EP.2-7 ためらいの先
皆さん、こんにちは!Time Bombです!
今回は、久々に執筆の進捗についてお話ししたいと思います。
現在、EP.3-11を執筆中です。
5月も残り半分ということで、なんとか今月中にEP.3を仕上げることを目標に頑張っています!
当時構想していた内容通りの部分もあれば、ブラッシュアップを重ねて大きく変更した部分もあります。
それも含めて、いずれ詳しくお話しできる機会があればいいなと、今からワクワクしています!
そして本日は、EP.2-7!
瑞葵にとって大きな一歩となる回です!
翌朝、瑞葵はゆっくりと目を覚ました。
目を開けた瞬間、天井の白さも、部屋の静けさも、何もかも昨日と同じはずなのに――それでも、胸の奥のどこかが少しだけ違っている気がした。
うまく言葉にはできない。
何かが劇的に変わったわけでもない。
けれど、昨日までの自分とはほんの少しだけ違うところに立っている。そんな不思議な感覚があった。
枕元のスマホが小さく光っていることに気づき、瑞葵は体を起こした。
画面には、河村亜美からのメッセージが届いていた。
『今日からまた学校行き始めることになった。』
『正直憂鬱⤵︎』
『でも、西横よりはマシか。瑞葵くんも頑張ってね』
短い文章だった。
だけど、その文の端々から、亜美なりに前を向こうとしている気持ちが伝わってくる。
西横から離れたからといって、彼女の問題が全部なくなったわけじゃない。
学校に戻ることだって、きっと怖いはずだ。
それでも彼女は、自分なりにまた新しい一歩を踏み出そうとしている。
瑞葵はスマホを持ったまま、しばらく画面を見つめた。
瑞葵 (そっか……)
彼女も進もうとしている。
その事実が、なぜだか少しだけ嬉しかった。
そして同時に、自分も頑張らなきゃいけないと思った。
大きな勇気じゃなくていい。
ほんの少しでも前に出る力が、自分の中にも芽生え始めているのだと信じたかった。
*
――少しは、自分の殻を破れた。
そんなふうに思ったのは本当だ。
けれど、人は一晩で別人になれるわけじゃない。
ドンッ、と鈍い音がトレーニング室に響き渡った。
稔 「瑞葵! それだとすぐに隙ができるぞ!」
瑞葵「す、すみません!」
瑞葵は慌てて体勢を立て直す。
トレーニングでは、相変わらず稔に注意を受ける毎日が続いていた。
腕の出し方。
重心の置き方。
視線の動き。
ほんの一瞬の迷いですら、稔は見逃さない。
痛い。
苦しい。
できないことばかりで、何度も悔しくなる。
けれど、それでも最近の瑞葵は少しだけ違っていた。
前なら、攻撃を受けた瞬間に体を丸めて、その場にうずくまってしまっていた。
息が詰まり、痛みに耐えることしかできず、立ち上がるまでに時間がかかっていた。
だが今は、よろけながらでも自分の足で立とうとする。
すぐに反撃できなくても、せめて倒れたままで終わらないように、歯を食いしばって体を起こすようになった。
その小さな変化を、稔はちゃんと見ていた。
稔 (何か、また新しい覚悟を見つけたのかもな)
もちろん、まだ甘い。
まだ脆い。
けれど確かに、瑞葵の中で何かが変わり始めている。
稔 「いいか、瑞葵!」
瑞葵「お願いします!」
返事の声にも、前より少しだけ力があった。
*
トレーニングが終わったあと、四人は今日も車の中で夕食を取っていた。
いつものように、弁当の蓋を開ける。
汗をかいたあとで体は疲れ切っているし、正直なところ食欲より眠気の方が強い。
それでも食べなければ、次の日まで体がもたない。
瑞葵も重くなった腕を動かしながら、半ば無理やり弁当を口へ運んでいた。
車内には、エンジン音だけが低く響いている。
誰も喋らない。
それが逆に、不気味だった。
いつもなら何かしら騒がしい悠喜も、最近は妙に静かだ。
瑞葵の変化に気づいているのか、それとも別のことを考えているのか、以前のように棘のある言葉を投げてくることも減っていた。
その静けさが、余計に空気を重くする。
そんな異様な車内で、最初に口を開いたのは柚木だった。
柚木「四人に報告。新しい任務が来たわ」
悠喜、夏月「!」
悠喜と夏月が同時に顔を上げる。
翼 「どんな内容ですか?」
翼もすぐに問い返した。
柚木「今回の任務も、二人で動いてもらおうと思うの。
非公式の依頼だから、内容は任せる人間にしか話せないわ」
四人の喉が無意識に鳴る。
任務。
その言葉は、いつだってこの車内の空気を変える。
そしてそのたびに、Secret Xがなぜ存在しているのか、その答えの一端を嫌でも思い知らされる。
柚木「一言で言うなら、今回は人探しじゃないわ。捕獲、ってところかしら」
その単語だけで、空気がさらに張りつめた。
人探しではない。
最初から捕まえることが目的。
つまり、戦闘が起きることが前提の任務だ。
柚木「今回の任務、一人は翼くんに任せるわ」
翼 「分かりました」
翼は迷いなく頷く。
柚木「もう一人は……誰か行きたい人いる?」
悠喜、夏月「行きたいです!」
二人はほとんど同時に声を上げた。
その速さに、瑞葵は思わず目を瞬いた。
前回の任務に同行できなかった焦りもあるのだろう。二人とも即答だった。
悠喜「捕獲ってことは、戦闘が前提ですよね? だったら俺が適任だと思います」
夏月「パワーでは劣ると思います。でも奇襲ならできます。翼とのコンビネーションなら負けないと思います」
悠喜と夏月は、それぞれ自分の利点を口にする。
どちらも真剣だった。
その姿を見ながら、瑞葵の胸の奥がざわつく。
瑞葵(……待ってたら、何も変わらない)
その言葉が、頭の中で静かに響く。
瑞葵(また、守られるだけになる)
昨日までの自分なら、きっと黙っていた。
翼が選ばれて、悠喜か夏月のどちらかがもう一人に決まるのを、ただ見ていたはずだ。
でも、それでは何も変わらない。
自分で前に出なければ。
自分で掴みにいかなければ。
瑞葵「あ、あの!」
三人より少し遅れて、瑞葵も声を上げた。
自分でも分かるくらい、声が震えている。
正直、怖くて仕方がなかった。
戦闘前提の任務。
捕獲。
前回とは、意味が違う。
それでも――変わるなら、自分から動かなければならない。
瑞葵「ぼ、僕に……僕に行かせてください!」
一瞬、車内が水を打ったように静まり返った。
悠喜は何も言わなかった。
夏月は、すっと瑞葵から視線を逸らした。
翼だけが、まっすぐ瑞葵を見ていた。
柚木「瑞葵くん」
柚木の声は、いつも通り静かだった。
柚木「今回の任務は、前回と違って危険が高いわ。
それに趣旨も違う。今回は人探しではないから、最初から戦闘が起こると覚悟してほしい」
瑞葵「分かってます……。でも……」
怖がるな、と心の中で何度も自分に言い聞かせる。
けれど、体は正直だった。
指先は冷え、手のひらにはじっとり汗がにじんでいる。
それでも、声を絞り出す。
瑞葵「それでも……自分に行かせてください」
自分でも驚くほど、はっきり言えた。
柚木はその言葉を受け止めるように、ほんの少しだけ間を置いてから翼へ視線を向けた。
柚木「翼くんはどう?」
翼 「はい。全力でサポートします」
即答だった。
その返事に、瑞葵は胸の奥が少しだけ熱くなるのを感じた。
柚木「分かったわ。瑞葵くん、あなたに任せる」
悠喜「ちょっと待ってください!」
だが、そこで悠喜が声を上げた。
抑えきれない苛立ちが、そのまま表に出ていた。
戦闘力では翼の次に自分が上だと、悠喜は自覚している。
だからこそ、自分が選ばれないことに納得できなかったのだ。
悠喜「前回も任務に行ったのは翼と瑞葵ですよね?
なんでまた瑞葵を選ぶんですか?」
車内の空気がさらに張りつめる。
柚木は表情を変えないまま、悠喜を見た。
柚木「悠喜くんの意見も、もちろん分かるわ。
だけど、今のチームで大きい任務をこなすには、瑞葵くんの成長が鍵になるのは悠喜くんも分かるわね?」
悠喜「………はい」
絞り出すような返事だった。
柚木「悠喜くんの頑張りは、もちろん評価してる。
でも、今より大きな結果を残したいというなら、もう少し遠くを見る必要があるわ」
その言葉に、悠喜は不満そうに唇を噛んだ。
だが、反論はしなかった。
悠喜「はぁ……分かりましたよ」
そう言って、食べ終わった弁当を乱暴に片付けると、余分に作ってくれていたおにぎりをいくつか取る。
その様子を見て、瑞葵はまだ三分の一ほど弁当が残っていたが、慌てておにぎりを二個手に取った。そして残りの弁当を無理やり口へ押し込む。
そんな瑞葵の様子を見て、悠喜は何も言わなかった。
けれど、その不機嫌そうな顔が「分かったよ」と言っているようでもあった。
柚木は短く告げる。
柚木「明日のトレーニング前に任務の説明をするわ。
翼くんと瑞葵くんは、ウェアに着替えたら会議室に集合」
その言葉だけを残し、車内はまた静かになった。
*
やがて車が止まり、エンジン音が消えた。
それだけのことなのに、その静寂は妙に重たく感じられた。
全員が車を降りる準備をする中、瑞葵だけが一瞬、シートに座ったまま動けずにいた。
瑞葵(……本当に、言ってしまった)
自分から「行かせてください」と言った。
守られる側でいることを、やめた。
それは自分で選んだ決意だったはずなのに、胸の奥では不安がぐるぐると渦を巻いていた。
何気なく手のひらを見る。
わずかに震えていた。
瑞葵(怖い……)
正直に、そう思う。
怖くないわけがない。
戦闘が前提の任務。
捕獲。
人探しとはまるで違う。
失敗すれば、前回以上のことになるかもしれない。
また誰かの足を引っ張るかもしれない。
また何もできずに終わるかもしれない。
それでも――。
瑞葵(でも……逃げなかった)
昨日までの自分なら、声を上げることすらできなかった。
誰かが選ばれるのを、ただ待っていた。
今回は違う。
その事実だけが、今の瑞葵を立たせていた。
翼 「……行くぞ」
翼の声に、瑞葵ははっとして顔を上げる。
翼はいつも通りの表情をしていた。
けれど一瞬だけ、瑞葵の目をしっかり見て、小さく頷く。
――大丈夫だ。
そう言われた気がした。
瑞葵は小さく息を吐き、ようやく車を降りた。
車の外へ出ると、悠喜が少し離れたところで立っていた。
目は合わない。
けれど、完全に背を向けることもない。
悠喜「……」
何か言いかけたように口が動く。
だが結局、悠喜は何も言わなかった。
代わりに、乱暴にポケットへ手を突っ込み、そのまま先に歩き出す。
瑞葵 (……それでもいい)
嫌われてもいい。
認められなくてもいい。
まずは、自分がここに立つ。
そう決めたのだから。
その時、最後に車を降りた夏月が足を止めた。
ほんの一瞬だけ振り返る。
夏月「……」
何か言いたそうに唇を噛み、視線を逸らす。
夏月「……死なないでよ」
それだけ言って、夏月は足早に去っていった。
瑞葵「……」
胸が、ぎゅっと締め付けられる。
怒られたわけじゃない。
拒絶されたわけでもない。
なのに、その一言がやけに重かった。
そこには、冷たさよりも、別の感情が含まれていたからだ。
瑞葵(……守られるだけじゃ、ダメだ)
自分で選んだ。
自分で踏み出した。
その責任を、ちゃんと背負わなければならない。
自宅へ向かう廊下を歩く中、柚木が一歩後ろから瑞葵を見ていた。
柚木(……覚悟は、芽生えた)
柚木(あとは――折れないかどうかね)
柚木の目は冷静だった。
その中には、期待も不安も、両方あった。
そこで翼が立ち止まる。
翼 「瑞葵」
瑞葵「はい」
翼 「大丈夫だ。俺がついてる」
短い言葉だった。
けれど、それだけで十分だった。
瑞葵は深く息を吸い、ゆっくりと吐き出す。
瑞葵「……ありがとう」
それだけ言うのが、精一杯だった。
でも、今はそれでよかった。
――ここからが、本当のスタートだ。
次回予告
新たな任務は、警察上層部からの極秘依頼。
だがそれは、“正義”のためではなく、問題を表に出さないための処理だった。
違和感を抱えたまま、それでも瑞葵は任務へ向かう。
晴翔もまた、この組織の在り方に疑問を抱き始めていた。
答えが見えなくても、それでも逃げない夜が始まる。




