EP.3-9 偽りの姿
皆さん、こんにちは!Time Bombです!
活動報告でも触れましたが、文芸ジャンルの週間ランキングに8日間ランクインすることができました!
残念ながら本日は圏外となってしまいましたが、ここまでランキングに入り続けることができたのも、日頃から作品を読んでくださる皆様の支えがあってこそだと思っています。
改めまして、本当にありがとうございました!
ランキングという嬉しい結果に満足することなく、これからも読者の皆様への感謝を忘れず、瑞葵たちの物語を最後まで大切に描いていきたいと思います。
今後とも『Abyss Trigger ーーSecret Xーー』をよろしくお願いいたします!
トレーニングルームに集まった翼たちと、柚木、晴翔を含めた六人は、一度会議室へ移動した。
6月21日を越えたとはいえ、夏月の中ではまだ今日の重たさが完全に抜けきってはいない。
けれど、そんなことを言い訳にしていられる空気でもなかった。
任務は待ってくれないし、明日はすぐにやって来る。
だからこそ今は、目の前のことに集中しなければならない。
柚木「夏月ちゃんも来たことだし、そのまま任務の説明に入りましょう」
翼 「俺らもいていいんですか?」
柚木「今回の任務は、上から秘密厳守までは求められてないわ。
概要の説明くらいなら、ここにいても問題ない」
その言葉を聞きながらも、夏月の意識は別のところに向いていた。
翼の隣にいる、あの女の子だ。
見覚えのない顔。
歳は自分たちと同じくらいだろうか。
小柄で、中性的で、ぱっと見た感じは普通の同年代の女の子に見える。
しかも翼のすぐ隣にいるものだから、余計に気になって仕方がなかった。
6月21日を越えて少し気が緩んでいた反動もあるのか、夏月の中でざわつく感情が一瞬で顔を出す。
夏月「というより、なんで瑞葵が女装してるの!」
会議室に声が響いた。
女の子の正体は瑞葵だった。
瑞葵「いや、トレーニングするなら本番と同じ状況でって言われて……」
瑞葵は真っ赤になりながら、スカートの裾を落ち着かなさそうに引っ張った。
視線も泳いでいるし、座り方もどこかぎこちない。
本人としては相当居心地が悪いのだろう。
夏月「本番?」
柚木「ええ。 今回の任務は再び西横の調査よ」
翼 「人探しとかですか?」
柚木「いえ、今回はある施設の視察」
悠喜「視察?」
晴翔「表向きは、な。 実際は、その施設の内情を探るための潜入に近い」
“視察”という言葉のわりに、どうにも危険な匂いがした。
夏月は自然と表情を引き締める。
柚木「ここ最近、西横キッズをターゲットにしたコロシアムが流行ってるって情報が入ってきてね」
晴翔「政府としても調査に入りたいところなんだが、バックに厄介な人物がいるらしくて、なかなか警察も動けないってわけだ」
悠喜「いつもの“警察が動けないから俺らが動く”ってやつか」
晴翔「そういうことだ」
悠喜は面倒くさそうに肩をすくめた。
だが、本気で茶化しているわけではない。
慣れた言い方をしているだけで、その目はちゃんと話の続きを待っていた。
柚木「コロシアムに参加してる子どもたちは、フリーの格闘競技で勝てばお金やタバコ、お酒なんかがもらえるらしいわ」
柚木「お金のない子どもたちにとっては、願ってもないチャンスなのよ」
翼 「世紀末だな……」
翼がぽつりと呟く。
その一言が、妙に核心を突いていた。
子どもに戦わせて、報酬で釣る。
しかもそれが西横の中では“チャンス”として成立してしまっている。
その現実の歪みが、言葉にされたことで余計にはっきり見えた。
夏月「参加してるのって、同年代くらいの子たちなんですか?」
晴翔「もっと下もいるらしい。小学生高学年から、中学生、高校生くらいまで。
年齢より体格と使い勝手で選ばれてるって話だ」
夏月は無意識に拳を握る。
西横の現実は今までも見てきたつもりだった。
けれど、こうして具体的に聞くと、また別の嫌悪感が込み上げる。
柚木「今回の調査で欲しいのは、コロシアムに関係している人たちのデータよ」
夏月「どうすればいいんですか?」
柚木「情報班によると、コロシアムのオーナーが所持しているパソコンに関係者のデータがあるみたい。
ただ、これは聞き取りで手に入れた情報らしいから、信憑性はそこまで高くない」
翼「情報班でそのデータを集めることはできないんですか?」
柚木「コロシアムの出入りが異様に厳しいらしくて、情報班じゃ中まで入り込めないの」
晴翔「ネット経由で抜ければ一番早いんだが、残念ながら情報班の中にそこまで優秀なハッカーはまだ育ってない」
翼「なるほど……」
柚木「ま、それに関しては仕方ないわ。この組織は政府とも繋がってるからね」
柚木「下手に能力をつけすぎると、逆に消される可能性もある。
だから組織も簡単にはハッカーを育てられないのよ」
その言葉に、瑞葵の背筋がぞくりとした。
“消される可能性がある”。
柚木はいつも通りの口調で言ったが、その中身は冗談では済まない。
自分たちがいる場所が普通ではないことを、こういう瞬間に嫌でも思い知らされる。
瑞葵「あの………」
顔を赤くしたまま、瑞葵はさっきからずっと引っかかっていたことを口にした。
瑞葵「それと、今回の任務で僕が女装する理由って何ですか?」
悠喜が一瞬だけ瑞葵の方を見る。
だが、何も言わなかった。
普段の悠喜なら、ここで絶対に何か一言くらい挟みそうなものだ。
けれど今日は違う。
ただ、少し面倒くさそうに目を逸らしただけだった。
夏月はその反応を見て、悠喜がまだ瑞葵を完全には受け入れていないのだと改めて感じる。
柚木「ああ。 大事なこと言ってなかったわね」
柚木「今回、調査するコロシアムは女性専用なの」
瑞葵「え?」
翼「ああ、だからか!」
翼はすぐに納得したらしい。
だが瑞葵は、自分の服装を見下ろしてから、もう一度顔を真っ赤にした。
瑞葵「いやいや、だからって僕ですか!?」
柚木「そう、夏月ちゃんは実力も十分だから、一人でもある程度は任せられるわ。
でもイレギュラーが起きる可能性は当然ある」
柚木「その時に、もう一人カバーできる人がいた方がいいと思ってね」
悠喜「なるほどな。 俺と翼は見た目の時点で無理がある」
翼「まあ、否定はできない」
瑞葵は信じられないものを見るような顔で、翼と悠喜を交互に見た。
瑞葵「いや、でも……絶対バレますって!」
翼「いや、結構かわいいよ」
晴翔「瑞葵は中性的な見た目に童顔だからな。
化粧と服装次第では普通に通るし、ウィッグつければもう女の子だよ。」
その言葉に、瑞葵はさらに肩を縮こまらせる。
本人にとっては全然褒め言葉になっていないのだろう。
翼「夏月はどうだ?」
突然振られて、夏月は改めて瑞葵を見た。
悔しいが、似合っている。
中性的な顔立ちに、細い身体つき。
恥ずかしがっているせいで余計に“それっぽい”のが腹立たしいくらいだった。
夏月「まあ、確かにね……。悔しいというより、そこそこかわいいのがムカつく」
瑞葵「なんで夏月まで賛成してるのさ!」
会議室の空気が少しだけ緩む。
6月21日を越えたとはいえ、まだどこか心が張っていた夏月も、さすがにこのやり取りには少しだけ口元が緩んだ。
こんなふうに、任務の説明の途中で空気が和らぐのは珍しい。
それだけ今回の瑞葵の格好が衝撃的だったのだろう。
柚木「ということ。今回の任務は二人に頑張ってもらうから。瑞葵くんもいいかしら?」
瑞葵「わ………分かりました……」
声は小さく震えていたが、それでも“嫌です”とは言わなかった。
瑞葵なりに、任務から逃げるつもりはないのだと分かる。
夏月(恥ずかしがらないでよ。 より一層それっぽく見える……)
そう思いながらも、夏月は自分の中にある苛立ちが、以前ほど尖っていないことに気づく。
松戸に言われた言葉がふとよぎる。
――まずは一つのことに集中してみるのはいかがでしょうか。
――瑞葵様を受け入れる心の準備をしてみるのはいかがですか?
たしかに、今はそれでいいのかもしれない。
全部を一気に整理しようとするから苦しくなる。
だったら今は、この任務の中で瑞葵をどう見るか、それだけに集中すればいい。
柚木「夏月ちゃん、今回の任務はあなたメインで動いてもらうわ」
夏月「私ですか?」
柚木「ええ。 今回の任務の目的は、コロシアム関係者のデータの取得。 そこは夏月ちゃんに任せたいの」
その言葉に、夏月の背筋が自然と伸びた。
自分がメイン。
任される側。
成果を出すことを期待されている。
その感覚が、胸の奥に熱を灯す。
兄に勝ちたい。
父に認めてもらいたい。
今日見せつけられた偽善も、冷たさも、全部がその気持ちを余計に加速させていた。
夏月「分かりました!」
はっきりと答える。
さっきまでの重さが嘘みたいに、声が前へ出た。
その返事を聞いて、翼が少しだけ安心したように目を細めたのを、夏月は見逃さなかった。
瑞葵「な、夏月!」
夏月「うん?」
瑞葵「よ、よろしく……。頑張るから」
女装したまま真剣な顔をして言われると、どうしても少し締まらない。
けれど、その言葉自体は本気なのだろう。
だから夏月もちゃんと返したかった。
夏月「うん……でも、女装してるまま言われても説得力ないんだけど……」
その一言で、会議室の空気がまた少しだけ緩んだ。
すると、そこでずっと黙って聞いていた悠喜が椅子を引いた。
悠喜「……じゃ、俺は先にアップしてるわ」
翼 「悠喜?」
悠喜「任務に直接関係ないなら、ここにいても仕方ねえし」
そう言って立ち上がる。
口調はいつも通りぶっきらぼうだったが、視線は瑞葵にほとんど向いていなかった。
夏月にはその理由がなんとなく分かる。
悠喜はまだ瑞葵を完全には受け入れていない。
任務で必要だと頭では理解していても、感情の方が追いついていないのだろう。
だからこそ、余計な茶化しもせず、踏み込みすぎる前に自分から離れたのだ。
柚木「そう。 じゃあ後でトレーニングメニューだけ確認しておいて」
悠喜「分かりました。」
悠喜はそれだけ言い残して会議室を出ていった。
扉が閉まる音がして、会議室には少しだけ静けさが戻る。
瑞葵「……なんか、僕がいたらやりにくかったのかな」
小さく漏れたその言葉に、夏月は一瞬だけ視線を向けた。
瑞葵も気づいているのだろう。悠喜が距離を取っていることに。
でもその空気を今ここで言葉にすると、もっと面倒になる。
翼 「考えすぎ。 悠喜はああいうやつだから」
翼がさらっと言う。
それは半分本当で、半分は瑞葵への気遣いだろう。夏月にもそれが分かった。
晴翔「ま、悠喜は必要な時はちゃんと戻ってくるよ」
晴翔もそれ以上は踏み込まない。
その距離感が、かえってありがたかった。
柚木「それじゃあ話を戻すわよ。 今回の任務で一番大事なのは、夏月ちゃんが目立ちすぎないこと」
夏月「目立ちすぎない?」
柚木「ええ。 夏月ちゃんは実力がある分、つい一人で抱え込んで片付けようとする癖があるでしょ」
その指摘に、夏月は少しだけ言葉を詰まらせる。
図星だった。
柚木「今回は潜入。勝つことが目的じゃない。
データを持ち帰ることが目的。そこを履き違えないように」
夏月「……はい」
柚木「瑞葵くんは、夏月ちゃんの補佐。
それと、万が一の時のフォロー。あなたは無理に目立とうとしなくていい」
瑞葵「分かりました」
晴翔「現場では夏月が判断することになる。瑞葵は、夏月の動きを見て合わせろ」
翼 「何かあっても、とにかく二人とも帰ってくることを優先しろよ」
翼のその言い方が少しだけ強くて、夏月は無意識に視線を向けた。
任務の話をしている時の翼はいつも真剣だ。けれど今日は、その真剣さの中に少しだけ別の色が混じっている気がした。
心配。
たぶん、それに近いものだ。
夏月「大丈夫だよ」
思わずそう言う。
翼 「お前がそう言う時、だいたい大丈夫じゃないんだけどな」
夏月「なにそれ」
少しだけ不満そうに返すと、翼は小さく笑った。
その空気が、夏月にはありがたかった。
大丈夫だと言い切るには、自分でもまだ不安がある。
けれど今は、それを押し殺すより、目の前の任務に集中したかった。
兄に勝ちたい。
父に認めてもらいたい。
その気持ちはまだ消えていない。
でもそれだけじゃない。
今は、ちゃんと任務を成功させたい。
自分が任されたことを、きっちり果たしたい。
その先に何があるかは分からない。
それでも今は、その“一つ”に集中するしかなかった。
そして隣では、女装した瑞葵がまだ落ち着かなさそうに姿勢を正している。
その姿を見て、夏月は小さく息を吐いた。
夏月(……まずは、本当に受け入れるところからか)
そう思ったところで、会議室の空気がまた少しだけ落ち着いた。
任務は明日。
逃げる時間はもう、あまり残っていない。
次回予告
「今は任務に集中して」
夏月と瑞葵。
初めて二人だけで挑む任務が始まる。
翼はいない。
何かあれば、自分たちだけで判断しなければならない。
そして潜入した西横の地下で二人を待っていたのは――
子どもたちが拳を交え、その姿を見て歓声を上げる異様なコロシアムだった。
「……ほんとにやるんだ」
目の前の子どもを放っておけない瑞葵。
「見るなら最後まで見なさい」
どれだけ腹が立っても、任務を優先する夏月。
まだ経験の浅い瑞葵と、
感情を押し殺して周囲を観察する夏月。
同じものを見ているはずなのに、
二人の目に映る景色は少しだけ違っていた。
それでも――
今回の任務は、二人で成功させなければならない。
初めてのタッグは、まだ始まったばかり。




