EP.2-6 ひとりじゃないなら
皆さん、こんにちは!Time Bombです!
改めまして、GW中も Abyss Trigger ーーSecret Xーー を読んでいただき、本当にありがとうございました!
詳しくはまだお話しできませんが、GW中になんとアクセス数が自己記録を更新しました。
私自身、初めて数字を見た時は驚きすぎて一瞬固まってしまいましたが、それと同じくらい本当に嬉しい気持ちでいっぱいです!
そして、いよいよEP.2も折り返しとなります!
今回はトレーニング後のお話です。
稔に告げられた覚悟、翼の本音、そして芽生え始めた瑞葵の覚悟。
自分としても、この回はかなり時間をかけて構想を練りました笑
そして、EP.2-5.5の追加エピソードも投稿しています!
そちらも合わせて読んでいただけると嬉しいです!
トレーニングから戻ったあとだった。
瑞葵はしばらく部屋の前で立ち止まり、何度か呼吸を整えてから、ようやく口を開いた。
瑞葵「ちょっと……話、いい?」
それは、本当に小さな声だった。
けれど、翼にはちゃんと届いたらしい。
瑞葵から自分に声をかけてくること自体が珍しかったからだろう。翼は一瞬だけ目を丸くしたあと、すぐにいつもの柔らかい表情に戻って頷いた。
翼 「いいよ。……ここなら、誰にも聞かれないだろ」
翼はそう言うと、部屋の中ではなくベランダの方へ歩き出した。
このタワーマンションには珍しく、外に出られる小さな空間がある。洗濯物を干すには狭いが、夜風に当たりながら話すにはちょうどいい場所だった。
翼の後に続いてベランダへ出ると、ひんやりとした空気が火照った体を撫でた。さっきまでトレーニングで熱を持っていた腕や頬に、夜の空気が少し気持ちいい。
翼 「どうしたんだ。珍しいな」
手すりに軽く寄りかかりながら、翼が振り返る。
瑞葵「いや……その……」
言葉が、出なかった。
聞きたいことはある。
むしろ、それしかないくらい頭の中はそれでいっぱいだった。
なのに、いざ目の前にすると喉が詰まる。
頭の中では、さっきの稔の声が何度も反響していた。
――仲間が死ぬかもしれないことを、受け入れる覚悟だ。
あの言葉が、胸の奥でずっと重たく沈んでいる。
翼は、普段からその覚悟を持って任務に向かっているのだろうか。
それとも、自分と同じで……本当は怖いのだろうか。
聞いてみたい。
でも、聞くのが怖い。
もしこの質問をしたことで、翼にまで距離を置かれてしまったら。
もし、瑞葵の迷いを見て失望されたら。
そんな考えが浮かぶたびに、さっきまで動いていたはずの口がまた閉じてしまう。
その沈黙を破ったのは、翼だった。
翼 「ここからの景色、綺麗だろ」
瑞葵「え?」
翼 「俺のお気に入りの場所なんだ」
そう言われて視線を上げると、ベランダの向こうには夜景が広がっていた。
高層ビルの窓明かりが、夜の闇を押し返すように無数に灯っている。道路を走る車のライトは細い光の線になって流れ、遠くの方ではネオンがにじんでいた。見慣れないはずの景色なのに、どこか夢みたいで、現実味が薄い。
瑞葵「ほんとだ……。きれい……」
思わずそう漏れた。
夜の風景には、昼間とは違う力がある。
見ているだけで、自分が今いる場所が少しだけ現実じゃないみたいに思えてしまう。
ふと、隣にいる翼を見る。
瑞葵(僕の隣にいる翼は、同じ中学三年生なのに……どうしてこんなにも大人に見えるんだろう)
翼は優しい。
それに、強い。
任務の時も、トレーニングの時も、学校でも、いつだってどこか余裕があって、自分の足で立っているように見える。
きっと、もしお父さんやお母さんと普通に暮らしていたら――
こんな友達とは出会えなかったのだろうと思う。
瑞葵は今でも、普通の暮らしに憧れている。
家族がいて、朝起きたら「おはよう」と言える相手がいて、危険な任務もなくて、こんなに息が切れるまで体を鍛えなくてもいい生活。
そういうものを、心のどこかでまだ求めている。
それでも。
施設で暮らしていた時と同じくらい、いや、それ以上にここでのトレーニングはきつい。
毎日が苦しい。
それなのに今は、あの頃より少しだけ耐えられる。
それは、翼が隣にいてくれるからだ。
この場所に、ちゃんと見ていてくれる人がいる。
手を伸ばせば届く距離に、信じたいと思える相手がいる。
――それほど心強いものはなかった。
瑞葵「あのさ……」
さっきまで喉に引っかかっていた言葉が、嘘みたいに自然に出た。
瑞葵「翼は……怖くないの?」
翼 「何が?」
瑞葵「任務でさ……その……」
瑞葵は視線を揺らしながら、言葉を探した。
瑞葵「誰かが……死ぬかもしれないって思いながら動くの……怖くないの?」
その言葉を聞いて、翼は少しだけ驚いたような顔を見せた。
けれどすぐに表情を戻し、真正面から瑞葵を見る。
翼 「怖いに決まってるだろ」
その一言が、瑞葵の胸に重く落ちた。
あまりにも即答で。
あまりにも自然で。
翼は怖がらない人間なんじゃないかと、どこかで思っていた自分がいたのかもしれない。
でも違った。
翼もちゃんと怖いのだ。
翼 「だから、俺は一人で行かないんだ」
瑞葵「え?」
翼 「俺だって怖い。任務に行くのは……毎回な」
翼は視線を夜景の方へ戻した。
横顔が、いつもより少しだけ大人びて見える。
けれどそれは、強く見せているからではなく、怖いことを怖いと分かった上で前に進もうとしているからなのかもしれない。
翼 「でもさ……一人じゃないなら、踏み出せるんだ」
少し冷たい風が吹き抜ける。
春の終わりなのに、高層階の風はまだ少し肌寒い。
翼 「俺には、ここしかないんだ」
その言葉は、夜の空気の中で静かに落ちた。
翼はたぶん、大げさに言ったわけじゃない。
本当にそう思っているから、さらっと口にできたのだ。
瑞葵は、胸の奥が少しだけ締めつけられるのを感じた。
瑞葵「……ごめん。変なこと聞いて」
翼 「ううん」
一拍置いてから、翼は瑞葵の方を見た。
翼 「稔さんから、何か言われたのか?」
瑞葵「うん……」
翼 「そうか……」
そこでまた、二人の間に沈黙が落ちた。
さっきまでならこの沈黙に耐えられなかったかもしれない。
でも今は、不思議と息苦しさはなかった。
翼がすぐ隣にいてくれるだけで、少しずつ言葉が形になっていく気がした。
瑞葵「僕はさ……どうすればいいのかな」
ぽつり、と瑞葵は言った。
瑞葵「ここには翼がいてくれる。夏月と悠喜も冷たいけど、僕のことを心配してくれるし、柚木さんと晴翔さんだって僕に優しくしてくれる。だから……施設には戻りたくない。……でもさ……」
瑞葵は喉を鳴らした。
それでも、続ける。
瑞葵「覚悟が分からないんだ」
瑞葵「僕には……まだ何かが足りない気がする。
でも、それが何なのか分からない」
絞り出したような言葉だった。
それが今の瑞葵に言える、精一杯の本音だった。
すると翼は、少しも笑わずに言った。
翼 「俺は、瑞葵の覚悟を受け取ってるよ」
瑞葵「え?」
反射的に翼の顔を見る。
その表情に嘘はなかった。
からかっている様子も、気を遣っているだけの感じもない。
翼 「西横の任務。あの時の瑞葵はさ、最初に四人でやったあのボスの捕獲の時と段違いで覚悟が決まってたと思うよ」
瑞葵「そうなの……?」
翼 「逆になんで驚いてるんだ?」
驚くに決まっている。
稔からは「持っておいてほしい覚悟がある」と言われたばかりなのだ。
自分には足りないものがあると突きつけられたばかりなのに、翼は“受け取っている”と言う。
瑞葵「稔さんに言われたんだ。
持っておいてほしい覚悟があるって」
翼 「仲間が死ぬかもしれないことを、受け入れる覚悟か」
瑞葵「やっぱり翼も、その覚悟は持っておいてほしいって言われたの?」
翼 「まあな。俺は柚木さんから言われたんだけどな」
瑞葵「僕……覚悟の意味を履き違えてたなって思って」
翼 「逆に、瑞葵にとって覚悟ってなんだと思うの?」
そう返されて、瑞葵は少し言葉に詰まった。
瑞葵「任務前はさ……足を引っ張りたくない、とか。翼に認めてもらいたい、とかだったんだ」
言いながら少し恥ずかしくなる。
でも、今はもう誤魔化したくなかった。
瑞葵「でもさ……僕に必要な覚悟って、ここで生きていく覚悟なんじゃないかなって思って」
翼 「難しいよな」
翼は手すりにもたれかかるようにしながら、ゆっくり言った。
翼 「瑞葵は親が迎えに来てくれる可能性があるんだろ?
だから、無理にここで頑張らなくてもいいことだし」
瑞葵「ごめん」
翼 「責めてるわけじゃないさ」
翼はすぐにそう続けた。
翼 「あまり深くは言えないけど、悠喜と夏月は任務の成功次第では親が迎えに来てくれるかもしれないんだ。だから二人とも必死にしがみついてる」
瑞葵「うん……」
翼 「俺は、瑞葵にはいてほしいと思うよ」
その言葉が、静かに胸に響いた。
瑞葵「僕さ、翼がいてくれて本当に嬉しいんだ」
言葉は、驚くほど自然に出た。
瑞葵「でも……ここよりいい条件で暮らせるよって言われたら、僕はすぐにその条件を飲んじゃいそうでさ」
翼 「それは別に……当たり前なんじゃないか?」
瑞葵「え?」
翼の返事は、予想していなかった。
翼 「だってそうだろ。
そもそも瑞葵がここにいる理由と、悠喜や夏月たちがここにいる理由って違うわけじゃん」
翼 「俺は、瑞葵なりに覚悟を持ってくれてると思うよ」
瑞葵「そうなのかな……」
翼 「覚悟がなければ、こないだの任務、最後までやり遂げてないだろ。
前の瑞葵なら逃げ出してたんじゃないか?」
瑞葵「ゔ……否定……できない……」
翼が少し笑う。
翼 「瑞葵は俺に迷惑をかけないようにって、ちゃんと覚悟を持って挑んだんだろ?」
瑞葵「うん……」
翼 「立派な覚悟だよ。
だから、胸を張れ」
そう言って、翼はにこっと笑いながらピースを向けてきた。
いつもそうだ。
翼は、瑞葵が遅れを取っても責めない。
駆けつけてくれて、手を差し出してくれる。
悩んでいれば、強く引っ張るんじゃなく、ちゃんと自分の足で立てるようにそっと背中を押してくれる。
その優しさに、何度救われたか分からない。
瑞葵「ありがとう……」
自然と口が動いた。
翼 「悠喜と夏月の覚悟は、また瑞葵と違うんだと思う」
翼 「だから二人は、まだ瑞葵に心を開かないんだと思うけどさ。
瑞葵は瑞葵なりに頑張れば、二人もちゃんと認めてくれるよ」
少しだけ――ほんの少しだけ。
瑞葵は、この場所に“いたい”と思えた。
ここに居続けることは、きっとこれからも苦しい。
過酷なトレーニングがあって、危険な任務があって、怖い思いも何度もするだろう。
だけど。
瑞葵「翼と離れたくない……」
気づいた時には、口からこぼれていた。
翼が驚いたように目を瞬かせる。
自分でも分からなかった。
でも、これだけは言えた。
――翼のことは信じることができる。
瑞葵「もし、ここを離れたらさ……もう翼とは会えなくなるのかな……」
翼 「そうだな……」
翼はすぐにはふざけなかった。
翼 「俺らは機密扱いだから、再会できたとしても……たぶん、知らないふりをすると思う」
その現実的な言葉が、逆にリアルで痛かった。
瑞葵「なら……ここに……」
胸の奥から、熱いものがこみ上げる。
瑞葵「ここにいたい!……」
思わず大きな声が出た。
けれどすぐに我に返って、瑞葵は下を向く。
瑞葵「……と思う」
最後だけ、小さな声になってしまう。
翼 「なあ、瑞葵!」
翼 「顔を上げろって!」
言われるままに、ゆっくり顔を上げる。
次の瞬間、満面の笑みをした翼が思いきり瑞葵に抱きついてきた。
翼 「ハハハ! でもまさか、瑞葵からもそんな言葉をもらえるとはな!」
瑞葵「えっ、ちょっ……」
翼 「ありがとな! 瑞葵」
翼の腕の力は思ったより強い。
けれど苦しいというより、あたたかかった。
翼 「大丈夫! 俺がいるからさ、瑞葵は何も心配するな! 一緒に生き残ろう!」
その言葉に少し驚きながらも、瑞葵は胸の奥がじんわり熱くなるのを感じた。
認めてもらえた嬉しさ。
信じてもいいと思えた心強さ。
それと同時に、もうひとつ別の感情も芽生え始めていた。
――いつまでも守られるだけの立場を、卒業したい。
翼の隣に立ちたい。
いつか、自分の方からも支えられるようになりたい。
そんな新しい気持ちが、確かに生まれていた。
夏月「ねえ……」
瑞葵「あ……」
引き戸の向こうから聞こえた声に、二人は同時に振り返った。
そこには、腕を組んだ夏月が立っていた。
明らかに不機嫌そうな目で、瑞葵を睨んでいる。
夏月「何、抱きついてるの?」
声音が冷たい。
翼 「ま、男にしか分からない誓いみたいなもんだよ!」
夏月「そういうのいいから!」
夏月はぴしゃりと言い返す。
夏月「悠喜もお風呂から上がったから、二人とも入って」
そう言うと、夏月は勢いよくベランダの引き戸を閉めた。
ガタン、と少し強めの音が響く。
最後まで不機嫌そうな態度だった。
瑞葵「何かさ……怒らせることしたかな……」
翼 「やれやれ……」
翼は苦笑しながら肩をすくめた。
翼 「まあ、風呂空いたからとっとと入ろ! 瑞葵、先入れよ」
瑞葵「わ、分かった……」
翼は部屋へ戻りかけて、ふと思い出したように振り返った。
翼 「それと、明日は一人で学校行ってくれ!」
瑞葵「えっ! わ、分かった」
驚きながら返事をすると、翼は人差し指を口元に当てて、少しだけいたずらっぽく笑った。
翼 「特別扱いしないと、拗ねちゃう人もいるからさ」
そう言い残して、翼はベランダを後にした。
残された瑞葵は、閉まった引き戸をしばらくぼんやり見つめる。
胸の中には、まださっきの言葉が残っていた。
ここにいたい。
翼と、一緒に生き残りたい。
それが“覚悟”なのかは、まだ分からない。
でも少なくとも、前よりははっきりと、自分の気持ちを掴めた気がした。
夜風がもう一度頬を撫でる。
冷たいはずなのに、なぜか今は少しだけ心地よかった。
次回予告
少しずつでも、変わり始めた瑞葵。
だが、成長の実感とは裏腹に、トレーニングはまだ厳しく続いていく。
そんな中、柚木から告げられる新たな任務。
それは“人探し”ではなく、“捕獲”。
戦闘前提の危険な任務に、車内の空気が張りつめる。
悠喜と夏月が名乗り出る中、待っているだけでは何も変わらないと知った瑞葵は――
瑞葵はついに自分から名乗りをあげる。




