第19話:予期せぬ接近と、瀬戸さんの騎士道
「……え、瀬戸さん? どうしたんですか、そんな怖い顔して」
朝九時。いつものように合鍵で入ってきた瀬戸さんの表情を見た瞬間、私の眠気は一気に吹き飛んだ。
普段の「仕事モード」の厳しさとは違う。獲物を狙う鷹のような、鋭く、そして冷たい怒りがその眼鏡の奥に宿っていた。
瀬戸さんは何も言わず、机の上に一つの小さな塊を置いた。
それは、昨夜アパートの駐輪場に落ちていたという、踏みつけられた煙草の吸殻だった。
「これ……健二が吸ってた銘柄だ」
見た瞬間に心臓がドクリと跳ねた。
あの不快な匂い、私の生活を否定し続けた男の影。
一ヶ月以上前のことなのに、恐怖の記憶が指先を微かに震わせる。
『……やはり、アイツですか。山咲さん、落ち着いてください』
瀬戸さんは、私の震える手を迷いなく、力強く包み込んだ。
彼の大きな手のひらから伝わってくる、確かな体温。
それだけで、凍りつきそうだった私の心に、じわりと温かい灯がともる。
『奴は君の居場所を特定しています。今はまだ様子を伺っているようですが、いつ強引な手段に出てくるか分かりません。近所に私が住んでいるとはいえ、深夜の数分間が致命的な隙になる』
「……どうすればいいんでしょう。警察? それとも、また引っ越し……?」
『いいえ。……もっと確実な方法をとります』
瀬戸さんは、真っ直ぐに私の瞳を見据えて、爆弾発言を投下した。
『今日から、私がこの部屋に泊まります。……君の身の安全が完全に確保されるまで、一分一秒たりとも、君を一人にはさせません』
「え……。ええええええええええっ!? お泊まり!? 瀬戸さんと、同棲!? リアルお泊まりイベント発生ですか!?」
『……護衛、および不審者対策です! 変な期待はしないでください!』
瀬戸さんは叫ぶように言い返したが、私を握るその手は離そうとせず、耳の先がみるみるうちに真っ赤に染まっていく。
あんなに理性的で有能な瀬戸さんが、私のためにここまで「無茶な理屈」を通そうとしている。
それが嬉しくて、誇らしくて、私は恐怖なんてどこかへ放り投げてしまった。
◇
その日の夕方。
瀬戸さんは一度自宅に戻り、着替えと仕事道具の入った大きなバッグを抱えて戻ってきた。
私の狭いワンルームに、瀬戸さんの荷物が置かれる。
それだけで、部屋の空気が一気に「彼」の色に染まっていく気がした。
「瀬戸さん、瀬戸さん! パジャマ見せてください! あと、寝る場所はどうします!? 私のベッド、狭いですけどくっつけば……っ」
『……私はソファで寝ます! 君はさっさと風呂に入りなさい! あと、そのはしゃぎ回るのをやめないと、掃除のノルマを三倍にしますよ!』
「ひえっ、厳しい! ……でも、嬉しいです。瀬戸さんが同じ屋根の下にいるなんて、私、炭酸なしでも酔っちゃいそう……」
夕食の後、私は瀬戸さんに促されるままお風呂に入り、パジャマ姿でリビングへ戻った。
そこには、私のPCの前に座って作業をしている瀬戸さんの背中があった。
いつもは画面越しにしか見えなかった彼の背中。
それが、手を伸ばせば触れられる距離にある。
私がソファに座ると、彼は仕事の手を止め、温かいココアを差し出してくれた。
『……少しは、落ち着きましたか?』
「……はい。……瀬戸さんがいてくれるから、全然怖くないです。……ありがとう、瀬戸さん」
私が素直に感謝を伝えると、瀬戸さんは少しだけ困ったように眉を下げ、私の頭を優しく撫でた。
『……仕事ですから。……君を守るのも、編集者の役目です。……さあ、もう寝なさい。君が眠るまで、私はここで本を読んでいますから』
優しい騎士に見守られながら、私はベッドに潜り込んだ。
暗い部屋の中で、瀬戸さんの手元を照らす読書灯の明かりだけが灯っている。
その光が、世界で一番温かくて、心地よかった。
◇
同じ頃。
アパートの外、街灯の届かない暗がりに、一人の男が潜んでいた。
健二だった。
彼はちあきの部屋を見上げ、その窓に映る「二人の人影」を凝視していた。
「……なんだ、ありゃ。……男か? 男がいるのか?」
自分を捨てて逃げ出しておいて、あんなボロ屋で男を引き込んでいる。
健二の脳内で、歪んだ被害妄想が急速に膨らんでいく。
「……ふざけやがって。俺がこんなに苦労してるってのに、アイツは……アイツは俺の代わりを見つけて、ぬくぬくと……。……許さねえ。ちあきは、俺の所有物だ。俺がいないと何もできない、出来損ないの女なんだよ……!」
嫉妬と怒りで、健二の顔が鬼のように歪む。
平和で甘い時間の流れる部屋と、闇の中で牙を剥くクズ男。
瀬戸さんの「騎士道」が、ちあきを守り抜けるのか。
そして健二の醜い執着が、どのような破滅を招くのか。
運命は、いよいよ一触即発の瞬間へと突き進んでいく。
第19話をお読みいただき、ありがとうございます!
ついに……! 瀬戸さんが「護衛」という名のお泊まりを開始しました。
「仕事ですから」と真っ赤になって言い張る瀬戸さんですが、行動が完全にお試し同棲のそれで、執筆していてニヤニヤが止まりませんでした。
一方、外から覗き見る健二。
「ちあきは俺の所有物」という身勝手な思考が、後の「ざまぁ」をより爽快にしてくれるはずです!
「瀬戸さんの添い寝(?)最高!」「健二、早く警察に捕まれ!」と思ってくださいましたら、
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皆様の星が、二人の夜をより甘く、安全なものにします!
よろしくお願いいたします!




