第97話 始まる
ビルストのシンボルでもある大樹が業火の柱に包まれる10分前、メリナーデ達はまだ農作業をして居た。
「これ!なんか取れました!」
「それ雑草だって」
野菜と雑草の見分けすら付かないメリナーデにエラーリアとアンは顔を見合わせてため息を吐く、アンが何を考えて手伝いをさせているのかは薄々気づいて居た。
恐らくメリナーデは何処かしらの貴族か王族の人間、そうでなければこの無知差加減は説明が付かない……そしてアンは経験を積ませる為にこうして仕事の手伝いをさせているのだろう。
金に困った事が無い人間に金を重みを……よく出来た獣人だった。
「なんでそのスタイルで店なんてやろうと思ったの?」
「気まぐれさ、獣人族は自由に、気まぐれで生きる種族だからね」
「お堅いエルフの連中とは違って羨ましいよ」
「確かに、あんたはエルフとは思えない性格してるね」
「私にとっては褒め言葉だね」
エルフは規律の中で生き、規則を重んじる種族として知られ、獣人族は自由な種族として知られている。
実際その通りで獣人族はルールこそあるものの、基本的には自由に暮らしている、正直羨ましい限りだった。
エルフは皆んな堅苦しいと思われているがそうでも無い、時たまイレギュラーが発生する。
規律とは程遠い存在、自由気まま……それがエラーリアだった。
「変わったエルフも居たもんだ」
「まぁ、それを言うなら……あの人間が一番変わってるけどね」
「この野菜まずっ!?」
雑草を口に含み、吐き出しながらリアクションを取るメリナーデを指差す、人間は窮屈なルールに縛られた生き物と思っていたが、存外違うかも知れない。
あんなに自由でバカな人間は見た事がなかった。
人間も存外悪いやつばかりでは無いのかも知れない……アンとエラーリアの中にそんな思いが芽生え始めていたその時、地を揺らす轟音が鳴り響いた。
そして、ビルストの国にいる全ての国民が、同じ方向を見上げていた。
「……嫌な光景だ」
ビルストのシンボルであり、国の中心でもある大樹が業火の柱に包まれる光景を全ての者達が呆気に取られ、ただ眺めていた。
そして初めに異変を察知したのは国の王ガヌスでも無ければ、エラーリアでもアンでも誰でも無い、何の変哲も無い国の一兵士だった。
「なんか……妙な黒い物が浮いてねーか?」
燃え盛る大樹に気を取られる者が多い中、兵士は指を指す……宙に浮かぶ黒い物体、それは徐々に大きさを増して行った。
「おい、誰か!あの黒い物体……」
兵士は誰かに気付いてもらおうと呼び掛けるが、宙に浮かぶ黒い物体なんて些細な事に気を向ける者など誰も居なかった。
何の変哲も無い日常で突然黒い物体が現れ、宙に浮いているのなら10人居れば9人は気にかけるだろう。
だが国のシンボルである大樹が業火に包まれると言う非日常の中で、黒い物体に気がつく者など10人居ても9人は気付かなかった。
黒い物体は徐々に大きくなり、そして人が一人通れる程の大きさになった。
野生の勘か、嫌な感覚を覚える。
「これがゲートで……人が出てくるんじゃ……」
どう言う経緯でその結論に至ったかは分からない、だが彼の予想は当たっていた。
大樹が燃える音に混じって聞こえて来る雄叫び、それは獣人族の物では無かった。
「嘘だろ……」
突如現れた黒い物体から現れる鎧を着た無数の人間、何が起こっているのか……理解する時間も無く彼らは剣を振りかざした。
大樹が火に包まれてから5分、人間達がゲートから姿を表して1分……あまりにも突然すぎる襲撃に獣人族達は戸惑っていた。
即座に応戦する者、戦えない者達を逃す者、戦うことすらせずに逃げ出す者……個々の能力が高くとも、烏合の衆になす術など無かった。
「くそっ、何が起こって……」
襲い掛かる兵士を二人始末し、獣人族の兵士は顔を上げる、だが仲間の死に怯みもせず、数に押し潰された。
「今ここに、我ら人間の力を知らしめよ!!」
ビルストの各地に出現した兵士達は口々にそう言っていた。
「な、何ですか突然!?」
「分からないけど……只事で無いのは確か見たい」
突如現れた兵士達にメリナーデは雑草を握り締めながら戸惑う、突然人間がビルストを攻めるなんて誰が予想出来たか。
だがどうやって……エラーリアは周りの状況を見ながら思考する、黒いゲートから無数に現れる兵士達……見た事もない魔法だった。
だがあのゲートを閉じれば兵士達の増員は止めれる……だがどうやって。
「エラーリア、メリナーデ、こっち着いて来な!!」
突然アンが二人を叩くと人間の兵士達に背を向けて何処かへと先導しだす、その道中に彼女は出来るだけ戦えない者を回収して行った。
「アン!何処へ行くの?!」
「心配しなくても目的地には着いてる」
そう答えたアン、その目的地は彼女の店だった。
「私の店は非常時に隠れられる様、バーの棚の下に地下へと続く扉があるんだ、そこなら食料もあるし暫くは身を潜めれる」
「そこに彼女達を?」
エラーリアは連れて来た子供3人にその母親1人、そして老人1人を指さした。
「いや、エラーリアとメリナーデ、あんたらもだ」
その言葉に疑問は抱かなかった。
エルフの自分が戦う義理は無い、メリナーデもそれは同じの筈だった。
「安心しな、地下への扉は何があろうと見つけさせはしないさ」
そう言い店の奥から巨大な戦斧を持ち出して来る、彼女の言葉と表情からは覚悟を感じた。
別に獣人族が好きな訳でもない。
かと言って人間が嫌いな訳でもない。
エラーリアが戦わなければ行けない理由なんて一つもない、ここで逃げても誰も文句など言わないだろう。
「まだ、飲食代払い切って無かった筈よね」
だがエラーリアは戦う事を選んだ。
別に大した正義感は無い、勿論人間に恨みも……ただ少しでも世話になったアンを死なせたくは無いだけだった。
「そんな物最初から要らないさ、だからさっさとあんたらも地下へ行きな」
残ったエラーリアとメリナーデに背を向け告げる。
「生憎、エルフは頭が硬いもんで」
「わ、私も出来ることがあれば……」
メリナーデとエラーリアの言葉にアンは呆れながら笑みを溢した。
「呆れた奴らだ……死んでも文句は言うなよ?」
「それは無理な相談だね、死んだら化けて文句言い続けるね」
「ふっ、なら死なない事だね……互いに」
そう言いエラーリアに視線を向ける、どうも蚊帳の外に感じるメリナーデは首を傾げた。
「あの、私は……」
「メリナーデは本当に来なくて大丈夫だから」
「優しさとかじゃ無くて普通に足手纏いだね」
どストレートに真実を告げる二人にメリナーデはかつて無いほどの衝撃を受けた。
そして何も言うことなく階段を降りて行った。
「あんなお嬢様か知らないけど死なせたらそれこそまた戦争もんだ」
「だね、それにカナデが許しちゃくれないだろうし」
その言葉に二人は笑みを交わすと扉を出る、すると近くに居た兵士がこちらに気付いた。
「居たぞ!!獣人族にエルフだ!!」
数はざっと15人、バラバラになること無く、小隊で動いている様だった。
「成る程、数であたしらとの実力差を埋めるって算段か」
そうでもなきゃ非力な人間じゃ獣人族には敵わない、慢心は無いらしい。
だが相手が悪い……アンはどう考えても普通の獣人族では無い。
獣人族の中でも特に屈強な兵士達より1.5倍程はある大きな身体、身の丈程ある戦斧を軽々と片手で持ち上げ、振り回す事の出来る丸太のような腕……そんな彼女が15人程度で止められる筈が無かった。
そして追い討ちをかける様にエラーリア、エルフによる身体強化魔法……アンの振り下ろした斧は地を砕き、兵士達を木っ端微塵に吹き飛ばした。
「凄いパワーね」
「獣人族なんて皆んなこんなもんさ」
そう言い斧の柄を肩に乗せる、突然の襲撃……ビルストの者達は戦争の準備など一切していない筈だ。
それに対して人間達は恐らくかなり戦略を練り、隊を組んで攻めて来ている……正直エラーリア……いや、誰から見ても絶望的な状況だった。
「おいおい、15人居た兵士達が一撃って、獣人族は化け物か?」
先程の雑兵とは明らかに違う風格の男が姿を現した。
鎧越しでも何となく良い体格なのは分かる、そして少し大きめの剣には血が付着していた。
「お前ら下がってな、この化け物は一般兵じゃ手に負えねーからよ」
そう言い男は自身について来ていた兵士を下がらせる、彼に慢心は無いようだった。
「あんたアンだろ?要警戒リストで見たが、実物の方が強そうだ」
「要警戒リスト?」
「簡単に言えば強い奴らのリストさ、アンタみたいな化け物に一般兵ぶつけても無意味だからな……リストによって振り分けてあるんだよ、誰が戦うかな」
そう言い男は大振りな剣をアンに向ける、どうやらかなり用意周到の様だった。
しっかりと計画を練ってある、偶にある人間至上主義者の襲撃とは訳が違う……これはしっかりとした戦争の様だった。
「随分と調べた様だね……なら、私がなんて呼ばれていたかも知ってるかい?」
「『災厄』だろ?」
男の言葉にアンは笑みを浮かべた。
「良く調べてる……」
40年前、獣人族とカルリアと言う小国で戦争が起きた。
小国と言えど、カルリアのバックにはナルハミアも付いており、その上獣人族は非干渉条約が結ばれた直後で軍事力もそれ程高くは無かった。
敗色濃厚、そう思われた。
だが、カルリアの軍隊は突如として大ダメージを負い、戦争どころでは無くなった。
当然、獣人族やその兵士達は戦争が起こらずに済んだ事を喜んだ。
だが、なぜカルリアは突如として大打撃を受けたのか……それを知るのはほんの一部だけだった。
「今は亡きカルリアを襲い、たった10人で小国とは言え、カルリアの軍を崩壊させた『災厄』その時、唯一の生き残りがあんただろ」
「レディーの過去をほじくり返して……楽しいかい?」
「レディーなんて良く言うぜ、ほじくり返して出て来たのはとんだ化け物は……仇は取らしてもらうぜ」
男はそう言うと剣を構えた。
成る程、あの日殺した兵士の誰かの子供なのだろう。
だが、関係ない。
汚れるのは私の仕事……復讐されるのも覚悟の上。
どれだけ善人面して、あんな飲食店をやったって……汚れた本性は変わりはしない。
「……災厄のお出ましだ」
表情が変わったアンを見て、男は苦笑いを浮かべ、告げた。




