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EP.2-5.5 95点と60点

皆さん、こんにちは!Time Bombです。


本日でGWラスト!

ということで、頑張りました。追加エピソードです!


本当は18時頃の投稿を目指していたのですが、間に合わず少し遅い時間の更新になってしまいました。

それでも、GWラストにどうしてももう1話届けたくて、今回追加で投稿することにしました。


GW中の毎日投稿はさすがにできませんでしたが、なんとか追加エピソードを1話投稿することができて、僕自身とても嬉しいです。


投稿できるかどうかがギリギリまで分からなかったため、活動報告などで事前に告知できずすみません。


今回のエピソードは、EP.2-5のその後を書いた内容になっているため、表記は EP.2-5.5 となっています。

もともと構想にはなかったお話なので、本日書き下ろしの、ほかほかの新作です笑


GW中もたくさんの方に Abyss Trigger ーーSecret Xーー を読んでいただき、本当にありがとうございました。

 瑞葵のトレーニングが終わった直後だった。


 荒く上下していた呼吸が少しずつ落ち着き始めた頃を見計らって、柚木はトレーニング室の隅へ視線を向けた。

 そこには、ミットを床に置き、首にかけたタオルで額の汗を拭っている稔の姿があった。


柚木「お疲れ様。」


 柚木はそう声をかけながら、用意していたタオルとスポーツドリンクを稔に差し出した。


稔 「おう、悪いな。」


 受け取った稔は軽く片手を上げて礼を言う。


 トレーニング後の稔は、相変わらずすさまじい量の汗をかいていた。

 黒いTシャツは体にぴったり張り付き、鍛え上げられた肩や胸、腕の筋肉の輪郭がくっきりと浮き出ている。

 今ここで裾を絞れば、たぶん水滴が落ちるだろう――そんなことが容易に想像できるほど、全身が汗で濡れていた。


 それなのに、不思議と汗臭さがない。


 むしろ運動後特有の不潔な感じがまるでなく、どこか清潔感すら漂っているのだから意味が分からない。


稔 「……なんだよ。じろじろ見て。」


柚木「いえ。学生時代からずっと思ってたんだけど、人一倍汗をかく割に不潔な感じが出ないのが不思議と思って。」


稔 「はっ、そりゃそれなりにケアしてるからな。」


柚木「だったら話が早いわ。少し時間もらえる?」


稔 「マジかよ。せめてシャワー浴びてからじゃダメか?」


柚木「あの子たちは明日も学校なの。のんびり時間を割いてる暇はないわ。」


 柚木はそこで一拍置き、わざとらしく稔の方へ顔を向ける。


柚木「それに、ケアしてるんでしょ? すごくいい匂いしてるし。」


 相変わらず口調は冷たい。

 けれど、稔と話す時だけはその言い方の端々に、ほんの少しだけ砕けた気配が混じる。

 本人はたぶん自覚していないだろうが、長く見ていれば分かる程度には違っていた。


稔 「はいはい。で、話って……瑞葵のことか?」


柚木「ええ。なんだか、少し心変わりでもあったのかと思って。」


稔 「まあな。」


 稔はスポーツドリンクのキャップを開けながら、軽く肩を回した。


稔 「それにしても、お前、今回かなり大胆なことしたよな。」


柚木「黒崎さんにも同じこと言われたわ。」


稔 「何かあったのか?」


 その問いは軽いようでいて、鋭かった。


 稔はこういうところがある。

 長い付き合いだからこそ、相手の僅かな機微にも敏感だ。

 表情がほとんど動かない柚木の、ほんの少しの変化にも気づいてしまう。


 だが、柚木はそれをあっさりと受け流した。


柚木「別に。何でもないわ。」


稔 「そうか。それとも――翼に何かあったのか?」


 その瞬間、柚木の視線がすっと冷たくなる。


柚木「私なりに考えたつもりなんだけどね。」


 温度のない声だった。さすがに稔もまずいと思ったのか、すぐに両手を軽く上げる。


稔 「悪い悪い。変な意味で言ったんじゃねえよ。」


 そう言ってから、少しだけ真面目な顔になる。


稔 「ただ、今までの瑞葵って、どこか“見学者”みたいな空気が抜けてなかっただろ。」


柚木「ええ。確かにね。」


 柚木は短く頷いた。


柚木「瑞葵くんは、自分が何かに巻き込まれた時に翼くんに迷惑がかからないようにって、ずっと稔にお願いしていたものね。」


 その言い方に、稔は少しだけ苦笑した。


稔 「正直、今回の任務だって翼でも河村亜美の説得はできたんじゃねえかって思ってた。」


柚木「稔には敵わないな。」


稔 「まあな――と言いたいところだけど、どんな時も感情を表に出さないお前の方が、俺には敵わないと思うけどな。」


 稔はそう言いながら、受け取ったスポーツドリンクを一口飲んだ。

 冷えた液体が口を通った瞬間、火照った体の内側をひんやりと駆け抜けていく。


 気持ちよさそうに息を吐いたあと、稔は少しだけ目を細めた。


稔 「……少し、重ねちまったのか?」


柚木「まあね。」


 柚木は、今回は否定しなかった。


 そのあっさりした肯定に、逆に稔の方が少しだけ驚く。


稔 「珍しいな。そこ、素直に認めるんだな。」


柚木「別に隠してるつもりはないわ。

   ただ、瑞葵くんを見てると、昔の……あの人を思い出す瞬間があるだけ。」


 稔は一瞬だけ黙った。


 “あの人”という曖昧な呼び方に、あえて突っ込まない。

 冗談めかして流せる話題ではないと分かっているからだ。


稔 「俺からしたら、あんまり納得はいかねえけどな。」


柚木「“ここにいていいのか分からないのに、置いていかれたくなくて必死にしがみつく感じ”が少し似てるのよ。」


 稔はそれ以上茶化さなかった。

 普段なら軽口のひとつでも返してきそうなのに、今は黙って聞いている。


 柚木もそれを見越していたのか、そのまま言葉を続けた。


柚木「翼くんは強すぎるのよ。

   あの年齢で、覚悟も、周りを見る目も、行動力もある。」


柚木「だからこそ、瑞葵くんは翼くんに助けられるたびに、自分だけ置いていかれる気がするんだと思う。」


稔 「で、お前はその差を埋めるために、今回わざと瑞葵を前に出したのか。」


柚木「そうよ。」


 柚木は即答した。


柚木「あの子には一度、“自分の言葉で誰かを動かした”って実感が必要だった。」


柚木「損得でもない。命令でもない。

   ただ、助けたいっていう感情だけで前に出て、その結果として誰かの心を動かしたっていう事実が。」


 稔はしばらく何も言わなかった。


 その沈黙の中に、同意と危うさの両方が混じっているのが分かる。


稔 「危ういやり方だな。」


柚木「分かってるわ。」


稔 「失敗してたら、瑞葵はもっと潰れてたかもしれねえ。」


柚木「ええ。だから黒崎さんにも大胆だって言われた。」


 それでも、やる必要があった。


 柚木の表情はそう言っていた。


 稔はボトルをもう一口飲んでから、ゆっくりと言葉を選ぶように口を開いた。


稔 「でも――成功した。」


柚木「……ええ。」


稔 「だったら今回は、お前の勝ちだな。」


柚木「何よ、それ。」


稔 「俺なら、たぶん止めてた。」


 率直な言葉だった。


 柚木はそれを聞いて、少しだけ目を細める。


柚木「稔は守るのが上手いもの。」


稔 「お前は、突き落としてでも覚えさせるタイプだろ。」


柚木「嫌な言い方ね。」


稔 「でも、それで救われるやつもいる。」


 トレーニング室の扉の向こうから、微かに声が聞こえた。

 たぶん着替えを終えた子どもたちが戻ってくる頃なのだろう。だが、二人はまだその場を離れない。


 稔はボトルの残りを飲みきると、空になったそれを片手で弄びながら言った。


稔 「そういや、黒崎から点数の話も出たんだろ。」


柚木「ええ。今回の任務を点数でつけるなら何点かって。」


稔 「なるほどな。ちなみにお前は?」


柚木「95点。」


稔 「甘いな。」


 即答だった。


 柚木は眉ひとつ動かさない。


柚木「瑞葵くんは頑張ってくれたと思うわ。」


柚木「河村亜美さんが心を動かされたのは、瑞葵くんが必死に彼女を助けたから。

   あの場で、あの形で彼女に届いたのは瑞葵くんだけだったと思う。」


稔 「それはそうだな。」


 稔はあっさり肯定した。


 だが、その顔つきはまだ厳しいままだった。


稔 「けど、点数って意味なら俺はせいぜい六十点だ。」


柚木「随分辛いのね。」


稔 「当たり前だろ。今回はたまたま生き残っただけだ。」


 柚木は口を挟まない。

 ただ、次の言葉を待つ。


稔 「河村亜美の心を動かした。そこは確かに瑞葵にしかできなかったことだ。

   けど、あいつ自身は何回も死にかけてる。」


稔 「一歩間違えば終わってた場面がいくつあった?

   背中を打って、囲まれて、首まで絞められた。」


稔 「結果が良かったから高評価ってのは、俺は少し怖いな。」


柚木「……」


稔 「俺は教える側だ。

   “正しかったか”じゃなく、“次も帰って来られるか”で見る。」


 その言い方には、単なる厳しさ以上のものがあった。

 何人も見てきた人間だけが持つ、現実の重さ。


 柚木は静かに問い返す。


柚木「それでも、見込みはあるんでしょう?」


 稔は少しだけ笑った。


稔 「ある。」


 その一言だけ、柔らかかった。


稔 「怖がってるくせに前に出た。

   一昨日の瑞葵は、最初にここへ来た頃とは別人だ。」


稔 「まだ脆い。だが、自分が変わらなきゃいけないってことだけは分かり始めてる。」


柚木「ええ。だから95点なのよ。」


稔 「期待点込みか?」


柚木「半分はね。」


 柚木は壁にもたれたまま、ほんの少しだけ視線を落とす。


柚木「残りの半分は、あの子が“助けたい”って感情で前に出たこと。」


柚木「命令でもなく、評価のためでもなく、自分の意志で誰かを助けようとした。

   あれは大きいわ。」


 稔はしばらく黙っていたが、やがて低い声で言った。


稔 「ほどほどにな、柚木。」


柚木「何が?」


稔 「瑞葵ばっかり気にかけてると、もっと孤独になるぞ。」


 柚木は少しだけ目を上げる。


稔 「目の前に潰れそうなやつがいりゃ、そっちに視線が行くのは分かる。

   でも、そうやって一人にばっか手をかけてると、周りが勝手に距離を取る。」


柚木「……分かってる。」


稔 「本当にか?」


 稔は軽く肩を回したあと、少し真面目な顔になった。


稔 「瑞葵ばっかり見てると、本当に周りが見えなくなるぞ。」


柚木「翼くんのこと?」


稔 「翼もそうだし、悠喜も夏月もだ。」


稔 「あいつら三人はもう、“瑞葵をどう見るか”って段階に入ってる。

   それ自体は悪くねえ。むしろいいことだ。」


稔 「けど、それはチームの空気が変わるってことでもある。」


 柚木は黙って聞いていた。


 稔の言葉はいつも荒っぽい。

 だが、その中にある観察眼は驚くほど鋭い。


稔 「特に翼だ。」


 その名前が出た時、柚木の表情がわずかに引き締まる。


稔 「あいつ、自分が支える側だって無意識に決めてる節がある。」


柚木「ええ。」


 否定はしない。


 それは柚木自身も、ずっと前から感じていたことだった。


稔 「それ自体は悪くねえ。

   けど、支えることに慣れすぎると、今度は自分が折れる。」


 柚木の表情が、ほんの少しだけ硬くなる。


柚木「分かってる。」


稔 「ならいい。」


 稔は空になったボトルを軽く振り、もう一度肩を回した。


稔 「とりあえず、瑞葵はしばらく俺が見てやる。

   今日の感じなら、まだ壊れない。」


柚木「お願いね。」


稔 「その代わり、お前は翼を見とけ。」


 柚木は少しだけ意外そうな顔をした。


稔 「強いやつほど、限界を顔に出さないからな。」


 扉の向こうで、今度ははっきりと足音が近づいてきた。


 稔はそこで、いつもの調子に戻ったように軽く笑う。


稔 「さて、先生の真面目な話はここまでだ。」


柚木「最初から最後まで真面目だったくせに。」


稔 「うるせえな。」


 その時、トレーニング室の扉が開いた。


 入ってきたのは悠喜と夏月だった。


悠喜「稔さん! お疲れ様です!」


稔 「おう! 悠喜も夏月もお疲れ!」


夏月「お疲れ様。」


 悠喜は相変わらず元気が良く、夏月は相変わらず涼しい顔をしている。

 けれど、その二人の視線が一瞬だけ柚木と稔の間を横切ったことを、柚木は見逃さなかった。


柚木「翼くんと瑞葵くんは?」


夏月「瑞葵はまだシャワー。終わるの遅かったし。

   翼はたぶん、瑞葵を待ってる。」


 その一言に、柚木はほんの僅かに目を細める。


柚木「そう。分かったわ。

   二人は先に車に戻ってて。晴翔くんが待機してるから。お弁当も先に食べてて。」


夏月「分かりました。」


悠喜「稔さん、また俺とトレーニングしてくれよ。」


稔 「おう、またな。」


 悠喜は満足そうに笑い、夏月と一緒にトレーニング室を出ていく。


 その背中を見送ってから、柚木も小さく息を吐いた。


柚木「じゃあ、私もそろそろ行くわね。

   ちゃんとシャワー浴びなさいよ。汗でベタついてそうだから。」


稔 「誰のせいだよ。」


 そう言いながらも、稔は少し笑っていた。


稔 「ま、また相談乗るからな。」


 柚木はそれに軽く手を振るだけで返し、トレーニング室を後にした。


   *


 シャワー室の扉が開き、瑞葵がようやく外へ出てきた。


 湿った髪からはまだ水滴が落ちていて、顔にはトレーニングの疲れが色濃く残っている。

 けれど、先ほどまでの張りつめた感じは少しだけ薄れていた。


翼 「お疲れ」


 壁際に寄りかかるようにして待っていた翼が、いつもの調子で声をかける。


瑞葵「お疲れ様……。悠喜と夏月は?」


翼 「先に行ったよ。早く帰ろう。」


瑞葵「うん……」


 “待ってたよ”とは言わない。

 そこをあえて口にしないところが、翼らしいと思う。


 必要以上に優しさを見せつけない。けれど、気づけばちゃんと隣にいてくれる。瑞葵にとっては、その距離感が何よりありがたかった。


 並んで廊下を歩きながら、瑞葵はちらりと翼を見た。


瑞葵(翼に……聞いてみたい……)


 トレーニングの最中から、ずっと頭の奥に引っかかっている言葉がある。


 覚悟。

 仲間が死ぬかもしれないことを受け入れる覚悟。

 ここにいる理由。

 そして、自分に足りないもの。


 それらが頭の中でぐちゃぐちゃに絡まり合っている。

 まだ自分でも整理できていない。なのに、なぜか翼にだけは聞いてみたいと思ってしまう。


 その感情が何なのか、瑞葵自身もまだ分かっていなかった。


 ただ、ひとつだけは確かだった。


 想いと覚悟のようなものが、自分の中で少しずつ芽生え始めている。

次回予告


覚悟の意味を知った夜。

瑞葵は、翼にだけは聞いてみたかったことを口にする。

怖くないのか。

ここにいていいのか。

一人では踏み出せないその問いに、翼は静かに答えていく。


そして瑞葵は初めて、自分の中に芽生えた“ここにいたい”という願いに触れる――。

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