……?)
胸に走る激痛に息を詰め、ステラはゆっくりとベッドから身体を起こした。
『流星事件』で巨腕の爪に貫かれたはずの胸元には、分厚い包帯が隙なく巻かれている。
おかしい。生存などあり得ない絶望的な傷だったはずだ。
「目覚めはどうかね、ステラ隊長」
冷ややかな声に視線を向けると、部屋の壁に背を預けた一人の男が立ち煙草をふかしていた。
「……監察官でしたか。ここは……」
無精髭を生やし、組織の制服を崩して着こなす男――ステラの元上司であり、現、監査官。
そして第9部隊の前隊長でもある男だ。
「約1週間、昏睡状態で目覚めなかったんだが...体調はどうだい?」
「...怪我をした胸のあたりに鈍痛がします」
そうだろうね、そういいながら男は短くなった煙草を灰皿に押し付けると、底の知れない笑みを浮かべてステラを見下ろした。
「どうして君は生きているのかって?」
「...!」
「顔に出ているよ、いつもはすました顔の美人さんだが…今日はどうやら焦っているようだ」
読めない、この男の思考が。
何かされる前に逃げるか――――
ベッドに上にある手に力を込めた、その時だった。
ばさりと書類が1枚、ステラの前に置かれた。
「表向き、君は『流星事件にて魔物に呑まれ消滅、戦死』ということになっている」
「あの日、討伐機関のデータベースには存在しない、この極秘の医療施設へ秘密裏に君を運び治療した。君のニセモノの遺体と死亡診断書を手配してね。あのまま放置されていれば、君は『流星事件』を引き起こした組織裏の連中に、都合のいい実験体として回収されていただろうからね」
『流星事件』——空の歪みから大規模な魔物が発生し、主人公が自警組織として立ち上がる引き金となる大災害。だがその実態は、機関の裏で「魔物を人為的に呼び出す兵器」の性能実験として引き起こされた人為的な惨劇だ。
そのことに驚きはない。ステラはこの世界の真相を知っていた。
そしてステラ自身は、その裏でアルの隣で死んで退場するはずの、名もない存在に過ぎなかった。
(私は、シナリオ通りに死んだはずなのに……)
困惑するステラに向け、男は煙を吐き出しながら、静かに言った。
「……君は、未来を知っているね?」
「っ……!?」
心臓が跳ね上がった。
息を呑むステラを、男は愉しむように、しかしどこか穏やかな目で観察している。
「君の立ち回りは異常だった。まるでこれから起こる事態をあらかじめ知っていたかのような無駄のない動き。……そして何より、『ゲーム』のシナリオを知る者特有の、諦めに似た視線だ」
男はステラの最大の秘密を、とうの昔に見抜いていたのだ。
「勘違いするな。私は君の秘密を吹聴する気はない。むしろ感謝しているんだよ。……なにせ、君という『異端』が存在してくれたおかげで、この世界の異常に気づけたんだからね」
「異常?もしかしてあなたも――」
「ああ。転生者だ。そして、君の知る『史実』とやらは、もう崩壊し始めている」
男は懐から更に一枚の観測データを取り出し、ステラの前に放り投げた。
そこに記載されていた数値を見て、ステラの顔から血の気が引いていく。
「本来なら『流星事件』のあと、しばらく経ってから起きるはずだった二度目の大規模な『空の歪み』……それが、史実よりも遥かに早い周期で発生しようとしている。組織の黒幕どもが、兵器の実験ペースを異常なまでに加速させているんだ」
(そんな……!? 史実が、早まってる……?)
主人公が成長する猶予すら与えられないスピードで、世界が崩壊へと向かっている。
もし自分がシナリオに抗い、アルの戦術を模倣し、無茶な行動をしたことで『世界のバグ』を引き起こしてしまったのだとしたら――。
「史実と違う異端の存在である君を、あのまま死なせるのは惜しくてね。だから拾い上げた」
男は低く、しかしどこか柔らかい声で続けた。
「どうだね、ステラ。私と手を組まないか? 君は陰で『死人』として動き、加速する歪みの現場へ潜入して兵器の証拠を掴む。私はそれを使って組織の腐敗を叩き潰す」
「……断れば?」
男は少しだけ沈黙し、煙草の煙をゆっくりと吐き出した。
「断れば、君が生きている情報を上層部に流すことになる。……そうなれば、君を庇おうとするあの第3部隊長も含めて、厄介なことになるだろうね」
アルの名前を出され、ステラの手が小さく震えた。
男はそれを見て、軽く肩をすくめた。
「脅しに聞こえるなら、それでいい。私は手段を選ばない性質だからね。だが、根は案外優しいんだ。君や、君が守りたいと思っている人間たちを、無駄に死なせたくはない」
「……」
「表舞台に戻れば、アルを巻き込む。このまま指をくわえていれば、早まったシナリオの暴走によって、今度こそアルや仲間たちが理不尽な死に飲み込まれてしまう。どちらを選んでも危険だ。……なら、私と一緒に動いた方が、まだマシだと思わないか?」
ステラはぎゅっと包帯の巻かれた胸元を握りしめると、真っ直ぐに元上司の目を見つめ返した。
「……分かりました。協力します。ですが、私を単なる駒として扱うなら、いつでもあなたを刺しますよ」
「頼もしいねぇ。交渉成立だ、ステラ」
喰えない男が、満足そうに、しかしどこか温かい目で口角を上げた。
「さっそくだが、今後の作戦会議をしよう」
こうして、未来を知る「死人」の少女と、秘密を握る元隊長の、冷たくも奇妙に誠実な密約が交わされたのだった。
お読みいただきありがとうございます!
※監査官=元隊長(ステラの隊の前任) です




