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EP.2-2 弱さの価値

皆さん、こんにちは!Time Bombです!


4月もまだ始まったばかりですが、たくさんの方に読んでいただき本当にありがとうございます。


4月から新生活が始まり、新しく環境が変わった読者の方もいらっしゃると思います。

そんな中で、僕の作品 Abyss Trigger ーーSecret Xーー が毎週の楽しみのひとつになれていたら、とても嬉しいです。


もちろん、日頃から読んでくださっている皆様全員に感謝していますし、瑞葵たちの頑張りが少しでも読者の皆様の背中を押す存在になれていたら嬉しいなと思っています。


そして今回のエピソードは、EP.1-0と同じく任務の報告編です。

個人的には、柚木と晴翔のやり取りを書くのがとても楽しく、二人の成長や良さをどう出していくか、色々と試行錯誤しながら書いています。


EP.2はまだ始まったばかりです!

今後の展開も、ぜひ楽しみにしていてください!

柚木「以上が今回の任務の報告です」


 会議室の前方に設置された大型モニターが暗転する。

 最後まで流れていたのは、瑞葵たちが昨夜行った任務の編集映像だった。


 西横の路地。

 不良たちに囲まれる河村亜美。

 ボコボコにされながらも彼女を庇う瑞葵。

 そして最後に、彼女を説得して家へ帰らせるまでの一連の流れ。


 その映像をまとめたのは晴翔だった。


 任務報告では、実際のカメラ映像を使うのが基本だ。

 誰がどの場面でどう動いたか。何を判断し、何を誤り、何を回避したのか。

 それは単なる記録ではなく、今後の任務や指導にも大きく関わってくる大切な資料になる。


黒崎「ありがとう、柚木くん。そして晴翔くんもお疲れ様。編集、疲れたでしょ?」


 黒崎は柔らかく笑いながら、椅子の背もたれに軽く体を預けた。

 穏やかな口調。優しそうな声音。

 けれど、その部屋に漂う緊張感は消えない。彼がこの組織の中で相応の力を持つ人間なのだと、晴翔にも十分伝わっていた。


晴翔「いえ。これも私の仕事ですので」


柚木「あの後、河村亜美さんについて何か報告等はありましたか?」


黒崎「まあ、『あのうるさい女はなんなんだ』とは言われたね」


 黒崎は肩をすくめるように笑う。


黒崎「柚木くん、河村さんに最後、何か言ったの?」


柚木「私はただ、彼女がまた西横に戻らないよう注意しただけです」


黒崎「ハハハ。君らしいね」


柚木「彼女は以前も一度、家に連れ戻されています。ですが結局、また西横へ戻った」


 柚木の声はいつも通り淡々としている。

 感情を表に出さないその口調が、逆に言葉の重みを際立たせていた。


柚木「また同じことをされれば、余計な罪悪感を背負ってしまう人もいるかもしれませんから」


黒崎「その“余計な罪悪感”って、瑞葵くんが背負ってしまうかもしれないって意味かな?」


柚木「まだ経験が足りていないのが、彼の弱点ですから」


 黒崎は小さく頷いたあと、くすりと笑う。


黒崎「それにしても、随分大胆なことをしたね。途中から瑞葵くんだけに任務をさせるとは」


柚木「あくまで任務のためです」


黒崎「ハハハ。そういうことにしておくよ」


 その言い方に、晴翔はわずかに視線を伏せた。

 冗談のように言っているのに、どこか探るような響きがある。

 黒崎は人の反応を見るのが上手い。そんな印象を晴翔は持っていた。


 やがて黒崎の視線が、ゆっくりと柚木から晴翔へ移る。


黒崎「せっかくだから晴翔くん。君の意見も聞いてみようかな。今回の任務、どう評価する?」


晴翔「え……俺ですか?」


 思わず聞き返してしまう。

 突然水を向けられ、晴翔は一瞬言葉を失った。


柚木「別に正解を求めてるわけじゃないわ。率直な意見を聞きたいの」


晴翔「は、はあ……」


 晴翔は少しだけ息を整え、頭の中で昨夜の映像をなぞる。

 瑞葵の表情。翼の動き。不良たちとの距離感。河村亜美の反応。


晴翔「……瑞葵は七十点、ですかね」


 黒崎の片眉がわずかに上がる。


黒崎「なるほど。翼くんは?」


晴翔「今回、翼はサポートに回っていたので、単純に比較するのは少し難しいです。ただ、不良との対立にも素早く対応して、騒ぎを大きくしなかった点を考えると……九十五点くらいかと」


黒崎「そうか」


 黒崎は一度だけ頷いてから、再び晴翔へ目を向けた。


黒崎「ちなみに、瑞葵くんの七十点っていうのは、どこに減点要素があると思う?」


晴翔「まあ……それは……やはり表情や態度ですかね」


黒崎「なるほど」


晴翔「瑞葵は感情が表に出やすい傾向があります。怯えも、迷いも、隠そうとするほど逆に相手へ伝わってしまう」


 晴翔は昨夜の瑞葵の顔を思い出す。

 強がろうとしていた。けれど、怖さも迷いも全部顔に出ていた。


晴翔「そんな顔をしていたからこそ、関係ない不良たちにもターゲットにされてしまったように感じました」


黒崎「うん……ありがとう」


 黒崎は満足そうに軽く笑う。


黒崎「今後、晴翔くんも柚木くんみたいにグループリーダーをする機会がいずれ来る。その時に、自分の中で大事にしておくものを持っておくといいね」


晴翔「大事にしておくもの……ですか?」


黒崎「ああ。今はまだ分からないかな。でも、きっと今後あの子たち四人の任務を見守っていけば分かると思うよ」


晴翔「は……ぁ……」


 曖昧なようで、何かを含んだ物言い。

 黒崎の言葉はいつも、答えをくれるようでいて、最後は相手に考えさせるところがある。

 晴翔は返事をしながらも、胸の奥に小さな引っかかりを覚えていた。


黒崎「ちなみに、柚木くんはどう思う? 今回の任務での瑞葵くんの評価は?」


柚木「私は九十五点をあげたいです」


 その数字に、晴翔は思わず柚木を見た。

 九十五点。

 自分がつけた点数と、あまりに差が大きい。


黒崎「なるほど。晴翔くん、もしかしたらすごく高いなと思ったかい?」


晴翔「あ……まあ……はい」


黒崎「ハハハ。それでいいんだよ。同じ指導者でも、見方が違えば評価もまた違う」


 黒崎は笑みを崩さないまま続ける。


黒崎「今後も四人には依頼を頼もうと思うから、晴翔くんもしっかりサポートしてあげてくれ」


晴翔「分かりました」


黒崎「とりあえず、こちらからは以上だね」


柚木「私に対しては特にないのですか?」


黒崎「うん。君がこのグループの責任者なんだ。君の思った通りに、彼たちを評価してくれればそれでいい」


柚木「分かりました」


黒崎「私はこの後、この部屋で別の会議があるから、ここで失礼させてもらうよ」


柚木「分かりました。失礼いたしました」


晴翔「失礼いたします」


 会議室を出た瞬間、張り詰めていた空気が少しだけ緩んだ。


 廊下へ出ると、柚木は表情こそ変えないものの、小さく「ふぅ」と息を吐いた。

 その仕草ひとつで、黒崎がこの組織でどれだけ大きな存在なのか、晴翔にもよく分かった。


柚木「行きましょうか」


晴翔「はい……」


 二人はそのまま車へ乗り込み、翼たちの待つマンションへ向かう。


   *


 車内は妙に気まずかった。


 晴翔にとって、柚木と二人きりの空間は少し居心地が悪い。

 翼たちが一緒なら、悠喜がうるさいくらいに話題を振ってくれるから気が楽だ。

 けれど、柚木と二人きりになると、沈黙の方が長い。


柚木「あれ? ここって前、服屋だったけど潰れちゃったんだ」


晴翔「ああ、そうなんですね」


 柚木なりに運転中の晴翔へ気を使って話しかけてくれているのは分かる。

 だが晴翔の返しが淡白すぎるせいで、会話はすぐに途切れてしまう。


 しばらく沈黙が流れたあと、晴翔は思い切って昨日の任務の話を切り出した。


晴翔「それにしても、黒崎さんが言ってましたが……瑞葵一人に任務を任せるって、だいぶ大胆なことしましたよね」


柚木「晴翔くんもそう思う?」


晴翔「まあ……基本、柚木さんって任務中の行動は全部本人たちに任せるやり方じゃないですか。それなのに昨日は、不良の集団に絡まれた後、翼にはあえて待機を指示して、瑞葵に説得させたっていうのが……」


柚木「まあ、適材適所ってやつね」


 柚木は前だけを見たまま、さらりと言った。


柚木「晴翔くんから見て、今回の任務は誰なら河村亜美を説得できたと思う?」


晴翔「まあ……翼ですかね。あとは夏月か……」


柚木「そう思う気持ちも分かる。でも、今回は瑞葵くんが一番適正だと思ったわ」


晴翔「……どうしてですか?」


柚木「瑞葵くんは少し前まで施設で暮らしていた。それも、ひどいいじめを受けて」


 晴翔は言葉を失う。

 そこまで重い過去があったことは、薄々感じていたが、はっきりと聞かされると胸の奥がざわついた。


柚木「本人は気づいていないと思うけど、知らない間に自分と彼女は少し境遇が似てると感じていたと思う」


晴翔「……そういえば、前日の会議で珍しく瑞葵から発言がありましたもんね」


柚木「それに……なんとなく彼なりに、何か変わりたいって気持ちが芽生えていたのもね。きっとそれが彼女にも伝わったのかも」


 晴翔はハンドルを握る手に少しだけ力を込める。


 たしかに自分の評価は間違っていないと思う。

 怯えも迷いも、あれでは今後の任務で危ない。

 でも柚木の言葉を聞いていると、自分は別のものを見落としていた気もしてくる。


柚木「確かに、晴翔くんの瑞葵くんに対する評価は間違ってないわ。今後の任務においての課題でもある」


柚木「だけど今回は、その瑞葵くんの弱さが、河村亜美の心を動かすトリガーになったのも事実。瑞葵くんはボコボコになりながらもしっかりターゲットの彼女を守った」


晴翔「……」


柚木「つまり、今回の瑞葵くんの行動にはミスがあったとしても、それを成功へ導かせたことでもあるの」


晴翔「なるほど……それで高評価を……」


柚木「今回の任務は河村亜美の保護と帰宅。彼女に怪我がなかったのが一番ね」


 シンプルな言い方だった。

 けれどそこに、柚木の揺らがない判断基準が見えた気がした。


   *


 そうこうしているうちに、マンションへ着いてしまった。


 晴翔はまだ聞きたいことが山ほどあった。

 だがマンション内で組織の話をするのは禁句だ。

 誰が聞いているか分からない駐車場や廊下、エレベーターでは、秘密情報を口にするのはプロ失格。


 それでも、最後にひとつだけ、どうしても聞きたいことがあった。


 エレベーターに乗り込み、扉が閉まる。

 箱の中に二人きりになった瞬間、晴翔は意を決して口を開いた。


晴翔「柚木さん……」


柚木「ん?」


晴翔「柚木さんにとって……大事にしてるものって……何なんですか?」


 柚木は一瞬だけ晴翔の方を向いた。


 冷たく見えるのに、不思議と少しだけ柔らかさも感じるその表情のまま、人差し指を立てて口元へ当てる。


柚木「ダメだよ。いくらエレベーター内だからと言って」


晴翔「す、すみません……」


 晴翔は慌てて頭を下げる。


 柚木はそのまま視線を扉へ戻した。

 少しだけ間が空く。


柚木「ここしかない」


晴翔「え?」


柚木「あの子たちにとって、今はここで生きていくしか道はない」


晴翔「はい……」


柚木「だから…………ね」


晴翔「はい?」


 柚木はほんのわずかに口元を緩めたようにも見えた。


柚木「そこからは自分で答えを見つけてね。晴翔くんの納得する答えを」


 ちょうどその瞬間、チンと到着音が鳴る。


 扉が開くと、柚木はそれ以上何も言わず、先にエレベーターを降りていった。


晴翔(柚木さん……)


 柚木の考えていることは、まだよく分からない。

 けれど今日、ほんの少しだけ、その見ているものの一端に触れた気がした。


 自分の評価と、柚木の評価。

 自分の見方と、柚木の見方。

 その差は、たぶん経験の差だけじゃない。


 晴翔はエレベーターの中で一瞬立ち尽くし、それから小さく息を吐いた。


晴翔(……やっぱり、まだまだ敵わないな)


 そう思いながら、晴翔もゆっくりと後を追った。

次回予告

メイクで傷を隠し、学校では他人のふりをする。

秘密を守るため、感情を隠すことが当たり前の場所。


翼、悠喜、夏月――みんなが“普通の中学生”を演じる中、瑞葵だけがまだその仮面をうまくかぶれずにいた。

昨日の任務を経て、少しだけ変わったはずなのに。


学校という日常の中で、瑞葵は新たな違和感と向き合うことになる――。


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