第31話:最高のウェディング配信
「……瀬戸さん。私、手が震えて止まりません」
配信開始のカウントダウンが刻まれる新居のスタジオ。
私はモニターの前に座り、膝の上でぎゅっと拳を握りしめていた。
画面の中の『琥珀ねね』は、瀬戸さんが今日のために秘密裏に発注してくれた、純白のウェディングドレスを纏っている。
レースの透け感、ヴェールの揺らめき、そして手元で輝く指輪のテクスチャ。
すべてがため息が出るほど美しく、私にはあまりにも不釣り合いに思えて、逃げ出したくなるほどの重圧を感じていた。
その時。
震える私の右手を、大きな温かい手が、包み込むように握りしめた。
「……山咲さん。深呼吸を。……君は今日、世界中の誰よりも幸せになっていい人なんですから」
モニターの横。画面外に立っている瀬戸さんが、私の目を見て静かに頷いた。
彼の指先から伝わってくる確かな鼓動。
その安心感だけで、私の心の中の「不安という名のノイズ」が、スッと消えていった。
「……はい。瀬戸さんがいてくれるなら、私、何も怖くないです」
カウントがゼロになる。
私は力強く、配信開始のボタンを叩いた。
◇
「……あ。……あー、テステス。……みんな、お疲れ様。琥珀ねねです」
配信開始からわずか数秒。
待機人数は過去最高を更新し、驚異の二十万人を超えた。
画面を埋め尽くす「ねね様かわいい!」「新衣装おめでとう!」というコメントの弾幕。
私は一息ついて、マイクに向かって微笑んだ。
「今日はね……みんなに、とっても大切なお知らせがあるんだ」
私は一瞬、瀬戸さんの方を見た。彼は優しく私を見守っている。
私はお腹の底から声を出し、はっきりと告げた。
「私、琥珀ねねは――結婚することになりました!」
瞬間、画面が白く染まった。
お祝いのスーパーチャットが、虹色のナイアガラの滝のように降り注ぐ。
あまりの勢いに、PCの冷却ファンが悲鳴を上げ、サーバーが悲鳴を上げている。
「……驚かせちゃってごめんね。……でも、今日まで隠しておくのは、すごく心苦しかったんだ」
私は、込み上げてくる涙を堪えながら、これまでのことを語り始めた。
「みんなも知ってる通り、私は不倫されて捨てられた、ただのサレ妻だったんだ。掃除もできない、洗濯物も溜めちゃう、だらしない自分を『価値がない人間だ』ってずっと信じ込んでた」
コメント欄が、一瞬だけ静かになる。
「でもね、そんなボロボロだった私を見つけて、だらしないままでいい、それが価値だって言ってくれた人がいたの。……その人が、私の手を引いて、ここまで連れてきてくれた。……彼が私の隣にいてくれたから、私は今日、この白いドレスを着ることができたんだよ」
私は、溢れ出した涙を拭おうともせず、ありのままの想いを言葉にした。
不遇だった過去も、今の溢れるほどの幸せも、すべてが私の人生なんだと誇りを持って言えた。
◇
配信の熱気は最高潮に達し、リスナーからは「瀬戸さんの声が聞きたい!」「プロデューサー様出てきて!」という要望が爆発した。
瀬戸さんは困ったように眉を下げていたが、私の必死の視線に負けたのか、そっとマイクに近づいた。
『…………瀬戸です。皆様、お騒がせしております』
初めて配信に乗る、瀬戸さんの生の声。
その冷たくも深い愛情を含んだイケメンボイスに、コメント欄は「ひえええ声までイケメンかよ!」「ねね様を一生幸せにしろ!」と狂喜乱舞した。
『……彼女は、確かに手のかかる女性です。油断すれば部屋は散らかり、コーラばかり飲み、泣き上戸で支離滅裂になる。……ですが、その不完全さこそが、私にとっての救いでした』
瀬戸さんは、画面外で私の指を優しく絡ませながら、続けた。
『彼女を管理し、隣でその笑顔を守り続けるのが、私の生涯の仕事です。……琥珀ねねを、そして山咲ちあきを愛してくれてありがとう。これからも、彼女の「だらしなさ」を、私と共に温かく見守ってください』
それは、全世界に向けた、最も真摯で独占的な愛の宣言。
私はもう、嗚咽を漏らして泣きじゃくっていた。
◇
配信の最後。私は赤い目をしたまま、カメラを見つめた。
「最後に、一つだけ言わせて。……かつての私みたいに、『自分なんてダメだ』って思ってる人がもしいたら。……大丈夫。だらしなくても、一度失敗しても、ありのままの自分を愛してくれる場所は、絶対にあります。……生きてるだけで、私たちは偉いんだから!」
――ケフっ。
泣きすぎた拍子に、お約束の小さな音が漏れた。
画面には「ねね様最高!」「お幸せに!」「一生推すわ!」という温かい祝福の言葉が溢れ。
琥珀ねねのウェディング配信は、伝説的なフィナーレと共に幕を閉じた。
◇
配信終了後。静まり返ったスタジオ。
私は機材の前にへたり込み、魂が抜けたように天井を見上げていた。
「……はぁ。……終わったぁ……」
「お疲れ様。……ちあきさん。最高の、奥さん(予定)でしたよ」
瀬戸さんが背後から私を抱きしめ、耳元で優しく囁いた。
彼の温かさが、ヴェール越しに伝わってくる。
「瀬戸さん……。私、本当に幸せになっちゃったんですね」
「……当たり前でしょう。私がそう管理したんですから」
私は彼の胸の中で、幸せな眠気に身を任せた。
サレ妻からの下剋上。
それは、一人の献身的な騎士と、一・五リットルのコーラが繋いだ、最高に輝かしい奇跡だった。
私たちの「終わり」は、すぐそこまで来ている。
けれど、私たちの「幸せな日常」には、終わりの文字なんてどこにもない。
第31話をお読みいただき、ありがとうございます!
ついに全世界に向けた「結婚報告配信」! これまでのちあきの歩みを全て肯定し、瀬戸さんと手を取り合う姿に、作者自身も目頭が熱くなりました。
瀬戸さんの「生涯の仕事」宣言……もうこれ以上の溺愛はありませんね!
さて、いよいよ次回……第32話で、この物語は【最終回】を迎えます。
数年後の、よりパワーアップした「だらしない日常」と、二人の幸せな家族の形をお届けします。
「ウェディング配信、最高に泣けた!」「最終回も楽しみ!」と思ってくださいましたら、
ぜひ最後の【評価(★★★★★)】やブックマーク、感想で二人を祝福していただけると嬉しいです!
皆様の応援が、二人の未来を永遠に輝かせます!
よろしくお願いいたします!




