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EP.2-3 仮面の朝

皆さん、こんにちは!Time Bombです。


今回は、活動報告で近況をお話ししたので、こちらでは執筆の進捗について少しお話ししたいと思います。


現在、EP.3-5を執筆中です。

EP.3はもともとある程度構想ができていたこともあり、自分でも驚くほどのペースで仕上がっています笑


内容についてはまだ伏せておきたいのでここではお話しできませんが、早く皆さんにお届けしたい気持ちでいっぱいです!


何とか週1更新を保てるように、EP.2が完結するまでにEP.3も仕上げられるよう頑張っていきます!


たくさんの方に Abyss Trigger ーーSecret Xーー を読んでいただけることが、今の私の力になり、生きがいにもなっています。


読者の皆様、本当にありがとうございます。

今後とも、どうぞ瑞葵たちの応援をよろしくお願いします。

瑞葵「……はあ……」


 瑞葵は、ゆっくりと目を開けた。


 ――また、あの夢だ。


 黒い海に沈んでいく感覚。

 息ができなくて、声も出せなくて、ただ深いところへ引きずり込まれていく夢。


 目覚めたはずなのに、まだ胸の奥にその冷たさが残っている気がして、瑞葵はしばらく天井を見つめたまま動けなかった。


瑞葵(……昨日は見なかったのに)


 少しだけ、もう見なくて済むのかもしれないと期待していた。

 昨日の夜は任務の疲れもあって、夢を見る余裕なんてないまま眠りに落ちた。だからこそ、今朝のこの感覚が余計に胸に引っかかる。


瑞葵(僕、この先……あの夢から解放されるのかな……)


 考えたところで答えなんて出ない。

 そう分かっていても、寝起きの頭はどうしても悪い方へ引っ張られてしまう。


 ピピピ……と、スマホの目覚ましが鳴った。


 瑞葵は慌ててアラームを止め、そっと隣を見た。


 悠喜は大口を開けたまま、気持ちよさそうにいびきをかいている。

 よほど深く眠っているのか、さっきのアラームにもまったく反応しない。


瑞葵(起こしたら……絶対めんどくさい)


 そう思い、瑞葵はそっとベッドを抜け出した。

 枕元に置いていたポーチ一式を手に取り、足音を殺しながら洗面所へ向かう。


 鏡の中には、まだ赤く腫れた自分の顔が映っていた。


 昨日よりは少し引いている。けれど、隠さずに学校へ行ける状態では到底ない。

 頬の内側から熱を持ったような赤みが残り、よく見れば口元にも薄く痣が滲んでいる。


 それを見た瞬間、胸の奥がすうっと空いたような感覚と、それでも前へ進まなきゃいけないという妙な覚悟が同時に湧いてきた。


瑞葵(……始めないと)


 昨日は稔が別の任務で不在だった。

 本来ならトレーニングの時間に顔を合わせていたはずだが、その代わり、トレーニング前のわずかな時間で柚木がこのやり方を教えてくれた。


柚木「完璧に消さなくていい。でも、学校では目立たない方がいいわ」


 そう言って、柚木は必要な手順だけを淡々と伝えた。

 優しく励ますでもなく、変に気遣うでもなく、ただ「必要だからやる」という温度。

 けれど今の瑞葵には、その距離感がちょうどよかった。


 瑞葵はまず化粧水と乳液を手に取り、顔になじませる。

 傷に触れた瞬間、ぴりっと染みて思わず顔をしかめた。


瑞葵「っ……」


 小さく息を吐く。

 次に、教わった通りにファンデーションを取って頬へ広げる。

 腫れた肌が、少しずつ地の色に近づいていく。


瑞葵 (すごい……)


 それだけで、殴られた痕はほとんど目立たなくなった。

 さらにコンシーラーとフェイスパウダーを重ねると、鏡の中の顔はもう“普通の中学生”に見えた。


瑞葵 (………)


 すごいと思う反面、どこか胸の奥がざわつく。

 一昨日の任務も、昨日の痛みも、全部なかったことにしてしまうような感覚があった。


 痣も恐怖も消えたわけじゃない。

 ただ見えなくしただけだ。


 それなのに、鏡の中の自分だけは何事もなかったような顔をしている。


 瑞葵はメイクが崩れないよう気をつけながら服を脱いだ。

 腹部に残る青紫の痣にそっと触れる。


 ピリッと痛みが走る。


瑞葵(……まだ、ここにある)


 その痛みが、なぜか少しだけ瑞葵の背中を押した。

 顔は隠せても、体に残った痛みまでは消せない。

 それが逆に、自分が確かにあの場にいたという証拠みたいに思えた。


 ――ガチャ。


 突然、洗面所の扉が開いた。


夏月「ちょっと!」


瑞葵「あ……ご、ごめん……!」


 反射的に振り向くと、そこには夏月が立っていた。

 寝起きのはずなのに、いつも通り整った顔で、しかし目だけは露骨に嫌そうに細められている。


夏月「起きたらいないと思ったら、いきなり裸見せられるとか最悪なんだけど」


瑞葵「下は着てるよ……」


夏月「そういう問題じゃない!」


瑞葵「……ごめん。でも夏月も、早いね」


夏月「花積みに起きたの」


瑞葵「……庭、あったっけ?」


夏月「もういい!」


瑞葵「ごめん……」


 服を着ようとした瑞葵の腕を、夏月が止めた。


夏月「……ちょっと、待ちなさい」


瑞葵「え……?」


夏月「背中も痣すごいし……前だって、腹筋のとこ……」


瑞葵「あ……でも今日は体育ないし……」


夏月「何が起こるか分からないでしょ! ただでさえ、私たちの学校はお堅い生徒の固まりなんだから!」


 夏月の言う通りだった。

 あの学校では、ちょっとした乱れや違和感も人の記憶に残る。

 何気ない視線の積み重ねが、あとで面倒な形になることもある。


瑞葵「……分かった」


夏月「そういうところ含めて、瑞葵は意識が低いの!」


瑞葵「ごめん……でも……後ろは手、届かないし……」


夏月「……はぁ」


 夏月は短く息を吐いた。

 呆れたような、仕方ないと諦めたようなため息。


夏月「もう目、覚めちゃったから。特別に、私がやってあげる」


瑞葵「えっ、いいよ……さすがに」


夏月「いいから。前、向きなさい」


瑞葵「……はい」


夏月「明日からは悠喜か晴翔さんに頼みなさいよね」


瑞葵「……分かった」


 夏月はそれ以上何も言わず、背中の痣にそっとコンシーラーを重ねた。

 指先は思ったより丁寧で、痛まないよう気を使っているのが分かる。


 瑞葵は何も言えなかった。

 こうして手を貸してくれると思っていなかったからだ。


 夏月は口ではきつい。

 けれど、今の手つきには少なくとも突き放すような冷たさはなかった。


   *


 服を着終え、二人で静かに洗面所を出る。


 リビングの方から、食器の音が聞こえてきた。


翼 「起きたか」


夏月「おはよう、翼」


翼 「珍しい組み合わせだな」


夏月「たまたま」


 テーブルには、すでに簡単な朝食が並んでいた。

 トースト、サラダ、スクランブルエッグ。いつも通りの朝食なのに、こうして任務明けの朝に見ると、やけに“普通”に見えて不思議だった。


 悠喜は椅子に座り、スマホを片手にパンをかじっていた。

 こちらを見もしない。


柚木「おはよう。夏月ちゃん、瑞葵くん」


夏月、瑞葵「おはようございます」


翼 「今日は学校だな」


瑞葵「うん……」


悠喜「……」


 一瞬、空気が止まる。


 悠喜の無言には相変わらず慣れない。

 責められているわけじゃない。けれど、受け入れられてもいない。そんな曖昧な距離が、瑞葵の胸に薄い痛みを残す。


 翼はそれを気にするでもなく、牛乳を一口飲んだ。


翼 「昨日の疲れ、まだ残ってるだろ」


瑞葵「……少し」


翼 「無理するなよ」


瑞葵「うん」


悠喜「……」


 悠喜は何も言わず、残りのパンを口に押し込み、牛乳で流し込んだ。


悠喜「先、行く」


 それだけ言って立ち上がる。


瑞葵「……」


晴翔「今日は一段と朝早いな」


翼 「起きるまでが遅いですけどね」


 軽口に見えて、こういうやり取りがあるだけで少し救われる。

 瑞葵は悠喜の後ろ姿を見送りながら、やっぱり心の距離はまだ遠いなと感じた。


夏月「……行こ」


瑞葵「え?」


 夏月も立ち上がる。

 彼女の皿の上はもう綺麗に空になっていた。


翼 「瑞葵、置いてかれるぞ」


瑞葵「……あ、うん」


 瑞葵は急いで残りの朝食を口に運んだ。


   *


夏月「今日は先行く」


 瑞葵が身支度を終えて部屋に戻ると、翼と夏月が話していた。

 夏月は部屋を出る直前、翼に向かって少しだけ拗ねたような顔をする。


夏月「帰りは一緒に帰ってよね」


 それだけ言って、さっさと出ていった。


 翼はやれやれ、と少し困ったような顔をしてから瑞葵を見る。


翼 「そろそろ学校に行くか」


瑞葵「うん」


 翼に声をかけられ、二人で駅まで歩く。


 普段なら四人で登校する。

 とはいえ実際には三対一、みたいな空気になることが多い。

 今日は悠喜が先に出て、夏月も空気を読んで早めに行ったせいで、珍しく翼と二人きりになった。


 任務でも何度か二人で動いてきた。

 そのせいか、瑞葵は翼に対してだけは少しずつ心を開けるようになっていた。


翼 「はぁ、こんなに天気が良いと眠くなるな」


瑞葵「翼はタフだよね。昨日もいつも通りトレーニングこなしてて」


翼 「まあ、これは経験だよ。場数を踏めば慣れるよ」


瑞葵「そうかな……。翼を見てると、とても自分は追いつけないって思っちゃうよ」


翼 「まあ、追い越すのは無理でも、悠喜たちと同じ土俵には立てるさ」


瑞葵「まだまだ……頑張らないとね……」


翼 「でも、成績は悠喜に勝ってるじゃん」


瑞葵「それ言ったら悠喜、ブチ切れそう」


翼 「うん、確実に」


 翼は楽しそうに笑った。


翼 「でも先週の学力テストの点数を改ざんするために、学校残って試行錯誤してた姿はちょっと笑ったな」


瑞葵「確か講師にすぐバレたんだっけ?」


翼 「うん。点数しか直してなくて、肝心な問題の解答直してないんだもん」


瑞葵「悠喜も抜けてるんだね」


翼 「まあ、あいつは任務一本だからな」


 そんな話をしているうちに、駅の改札へ着いてしまった。


翼 「それじゃあ、また学校でな」


瑞葵「うん……」


 改札をくぐると、翼は先頭車両へ、瑞葵は最後尾車両へ向かった。

 これも組織のルールだ。


 学校では、四人の正体は誰にも知られていない。

 教師にも、校長にも。

 四人それぞれに家族がいる設定があり、入学式や三者面談で保護者が必要な時は、組織が用意した人間が出席する。


 仮の名字も、その場その場で変わることがある。

 学校では翼は羽吹翼。悠喜は巽悠喜。夏月は福本夏月。

 だが任務では別の名前を使うことも珍しくない。


 そして、もうひとつ。

 学校ではそれぞれ違うグループに属すること。

 つまり、校内では翼たちとの接触は極力控えなければならない。


 Secret Xの情報漏洩を防ぐため。

 それが理由だ。


 だから改札で別々の車両へ向かったのも、学校の最寄り駅からは他人のふりをするためだった。


 通学時間の電車はいつも混んでいる。

 息苦しいと感じる人の方が多いのかもしれない。

 けれど、瑞葵は少し違った。


 人が多いと、自分も周囲に溶け込めている気がする。

 ただの中学生の一人として、どこにでもいる子どもに戻れたような錯覚があった。


 ――いつもの瑞葵なら。


 だけど今日は違う。


 昨日の任務で、何かが変わってしまった。


 はっきりと言葉にはできない。

 けれど確かに、昨日までと同じではいられないような感覚が残っている。


 学校まであと一駅。


 窓にうっすら映る自分を見つめながら、瑞葵はその違和感に気づかないふりをした。

次回予告

傷を隠すためのメイク。

学校で生きるための笑顔。

気づかないうちに、瑞葵もまた仮面をかぶり始めていた。

けれど翼、悠喜、夏月のように、それを自然に演じることはまだできない。

“普通の中学生”を演じる日常の先で、瑞葵を待つのは容赦のない現実だった――。

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