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EP.3-14 強がる季節

皆さん、こんにちは!Time Bombです!


本日はシルバーウィークということで、特別更新です!


そして、長かったEP.3もいよいよ次回の更新で本編終了となります。


夏月を中心に描いてきたEP.3。

瑞葵たちがどんな形でこの物語を締めくくるのか、ぜひ最後まで見届けていただけると嬉しいです!


それでは、EP.3-14をお楽しみください!

 外へ出ると、夜風が一気に頬を撫でた。


 地下にこもっていた熱気と酒と汗の匂いが薄れ、ようやく少しだけ息がしやすくなる。

 けれど瑞葵の呼吸はまだ浅く、夏月の肩へ預けられた体重も重かった。


 西横の路地裏は相変わらず薄暗い。

 だが、地下のあの空気よりはずっとましだった。


 建物の壁際に瑞葵を座らせ、夏月はすぐイヤモニへ手を当てた。


夏月「柚木さん、聞こえますか」


柚木『聞こえてるわ。二人ともコロシアムから抜けた感じかしら』


夏月「はい。データは取りました。でも……」


 夏月は一度、瑞葵の方を見る。

 顔色は悪い。

 呼吸も浅い。

 腹部を庇うように身体を丸めていて、動くだけでもつらそうなのが見て取れた。


夏月「瑞葵がやられました。 意識はありますけど、腹部に大きなダメージが……」


柚木『分かった。 すぐ向かいたいところだけど、こっちも道が詰まっててすぐには行けないわ。

   五分……いや、十分は見てて』


 イヤモニの向こうで、別の声が混じる。


稔 『ちなみに夏月、瑞葵の呼吸の状態はどうだ?』


夏月(稔さんの声……なんでいるの?)


 驚いて目を瞬かせた、その横で、瑞葵が浅い呼吸のままイヤモニに答えた。


瑞葵「はぁ……はぁ……僕は……大丈夫……です……」


夏月「私が喋るから無理に話さないで!」


 思わず強く言ってしまう。


 瑞葵は少し肩をすくめた。


瑞葵「ご、ごめん……」


稔 『とりあえず瑞葵が受け答えできてるなら、もう少し車を近くに寄せる。

   それまで人目のつかないところで待機してろ』


夏月「分かりました」


 通信を切ると、ようやく少しだけ肩の力が抜けた。


 すぐには来られない。

 なら、それまでここで持ちこたえるしかない。


 隣では瑞葵が壁にもたれたまま、浅く息を繰り返している。

 マスクの下の顔色は悪い。

 腹を押さえたいのに、触れるだけでも痛いのか、指先が少し震えていた。


 夏月はそっとマスクを外し、少しでも呼吸がしやすいよう位置を整える。


 遠くで車の音がした。

 どこかの建物の上で室外機が唸っている。

 西横の夜は相変わらず汚いのに、不思議と今は静かに感じた。


夏月「……ごめん」


 ぽつりと、夏月が言う。


 瑞葵がゆっくり顔を上げた。


夏月「今回は私がダメだったから」


夏月「任務とは別の感情が混ざっちゃった」


夏月「だから、ごめん。 瑞葵を巻き込んじゃって。こんな姿にさせちゃって」


瑞葵「ううん………それは……違うよ」


夏月「違くない……。 最低だよ……わたし……」


 喉の奥が詰まる。


 自分でも分かっていた。

 厨房裏で父の会社名を見つけた瞬間、任務から気持ちが逸れたことを。

 仲間より、自分の感情を優先しかけたことを。


 あれは言い訳のしようがない。


夏月「私、あんたに偉そうなこと言ったくせに、自分が一番ちゃんとできてなかった」


瑞葵「でも……夏月は、ちゃんと戻ってきた」


夏月「……」


瑞葵「それに、データも取ったんでしょ……?」


 そう言われて、夏月は少しだけ目を伏せる。


 戻ってきた。

 データも取った。

 でも、それで全部許されるわけじゃない。


瑞葵「僕はコロシアムの空気に呑まれてた」


瑞葵「でも夏月は、ずっと任務のこと考えてたし、僕が危ないことしたらちゃんと止めてくれた」


瑞葵「やっぱり、夏月はすごいよ」


夏月「すごくないよ……」


 その一言と一緒に、耐えようとしていたものが少し崩れた。


 今回の任務だけではない。

 あの夢を見てから、6月21日を過ぎて、ここへ来るまでの間、自分でも気づかないうちにいろんなものを押し込めていたのだと思う。


夏月「ごめん……私が泣くなんてダメなのに……」


 自分でも情けないと思う。

 任務の後で、こんなふうに感情が漏れるなんて。


 けれど、一度緩んだものは簡単には止まらなかった。


瑞葵「夏月は……我慢しすぎたんだと思うよ」


夏月「………」


瑞葵「もう少し……わがままになってもいいんじゃないかな」


夏月「………は?」


 夏月は思わず顔を上げる。


 そんな返しが来るとは思ってもみなかった。


瑞葵「だって……最近の夏月は……なんかずっと一人で抱え込んでそうだったから」


 まさか事情を知らない瑞葵でさえ、自分の異変に気づいていたとは予想もしなかったため、夏月は驚きを隠せなかった。


 翼や悠喜や柚木たちが気づいてくれていたのは、長く一緒にいるからだと思っていた。

 けれど、瑞葵にも見えていたのだ。


夏月「そっか……ごめん」


 自分でも何に対しての謝罪なのか分からないまま、そう口にしていた。


 しばらく無言の時間が続く。

 けれど、その沈黙はさっきまでの気まずさとは違った。


 少しだけ息を整えてから、夏月はぽつりと本音を落とす。


夏月「6月21日はね、私の誕生日なの」


瑞葵「そうなんだ」


夏月「だけどさ……毎年、その日が一番嫌いな日なんだ」


 瑞葵はそれ以上、何も聞かなかった。


 聞こうと思えば聞けたはずだ。

 けれど今の夏月がそこまで話せる状態じゃないことは、なんとなく分かった。


瑞葵「うん」


夏月「ごめん。今はこれしか言えない」


瑞葵「うん」


 それで十分だった。


 夏月も、これ以上弱さを見せたくないという気持ちはまだ残っていた。

 けれど、それでも今の自分にとって、瑞葵がバディで良かったと心の底から思った。


夏月「瑞葵、ありがとね」


瑞葵「こ、こちらこそ……」


 今までで一番柔らかい表情を見せてくれて、瑞葵も少し安心したように息をついた。


 夏月はそんな瑞葵を見て、ふっと口元を緩める。


夏月「それと、一つ聞きたいことがあるんだけど」


瑞葵「え? なに?」


夏月「あんた、まさか翼がバディの時もこんな無茶なことしてたの?」


瑞葵「え?」


夏月「そういえば翼が、まだ危なっかしいところがあるって言ってたから」


瑞葵「まあ……その……」


 露骨に言葉を濁す。


 その反応だけで、だいたい察せられてしまう。


夏月「まったく。 今回は私が悪いから何も言えないけど、そういうところほんと良くない」


瑞葵「ご、ごめん……」


夏月「なんで瑞葵はそんな無茶なことするの? 以前の西横だってボロボロで帰ってきたし」


 責めるように聞いているのに、声色は思ったよりきつくならなかった。


 瑞葵は少し目を伏せる。

 それから、躊躇いながらも正直に口を開いた。


瑞葵「僕だって……認めてもらいたいんだ」


瑞葵「足を引っ張ってばっかだし、それに守られてるばかりじゃダメだって気づいて」


瑞葵「僕だって、みんなの力になりたいんだ」


 その言葉に、夏月は息をつく。


 あまりにも真っ直ぐで、馬鹿みたいで、でも痛いほど分かった。


 認められたい。

 役に立ちたい。

 置いていかれたくない。


 それは、ついさっきまで自分が抱えていた感情と、どこか似ていた。


夏月「はあ………」


 ほんの少しだけ、肩の力が抜ける。


夏月「正直ね、翼と瑞葵が任務に行ってる時、本当に心配なの」


瑞葵「え?」


夏月「私の知らないところで仲間が危ない目に遭ってるって思うだけで、落ち着かなくなる」


 口にしてから、自分でも少し驚いた。

 こんなにも素直に言えるとは思っていなかった。


夏月「今回のことは叱れないから置いとくとしても、いい?」


夏月「これからこういう、仲間が心配するような無茶はしないこと」


夏月「分かった?」


瑞葵「それって……」


夏月「なに?」


瑞葵「それって……僕を認めてくれるってこと?」


 その言葉に、夏月は息を詰めた。


 少しだけ沈黙が落ちる。


 街灯の明かりが、路地の端をぼんやり照らしている。

 瑞葵の顔色はまだ悪い。

 けれど、その目だけは真っ直ぐこちらを見ていた。


 逃げられないな、と夏月は思った。


 ここで曖昧にしたら、たぶん駄目だ。


夏月「……今回は、私の方がダメだった」


 ゆっくりと言葉を選ぶ。


夏月「ごめん」


 それから一度、息を吸う。


夏月「あと、瑞葵の覚悟は受け取ったよ」


瑞葵「………!」


 その目が大きく揺れる。


夏月「だから、これからはそういう無茶な行動はやめてよね」


夏月「足を引っ張りたくない心構えは大事。 だけど、瑞葵一人で任務に行ってるんじゃない」


夏月「仲間で任務に行ってるんだから、困った時は瑞葵もしっかり頼ること。」


夏月「いいわね」


 嬉しいのか、安心したのか、それとも痛みで余裕がないのか、瑞葵の表情はうまく整っていない。

 けれどその顔を見ただけで、今の言葉がちゃんと届いたのだと分かった。


瑞葵「……うん」


 小さな返事だった。


 でも、今の瑞葵にはそれで十分だった。


 夏月もそれ以上は何も言わなかった。


 全部が解決したわけじゃない。

 父への気持ちも、兄とのことも、翼への想いも、まだ何ひとつ片付いていない。


 それでも今は、少しだけ前へ進めた気がした。


柚木『夏月ちゃん、瑞葵くん』


 イヤモニから柚木の声が伝わる。


夏月「はい!」


柚木『遅くなってごめんね。 近くまで来たんだけど、瑞葵くんは歩ける?』


 夏月は瑞葵の方へ視線を向ける。

 けれどその前に、瑞葵がイヤモニへ向かって「歩けます」と答えた。


柚木『それじゃあ、さっき降ろしたところで待機しとくね』


夏月「分かりました」


 通信を切ってから、夏月はじとっとした目で瑞葵を見た。


夏月「まったく」


 その姿を見れば、無理をしているのはすぐ分かる。


瑞葵「ごめん。 でも……大丈夫」


夏月「いつからそんな強がりになったのよ」


 そう言うと、夏月はすっとしゃがみ込んだ。


夏月「ほら」


瑞葵「え? 流石に」


夏月「無茶しないって言ったでしょ?」


瑞葵「でも、流石に男子が女子におんぶしてもらうのって……」


夏月「はぁ……よく言うでしょ? 帰るまでが遠足だって」


夏月「それと同じ。 柚木さんのところまで戻るのが任務。」


夏月「つまり、まだ瑞葵は女の子ってこと!」


 瑞葵は一本取られたような顔になる。


 これ以上は言い返せないと分かったのか、大人しく「お願いします」とだけ言って夏月の背中へ跨った。


 西横だからか、誰もボロボロの瑞葵に目を向けない。

 周囲から見れば、ただ友達がおんぶして運んでいるだけにしか見えないのだろう。


瑞葵「ごめん、重くない?」


夏月「毎日のトレーニングで鍛えてるんだもん、平気。 むしろ瑞葵、軽すぎ」


夏月「もっと食べなさいよね。 おにぎりもう二個は多く食べなちゃ」


瑞葵「流石にこれ以上はイタタタ……」


夏月「ごめん、痛い?」


瑞葵「だ、大丈夫」


夏月「もう、これ以上は喋らないこと」


瑞葵「でも、夏月が聞いてきたから」


夏月「ほら、つべこべ言わない」


瑞葵「それはわがままだよ」


夏月「さっきはもう少しわがままでいいって言ったでしょ」


瑞葵「それは……」


 十字路を曲がると、柚木と稔の乗った車が停まっていた。


稔 「ああ、これは派手にやられたな」


瑞葵「稔さん! なんで?」


稔 「さっき、イヤモニで俺の声聞こえてただろ」


稔 「ほら、車乗るぞ」


 車に近づくと、運転席には柚木の姿があった。


柚木「夏月ちゃん、瑞葵くん、お疲れ様」


柚木「夏月ちゃん、先にデータだけ回収させてもらってもいいかしら」


夏月「こちらです」


 夏月はバッグの中からUSBメモリを取り出した。


 差し出しながら、少しだけ喉が詰まる。


 柚木に対して、言わなければいけないことがある気がした。

 謝るべきなのかもしれない。

 任務中に私情を混ぜたことを、全部打ち明けるべきかもしれない。


夏月「柚木さん、あの……わたし」


 一瞬だけ、間が落ちる。


 夜の車内。

 稔は何も言わず、瑞葵も静かにしている。


 柚木はUSBメモリを受け取ると、夏月の顔を見た。


柚木「夏月ちゃん、よくやったわ。 瑞葵くんも」


 それだけだった。


 責めるでもなく、問い詰めるでもなく、ただその一言だけ。


 夏月は何も返せなかった。


 けれど、その言葉は思っていた以上に胸へ深く落ちた。

次回予告


「今回の夏月ちゃんの行動で、分かったこともあるんじゃないかしら」


過ちを認め、自分自身と向き合う夏月。


父に認めてもらいたい。

その想いが消えたわけじゃない。


それでも、夏月のそばには――。


そして迎える、7月1日。


“冬川照子”から“福本夏月”へ。


長かった季節が、ようやく終わりを迎える。

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