最終話:終わらないハッピーエンド
「……あー、そこそこ! もっと右! あ、やばっ、ボスが強すぎるよぉぉ!」
陽当たりの良い、広々としたリビング。
私は大きなソファに寝そべり、コントローラーを握りしめて絶叫していた。
足元には、数分前に脱ぎ捨てたばかりの左右バラバラな靴下。
ローテーブルの上には、飲みかけの一・五リットルのコーラと、これまた「後で片付ける」と心に決めた(だけの)ポテトチップスの袋。
結婚してから数年が経ったけれど、私の「だらしなさ」は、最新鋭の配信機材のようにアップデートされるどころか、ますます磨きがかかっていた。
「……山咲ちあきさん。……いえ、瀬戸内ちあきさん。……何度言えば、リビングに靴下を自生させるのをやめるんですか」
キッチンの向こうから、呆れ果てた、けれど耳に心地よい低音が響く。
エプロン姿で現れたのは、私の最愛の夫であり、世界最強の管理者、瀬戸さん――一さんだ。
彼は眼鏡の奥の瞳をスッと細めると、淀みのない動作で私の靴下を拾い上げ、空き缶をまとめ、散らばったお菓子の袋を回収していく。
「あはは、ごめんなさーい! 瀬戸さん、コーラのおかわりと、ついでに私の人生の管理もお願いしまーす!」
「……君の人生は、とっくの昔に私の管理下にありますよ。……ほら、新しいコーラです。……ただし、これを飲み終えたら夕食の支度を手伝いなさい。……野菜を切るだけなら、君にもできますね?」
「はーい! 愛しの管理者様の命令なら、喜んでー!」
私はゲームを一時停止し、瀬戸さんが差し出してくれた冷たいグラスを受け取った。
シュワリと弾ける炭酸。
かつて絶望のどん底で、一人で煽っていたあのコーラと同じ味。
けれど、今の私には、それを一緒に楽しんでくれる、そして後始末まで完璧にこなしてくれる最高のパートナーが隣にいる。
◇
夕食の後、私は新調された豪華な配信スタジオにいた。
今や『琥珀ねね』は、Vチューバー界のレジェンドとして語られる存在になっている。
「……みんな、今日も生きてるだけで偉いよ! ……だらしなくても、掃除ができなくても、そんな自分を笑い飛ばして、明日を生きようね!」
カメラの向こう側にいる、何十万、何百万というリスナーたち。
その中には、かつての私のように、誰かに否定され、自分には価値がないと信じ込んでいる人もいるだろう。
私はそんな彼らに向けて、今日も私の「だらしなさ」という名の希望を届け続けている。
ふと、スタジオのドアが静かに開いた。
小さな足音がパタパタと響き、私の足元に小さな影が飛び込んでくる。
「ママー! コーラ、めっ! パパが、もうおしまいって!」
私にそっくりな色素の薄い瞳をキラキラさせた、幼い娘。
その後ろでは、瀬戸さんが困ったような、けれどこれ以上なく慈愛に満ちた表情で立っていた。
「……ちあき、配信中に飲みすぎです。……教育に悪いですよ」
「えへへ、バレちゃった。……ねえ、みんな。私の新しい『副管理者』が来ちゃったから、今日はここまでにしとくね! また明日、最高のズボラを共有しよう!」
コメント欄が「てぇてぇ」「最高の家族」「ねね様お幸せに!」という祝福の嵐で埋め尽くされる中、私は配信を終了した。
◇
夜。子供を寝かしつけた後、私たちはベランダで二人きりの時間を過ごしていた。
都心の夜景は、あの日と変わらず宝石のように輝いている。
「瀬戸さん。……あの夜、私を見つけてくれて、本当にありがとうございました」
私は、瀬戸さんの肩に頭を預け、そっと彼の手を握った。
「……何度もお礼を言うのはやめなさい。……感謝しているのは、私の方なんですから」
「え? 瀬戸さんが?」
「ええ。……君という、不完全で、だらしなくて、目が離せない存在が私の人生に現れなかったら。……私はきっと、冷たくて効率的なだけの、つまらない機械のような人間で終わっていたでしょう。……君を管理することで、私は初めて、自分の人生に彩りがあることを知ったんです」
瀬戸さんは、私の手を力強く握り返し。
そして、眼鏡を外して、私に優しい口づけを落とした。
「……愛していますよ、ちあき。……一生、私の手のひらの上で、だらしなく笑っていてください」
「はいっ! 瀬戸さんに一生背負ってもらうって、もう決めましたからね!」
私たちは、高級なワイングラスに注がれたコーラを掲げ、夜空に向かって乾杯した。
サレ妻からの下剋上。
だらしなさを武器に変えた、一人の女性の物語。
それは、最高の旦那様による「永遠の甘々管理生活」という名の。
終わりのないハッピーエンドへと、どこまでも、どこまでも続いていく。
山咲ちあき、三十歳。
私は今、世界で一番幸せな「だらしない妻」として、大好きな炭酸の夢の中にいる。
(完)
ついに、ついに完結です!
『不倫されて捨てられたサレ妻、コーラで酔った勢いでVTuberデビューしたら、有能な編集者に一生甘やかされることになりました』
最後までお付き合いいただき、本当に、本当にありがとうございました!
「だらしなくてもいい、生きてるだけで偉い」というメッセージを、瀬戸さんという最高の騎士による溺愛とともに描ききることができ、作者としても感無量です。
ちあきと瀬戸さん、そして新しい家族の幸せな未来に、乾杯!
もし「この二人の話をずっと読んでいたかった!」「スカッとしたし癒やされた!」と思っていただけましたら、
ぜひ最後に、最高の【評価(★★★★★)】や感想、ブックマークをいただけますと幸いです!
皆様の応援があったからこそ、この物語はハッピーエンドに辿り着くことができました。
本当に、ありがとうございました!
またどこかで、幸せな炭酸の泡が弾ける頃にお会いしましょう!




