EP.1-3 揃わない歩幅
こんにちは、Time Bombです。
前回の投稿から少し間が空いてしまい、すみません。
ここ最近、仕事が忙しくなかなか執筆の時間が取れず、
投稿するエピソードのブラッシュアップもできないまま、
もどかしい日々が続いていました。
ですが、構想自体はしっかり進めています!
進捗としては、前回はEP.2-3までとお伝えしていましたが、
現在はEP.2-4まで書き終え、次はEP.2-5に取りかかるところです。
執筆スピードはゆっくりですが、
僕自身も早く書きたいエピソードがたくさんあるので、
少しずつでも前に進んでいこうと思います。
これからも瑞葵たちの物語を見守っていただけたら嬉しいです。
どうぞよろしくお願いします!
瑞葵たちは会議室の一室を借り、講師一人、生徒四人の――一対四形式の勉強会を始めた。
昨日は夜遅くまで任務だったこともあり、いつもより遅い十一時半スタートだ。
毎週土曜日は十時に勉強を始め、終わりはその日次第でだいたい十五時。
ただしテスト週間になると、成績次第で延長されることもある。
訓練では血反吐を吐くような特訓を課され、家では悠喜と夏月との空気が重い。
だから瑞葵にとって、この勉強時間だけが、数少ない“息のつける場所”だった。
講師「おい、悠喜。寝るな」
悠喜「わりい、わりい。先生の話聞いてると、つい眠くなっちまって」
講師「それは遠回しに、俺の授業がつまらないって言ってるようなもんだぞ」
悠喜「大丈夫大丈夫。俺、どの授業でも寝るから。先生の授業がつまらないわけじゃねえよ」
講師「それも問題なんだよ」
悠喜は四人の中で一番成績が悪い。
学校の授業でもよく寝てしまうし、今日も例外じゃない。
机に突っ伏すのではなく、背筋を伸ばしノートを取っている“ふり”をして眠る癖がある。
そのせいで、前の席から見下ろす形になる翼には――だいたいバレる。
翼「……また寝てるだろ」
悠喜「起きてる起きてる」
悠喜と瑞葵の背丈はほとんど変わらない。どちらも百六十前後。
だが、その二人の少し後ろ――数センチ高い翼(百六十八から百七十ほど)が見下ろす視線には、どこか保護者じみた落ち着きがあった。
夏月「でもテストの点数だと、いつも五十点前後は取ってるのがすごいわよね」
悠喜「俺は一夜漬け派だからな」
翼「でも一週間経つと、全部忘れてるよな」
講師「まったく……教えてるこっちの身にもなってくれ」
四人の中で一番成績がいいのは翼。
次点で夏月。瑞葵はそこから少し離れて、その次だ。
瑞葵は勉強が嫌いではないが、得意でもない。加入当初は悠喜と同じくらいの学力だった。
だがリーダーの翼が気にかけ、時々つきっきりで教えてくれたこともあり、瑞葵は少しずつ成績を伸ばしている。
その様子を見て、夏月(百五十八から百六十ほど)が一瞬だけ視線を逸らすことがある。
嫉妬――たぶん、そういう種類の感情だ。
⸻
心の休まる時間もあっという間に終わり、夕方からはトレーニングが始まった。
四人は指定の運動服に着替え、ウォーミングアップとして三キロ走。続けて腹筋、腕立て、背筋、スクワットを五十回ずつ。
ウォーミングアップが終わると、瑞葵と翼たちは別メニューに移る。
瑞葵はまだ差があるため基礎中心。翼たちは基礎に加えて実技訓練も、その日その日で組み込まれる。
訓練は非常にハードだが、彼らはまだ中学生だ。
過度な負荷で成長を止めないよう、休憩を挟みながら進められている。
今日の瑞葵メニューは格闘技。
昨日の任務を受け、ディフェンスの再強化と、攻撃に怯む癖の矯正から始まった。
格闘メニューは何度かこなしている。基本の構えやガードは――できている、はずだった。
稔「脇が甘いぞ」
顔へのガードに意識が寄った、その隙を突かれる。
下半身に蹴りが入った。
瑞葵「いっっ……!」
痛みで、反射的に太ももを押さえる。
その瞬間。
稔「瑞葵!」
正面が、ガラ空きになる。
腹部へ、右ストレート。
瑞葵「ヴヴェ……!」
もろに喰らい、床に崩れた。吐き気がせり上がる。
それでも稔は止めない。最後に顔面へ、再び右ストレートが落ちてくる。
拳が近づく。それだけで、昨日の組長の影が脳裏をよぎった。
瑞葵(ヒッ――!)
避けられないと悟り、身体を丸め、目を強く閉じた。歯を食いしばる。
――だが、痛みは来なかった。
恐る恐る目を開けると、拳は寸前で止まっていた。
稔「実戦なら、今ので鼻の骨は折れてる。……ボコボコだ」
瑞葵「す、すみません……」
その様子を見ていた悠喜が、「ハァ」とため息をつく。
翼たちは休憩中で、用意されたスポーツドリンクを飲みながら水分補給をしていた。
翼「なんだ? やっぱり瑞葵のこと、気にしてたのか?」
悠喜が珍しく瑞葵の訓練を眺めていたから、翼は淡い期待を込めて言った。
だが悠喜は鼻で笑い、「まさか」と返す。
翼「なあ、悠喜。瑞葵も頑張ってる。いい加減、お前も大人になれ」
悠喜「悪いが俺は、翼みたいに大人じゃないんだ」
翼「確かに瑞葵は、まだ能力値も高くないし覚悟も足りない。
でも加入したてで生活に馴染めなくて、精神的にもキツかったはずだ。そこは――」
翼が一歩前に出る。
自然と、悠喜(百六十二から百六十三ほど)の視線は見上げる形になる。
悠喜「なあ、翼」
悠喜は翼より低い位置から、顔だけを上げて睨み返す。
そこへトイレから戻った夏月と、業務を終えた晴翔も合流した。
悠喜「昨日のミッションは瑞葵だけのせいじゃねえ。俺も隙を作った。
瑞葵への攻撃で生まれた隙があったから、なんとか捕獲できたのも事実だ」
悠喜「でもよ――今の俺たちの力量で、瑞葵をカバーしながら捕獲できると思ったのか?」
翼「……」
悠喜「俺たちがどれだけ強くなっても、瑞葵がここで生きていく気がなきゃ意味ねえ。
俺らが頑張ったって、難しいぜ」
翼と晴翔は言葉を失った。
そこへ夏月が割って入る。
悠喜より少し低く、翼よりはっきり低い位置から、二人を睨み上げた。
夏月「翼の言いたいことは分かる。瑞葵とチームになった以上、四人で頑張るしかないって」
夏月「でも、このまま瑞葵が“迎えが来る”って信じて待ってるのは――逆に苦しめると思う」
悠喜「俺らはマジなんだよ。結果を出さなきゃ、父さんが迎えに来ねえ」
夏月「昨日ので分かったでしょ。本気で命を落とすこともある」
悠喜「なおさらだ。瑞葵は脱退させた方がいい。
前の施設でいじめられてたって聞いたけど、死ぬよりマシだろ?」
晴翔「悠喜、夏月の言いたいことは分かった。しかし――」
悠喜「俺らだって、意地悪してるわけじゃねえ。必死なんだよ」
そう言い残し、悠喜はその場を離れた。
夏月も居づらそうに、その背中を追っていく。
晴翔は大きく息を吐き、リーダーの翼に「ごめんな」とだけ告げた。
晴翔「柚木さんが瑞葵を加入させた理由は、俺にも分からない。
悠喜と夏月は早い段階で頭角を表してたが、瑞葵は……まだだ」
翼「瑞葵も瑞葵で、現実を受け入れて努力はしてます」
晴翔「ああ……そうだな」
翼「それに、瑞葵を加入させた理由は……意外に単純かもしれません」
晴翔「え?」
翼「少なくとも俺は、柚木さんの優しさを理解してるつもりなので」
晴翔「……そうか」
そこへ、柚木の声が割り込んだ。
柚木「それだったら、しばらくの間は翼くんとセットで動いてもらおうかしら」
用事を終えた柚木は、いつの間にか翼たちの会話に入り込んでいた。
驚くほど自然に。まるで最初からそこにいたかのように。
晴翔「柚木さん、黒崎さんからの要件は済んだんですか?」
柚木「ええ」
翼「ところで今の言い方だと……新たな任務ですか?」
柚木「ええ。今回は戦闘メインではなく、人探しよ。翼くんと誰か一人に頼もうと思っていたんだけど……」
翼「瑞葵と一緒に、やらせてもらってもいいですか?」
翼の声には迷いがなかった。
その決断が、チームの空気をさらに複雑にする可能性があることも――分かった上で。
柚木「いいわ。まだ瑞葵くんはトラウマも克服できてない。翼くんが相談役になって、フォローしてあげて」
翼「分かりました」
昨日の任務は“成功”だった。捕獲もできた。
けれど――後味は、成功とは言い切れないまま残っていた。
だから、しばらくはまた訓練が続く。翼もそう思っていた。
晴翔も同じだった。この空気なら、任務が来ても柚木が断る。そう踏んでいた。
それなのに、早くも次の任務。
晴翔は小さく息を呑む。
⸻
悠喜「あれ? 柚木さんだ。トレーニング中に顔を出すなんて珍しいですね」
休憩が終わりかけたところで、悠喜と夏月が戻ってきた。
柚木「こちらの講師に少し用があって、立ち寄っただけよ」
夏月「そうなんですね。翼、もうそろそろ再開よね?」
翼「ああ。行こうか。……それじゃあ柚木さん、晴翔さん。失礼します」
翼たちは二人に礼をし、再び訓練へ戻った。
――入れ替わるように、瑞葵が休憩に入ってくる。
顔は青白く、唇の色も悪い。
壁にもたれて腹を押さえ、小さく丸まる姿は――動いている翼たちと比べると、どうしても幼く見えた。
稔「ほら、瑞葵。痛むだろ。飲んどけ。汗もすげえ」
稔がスポーツドリンクを一本差し出す。
瑞葵「ありがとうございます、稔さん……」
瑞葵は吐き気を抑えながら、少しずつ口に含んだ。
ちなみに瑞葵が講師を下の名前で呼んでいるのは、稔本人の指示だ。
瑞葵、翼、悠喜、夏月――彼らの名はコードネームで、任務によって名字が変わることもある。
瑞葵の現在の苗字は「野畑」。
高校入学で“仮の両親”を用意する段階になれば、また変わる可能性がある。
稔「腹はどうだ」
稔が軽く腹部に触れた瞬間、瑞葵は声にならない息を漏らしてうずくまった。
瑞葵「す、すみません……」
稔「まだ腹筋も鍛えねえとな。……腹、見せてみろ」
瑞葵が運動服をめくると、中学三年とは思えないほど腹筋は綺麗に割れていた。
だが稔は首を振る。
稔「形はいい。……でも固さが足りねえ」
瑞葵「はい……」
稔「まあ、それでも筋肉はついてきたな。加入当初はガリガリだったのが、今じゃ普通の中学生以上だ」
瑞葵「……はい。頑張ります」
遠くで、柚木が「こっちへ」と手招きした。
稔「呼ばれた。水分補給しっかりしとけよ」
瑞葵「はい」
稔が離れる。
瑞葵は背中を壁に預けたまま、濡れた運動服の不快さに眉をしかめた。
動いている最中は気にならなかったのに、止まると肌にまとわりついてくる。
(……体力は、ついてきた。はずなのに)
視線の先では、翼たちが実技訓練を続けていた。
講師A「ほら! 隙ができてるぞ、悠喜!」
悠喜「すみません!」
講師B「翼、腰の捻りが足りない。これじゃ当てても、すぐ返されるぞ!」
翼「分かりました!」
講師C「急所が外れてる。力で劣るなら、一つずつ正確に――分かったな!」
夏月「は、はいっ!」
同じ“中学生”なのに。
同じ“チーム”なのに。
瑞葵は、自分と三人の間にある差を、嫌でも見せつけられる。
昨日の組長の拳が脳裏に蘇り、指先が冷たくなった。
震えを止めようとしても、うまくいかない。
(もし、僕がいなければ……)
もっとスムーズに捕まえられたのかもしれない。
その考えが浮かんだ瞬間、瑞葵は喉の奥に苦いものがこみ上げるのを感じた。
ーーーー
柚木に手招きされ、稔は少し面倒くさそうに――それでいてどこか楽しそうな笑みを浮かべながら近づいてきた。
稔「お疲れ。晴翔も久しぶりだな」
晴翔「お疲れ様です」
稔「最近はトレーニングの送り迎え、柚木一人でやってたろ? 別チーム任務でも入ってたのか?」
山本稔。
彼もまたSECRET Xに所属する隊員の一人だ。爽やかな顔立ちで笑顔がよく似合うが、服の下には鋼のような肉体を隠している。
そして意外なことに、柚木とはかなり気安い関係らしい。
晴翔「ええ。しばらく兼務で動いてました」
稔「そりゃ大変だったな。特に柚木の下はな。人使い荒いし」
晴翔「い、いや……そんなことないですよ。柚木さんにはいつもよくしてもらってますし」
稔「だってさ。よかったな」
柚木「別に。晴翔くんには無理難題を押しつけてるつもりはないわ」
晴翔
柚木「わがまま言うのは稔だけ」
稔「それって俺のこと特別扱いしてるってこと?」
表情ひとつ変えない柚木と、わざとらしく笑う稔。
そのやり取りに、晴翔は少しだけ――自分だけ部外者みたいな居心地の悪さを覚えた。
柚木「ええ。稔は特別よ」
稔「え、マジ?」
柚木「同期の中で一番使えるもの。だから私のわがままも聞かせてあげようって気になるの」
晴翔(あ、そういう意味か……)
稔「はは。じゃあ褒め言葉として受け取っとくよ」
晴翔(この二人の関係って、どうなってるんだ……?)
稔「で、要件は?」
柚木「明日の午前、瑞葵くんのトレーニングをお願いしたいの」
稔「体力強化?」
柚木「それもあるけど、任務の都合。明後日の夜、翼くんと任務に出てもらうから、前日はあまり追い込みたくなくて」
稔「なるほど。じゃあ途中から翼と合同で模擬戦――」
柚木「いいえ。瑞葵くんは基礎を徹底して。変に実戦形式を入れても、今は効果が薄いと思うわ」
稔「了解。任務の資料は?」
柚木「さっきメールで送った。内容は戦闘中心じゃないけど、最低限自分の身は守れるようにしておきたいの」
稔「分かった」
柚木「じゃあ、お願いね」
そう言い残して、柚木はその場を離れた。
稔「なあ、瑞葵いるんだろ。声くらいかけてやればいいのに」
柚木「変にプレッシャー感じさせたくないから。今は遠慮するわ」
稔(仕事はできるのに、子供の扱いはほんと不器用だな)
稔「じゃ、引き続きトレーニング戻るわ。晴翔、気張りすぎんなよ」
晴翔「はい。ありがとうございます」
晴翔は柚木の後を追い、エレベーターへ乗り込んだ。
晴翔「今、俺フリーなんですが、何か手伝うことありますか?」
柚木「いいえ。トレーニング終了までまだ時間あるし、休んでいなさい。兼務続きで疲れてるでしょう」
晴翔「うっ……あの、稔さんの言ってたことは……」
柚木はわずかに口角を上げた。
柚木「人使いが荒いって話?」
晴翔(やっぱり怒ってる……)
柚木「冗談よ。でも晴翔くんには期待してる。育成指導者としても、チームリーダーとしても」
晴翔「え……」
柚木「私より、あの子たちに好かれてるしね」
晴翔「そ、そんなこと……。柚木さんの方が、ずっとあの子たちのこと考えてます」
柚木「謙虚ね。じゃあこれからも兼務は続けるつもりでいて。あの子たちのフォローは私がするから」
晴翔「……分かりました」
晴翔(期待、してるって……少し嬉しいな)
その時、エレベーターが到着する音が鳴った。
柚木「それと、もう一つ」
晴翔「はい?」
柚木「晴翔くんは、もう少し子供たちの仲裁に入った方がいいわ」
晴翔「え?」
柚木「悠喜くんと夏月ちゃんには、もう少し強く言ってあげた方がいい」
晴翔「それ、いつの話ですか……?」
柚木「さっきの」
晴翔「……いつから聞いてたんですか?」
柚木「うーん……『もう少し、大人になれ。翼みたいに大人じゃない』って言ってたあたりかしら」
晴翔「え? それ、いつの話ですか?」
柚木「あ、そのあとで晴翔くんと夏月ちゃんが来たのよね」
晴翔「……じゃあ、その前から、ここに……?」
柚木「ええ。子供たちの指導者として、あの子たちの関係性や考えを理解するのも大事な仕事だもの」
柚木「大人がいると、本音を隠してしまう子も多いしね」
晴翔(……柚木さんはやっぱりすごいな)
柚木「あ、それと」
晴翔「?」
柚木「周り、ちゃんと見なさい。今のままだと、重要な話が簡単に漏れるわ」
晴翔「え……それは……」
柚木「ご飯、そろそろ炊ける頃ね。今日はお弁当作るから、それまで休憩してて」
そう言って、柚木は調理室へと姿を消した。
晴翔「……痛いところ突かれたな」
晴翔は小さく息を吐き、エレベーターの扉が閉まる音を背に聞いた。
頭の中に浮かぶのは、さっきまで訓練していた四人の姿。
ぎこちなく、噛み合わず、それでも必死に前へ進もうとしている――あの子たちの顔だった。
(次の任務……本当に大丈夫なのか)
不安は拭えない。
だが同時に、止まることもできないと、晴翔は分かっていた。
そしてその頃、訓練場では――
何も知らない瑞葵が、再び立ち上がり、稔の前で拳を構えていた。
その背中を、翼は静かに見つめている。
それぞれの想いを抱えたまま、
四人は次の任務へと向かっていく。
次回予告
21時前、キツいトレーニングが終わった。
帰りの車内、柚木の手作り弁当を囲む四人。
だが、瑞葵だけは箸が進まない。
悠喜「食える時に食わねえと体がもたねえ。……自覚、持てよ」
その空気の中、柚木が告げる。
「明後日、翼くんと瑞葵くんに任務をお願いしようと思って」
悠喜「なんで瑞葵なんだよ!」
柚木「じゃあ、なんでダメだと思ったの?」
経験か、覚悟か、それとも――。
揺れる判断の中で、翼は決断する。
翼 「今回は、俺から頼んだ」
任務は、もう目前だった。




