表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/17

EP.1-1 溺れる夢の、その先で

こんにちは、Time Bombです。


ずっと想像の中だけで描いてきた物語を、こうして小説として形に残せていることが、いまだに少し不思議な感覚です。


今回はEP.1-1。

初めての任務を終えた後の朝と、それぞれが抱える揺れを描いています。

瑞葵たちの小さな成長を、温かく見守っていただけたら嬉しいです。

 波の音が、耳の奥にまとわりついていた。

 風に揺られて穏やかに寄せる音ではない。

 強風に煽られ、波が崖へと叩きつけられる――荒々しく、不快な音だ。


瑞葵(……また、この夢か)


 何度も見ているはずなのに、この音にはまだ慣れない。

 崖の上に立っているはずなのに、感覚はまるで海に沈んでいるようだった。

 耳元で響くのは、波に呑まれる直前のような、重く濁った音。


 いつものように、瑞葵は見知らぬ女性に抱きしめられていた。

 顔は見えない。

 けれど、その腕の力と、微かに伝わる体温から――悲しんでいることだけは分かる。


 不思議と、心は落ち着いていた。


 次の瞬間。


 瑞葵は、荒れ狂う海の中に放り出されていた。


瑞葵「ハァ……ハァ……ハァ……」


 息ができない。

 体も、声も、思うように動かない。


 必死に顔を上げるが、波が容赦なく口元に流れ込み、咳き込む。

 やがて、身体はゆっくりと沈み始めた。


 底の見えない、深い深い闇の中へ――。


 恐怖が限界に達した、その瞬間。


瑞葵「……っ!」


 瑞葵は、はっと息を吸い込み、目を覚ました。


瑞葵「……はぁ……」


 もう何度も見ている夢だ。だからだろうか、瑞葵は大きく叫ぶこともなく、ただ一つ、ため息をつくだけだった。


 慣れというのは、時に残酷だ。


 この夢を初めて見た夜のことを、瑞葵は覚えている。

 恐怖に耐えきれず叫び声を上げ、隣で寝ていた翼や悠喜を起こしてしまった。


「大丈夫か」


 そう声をかけられても、答えることすらできなかった。

 パジャマは汗でびっしょりと濡れ、息は荒れ、過呼吸に陥っていた。


 異変に気づいた夏月が柚木と春翔を呼び、何とか落ち着かせてくれた――。


 だが今では、過呼吸になることもない。

 ため息一つで、再び眠りに落ちることさえできる。


 なぜ、この夢を見るのか。

 理由は、今も分からない。


 ――時刻は午前四時。


 部屋は静まり返っていて、翼たちもまだ眠っている。

 瑞葵はもう一度目を閉じたが、意識は冴えたままだった。


 昨日のミッションが、頭から離れない。


 任務は成功した。

 それでも、瑞葵の中では「失敗」だった。


 初めてのミッション。

 足を引っ張らないようにと必死だったのに、結果はその逆だ。


 怪我をしたことで、流れを乱した。

 そう思うと、顔を合わせるのが怖くて、昨日は皆の前に出られなかった。


瑞葵「……はぁ」


翼「どうした? またあの夢か」


瑞葵「え? あ、ごめん。起こしちゃった?」


翼「いや。たまたま起きてただけだ」


 隣で寝ていた翼はそう言って、瑞葵の顔を覗き込んだ。

 心配そうな視線に、胸が痛む。


瑞葵「大丈夫。おやすみ」


 それだけ言って、瑞葵は布団に潜り込んだ。



 次に目を覚ましたのは、柚木の声だった。


柚木「そろそろ起きなさい」


 ちなみに、翼・悠喜・夏月・瑞葵の四人は同じ部屋で寝ている。

 チームワーク強化のため、らしい。


 夏月は、せめて高校に入ったら別部屋にしてほしいと密かに願っていた。


悠喜「柚木さん……今、何時?」


柚木「九時半」


悠喜「マジ? もうちょっと寝かせてよ」


柚木「昨日、遅くまで頑張ったでしょ。今日は特別よ」


翼「普段は八時起床だからね」


柚木「朝食はできてるわ。起きたらすぐ食べて」


 それだけ告げて、柚木は部屋を出て行った。


翼「ほら、夏月。起きて」


夏月「はーい……」


翼「瑞葵も」


瑞葵「うん」


 翼は眠そうな夏月を起こし、瑞葵の背中をそっと撫でた。

 早朝のことには触れない。

 そのさりげなさが、ありがたかった。


瑞葵(本当に……同い年には見えないな)


 瑞葵は、ぼんやりとそんなことを思った。



 朝食は、パンに目玉焼きとベーコン。

 スープ、サラダ、ヨーグルトまで揃っている。


 今日は時間が遅いため、四人だけの食事だった。


悠喜「柚木さん、パンおかわり」


柚木「はい。他は?」


翼「じゃあ、お願いします」


柚木「夏月ちゃんと瑞葵くんは?」


夏月「今日はいいです」


瑞葵「僕もいいです……」


悠喜「俺、2枚!」


柚木「分かったわ」


 無表情で淡々としている柚木。

 昨日の任務について何を思っているのか、不安は消えなかった。


 それでも、いつも通り朝食を用意し、悠喜の要望にも応える姿を見て、

 瑞葵は少しだけ、肩の力を抜いた。


 4人が朝食を食べ終える頃、柚木は淡々と今日の流れを説明した。


柚木「今日は10時50分にここを出るわ。午前中は勉強。

   その後12時半に昼食。16時まで勉強して、最後はトレーニングよ」


「分かりました」と、四人は揃って頷く。


柚木「それと瑞葵くん。支度が終わったら私のところに来て。

   昨日腫れたところ、もう一度見るから」


瑞葵「……分かりました」


 支度を終え、瑞葵は柚木の部屋へ向かった。

 他の三人は部屋で待機している。


 昨日のことを、何と言われるのか。

 考えれば考えるほど、足が重くなる。


 だが、柚木が最初に口にしたのは――


柚木「晴翔くんが早めに処置してくれたおかげね。腫れも思ったほど酷くないわ」


 瑞葵の頬に視線を向けながら、淡々と言う。


柚木「この程度なら、月曜までには引くでしょう」


瑞葵「……はい」


 怒られると思っていた。

 その分、拍子抜けするほど、優しく聞こえた。


 気まずい沈黙が流れる中、柚木は手際よく手当を続けた。


柚木「昨日の任務、どうだった?」


瑞葵「え……」


柚木「初めての任務よ。緊張したでしょう」


瑞葵「……はい。すごく。

   みんなの足も、引っ張ってしまいました」


柚木「そう……」


瑞葵「最初は……頭を確保できたから、上手くいったと思ったんです。

   でも、僕が怪我をしたせいで……全部、台無しになった気がして」


柚木「確かに、私たちの組織では“成功”は最低条件。

   被害を最小限に抑えるのも重要」


 一拍置いて、柚木は続けた。


柚木「今回は先輩たちがサポートした上での任務だった。

   本来なら、無傷で確保するのが理想だったわね」


瑞葵「……はい」


柚木「でも、それは瑞葵くん一人の責任じゃない」


 瑞葵は、はっと顔を上げた。


柚木「初任務のメンバーがいるなら、残りの三人がより注意して動く必要があった。

   その点では、チーム全体の課題でもあるわ」


瑞葵「……でも、僕が……」


柚木「こないだの映像、全て見返したわ」


 淡々とした声。


柚木「正直に言うと――瑞葵くんの行動にも、問題はあった」


瑞葵「……っ」


 胸の奥が、きゅっと締めつけられる。


 言い返せない。

 頭が真っ白になり、身体がふらつく感覚がした。


柚木「瑞葵くん」


瑞葵「……はい」


柚木「敵が反撃した時、なぜ真っ先に狙われたと思う?」


瑞葵「それは……」


 少しの沈黙。

 瑞葵は、絞り出すように答えた。


瑞葵「……僕が、弱そうだったからです」


柚木「じゃあ、どうして弱そうだと判断されたのかしら?」


 問いが、容赦なく続く。


瑞葵「……動けていなかったから……」


柚木「正解」


 柚木は即答した。


柚木「あの時の瑞葵くんは、目の前の相手に怯えていた。

   それが映像越しでも分かるくらい」


柚木「実際の現場なら、なおさらよ。

   “狙ってください”と言っているようなものね」


瑞葵「……はい」


柚木「経験が浅いのは仕方ない。

   でも、だからこそ――」


 柚木の視線が、まっすぐ瑞葵を射抜く。


柚木「瑞葵くんは、自分の身は自分で守ることを最優先にしなさい」


瑞葵「……はい」


柚木「このまま改善が見られなければ、

   組織からの脱退を命じられる可能性もあるわ」


 その言葉が、冷たく胸に突き刺さった。


 背中に、じっとりと汗が滲む。


柚木「……前の生活に戻りたい?」


瑞葵「……っ、いいえ!」


 反射的に、声が出た。


瑞葵「戻りたくありません」


柚木「そう」


 一瞬、柚木の表情が柔らいだ。


柚木「それなら良かった。

   私も……瑞葵くんには、ここにいてほしいと思っているから」


 その言葉に、瑞葵は思わず前のめりになる。


瑞葵「僕は……三人についていくのが精一杯なんです。

   何をすればいいのかも分からなくて……」


瑞葵「必死に食らいついても、差が広がるばかりで……」


 抑えていた本音が、溢れ出した。


柚木「焦る気持ちは分かるわ」


柚木「でも、三人は瑞葵くんが加入する前から、

   昨日のような任務を何度も経験している」


柚木「同じペースを求めるのは、酷よ」


瑞葵「……僕は……全体的に、ダメでした……」


柚木「一気に変わろうとしなくていい」


 柚木は少し考えるように視線を落とし、やがて微笑んだ。


柚木「まずは――怯えないことから始めましょう」


瑞葵「……怯えない?」


柚木「本当に怖くなくなる必要はないの」


柚木「翼くんみたいに冷静な“フリ”。

   悠喜くんみたいに自信がある“フリ”」


柚木「それだけで、相手の見方は変わる」


瑞葵「……フリ、ですか」


柚木「ええ。

   昨日狙われたのは、怯えを悟られたから」


柚木「隙を一つ減らすだけで、戦況は変わる」


瑞葵「……分かりました」


 瑞葵はそう答えながら、自分の声が少し震えていることに気づいた。


柚木「分からない時は、目の前のできることに集中しなさい」


柚木「それでいいのよ」


瑞葵「……はい」


 それは柚木に向けた返事であると同時に、自分自身へ言い聞かせるための言葉だった。


柚木「じゃあ、そろそろ出ましょう。みんなを呼んできて」


瑞葵「……はい」


 小さく、しかし確かに頷いた。



 部屋を出た瞬間、瑞葵は大きく息を吐いた。


 怒られた。

 突きつけられた。

 それでも――


(……見捨てられてはいない)


 胸の奥に、そんな感覚が残っていた。


 だが、あの言葉だけは消えない。


 ――組織からの脱退。


(ここを離れたら……お母さんに、会えなくなる)


 瑞葵は、拳を強く握りしめた。


 何があっても、ここに残る。

 しがみついてでも、生き残る。


 そう、心に決めた。


次回予告


任務を終えた翌朝。

何気ない雑談の中で、少しずつ浮かび上がる違和感。


受け入れられていないのは、誰なのか。

そして、その沈黙に気づいているのは——。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ