EP.1-5 迎えが来ると信じて
こんにちは、Time Bombです!
2月になってからもたくさんの方々に
「Abyss Trigger ーーSecret Xーー」を読んでいただいており、
大変嬉しく思います!
今後もEP.1は週1ペースを目標に投稿していきたいと思いますので、
ぜひ引き続きお付き合いいただけると嬉しいです。
EP.1-5
夜になると、不安な気持ちが押し寄せてくる。
一体いつまで、こんな生活を続けなければいけないのか。
いつ、お母さんが迎えに来てくれるのか。
瑞葵にとって就寝時間は、一日の中で一番、孤独感に苛まれる時間だった。
瑞葵(……みんな、もう寝たか)
静まり返った部屋で、天井を見つめる。
布団に入って目を閉じると、考えたくないことまで頭に浮かんでしまう。
瑞葵は一度、脳をリセットするために布団から起き上がった。
そっとリビングへ向かい、コップに水を注ぐ。
冷たい水が、指先から伝わってくる。
コップを持った瞬間、その冷たさに少しだけ現実に引き戻された気がした。
一度考え始めると、不安は一気に押し寄せてきて、頭の中がいっぱいになる。
そうならないために、瑞葵は最近、どんなに眠くても水を一杯飲むようにしている。
それが、自分を落ち着かせるための、小さな癖になっていた。
水を一口、喉に流し込む。
瑞葵(……大丈夫)
そう言い聞かせながら、瑞葵はふと、過去のことを思い出していた。
瑞葵がこの組織に加入したのは、中学二年の冬だった。
加入するまでは、中学一年生の頃からずっと施設で育てられていた。
施設に入る前の記憶は、ほとんど残っていない。
小学生の頃のことは、思い出そうとしても霧がかかったように曖昧だった。
瑞葵が覚えている一番古い記憶は、病室でベッドに横たわっていた時の光景だ。
鼻を突く、消毒液の匂い。
カーテンがわずかに揺れる音。
機械の規則正しい電子音が、やけに大きく聞こえていた。
知らないおじさんと、白衣を着た先生が周りを囲んでいた。
「目が覚めた」
「大丈夫?」
心配そうな声が、次々と飛んでくる。
目を覚ましたものの、体は鉛のように重かった。
少し体を動かしただけで、ズキッとした痛みが身体中を走る。
それでも、先生たちの懸命な治療のおかげで、瑞葵は少しずつ体を動かせるようになっていった。
――けれど。
なぜ病院にいるのか。
お母さんとお父さんはどこにいるのか。
そもそも、お母さんとお父さんが「誰」なのか。
何一つ、分からなかった。
それから数ヶ月が経ち、怪我も完治した。
無事に退院できることが決まった日、瑞葵はとても辛い知らせを聞くことになる。
その日、瑞葵は看護師に連れられて、小さな会議室に案内された。
そこには、スーツを着た知らない男性が二人、椅子に座っていた。
男1「君は、牧原優生くんだね」
瑞葵「……はい」
牧原優生。
それが、瑞葵の旧姓だった。
Secret Xに加入する際、牧原優生から野畑瑞葵へと改名されている。
男2「優生くん。ショックだと思うけど、これから話すことは本当のことなんだ。落ち着いて聞いてほしい」
二人の男性は、淡々と説明を始めた。
瑞葵が入院した理由。
家族旅行中、車のブレーキが故障し、トラックと衝突したこと。
運転席にいた父親は即死だったこと。
母親は別の病院に搬送されたこと。
母は、生きている。
ただし、まだ怪我は完治していない。
だから瑞葵は、退院後、施設で暮らすことになる。
それだけを、簡潔に告げられた。
あの時のことは、正直よく覚えていない。
すべてを受け止めてしまうと、心が壊れてしまうと思い、脳が勝手にシャットアウトしたのかもしれない。
泣いたのかどうかも分からない。
父親が亡くなったことを、どう受け止めたのかも覚えていない。
――思い出したくもなかった。
それでも、絶望の中に、僅かな光はあった。
瑞葵「あの……怪我が治ったら、お母さんは迎えに来てくれるんですか?」
男1「ああ、もちろんだ。時間はかかると思うけど、お母さんは精一杯頑張っている」
男1「だから瑞葵くんも、それまで良い子にするんだよ」
ーー「良い子にする」。
その言葉を聞いた時、胸の奥が、ほんの少しだけざわついた。
けれど、その違和感に名前をつけるほど、瑞葵は大人ではなかった。
ただ――
瑞葵(大丈夫……)
瑞葵(お母さんは、絶対迎えに来てくれる)
その言葉を、今でも信じている。
コップの中の水を飲み干し、瑞葵は静かに立ち上がった。
少しだけ軽くなった気持ちのまま、コップを洗い、布団へ戻る。
布団に潜り込み、目を閉じる。
瑞葵(……大丈夫)
そう自分に言い聞かせながら、瑞葵は眠りについた。
次回予告
家族を失い、辿り着いた先は――
「守られる場所」のはずの、児童養護施設だった。
知らない土地、知らない学校。
不安に押し潰されそうな日々の中で、瑞葵は一人の少年と出会う。
圭介「僕たち、ずっと友達でいようね」
支え合える存在がいる。
それだけで、世界は少しだけ明るく見えた。
だが、その平穏は長くは続かない。
施設を支配する“問題児”――真壁龍斗。
怒りと暴力が渦巻く場所で、
「関わらない」という選択は、本当に身を守ることになるのか。
優しさは、弱さになるのか。
友情は、試されるものなのか。
静かに始まる、地獄の前触れ。




