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EP.2-9 逃げ場のない夜

皆さん、こんにちは!Time Bombです!


活動報告でも御礼をさせていただきましたが、ここでも改めて言わせてください。


本日で Abyss Trigger ーーSecret Xーー は、連載開始から5ヶ月が経過しました。

読者の皆さん、日頃からご愛読いただき本当にありがとうございます!


あっという間の5ヶ月で、正直あまり実感がありません。

ですが、瑞葵たちの生活が少しずつ僕自身の生活の一部になっている実感はあります。


先週、友達と2泊3日の旅行に行ってきたのですが、実は空き時間にも小説を書いていました笑

そのおかげもあって、現在はEP.3のラストエピソード前半まで書き終わっています。

目標だった「今月中にEP.3を書き切る」という目標も、無事達成できそうです!


いよいよEP.2も、今回を含めて残り2話。

来月からはいよいよEP.3もスタートとなり、僕自身も楽しみで仕方ありません。


読者の皆さん、6ヶ月目も頑張っていきますので、これからも瑞葵たちの応援をどうぞよろしくお願いします!

 ドクン、ドクンと心臓の音がうるさい。


 夜の大学キャンパスは静まり返っていた。

 人気のない通路に、自分の鼓動だけがやけに大きく響いている気がする。


 瑞葵は無意識に拳を握りしめた。

 手のひらには、じっとりと嫌な汗がにじんでいる。


瑞葵(逃げないって……決めただろ)


 そう心の中で言い聞かせる。

 けれど、言葉にしたからといって恐怖が消えるわけじゃなかった。


 隣を歩く翼は、いつも通り落ち着いている。

 足音の消し方も、周囲への視線の配り方も、息の整え方も、全部が自然で無駄がない。


 正門はすでに閉鎖されていた。


 だが、大学の敷地は広い。

 裏門からなら侵入可能――それは事前に情報班から得ていた情報だった。


 フェンスを越え、着地の音すら極力抑える。

 黒いトレーニングシャツを着た二つの影が、夜のキャンパスに静かに溶け込んでいく。


柚木『文房具店が併設されてる建物が見えると思うわ』


 イヤモニから柚木の声が聞こえた。


翼 「はい、見えます」


 翼は声量を抑えたまま返す。


柚木『その建物を正面から見て右側に歩くと、十階建ての建物があるわ。

   そこにターゲットの山田俊之をおびき寄せる』


翼 「僕らは建物の八階で待機していればいいんですよね?」


柚木『ええ。そこにターゲットの元カノも研究室に籠ってるから』


翼 「分かりました。指定の位置につきましたら連絡します」


柚木『お願いね』


 通信が切れる。


 翼はそれ以上何も言わず、前を向いて歩き続けた。

 その背中を、瑞葵は半歩遅れて追う。


   *


 大学キャンパスから少し離れた位置に停められた車の中で、柚木は短く息を吐いた。


柚木 (ふう……)


 表情はいつも通り冷静だ。

 だが、胸の奥に張りつくような緊張感までは消せない。


柚木「晴翔くん、聞こえるかしら?」


 柚木はもう一つのマイクに向かって声を送った。


晴翔『はい、聞こえます』


柚木「昨日話した通り、晴翔くんにも万が一のために待機してもらうから」


晴翔『既に八階に着いてます』


柚木「ええ、ありがとう」


 返事を聞いてから、柚木はモニターの波形を一度確認する。

 通信状態に問題はない。


晴翔『それと、一ついいですか?』


柚木「ええ、どうぞ」


晴翔『今回の情報班、俺の同期って何か意味あるんですか?』


 今回の任務では、情報班にも協力してもらっている。

 大学のOGという立場で被害女性と接触し、俊之を誘導する役目だ。


 柚木は一瞬だけ沈黙し、それからいつもと変わらない口調で答えた。


柚木「たまたまよ。大きな理由はないわ。

   単純に、晴翔くんの力で万が一の時に二人を守ってほしいだけ」


晴翔『分かりました』


 通信が静かになる。

 だが、その“静か”こそが逆に緊張を煽ってくる。


   *


 翼は周囲を見回しながら、人気のない廊下を進んだ。


 夜の大学は昼間とはまるで別世界だった。

 ところどころ研究室には灯りが残っている。

 だが人の気配は薄く、掲示板に貼られたポスターや壁際に置かれたベンチが、かえって人気のなさを際立たせていた。


翼 「瑞葵、足音気をつけて」


瑞葵「う、うん」


 小さく返事をしながら、瑞葵は翼の背中を追った。

 手のひらは汗ばんでいる。胸の鼓動もまだうるさいままだ。


 やがて二人は目的の十階建ての建物に辿り着いた。

 エレベーターは使わない。

 非常階段で八階まで上がる。

 途中、誰かと鉢合わせる気配はない。

 それでも瑞葵は何度も後ろを振り返ってしまった。


翼 「大丈夫。まだ来てない」


瑞葵「……うん」


 八階に着くと、廊下の突き当たりに一つだけ灯りのついた部屋があった。


 研究室のプレート。

 中には女性が二人、机のそばに立っていた。


「あ、きたきた!」


 研究室から顔を出したのは、二十代前半くらいの綺麗な女性だった。

 瑞葵は小さい声で翼に確認を取る。


瑞葵「あの……翼」


翼 「うん、情報班の人だね」


 年齢は晴翔と同じくらいだろうか。

 どこか場慣れしたような明るさがある。


「柚木さんから聞いてるよ。私は宮本葉月。

 よろしくね」


翼 「よろしくお願いします。俺は翼です」


瑞葵「ば、ばくは……瑞葵です」


 緊張で思わず噛んでしまった。


 葉月はそれを気にした様子もなく、小さく笑った。


葉月「よろしくね。研究室の中に彼女がいるから」


翼 「これからどうするんですか?」


葉月「彼女と研究室のみんなの証言だと、授業終わりに毎回ストーカーが研究室に来るんだって」


翼 「今日はまだなんですか?」


葉月「今日は七限まで体育の柔道があるから、あと一時間は来ないはず」


翼 「作戦はあるんですか?」


葉月「ない」


 葉月はあっさり言った。


葉月「私はあくまで、彼女と俊之を接触させるまでが任務だから」


翼 「分かりました」


葉月「だけど、彼女には証拠を取るために山田俊之と接触するようには話してる」


 その言葉に瑞葵の胸が少しざわつく。

 “接触させる”。

 それはつまり、危険が起きる可能性を承知で彼女をその場に立たせるということだ。


葉月「とりあえず中に入って。彼女に紹介するから。

   私は研究室のOGってことで通ってる」


 研究室に入ると、葉月より少し年下に見える一人の女性が机の椅子に座っていた。

 落ち着いた服装をしている。

 だが、その表情は明らかに硬かった。

 両手で握っているスマホは、指先がわずかに震えている。


女性「あの……あなたたちが……」


葉月「そう。私の知り合いの人たちね。すごく強いのよ。

   SPと同じ訓練をしてる人たちだから」


翼 「話は聞いてます。俺たちがここで待機します」


 翼は年齢を感じさせない落ち着きで答える。

 女性はどこか不安そうに翼と瑞葵を見比べた。


女性「本当に……大丈夫なんですか?」


 その一言に、瑞葵の胸がざわついた。


 彼女は守られる側のはずなのに、何も知らされないまま、ただここへ来させられている。

 危険が起きるかもしれないと分かった上で、“証拠のため”に。


瑞葵(これも……処理のひとつなのか……)


 そんな考えがよぎる。

 だが、翼の声がそれを切った。


翼 「大丈夫です。危険になったら、すぐ下がってください」


 その言葉で瑞葵は我に返る。

 今は考えるより先に、任務だ。


女性「失礼ですが……年齢は?」


葉月「春から大学生だよ」


 翼と瑞葵は思わず葉月の方を見てしまう。


瑞葵(流石に無理があるのでは……?)


葉月「幼く見えちゃうのが二人の傷なんだよね」


 その時、女性のスマホが短く震えた。


女性「……っ」


 女性の顔色が変わる。

 画面を見たまま、小さく息を呑んだ。


翼 「元カレからですか?」


女性「……はい。授業が早く終わった……これから行くねって」


 瑞葵の喉が乾く。


 ――来る。


 翼は小さく息を吐き、イヤモニに触れた。


翼 「柚木さん、対象が到着しました」


柚木『了解。二人とも、焦らないで。まずは会話を録ることを優先して』


翼 「了解」


 通信を切ると、翼は女性――みおに向き直った。


翼 「予定通りで大丈夫です。研究室の前で応対してください。危なくなったら俺が止めます」


みお「……わかりました」


 そう答える声は、明らかに強張っていた。


 しばらくすると、廊下の向こうからゆっくりと足音が響いてくる。


 一歩。

 また一歩。


 静まり返った夜の校舎に、その音だけが不気味なほど大きく響いた。


 怪しまれないよう、みお以外は物陰に隠れる。


 やがて姿を見せた男は、想像以上に大きかった。


 広い肩。高い背丈。

 ラフな私服姿でも、鍛えられた体つきだとはっきり分かる。


瑞葵 (……でかい)


 思わず息を呑む。


 男――山田俊之は、女性の姿を見つけると足を止めた。

 その目は笑っていないのに、口元だけが歪に緩んでいる。


俊之「……やっと会えた」


女性「………」


 俊之はそのまま抱きしめようとする。

 だが、女性はそれを拒んだ。


女性「ねえ、お願い……。もうこれ以上は付き纏わないで」


 震えた声だった。


俊之「やっぱりそう言うのか」


女性「ごめん。でも、新しい彼女がいるんでしょ?」


俊之「ちげえよ。あれは父親が用意した女。

   俺はみおがいいんだよ」


翼 (みお……彼女の名前か)


みお「だから、ごめん。もう私は好きじゃないの」


俊之「分かってるんだよ! お前も父親にそう言われてるんだって!」


みお「ちがう!」


俊之「違くねえよ。ずっとそうだよ。

   俺の付き合ってた女は全員、父親から言われて別れたって言ってるんだよ!」


瑞葵 (………)


 俊之の言葉は、みおへ向けられているようでいて、誰にも届いていなかった。

 自分だけの思い込みと怒りで世界を塗りつぶしている。


俊之「なあ、頼むよ、みお。俺は本気で好きなんだ」


 俊之はそのままみおを抱きしめ、キスをしようとする。


みお「いや、やめて……!」


 翼はイヤモニに触れ、柚木に確認を取る。


柚木『ええ、音声は取れたわ』


翼 「行くぞ」


瑞葵「う、うん」


翼 「俺が気を引くから、瑞葵はまず女性の確保を」


 翼はゆっくり俊之の背後へ回り、視界を塞ぐように割って入った。


俊之「な、なんだ」


翼 「瑞葵!」


瑞葵「うん!」


 瑞葵はできた隙を逃さず、俊之の腕を引っ張ってみおを解放した。


翼 「もう大丈夫です。逃げてください」


俊之「ざけんな!」


翼 「クソ!」


 俊之はそのまま翼を振り払う。

 体格差で正面から勝てないと判断した翼は、すぐに距離を取った。


 逃げ遅れたみおは、とっさに瑞葵の後ろへ回り体を小さくする。

 結果、狭い廊下で瑞葵と翼が俊之を前後から挟む形になった。


翼 (しまった。よりにもよって、みおさんが瑞葵の後ろに着いちゃったか……)


 瑞葵はファイティングポーズを取る。


 以前の歌舞伎町や裏組織の任務と比べれば、格段に成長している。

 それは翼にも分かった。

 けれど同時に、まだ手足が震えていて、明らかに怯えているのも分かる。


 俊之は獲物を見るような眼差しで、翼と瑞葵を睨みつけた。


翼 (この様子だと、次に狙うのは……)


 俊之は瑞葵の方へ突進する。


翼 (だよな)


 力では勝てない。

 そう判断した翼は、スライディングで俊之の足を引っかけた。

 俊之は前のめりに体勢を崩す。


瑞葵「うわ!」


 緊張から一瞬だけ解放された瑞葵は、弱々しい声を漏らした。


翼 「下がって!」


 翼はそのまま重力を使って俊之の体に体重を乗せる。

 首へ腕を回し、逃がさないように締め上げる。


俊之「ああ、クソ!」


 翼はみおへ向かって逃げろと目で促した。

 みおは小さく息を呑みながらも、その場から離れようとする。


 ――いける。


 そう思った、次の瞬間だった。


俊之「なめんなッ!!」


翼「っ!」


 俊之は無理やり上体を起こした。

 翼が体重を乗せていたはずなのに、そのまま肘を横薙ぎに振り抜く。


翼「ぐっ!」


 まともに脇腹へ肘が入る。

 鈍い音が響き、翼の体がわずかに浮いた。


瑞葵「翼!」


 翼は咄嗟に距離を取った。

 だが、俊之はもう立ち上がっていた。


俊之「ガキが……調子に乗るなよ」


みお「ねえ、もうやめて!」


俊之「黙れ!」


 呼吸は荒い。

 だが、目はまだ死んでいない。


 鍛えられた肩が上下し、まるで次の獲物を見定めるように瑞葵たちを睨みつけている。


瑞葵(嘘だろ……)


 さっきまで押さえ込めていたはずだった。

 ただ大きいだけじゃない。


 こいつは――強い。


翼 「瑞葵、落ち着け。まだ終わってない」


 そう言う翼の声にも、もう余裕はなかった。

 片手で脇腹を押さえ、それでも瑞葵の前に立って守ろうとしている。


翼 「瑞葵」


 翼は小さな声で言った。


翼 「流石にあいつを素手で捕獲するのは無理だ。できるなら使いたくなかったが、俺がやつの隙を作る。瑞葵はスタンガンで気絶させてくれ」


瑞葵「でも、翼――」


俊之「うるせえんだよ!」


 俊之はそのまま二人に突進する。

 翼は瑞葵ごと倒れ込み、なんとかそれをかわした。


俊之「もう、親父の言いなりにはならねえ!」


俊之「お前らもどうせ、親父から言われたんだろ!」


翼 「大丈夫。俺がいるだろ」


 翼は俊之の威嚇を無視しながら、瑞葵を勇気づける。

 だが、動きが明らかに鈍っているのが分かった。


俊之「無視すんじゃねえ!」


 俊之が襲い掛かる。

 翼はそれを避け、再び背後に回って体重をかける。

 痛みを堪えながら、首を絞めた。


翼 (今度はしっかり捉えた!)


翼 「瑞葵!」


瑞葵「分かった……」


 瑞葵は震える手でスタンガンを構えた。

 指先に力が入りきらない。

 汗で滑りそうになる。


 それでも前へ出ようとした、その瞬間。


俊之「なめんなよ!」


 俊之は無理やり体を起こし、拘束している翼ごと後ろ向きに思い切り倒れ込んだ。


翼 「ゔゔぇ!」


 成人男性よりはるかに体格のいい俊之の体重が、翼へダイレクトにのしかかる。

 あまりの衝撃に、中学生の翼は腕を離してしまい、その場で体を丸めた。


瑞葵「翼!」


 俊之はその隙を逃さない。

 すかさず瑞葵の腹に強烈な蹴りを叩き込んだ。


瑞葵「グハッ!」


 体重の軽い瑞葵は、スタンガンごと吹き飛ばされる。


翼 「み、みずき……」


俊之「仲間の心配してるつもりかよ」


 俊之は翼の胸ぐらを掴み、そのまま背負い投げを放つ。


翼 「ゔぁぁ!」


 床へ叩きつけられた翼に、そのまま体重をかけて逃げ道を奪う。


翼 「く、クソ……」


 柔道の間合いに入られたら、相手に敵わない。

 完全に詰んでいた。


俊之「おい、ガキ。これは父親からの命令か」


翼 「……」


俊之「おら!」


翼 「グッ」


 何も答えない翼に、俊之は容赦なく脇腹を殴る。


瑞葵(はぁ、はぁ……ど、どうしよう……)


 瑞葵はさっきの蹴りで体から力が抜け、震えが止まらなかった。

 呼吸が浅い。

 視界が少し揺れる。


 手探りでスタンガンを探す。

 だが、どこに落ちたのか分からない。


瑞葵(このままじゃ翼が……)


 体に力が入らない。


 立たなきゃ。

 動かなきゃ。

 そう思うのに、足が言うことを聞かない。


 目の前では翼が押さえ込まれている。

 それなのに、自分は床に這いつくばったままだ。


瑞葵(……動け、よ……)


 そう願っても、震える指先にすらうまく力が入らなかった。

次回予告

目の前で翼が押さえ込まれている。

それなのに、瑞葵の足は動かない。


怖い。

苦しい。

逃げたい。


それでも、守られるだけで終わりたくないという想いが、瑞葵を再び立ち上がらせる。


そして激突の果てに、任務はついに決着を迎える。

だがその先で、二人はまた新たな違和感に触れることになる――。

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