EP.2-5 受け入れる覚悟
皆さん、こんにちは!Time Bombです!
4月もたくさんの方に Abyss Trigger ーーSecret Xーー を読んでいただき、本当に感謝の気持ちでいっぱいです。
早いもので、今回の投稿で20エピソード目になります。
私自身も「もうこんなに投稿していたのか」と驚いています。
それと同時に、「完結まで合計何エピソードになるんだろう」と思うこともあります。
少なくとも100は軽く超える見込みです笑
完結までは、まだまだ長いです。
普段の僕なら、先の見えないゴールに心が折れてしまうことも多いのですが、不思議と今は違います。
瑞葵たちの未来と成長が、まだまだ終わらないこと。
そして、それを決めるのが僕自身だということ。
僕が執筆することで、新しい瑞葵たちが生まれていくことに、今はワクワクが止まりません。
今、瑞葵たちを応援してくださっている読者の皆さんにも、そしてこれから瑞葵たちに出会う読者の皆さんにも、完結まで見届けたいと思ってもらえるような作品にしていけるよう、今後も頑張っていきます。
ぜひ5月も、瑞葵たちの応援をどうぞよろしくお願いします!
チャイムが鳴り、最後の授業が終わった。
――ここからだ。
瑞葵は椅子から立ち上がりながら、胸の奥に溜まる重たい感覚を誤魔化すように小さく息を吐いた。
放課後は、いつも通りトレーニング。
分かっている。
もうそれが日常になりつつあることも、頭では理解している。
それなのに今日は、やけに体が強張っていた。
理由はひとつ。
今日の講師は、稔。
その名前を思い浮かべただけで、無意識に背筋が伸びる。
一昨日の任務。
自分の動き。
迷い、怯え、何もできないままボコボコにされた姿。
――全部、見られている。
稔は、現場を知らない指導者じゃない。
映像も、報告も、きっとすでに確認しているはずだ。
どんな言葉を投げられるのか。
それを想像するだけで、喉の奥がひりついた。
瑞葵は拳を握りしめた。
瑞葵(逃げるわけには……いかない)
だが、意外にも稔は任務について何も言ってこなかった。
稔 「それじゃあ、今日も基礎から始めるか」
瑞葵「は、はい」
稔 「今日も俺が敵として瑞葵を攻撃する。瑞葵は自分のタイミングで俺に攻撃してこい」
瑞葵「はい……」
瑞葵は稔から視線を逸らさないように、じり、と後ろへ下がる。
足の裏に神経を集中させ、肩を落とさず、相手の出方を待つ。
瑞葵(来る……)
しかし、稔は動かない。
瑞葵(……あれ?)
構えたまま、しばらく稔を警戒する。
だが、相手は微動だにしなかった。
瑞葵(どれくらい経ったんだ……?)
ほんの数秒かもしれない。
それなのに、妙に長く感じる。
瑞葵はふと、時計を見そうになった。
いや、それはダメだ、と頭で思う。
視線を外したら終わりだ。そう分かっていたはずなのに、次の瞬間――
瑞葵「はっ――うわ!」
目の前に、稔がいた。
距離は数センチ。
気づいた時には足を払われ、瑞葵の視界には天井が映っていた。
瑞葵「いっっっ……!」
背中から走る激痛が、全身に広がる。
一昨日の任務で打ちつけた場所に、まるで同じ痛みが重なったようだった。
息が詰まる。
起き上がることもできない。
だが、稔は待ってくれなかった。
すぐさま瑞葵の腹部へ向けてストレートを打ち込もうとする。
瑞葵は咄嗟にその腕を掴んだ。
けれど、体格差で敵うわけがない。
止めたはずの拳が、そのまま自分の腹へ落ちてくる。
瑞葵(ダ、ダメだ!)
瑞葵は目をぎゅっと閉じ、歯を食いしばる。
痛みが来るのを堪えようと全身に力を入れる。
……だが、腹には何の接触もなかった。
恐る恐る目を開けると、稔の拳はまたギリギリのところで止まっていた。
稔 「流石に、腹部痛めてる奴に全力ではいけないよ」
そう言ってから、稔は瑞葵の腹に軽く拳を入れた。
瑞葵「ぅ……!」
稔にとっては手加減した、生温いパンチなのだろう。
それでも瑞葵にとっては十分すぎる痛みだった。
吐き気を堪えながら体を丸める。
稔 「今、完全に油断しただろ」
瑞葵「!」
稔 「その油断は命取りにもなるんだ」
瑞葵は、ふと一昨日の任務を思い出す。
瑞葵(あの時も……そうだった)
不良に絡まれた河村亜美を救おうと交渉した時。
言葉が届くかもしれないと一瞬思った、その隙を突かれて背中を強打した。
稔 「敵は、優しく間をくれたりしない」
瑞葵は思わず息を呑んだ。
稔 「一昨日もそうだったな」
責めるような口調ではない。
ただ、事実をそのまま置いただけの声音。
稔 「殴られる前に考えて、殴られてから動いてた」
瑞葵「……」
稔 「怖いのは分かる。だがな」
稔は初めて一歩、瑞葵に近づいた。
稔 「“待つ”ってのは、防御じゃない」
距離が詰まる。
自然と喉が鳴った。
稔 「それは――判断を放棄してるだけだ」
その言葉が胸に刺さる。
瑞葵は腹を押さえながら、歯を食いしばって立ち上がった。
稔 (自分で立ち上がるか)
稔 (一昨日の任務で、少しは意識が変わったか)
稔はほんのわずかに驚いたような顔をした。
だがその奥には、かすかに喜びの色も見えた。
稔 「まだやるか?」
瑞葵「はい! お願いします!」
稔 「よし、いい――」
瑞葵は最後まで言葉を聞かずに突進した。
が、あっけなく捕まる。
瑞葵「うわ!」
稔 「まだまだだな」
背後から軽く捌かれただけで、体が浮くように崩れる。
稔 「奇襲としては少し良かったが、スピードも足りないしパワーも足りない」
瑞葵「う……」
稔 「一回座って話そう」
稔はゆっくり瑞葵を解放し、少しだけ間を置いてから言った。
稔 「瑞葵、お前は優しすぎる」
その一言に、瑞葵は顔を上げる。
稔 「俺に攻撃する時も少し躊躇してるだろ?」
瑞葵「う……」
稔 「あのなぁ、大の大人の俺が中学生のお前に、トレーニングと称して思いっきりストレート打ってるんだぞ。少しくらいやり返してもバチは当たらないと思わないのか?」
瑞葵「うーん……す、すみません……」
稔 「謝るな」
稔は短くそう言ってから、改めて真正面から瑞葵を見る。
稔 「瑞葵。お前は優しい。
それは武器にもなるし、致命傷にもなる」
瑞葵「はい……」
稔 「河村亜美の時もそうだ。
お前は“正しいこと”をした」
瑞葵は息を止めた。
稔 「でもな――それで死ぬなら、正しさに意味はあるのか?」
その問いに、瑞葵は何も返せなかった。
答えたいのに、答えられない。
“正しいことをしたい”という気持ちは確かにある。
けれど、それが本当に誰かを守ることに繋がるのかと問われると、自信がなかった。
稔 「前も言ったことだが、強さを勘違いするな」
任務前のトレーニングで言われた言葉が蘇る。
稔 「こないだの任務は、翼に助けてもらったんだろ?」
瑞葵「はい……」
稔 「どうだった?」
瑞葵「翼の足を引っ張ってしまったと……思いました」
稔 「それはなんでだと思う?」
瑞葵「僕が……弱いから……です」
稔 「まあ、大元を辿るとそうだな」
あっさり肯定され、瑞葵は少し肩を落とした。
だが稔はそこで終わらない。
稔 「他には?」
瑞葵「それと……すごい怖かったです……」
稔 「何がだ?」
瑞葵「首を絞められて……意識が遠のく感じが……。
本当に……死ぬかもしれないって思って……」
稔 「なるほどな……」
稔は否定しなかった。
そのことに少しだけ救われる。
瑞葵「翼と……任務前日に、ご飯に行ったんです」
稔 「……ああ」
瑞葵「僕は……翼に色々支えてもらってることと、いつも僕に優しくしてくれることを改めて感じて……。この任務だけは絶対、翼の足を引っ張りたくないと思ったんです。でも……」
言葉が詰まる。
悔しさと情けなさで喉が苦しくなる。
瑞葵「僕には……覚悟が足りなかったんだと思います……」
そう言い切った瞬間、瑞葵は拳をぎゅっと握った。
掌に爪が食い込む。
それでも足りないくらい、悔しかった。
翼は任務が成功したことを喜んでくれた。
背中を押してくれた。
でも、大事なのは結果だけじゃない。
過程だ。
一昨日、自分はもしかしたら本当に命を落としていたかもしれない。
その現実が、今さらになって重くのしかかる。
稔 「瑞葵!」
瑞葵「はい」
稔 「確かに、覚悟も足りなかったのかもな。
西横が現場ってこともあって、あの異様な空気に呑まれてた感じも否定できない」
瑞葵「……」
稔 「だけどな、瑞葵」
稔の声が低くなる。
稔 「お前は、覚悟の意味を勘違いしている」
瑞葵「え?」
稔 「瑞葵にとっての覚悟ってなんだ?」
瑞葵「僕の……ですか……」
稔 「ああ」
瑞葵は俯いた。
浮かんでくるのは、顔がぼやけた母の姿だった。
今でも思う。
もしここより良い待遇があるからおいでと言われたら、自分は迷わずそっちを選ぶのだろうと。
瑞葵「ここで生きていく覚悟が足りないと思います」
稔 「そうか……」
瑞葵「早くお母さんに迎えに来て欲しい。それだけなんです」
瑞葵「翼たちはここにいる理由があると思うんです。
でも、僕には分からないんです」
それは、ずっと胸の奥にあった本音だった。
翼には翼の理由がある。
悠喜にも夏月にも、きっとここにしがみつく理由がある。
でも自分は違う。
ここじゃなくてもいい場所があるなら、そっちに行きたいと思ってしまう。
そう思う自分が、どこか後ろめたかった。
稔 「正直に話してくれてありがとな」
稔はすぐに否定しなかった。
稔 「確かに、お前の覚悟も間違いじゃない。
だけどな、このままじゃいつまで経ってもお前は変わらないぞ」
瑞葵「……」
稔 「ここにいる以上、持っておいてほしい覚悟があるんだ」
瑞葵「持っておいてほしい……?」
稔 「そうだ。任務によっては命を落とす危険もある」
瑞葵「……死ぬ覚悟ですか?」
稔 「違う!」
その一言が鋭く響く。
稔 「自分が死ぬ覚悟じゃない」
稔はまっすぐ瑞葵を見据えた。
稔 「仲間が死ぬかもしれないことを、受け入れる覚悟だ」
瑞葵「………」
その言葉が、心臓に直接落ちたような気がした。
ドクン、と大きく脈打つ。
血の音が耳の奥まで響いてくる。
仲間が、死ぬかもしれない。
考えたこともなかった。
いや、考えないようにしていたのかもしれない。
稔 「悠喜も夏月も、お前を嫌ってるわけじゃない」
瑞葵は顔を上げた。
稔 「お前が一番最初に死ぬって分かってるから、距離を取ってるだけだ」
瑞葵「……!」
言葉を失う。
稔 「それは優しさだ。
だが、同時に恐怖でもある」
瑞葵は何も言えなかった。
嫌われているんじゃないか。
そう思っていた。
でも本当は違った。
自分が弱いから。
自分が危ういから。
だから近づけない。
それは嫌悪よりも、もっと生々しくて重い感情だった。
稔 「瑞葵が残るか、消えるかは知らん」
その言い方は冷たいはずなのに、不思議と突き放された感じはしなかった。
ただ事実として置かれた言葉だった。
稔 「だがな、次の任務で“迷いながら前に出る”なら俺はお前を止める」
瑞葵「……」
稔 「迷うなら引け。出るなら、最後まで出ろ」
瑞葵の中で、何かがぐちゃぐちゃにこんがらがっていく。
ここで生きていく理由。
仲間が死ぬかもしれないこと。
嫌われているんじゃなくて、恐れられていたこと。
それでも前に出るのか。引くのか。
答えは、まだ出ない。
その様子を見た稔は、再びミットを持ち出して構えた。
稔 「いいぜ。言葉に出ないなら、体で表現でもしろ!」
瑞葵「お願いします!」
瑞葵は拳を強く握りしめ、ミットに向かって思いきりパンチを打ち込んだ。
バシン、と音が鳴る。
腕が痛い。
肩も腹も背中も痛い。
でも、それでも出さなければならない何かが、今の瑞葵にはあった。
*
そんな瑞葵を、少し離れた場所から悠喜は見ていた。
翼 「……やっぱり気になるのか?」
悠喜「別に」
そう言いながらも、悠喜の視線は一度も瑞葵から外れない。
翼は何も言わず、スポーツドリンクの入った水筒を差し出した。
悠喜はそれを受け取るが、すぐには口をつけなかった。
悠喜「……あいつ、死にかけてたか?」
低い声だった。
ぶっきらぼうで、怒っているようにも聞こえる。
翼「……」
悠喜「それだけ教えろ」
翼は少しだけ瑞葵へ視線を向け、それから静かに答えた。
翼 「反応は遅かった。正直、危なかったな」
悠喜「やっぱりな」
悠喜は目を細めた。
予想していた答えだったのだろう。
けれど、実際にそうだと聞かされると、胸の奥に嫌なものが沈む。
夏月「今日、体の痣見たけど……結構ひどかった」
夏月も、訓練の方を見たまま呟いた。
翼 「でもな」
翼のその一言に、悠喜が鋭く睨む。
翼 「一昨日の任務は、瑞葵じゃなきゃ無理だった」
悠喜「そういう話してんじゃねえ」
声が少しだけ低くなる。
悠喜「任務は結果だけじゃねえだろ。過程もだ」
翼 「分かってる」
悠喜「俺はな……」
一拍置いてから、悠喜は吐き出すように言った。
悠喜「目の前で仲間が死ぬのは、ごめんだ」
その言葉に、翼の表情がわずかに変わる。
悠喜の怒りの奥にあるものが、翼には分かっていた。
それは単なる苛立ちじゃない。
恐怖だ。
もし目の前で仲間が倒れたら。
もし助けられなかったら。
そんな未来を見たくないから、近づかない。
それは弱さでもあるが、同時に本気で仲間を見ている証拠でもあった。
翼 「だから俺が見る」
翼はまっすぐに言った。
翼 「瑞葵は、俺が育てる」
その声には迷いがなかった。
悠喜は黙る。
夏月は二人の顔を見比べ、小さく息を吐いた。
夏月「……分かった」
パチン、と軽く手を叩く。
夏月「瑞葵のことは、翼に任せる。私たちはもう何も言わない」
悠喜「はぁ……」
悠喜はようやく水筒を口に運ぶ。
一気に飲み込んでから、ぶっきらぼうに言った。
悠喜「言わねえだけだ。忠告はする」
翼 「分かってる」
悠喜「中途半端な覚悟が、一番危険なんだ」
翼 「ああ」
三人は揃って瑞葵の方を見る。
ミットに向かって、何度も不格好に拳を打ち込む瑞葵。
痛みも、迷いも、全部抱えたまま、それでも前へ出ようとしている姿。
その背中に向ける視線は、三人とも同じだった。
まだ未熟で、危なっかしくて、見ていて不安になる。
けれど、だからこそ、目を逸らせない。
仲間として見るのか。
距離を置いたままにするのか。
その答えを、三人もまだ探している途中だった。
次回予告
覚悟の意味を知った夜。
瑞葵は、翼にだけは聞いてみたかったことを口にする。
怖くないのか。
ここにいていいのか。
一人では踏み出せないその問いに、翼は静かに答えていく。
そして瑞葵は初めて、自分の中に芽生えた“ここにいたい”という願いに触れる――。




