EP.2-EX 今は……まだ……
皆さん、こんにちは!Time Bombです!
今回はEP.2の追加エピソードとなります!
特別編ということもあり、表記は EP.2-EX とさせていただきます。
以前もお話ししましたが、このエピソードは元々構想にはありませんでした。
ですが、思いついてしまった以上どうしても形に残したいという気持ちが強くなり、今回投稿させていただくことにしました!
また新たに、悠喜と夏月のストーリーを書くことができてとても嬉しく思っています。
悠喜と夏月は、今後瑞葵の成長に大きく関わっていく存在です。
ぜひそこも楽しみにしていただければと思います!
稔 「二人とも、準備できたか?」
悠喜、夏月「はい」
今日は翼と瑞葵が、例の任務へ向かっている。
そのため、トレーニングに参加しているのは悠喜と夏月の二人だけだった。
もっとも、二人だけの今日は、普段メニューに入っている実技トレーニングは行われなかった。
基礎のアップをいつもより長めに行い、それで終了。
体を動かした時間自体は短くないのに、終わってみると妙に物足りなさが残る。
柚木は翼と瑞葵の任務に同行。
晴翔は別の用事があるらしく、今日は代わりに稔が二人の送り迎えをしてくれていた。
とはいえ、こういう役目を稔が引き受ける時は、たいてい柚木が半ば無理やり押しつけているのだろうと想像がつく。
あの、何を考えているのか分からないクールな柚木に、ここまで自然に付き合ってやっている稔の存在は、毎回見ていて少し不思議だった。
トレーニング施設から夏月たちの住むタワーマンションまでは車で移動する。
加入したばかりの頃は、東京の夜景をこうして毎日見られることが新鮮だった。
高い場所から見下ろす街の光はどこか非現実的で、自分たちが知らない別の世界に入り込んだような気持ちになったのを覚えている。
任務を終えた翌日には、自分たちがこの街を守っているのだと不思議な達成感を覚えた時期もあった。
――けれど、今はもう、そんなふうには思えない。
悠喜「稔さん、最近全然俺と組んでくれないですよね?」
助手席から身を乗り出すようにして、悠喜が口を開いた。
瑞葵が加入する前は、稔が悠喜たちのトレーニング講師だった。
指導は厳しいが的確で、悠喜と夏月の技術は目に見えて伸びた。
柚木とも昔はチームを組んでいたらしく、ときどきマンションに来ては話を聞いてくれたり、夕食を振る舞ってくれたりもした。
もっとも、それも柚木に半ば強引にやらされているのだと、稔本人は毎回のようにぼやいているけれど。
悠喜「たまには俺にも相手してくださいよ」
稔 「悠喜はもう成長したんだから、俺じゃなくてもいいだろ?」
悠喜「稔さんだから伸びたんですよ、俺は!」
稔 「そう言ってくれるのは嬉しいけどな」
運転席で稔は苦笑した。
稔 「今は悠喜たちよりも、瑞葵の育成が一番大事になってるからな」
悠喜「ふーん」
悠喜は露骨に納得していない顔で、窓の外へ視線を向けた。
夏月も、気持ちは同じだった。
やっと三人でチームとして形になってきた。
そう思えてきたタイミングで、瑞葵が加入した。
夏月も悠喜も、任務に対する意識と覚悟は並大抵ではない。
だからこそ、中途半端な気持ちでここにいる人間がどれほど危ういかを知っている。
知っているから、簡単には受け入れられない。
悠喜「稔さんから見て、瑞葵はどう思うんですか?」
稔 「どう思うって?」
悠喜「まあ……成長というか」
言いながらも、悠喜はぶっきらぼうだった。
でも、完全に見捨てているわけではない。
それは夏月にも分かる。
本当にどうでもいい相手なら、悠喜はわざわざこんなふうに聞かない。
口にしている内容は厳しくても、その根っこにあるのは苛立ちだけじゃない。
稔 「正直に言うと、前に比べたらマシってだけだな」
悠喜「そうっすか」
稔 「悠喜は瑞葵に対して、あまり好意的じゃないんだもんな」
悠喜「そうっすよ」
間髪入れずに返ってくる。
悠喜「俺は本気なんですよ。普段のトレーニングも、任務だって」
稔 「それは伝わってるよ」
悠喜「俺には時間がないんです。もう来年は高校生だし」
その言葉に、車内の空気が少しだけ沈んだ。
時間がない。
それは悠喜だけの話じゃない。
夏月にも分かっている。
けれど、今の自分はその言葉に乗っかってしまうと、別のことまで思い出してしまいそうだった。
稔 「分かってる。だからこそ、悠喜には長い目でも見てほしいんだ」
稔 「確かに、瑞葵の加入前の方がチームとしては出来上がってた」
稔は一度そこで言葉を切り、前方を見たまま続ける。
稔 「だが、限度もあるんだ。三人よりも四人の方が、戦術や可能性は広がる」
悠喜「分かってますよ……」
分かっている。
頭では。
でも、納得はしていない。
そんな声だった。
稔 「瑞葵を認めてないのは、悠喜の優しさだってことも理解してる」
稔の声は穏やかだった。
稔 「だが、今は瑞葵がいる状態でベストを尽くすのが、今後のためにもなる」
悠喜「それでも、俺はやっぱり瑞葵を認めることができません」
稔 「今はそれでいいと思う」
夏月は思わず視線を上げた。
否定しないんだ、と少し驚いたのだ。
稔 「悠喜と夏月が、ここで頑張らなければいけないのに対して、瑞葵にはそれがない」
その言い方は冷たく聞こえるかもしれない。
けれど、それが事実であることもまた、夏月には分かっていた。
稔 「でも、確実に瑞葵だって成長してる。今日の任務だって、自分から行くと手を挙げたんだろ?」
悠喜「……」
稔 「悠喜や夏月だって、任務を通して変わったことや、成長したと感じることはあるだろう」
夏月「そうですね……」
自然と口から出た。
任務は怖い。
でも、それまでの自分のままではいられなくなる。
強くならざるを得ないし、嫌でも何かが変わっていく。
それは、きっと瑞葵も同じなのだろう。
稔 「瑞葵は今、まさにその時なんだ」
稔 「だから、今は瑞葵の成長を遠くからでいい。見守ってやってほしい」
車内に沈黙が流れる。
尊敬している稔からその言葉を告げられて、悠喜はやはり納得のいかない顔をしていた。
けれど、それ以上反論することはしなかった。
従うしかない。
それが今の自分たちの立場だと、悠喜も分かっている。
悠喜「分かりましたよ。でも……」
悠喜「危険だと思ったら、すぐに行動に移してください」
稔 「ああ」
悠喜「稔さん、よく言ってますもんね。仲間が死ぬかもしれないことを受け入れる覚悟を持てって」
稔 「ああ」
悠喜「俺は正直、あの頃の俺より未熟な瑞葵を任務に行かせるのは、かなり危険だと思ってます。いくらバディが翼だとしても」
その声は、怒っているというより、焦っていた。
悠喜の中では今も、瑞葵は“危ない側”にいるのだろう。
そしてその危なさは、翼にまで及ぶ。
悠喜「見捨てるのも優しさだと思ってるんです。
無理にここにいさせて、心に傷を負わせることは、返って瑞葵を傷つけることになるんです」
夏月は窓の外を見たまま、まばたきをした。
見捨てるのも優しさ。
その考え方は、夏月には少し分かる。
誰かを無理に引きずり込んで壊してしまうくらいなら、最初から近づかせない方がいい。そう思うことはある。
でも同時に、それは残酷でもある。
近づかせないことで守るのか。
それとも、近くに置いたまま傷つくのを見守るのか。
きっとどちらも正解じゃない。
稔 「悠喜は優しいな」
悠喜「それと、俺とも組んでください!」
空気を振り払うように、悠喜は大きな声で言い直した。
あまりに露骨な切り替えに、夏月は少しだけ笑いそうになる。
稔 「分かったよ、分かった」
稔は困ったように眉を下げながらも、どこか安心したような顔で答えた。
その笑みを見た瞬間、夏月はふと、翼の将来の姿を重ねてしまった。
翼はこの組織にいる限り、きっといずれ稔みたいに育成側の講師になるか、柚木のように保護者としてチームをまとめる存在になるのだろう。
じゃあ、自分はどうなるのだろう。
夏月がここにいる目的と、理想としている未来は、綺麗に重なってはいない。
考えれば考えるほど整理が追いつかなくなる。
柚木と稔は、お互いを尊敬し、信頼しているのが分かる。
じゃあ、自分と翼はどうだろう。
夏月は翼を尊敬している。信頼もしている。
けれど、翼はどう思っているのだろうか。
優しい翼は、きっと否定はしない。
稔みたいな優しい笑みを浮かべて、ちゃんと肯定してくれるだろう。
でも、それと“隣に立てるか”は別だ。
まだ自分は、翼の隣にふさわしい存在じゃない。
そう思ってしまう。
ここで頑張る目的と理想が違っていても、自分がやることは同じだと、夏月は何度も自分に言い聞かせてきた。
翼も、悠喜も、瑞葵も、きっと同じように理不尽と折り合いをつけながら生きている。
側から見れば普通の中学生だ。
けれど、その内側では、普通の中学生が抱えなくていいものを抱えている。
学校へ行って、勉強して、くだらない話をして、休日は友達と遊ぶ。
本来なら、それだけで十分なはずなのに。
そんな四人が、いつか自分の居場所を見つけて、それぞれの幸せを掴めたら。
稔も、柚木も、たぶんそれを願っている。
――自分たちが手にできなかった分、より一層。
悠喜「稔さん、今日の夕飯は稔さんが作ってくれるんですか?」
空気を変えるみたいに、悠喜がわざとらしく明るい声を出した。
稔 「ああ。作れって柚木に言われてな」
悠喜「何作るんすか?」
稔 「柚木からキャベツと肉と粉物を買ってあるって聞いたからな。いつものようにお好み焼きを作れってことだろ」
悠喜「柚木さん、お好み焼き好きですよね?」
稔 「一回、うまい店に連れてったことあるんだけどな。一口食って、あとは全部食えって言われたことあるぞ」
その光景を想像して、夏月は少しだけ口元を緩めた。
柚木の、そういう素直じゃないところは少し可愛いと思う。
しかも、それを自分と少し似ていると感じてしまうのがまた、なんとなく悔しい。
悠喜「まあ、稔さんお好み焼きだけはうまいっすもんね」
夏月「確かに」
夏月(でも、夜に粉物は太りそうだから毎日は嫌だな……)
そんなことを思ってしまう自分に、少しだけほっとする。
仲間と話している時だけは、嫌なことを少し忘れられる。
悠喜「なあ、今日の数学の宿題やったか?」
夏月「それ、明日まで」
悠喜「マジ? やった!」
夏月「今日までの宿題は漢字ドリルね」
悠喜「え? マジで!」
夏月「先週からずっと授業終わるたびに言ってたじゃん」
悠喜「頼む! 一生のお願い! 見せて」
夏月「その“宿題見せて”何回目よ」
夏月「それに見てどうするの? 漢字書き写すだけなのに」
悠喜「なんだ。じゃあ簡単じゃん」
夏月「その分、数はめっちゃあるけどね。一週間分」
悠喜「は? てかなんで中学になってまでドリルしなきゃいけないんだよ!」
夏月「普通でしょ。帰ったらとっととやっちゃいなよ」
悠喜「嫌だよ! 今日、稔さんいんだぜ!」
稔 「それじゃあまた今度だな!」
悠喜「マジかよ! 最悪だよ!」
二人のやり取りを見ていると、わがままな弟を面倒見のいい兄が相手しているみたいにも見える。
きっと今日、稔を呼んだ理由の一つには、戦闘任務に悠喜ではなく瑞葵を行かせたことへのガス抜きもあったのだろう。
夏月(その柚木さんの優しさを、悠喜がほぼ壊したけど)
でも、そうやって騒いでいる悠喜は中学生らしくて、少しだけ安心する。
このまま、何も考えずに笑っていられたらいいのにと思う。
けれど、頭の片隅ではずっと別のことが引っかかっていた。
あと二ヶ月。
そこから先のことを考えると、胸の奥がざわつく。
六月二十一日。
その日が近づいてくるたびに、どうしてもあの夢を思い出す。
まだ来ていないのに、もう足音だけが聞こえているみたいだった。
夏月(今は……まだ……)
そう自分に言い聞かせて、夏月は窓の外へ視線を向けた。
夜景は相変わらず綺麗だった。
けれど、その光はどこか遠くて、手の届かないもののように見えた。
以上で、EP.2は完全終了となります!
ここまで見届けてくださった読者の皆さん、本当にありがとうございました!
EP.2では、瑞葵の心の中に「ここにいたい」という僅かな気持ちの芽生えと、覚悟を書けたことが本当に嬉しかったです。
そして今回の EP.2-EX では、夏月と悠喜の心情も書くことができ、僕自身としてもとても満足のいく形でEP.2を締めくくることができました。
改めまして、読者の皆さん、Abyss Trigger ーーSecret Xーー をご愛読いただき本当にありがとうございます。
そして、ご報告です!
EP.3は6/21(日)にスタートします!
さらに今回も、EP.2完結を記念した番外編を投稿予定です!
番外編はEP.3スタート前に投稿できればと考えておりますので、また決まりましたら活動報告でお知らせします。
今回の番外編では、EP.2の裏側や初期設定などについてお話しできればと思っています。
ぜひそちらも合わせて楽しみにしていただけると嬉しいです!
それでは、引き続き瑞葵たちの応援をどうぞよろしくお願いします。




