第14話:瀬戸さんの直接管理宣言
「……あはは! 見て見てみんな、コーラの空き缶が五段積めたよ! これぞ、サレ妻の限界芸術――あ、やばっ」
ライブ配信の真っ最中。私はカメラ(アバター)の向こう側にいる数万人のリスナーに向けて、机の上に積み上げた空き缶タワーを自慢していた。
だが、絶妙なバランスで保たれていたその「芸術」は、私が笑った際のわずかな振動で、無情にも崩落した。
ガシャガシャガシャッ!!
「ひいいいっ!? 待って、マイクに、マイクにぶつかるぅ! あ、コードが……っ」
派手な金属音とともに、画面が激しく揺れる。
崩れた缶が機材に直撃し、ハウリングのような不快なノイズがスピーカーを突き抜けた。
『琥珀ねね、放送事故か?w』
『空き缶タワーは流石にだらしなすぎるww』
『瀬戸さーん! ねね様がまたやらかしましたよー!』
コメント欄が爆速で流れる中、私は慌てて機材を立て直そうとしたが、焦れば焦るほど手元が狂う。
『瀬戸:……配信を一時中断します。山咲さん、機材の安全が確認できるまで待機してください』
画面の隅に表示された、瀬戸さんのチャット固定。
その文字を見た瞬間、私は背筋に冷たいものが走るのを感じた。
いつもなら「もう、何やってるんですか」と呆れ混じりにフォローしてくれるはずの彼が、今日は一言も喋らず、文字だけで指示を出してきたからだ。
◇
配信を強制終了させ、静まり返った部屋。
私は、散らばった空き缶の中に座り込み、恐る恐る通話アプリを開いた。
自分からかける勇気が出ず、スマートフォンの前で固まっていると、まるで私の心を見透かしたかのようなタイミングで、瀬戸さんからの着信が跳ねた。
「は、はい……。あの、瀬戸さん。ごめんなさい、ちょっと調子に乗っちゃって……」
『………………』
沈黙。
重苦しい、けれどどこか張り詰めたような沈黙が、スピーカー越しに伝わってくる。
私は、彼がプロとして、私のあまりに酷い管理不足に激怒しているのだと思い、身を縮めた。
「怒ってますよね……。本当にすみません。今、今から全部片付けますから! 徹夜で掃除して、証拠の写真も送りますから、だから見捨てないで……っ」
『……山咲さん』
遮るように、私の名前が呼ばれた。
怒声ではない。
けれど、今まで聞いたどの指示よりも、低く、重く、そして逃げ場のないほど真摯な響き。
『……ネットワーク越しの管理には、限界があるようです。君の……その、救いようのない生活環境は、もはや私の許容範囲を完全に超えました』
「うう、ごめんなさい……。やっぱり私、だらしなすぎて瀬戸さんに愛想尽かされちゃったかな……」
『……違います。愛想を尽かしたのではなく、これ以上、画面越しに「音」だけを聞いて、君が怪我をしないか、機材が壊れないかとハラハラしながら見守ることに耐えられないと言っているんです』
「え……?」
瀬戸さんの言葉に、私は耳を疑った。
『明日……いえ、今日の午前中です。……君の住んでいる場所の住所は、契約書類で把握しています。……私が直接、そこへ行きます』
「えええええええええええっ!?!? くる、くるんですか!? ここに!? 瀬戸さんが!? オフ会ですか!? これって、ついにリアルイベント発生ですか!?」
私は驚きのあまり、近くにあったコーラの空き缶を踏み抜いた。
パニックで頭が真っ白になる。
あの、超絶ハイスペック・イケメンの瀬戸さんが、このボロアパートに?
この、ゴミと抜け殻(私)しかない空間に、本物が降臨するの?
『……オフ会ではありません。……生活指導、および清掃の直接介入です。……いいですか、私が到着するまでに、せめて玄関までの動線くらいは確保しておきなさい。……変な期待は、しないように』
瀬戸さんは、突き放すような言い方をした。
けれど、最後に「しないように」と言った彼の声は、微かに裏返っていた気がする。
「瀬戸さん……。本当に、会いに来てくれるんですか? 私、夢じゃないですよね?」
『……仕事ですから。……君の配信環境を守るためなら、手段は選びません。……では、数時間後に。……寝過ごさないでくださいよ』
プツリ。
一方的に切られた通話。
私は、手に持っていたスマートフォンを胸に抱きしめ、しばらくの間、時が止まったように固まっていた。
ドクン、ドクン、と。
心臓が、今まで経験したことがないほど大きな音を立てて、肋骨の裏側を叩いている。
「瀬戸さんが、来る。……瀬戸さんに、会える」
私は猛烈な勢いで立ち上がった。
炭酸の酔いなんて、一瞬で蒸発していた。
今の私は、恋の劇薬に脳を焼かれた、ただの乙女だった。
「ひいいいっ! 掃除! 掃除しなきゃ! あと、パック! パックもしなきゃ! っていうか、着ていく服がない! ジャージしか持ってないよぉぉ!」
◇
その頃。
瀬戸さんは、自身の部屋で、玄関に置いた「掃除用具一式」が入ったバッグを見つめ、激しい自己嫌悪に陥っていた。
(……私は、何を言っているんだ。……仕事のパートナーの家に、直接乗り込むなんて。……狂っているのか?)
だが、画面越しに見た、あの色素の薄い、泣き出しそうな、けれど無垢に笑うちあきの瞳を思い出すと。
彼女を、あの不衛生で危険な(と、彼は定義した)空間に放置しておくことが、どうしても耐えられなかった。
「……管理。そうだ、私は管理をしに行くだけだ。……それ以上の他意はない。……断じて、ないはずだ……」
鏡に映った自分の顔。
眼鏡の奥の瞳は、これまでのどの「編集作業」よりも熱く、激しく燃えていた。
そして、その耳は、自分の嘘を見透かしたかのように、赤く熱を持っていた。
◇
夜明け。
ボロアパートの一室では、半泣きになりながらゴミ袋を抱える一人の女性。
そして、高速道路を走る車の中には、ハンドルを握りしめ、自分に言い訳を繰り返す一人の男性。
ネット越しの絆という、安全な境界線。
それが、朝日が昇ると同時に、物理的な「接触」という劇薬によって、跡形もなく溶け去ろうとしていた。
第14話をお読みいただき、ありがとうございます!
ついに、ついに……! 瀬戸さんの「直接管理(実質的な突撃)」宣言が出ました!
「仕事ですから」という建前を使いつつ、どうしても放っておけなくて自分から会いに行ってしまう瀬戸さんの行動原理……。ニヤニヤしていただけましたら幸いです。
これから始まる、ボロアパートでの「リアルな二人」のやり取り。
瀬戸さんの潔癖なまでの掃除指導と、ちあきの猛アタックが火花を散らすこと間違いなしです!
「二人の対面が待ちきれない!」「瀬戸さんのデレ、早く見せて!」と思ってくださいましたら、
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