EP.3-4 差し出された役目
皆さん、こんにちは!Time Bombです!
今回は久しぶりに執筆の進捗状況をお話ししたいと思います!
現在はEP.4-4を執筆中です!
EP.3は長編となっているため、まだ投稿まで少し余裕はありますが、個人的にはEP.3の投稿が終わる頃にはEP.5も途中まで書き進めておきたいと思っているので、今の執筆ペースには少し焦りも感じています(笑)
ここ最近は仕事が忙しいことに加え、暑さもあって体を休める時間を優先する日が増え、なかなか瑞葵たちと向き合う時間を作れず少し悔しく思っています。
それでも、日々増えていくアクセス数や読者の皆様からの応援が、僕の大きなモチベーションであり支えになっています。
読者の皆様の期待に応えられるよう、これからも一話一話を大切に執筆していきますので、今後ともよろしくお願いいたします!
夏月「はぁ……」
目覚めは最悪だった。
昨日、大好きな翼の誘いを断ってしまったことを思い出し、改めて罪悪感に苛まれる。
あの時はどうしても余裕がなくて、翼の優しさを素直に受け取れなかった。
分かっている。
翼は悪くなかった。
むしろ、自分のために時間を作ろうとしてくれていたのだ。
それなのに、自分はそれを蹴った。
目が覚めたばかりだというのに、胸の奥にじわじわと重いものが沈んでいる。
夏月(携帯の充電も忘れてた……。最悪)
枕元のスマホを手に取ると、画面の隅に小さく表示された残量が目に入る。
昨夜はあの電話のあと、そのまま気力がなくなって寝てしまったのだろう。
いつもなら寝る前に当然のようにしていることすら抜け落ちていた。
いつもより早く寝たせいか、今日も早めに起きてしまった。
今から充電すれば、家を出るまでには九割くらいまで戻るだろう。
そんな淡い期待を胸に、夏月はスマホを充電器に繋いで洗面台へ向かった。
部屋の中では、翼はまだ眠っている。
それでいい、と夏月は思う。
昨日は表情には見せなかったが、きっと疲れているはずだ。
任務のあとも瑞葵のことを気にかけていたし、自分のことまで見てくれていた。
そういう人だからこそ、今日は思いきり寝ていてほしかった。
洗面台の鏡に映った自分の顔は、思った以上にひどかった。
目の下が少し重い。
寝たはずなのに疲れが抜けていない顔。
そこに、昨日からの気持ちの悪さまでそのまま残っている気がした。
夏月は眠気を抑えながら、無心になろうとするように歯を磨き続ける。
結局、あの夢は見なかった。
これも毎年のことだ。
あの夢は一年に一回しか見ない。
そして、それを見たら一週間以内に兄からメッセージが届く――それが、夏月の中ではもうジンクスのようになっていた。
今年は兄ではなく、松戸からの連絡だった。
けれど結局、意味は変わらない。
あの夢は、何のために毎年現れるのだろう。
兄から連絡が来ることを知らせる、お母さんからの警告なのか。
それとも、お母さんのことを忘れないでほしいという願いなのか。
――それとも。
鏡に映る自分へ、思わず目が吸い寄せられる。
――私は生まれるべきだったのか……。
気づけば、そんなところまで考えてしまっていた。
深く考えたところで答えなんて出ない。
出ないと分かっているのに、こういう朝は頭の中で嫌な問いだけが勝手に膨らんでいく。
柚木「夏月ちゃん、おはよう」
不意に声をかけられて、夏月は顔を上げた。
遠くから柚木の姿が見える。
まだ朝早いというのに、柚木はすでに普段着に着替えて髪も束ねていた。
いつ見ても、朝の支度が早い。生活の基盤がきっちりしている人の姿だった。
夏月「おはようございます」
柚木「今日はいつもより早いんだね」
夏月「昨日、早く寝てしまったので」
自分でも、味気ない返事だと思う。
もっと別の言い方もあったかもしれないのに、今はこれ以上言葉を飾る余裕がなかった。
柚木「今日の朝食、何がいいかリクエストある?」
夏月「え?」
思わず聞き返す。
柚木は当然のような顔で続けた。
柚木「昨日は悠喜くんがご飯が食べたいって言ったから和食にしたでしょ。
一昨日は瑞葵くんがご飯以外って言って、その前は翼くんがホットケーキがいいってリクエストしてきたから」
一昨日、朝食にホットケーキが出された時は珍しいと思ったが、翼のリクエストだったのか。
普段はしっかりしていてかっこいいのに、時々こういうかわいい一面を見せる。
そういうギャップを知るたびに、どうしようもなく胸がきゅっとしてしまう。
柚木「ご飯とパン、ホットケーキとか、昨日買い出しに行ったからある程度なら応えられるわよ」
たぶん、柚木は気づいている。
今日の夏月がいつもと少し違うことに。
食欲も気力も落ちていることに。
だからこそ、こうして選ばせようとしてくれているのだろう。
でも、その優しさにうまく乗れない。
夏月「ありがとうございます……。 でも、すみません……。 少し、食欲ないのでなんでもいいです」
言ってから、自分でも可愛げがないと思う。
せっかく気を回してくれているのに、ちゃんと受け取れない。
こういうところも含めて、今の自分が嫌になる。
柚木「そう。分かった」
柚木はそれ以上何も言わなかった。
無理に聞き出そうともしないし、心配の言葉を重ねてくることもしない。
ただそのまま朝食の準備へ戻っていく。
柚木はいつも通りの冷たい口調だ。
感情を表に出さないから、何を考えているのかは相変わらず分かりにくい。
けれど、明らかに夏月の異変には気づいている。
いつも通りの平坦な口調の中に、今日は妙に優しさが滲んでいた。
口をゆすぎ、顔を軽く洗ってから、夏月はもう一度自分の部屋へ戻った。
横になる。
何もしていないと、どうしても余計なことを考えてしまう。
だからといって、動く気力もない。
だったら少しでも身体を休めておいた方がいい。そう思うしかなかった。
目を閉じる。
――お母さんは私を守ってくれたのだろうか。
それとも……たまたま生き抜いてしまっただけなのだろうか。
そんな考えが、静かに浮かぶ。
答えの出ない問いばかりだ。
けれど、あの電話の翌日はいつもこうだ。
考えても仕方がないことを、考えずにはいられなくなる。
翼 「なーつーきー!」
夏月「え?」
翼 「おはよう」
夏月「あ……おはよう……」
どうやら、いつの間にか少し寝てしまっていたらしい。
頭がぼんやりしている。
寝起きの境目が曖昧なまま、夏月は顔を上げた。
夏月「!」
翼はそっと夏月の頭を撫でた。
ほんの一瞬のことだった。
けれど、その手つきは驚くほど自然で、あたたかくて、何事もなかったようにすぐ離れていく。
それから翼は、まるで最初からそのつもりだったみたいに、悠喜と瑞葵を起こしに向かった。
夏月 (ほんとずるいよ……)
昨日のことは怒っていない、という意味なのだろう。
責めるつもりもないし、気にしなくていいと、翼なりに伝えてくれたのかもしれない。
たったそれだけなのに、胸の中の何かが少しだけゆるむ。
夏月(いつまでも拗ねてて子どもだよ……)
自分でそう思う。思うのに、すぐには素直になれない。
まだ起きない悠喜と瑞葵を置いて、夏月は先にリビングへ向かった。
夏月「おはようございます。 晴翔さん」
晴翔「おはよう、夏月」
リビングには晴翔と、朝食の準備を済ませた柚木がいた。
部屋の中には温かい香りが広がっていて、ようやく朝らしい空気ができている。
三人が来る前に、夏月は先に朝食を食べ始めた。
夏月「いただきます」
今日の朝食は、かわいく盛り付けられたホットサンドだった。
焼き色もきれいで、ちょっとしたサラダまで添えられている。
柚木なりに、夏月へエールを送ってくれたのかもしれない。
そんなふうに思うと、さっきリクエストを断ったことが少しだけ申し訳なくなった。
翼 「おはようございます」
瑞葵「おはようございます」
悠喜「ふぁぁぁぁ……おはよーうございやす……」
悠喜はまだ眠そうなのか、頭をかきながらリビングへ入ってきた。
今日も起こすのに苦労したのだろうと一目で分かる。
翼がさっき何度も声をかけていたのが想像できて、少しだけ可笑しくなる。
いつもと変わらない朝食風景。
それなのに夏月だけが、どこか取り残されている気がした。
目の前には同じ食卓。
聞こえてくるのも同じ声。
けれど、自分の内側だけがこの空間から少しずれてしまっているような感覚がある。
柚木「みんな揃ってることだし、任務について報告してもいいかしら?」
一瞬で空気が変わった。
中学生の朝の風景から一変して、それぞれが仮面を被るように、組織の一員として任務の報告を待つ空気へ切り替わる。
食卓に残っていた生活感が、一段だけ引いたような気がした。
悠喜「今回の任務は何人で行くんですか?」
柚木「二人よ」
悠喜「はぁぁぁぁぁ……そうですか」
深いため息をつくと、悠喜はもう自分には関係ないという態度を見せてホットサンドをかじった。
その分かりやすさが悠喜らしい。
柚木「今回の任務の一人目は……瑞葵くんにお願いするわ」
瑞葵「え? は……はい」
普段なら一人目は翼、二人目は瑞葵の順で呼ばれることが多い。
だから瑞葵も驚いてしまったのだろう。
背筋を伸ばすように返事をしている。
柚木「二人目は……」
夏月(これで翼との任務は何回目なんだろう……)
ここ最近の流れからして、今回もきっと翼の名前が呼ばれるのだと思っていた。
いや、思い込んでいたと言った方が正しいかもしれない。
初めての西横任務から二か月弱。
その間に翼と瑞葵はたくさんの任務へ参加した。
中には機密事項のため、何の任務をしているのか教えてくれないものも少なくない。
夏月にとって、自分の知らないところで翼がどんな任務をして、どんなふうに動いて、どんな表情をしているのか分からないことが苦しかった。
自分の知らない翼が増えていくのが、辛かった。
柚木「夏月ちゃん」
一瞬、沈黙が走った。
夏月「え?」
名前を呼ばれても、すぐには意味が理解できなかった。
柚木「夏月ちゃん、今回は瑞葵くんと任務に行ってもらうわ」
夏月は言葉を失った。
夏月「わたし……ですか?」
柚木「ええ。お願いできるかしら?」
返事が遅れる。
予想していなかった。
まったく予想していなかった。
翼ではなく、自分。
そして相手は瑞葵。
驚きと戸惑いが一気に押し寄せる。
悠喜「ちょっと待ってください」
ホットサンドを食べ終えた悠喜が、すぐに口を挟んだ。
悠喜「夏月も十分強いですけど、もし男性とやり合うって状況になった時は体力的に不利だと思います。
ここは瑞葵じゃなくて俺か翼で行くのがいいんじゃないですか?」
悠喜の意見はもっともだ。
夏月自身、体格面で不利があることは嫌というほど分かっている。
瑞葵だって今は、任務で足を引っ張らないことに専念するので精一杯だ。
今までの任務も、翼のサポートがあってこその成功だと、瑞葵自身よく分かっているはずだ。
柚木「確かに、悠喜くんの意見は正しいね。
夏月ちゃんも頑張ってくれてるけど、中学生の体だとカバーできない部分があるからね」
そこを否定しないのが柚木らしい。
感情で押し切らない。
弱みは弱みとして、ちゃんと認めたうえで話を進める。
柚木「でも、今回の任務は夏月ちゃんにしかできない。 そして、翼くんと悠喜くんよりも瑞葵くんの方が適任なの」
柚木「だから二人にお願いするわ」
夏月は小さく息を呑んだ。
夏月にしかできない任務。
その言葉の重みがじわりと胸に落ちる。
自分にしかできないと言われることは、嬉しいはずなのに、今はそれ以上に緊張が勝っていた。
柚木「二人ともどうかしら?」
瑞葵「やります! やらせてください」
迷いなく答えた。
瑞葵にとって、ここで名乗り出ることには大きな意味があるのだろう。
任務を通じて、自分の役割を証明したい。
夏月にも認めてもらいたい。
そんな気持ちが声に滲んでいるように感じた。
夏月「ちなみに任務はいつですか?」
柚木「6月22日の夜よ」
夏月(6月22日は……お父さんと会う次の日か……)
胸の奥が嫌な音を立てる。
タイミングが悪い。
悪すぎる。
けれど、だからこそ別のことへ意識を向けられるのかもしれない、とも思う。
とにかく今は、別のことに集中したい。
――そして。
夏月「お願いします」
そう答えながら、胸の奥で別の感情が小さく燃えていた。
――結果を残して、お父さんに認めてもらいたい。
言葉にすれば惨めだ。
そんな動機をまだ手放せない自分が嫌になる。
けれど、その感情はたしかにあった。
ーーーーー
悠喜「瑞葵、行くぞ」
学校への支度を済ませると、珍しく悠喜が瑞葵に声をかけて、そのまま二人は先に家を出ていった。
夏月(気を使わなくてもいいのに……)
たぶん、気を使ってくれたのだろう。
翼と二人きりになる時間を作ったのか、それとも瑞葵と夏月が今すぐ気まずい空気にならないように配慮したのか。
どちらにせよ、悠喜なりの優しさだと分かる。
翼「夏月。 準備できた?」
夏月「あ、あと少し……」
翼「それじゃあ待ってるから」
洗面台へ向かい、髪が乱れていないかを確認する。
前髪の流れ。
耳元の髪。
ほんの少し整えるだけで落ち着くのは、もう習慣のようなものだ。
夏月(翼はしっかり私のことも見てくれてるのに……)
もうすぐ迫る、照子に戻る日。
そして、任務の日。
夏月は自分が思っている以上に、心が弱っていることにまだ気づいていなかった。
夏月「お待たせ」
翼「おう! じゃあ行こうか」
翼と二人きりの時間。
普段なら嬉しいはずなのに、少し心が苦しい。
嬉しいのに、昨日のことを思い出して申し訳なくなる。
安心するのに、その安心に甘えてしまいそうで怖くなる。
翼 「昨日はごめんな。時間作ってあげられなくて」
夏月「仕方ないよ。 瑞葵の様子見れば、構ってあげないといけないのは分かってたし」
翼の前では、わがままを言いたくないという思いから、変に強がってしまう。
少しくらい素直に「寂しかった」と言えたら、どれだけ楽だろうと思う。
翼「夏月は放課後空いてるか?」
夏月「え? 何も予定ないけど……。って、一緒に暮らしてるんだから知ってるでしょ?」
翼「それじゃあ昨日のお詫びに、今日の放課後は俺が奢るからファミレスでも行こう!」
夏月「え? あ、いいの?」
翼「ゆっくり話聞くよ。駅までの時間じゃ足りないだろ?」
その言葉を聞いた瞬間、翼の優しさが、乾いていた心へじわっと染み込んでいくのが分かった。
ああ、やっぱりこの人はずるい。
欲しいと思っていた言葉を、欲しいと思っていたタイミングでくれる。
夏月「絶対だよ!」
思わず強めに言ってしまう。
久々に見せた夏月の笑顔に、翼は少しだけ安心したように目を細めた。
次回予告
「俺の前では正直になれよ」
父を嫌いになりきれない自分に苦しむ夏月。
胸の奥に隠してきた本音を、翼の前で少しずつこぼしていく。
そして夏月は、初めて小さなわがままを口にする――。




