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第96話 もう1人の自分

「退屈だ」



大樹の地下にある牢で大葉の見張りを続けるガルフィード、こんな見張りの任務はいつ振りだろうか。



「お前も、身の丈にあった人間付き合いを考えろよ」



「はい……」



牢屋の地べたで壁を見つめながら大葉は寝転がる、別に見張って居なくても良さそうだが、用心するに越したことは無い。


それにあの強さを誇るカナデが注意しろと言った、大葉にはそれだけの力があると言うことだろう。


だがどう見ても非力な少女にしか見えない。


カナデの言う転生者とやらは俺達では到底敵わない程に強いらしい。


こんな少女に……俺が勝てない?



「手合わせ願いたいが……万が一もあるか」



余計な事はしない。


今は仕事に徹しよう。



「なぁ、一つ聞きたいんだが……『転生者』って事は一度死んでるって事なのか?」



「……そうよ」



茜は壁に向かって寝転んだまま答えた。


一度死を経験して居る……到底理解の及ばない経験だった。



「転生者の目的はなんなんだ?」



「何だっけ……誰かを殺す、それが目的だったと思うんだけど」



「殺す?その為にこの世界に来たのか?」



「来たと言うよりも送り込まれた……の方が正しいかな」



「送り込まれた……って、何でお前がそこに居る?」



不自然に背後から聞こえた声にガルフィールドは振り返る、そこには大葉が立って居た。


咄嗟に牢屋の中を見るが大葉は確かに牢の中で寝転がって居る、擬態魔法では無い筈だ。


魔力はどちらからも感じない……両方実体なんてあり得るのだろうか。


だが背後に居た方の大葉からは明確な殺意を感じた。



「一つ確認したいが……双子とかじゃ無いよな?」



「双子?何を……って、私がもう一人!?!?」



ようやく大葉がこちらに視線を向ける、そして全く同じ姿の自分がもう一人いる事に分かりやすく驚いて居た。


だがこの反応、彼女も知らない存在の様だった。



「何者だ」



「大葉茜、見たら分かるでしょ?」



「そりゃ見れば分かるさ、だが……大葉茜が二人も存在する訳が無いだろ」



その言葉にもう一人の茜は可笑しそうに笑って居た。



「確かにそうだね、同じ人間は二人と存在しない……だけどそれは君達の常識で考えた時の話だよ」



「俺たちの常識?」



「そう、私達転生者には常識は通用しない……私は変身魔法でもなんでも無い、正真正銘の大葉茜だよ」



魔法ではない……そんな事はあり得ない。


魔法も無しに自分を一人増やすなんて方法があるなら逆に教えてほしいくらいだった。



「そこを退いてもらおうか、もう一人の私を出したいからね」



檻の外で自分とガルフィードが対峙する、この状況に一番付いて行けて居ないのは茜自身だった。


なぜ、自分がもう一人居るのか……ドッペルゲンガー?


だがドッペルゲンガーなら見た自分は死ぬのでは無いのか……死ねばもう一度転生出来るのか?


思考は本題から逸れてぐるぐると回る、しかし……茜が答えに辿り着く事はない。


無意識下に生み出した存在、それがもう一人の大葉茜だ。


茜はカナデに能力を聞かれた時、分からないと答えた。


だが、転生者ならそれは有り得ない……転生の時に能力の詳細は聞かされる筈だから。



「異世界の奴にしては強いね、獣人族だからかな?」



小刀サイズのナイフを片手に茜は少し苦しそうな表情で告げた。


カナデから転生者は強いと、侮るなと聞いた。


だが、今対峙して居る大葉は正直勝てると思える範囲内だった。


あのカナデと戦った時の絶望感は無い……そりゃ、訓練もしたが1日やそこらじゃそこまで強くもならない……となれば、考えられる可能性は一つ。


大葉がそこまで強く無いと言う事だった。


慢心はしない、自身の強さを疑う事はしないが、慢心をすればどれ程実力差があろうと足元を掬われる。


ガルフィードは邪念を振り払う。



「こう見えて……意外と堅実なんだ」



「え?」



ガルフィードの独り言に茜が反応する、まずはあの武器を弾き飛ばす。


相手を殺さずに勝つ……ガルフィードがその方向にシフトチェンジした所で勝負は決した。


ナイフを振りかざす茜に対してガルフィードはそれを弾き飛ばせる程のパワーを込めて剣を振る、だが剣は空を切った。


何故剣が空を切ることがあるのか、瞬きする事なく相手のナイフ目掛けて当てた筈……だが剣はナイフに当たる事無く、空を切った。



「堅実、真面目……私にとっては最高の相手だよ」



茜はナイフを自身の首に突き立てる。



「何をして……」



ガルフィードの反応を待たずにナイフを首に向けて力を込めて押す、こんな時に何を血迷ったのかと思ったが、ナイフは首に刺さる事はなかった。



「そのナイフ……偽物か」



「そう、どのタイミングで変えたと思う?」



茜のナイフは魔法で精製された偽物だった。


どのタイミングで……彼女から視線は外して居なかった筈、少なくとも序盤の方はしっかり剣を交えた。


考える事が多すぎて分からない、いつ視線を外したのか。



「ほんと真面目だね、出された問いに答えを探す……馬鹿みたいに」



茜は笑みを浮かべた。


そしてその意味を直ぐに知る……身体が動かなかった。



「いつの間に……」



茜の影が伸び、ガルフィードの影と繋がって居た。


原理は分からない、見た事もない魔法……だが影が自身の動きを縛って居ると想像するのは容易だった。



「私は真正面から正々堂々勝負……なんて少年漫画見たいな事はしないんだ」



「うご……けっ」



ゆっくりと茜は迫って来る。


彼女の視界の端には同じ自分が映る。


この世界に同じ人間は二人として居ない……そんなのは当たり前だ。


ならあそこで転がって居る弱々しい自分は誰なのか、あれは変身魔法でも何でもない……正真正銘の自分だった。


答えから言うと本体は檻の外に居る私、向こうはこの世界に来ると同時に切り離したもう一つの人格とでも言うべきか……それが能力だった。


リリアーナは能力の名を『二人で一つ』と言っていた。


大葉茜、私はこの世界に来る前、ある種の病気を患っていた。


解離性同一症、簡単に言えば多重人格だ。


幼い頃の記憶は深く蓋をして居る、思い出したくもない……だが、気が付いたら私の人格は二つあった。


あまり争いは好まない、だが社交性はある茜。


そして身を守る為に攻撃的に、他者を寄せ付けない性格の茜……どちらが本当の自分かなんて覚えても居ない。


リリアーナから貰った能力は人格の具現化、人格を一人の人間として顕現させる能力だった。


だがそれを出来たからと言って別に便利でもなんでもない……もう一人の自分は役に立たない。


戦闘も出来ない、嘘も下手くそ……某アニメ風に言うなら私が大葉茜(悪)で、檻の中にいるのが大葉茜(善)と言った所だ。



「さて……と、私の仕事は出来るだけ多くの獣人族を殺すって言う仕事なんで」



「出来るだけ多くの……まさかお前!」



大葉茜がこの国に滞在し始めた頃から起こって居る連続殺人……カナデが連れてきた時、彼女が犯人だと思った。


それも強ち間違いでは無かったらしい……半分正解の、半分不正解と言った所か。



「何故同胞を殺した」



「理由は単純、人間と獣人族は険悪らしいね」



「それとなんの関係が……」



「私の任務は人間と獣人族の戦争をもう一度引き起こす事……もう準備は整った」



そう告げると、茜はナイフをゆっくりと指でなぞり、不敵な笑みを浮かべた。



「もう一人の私、何にも知らない割りには、いい仕事したよ」



「え、え?」



全く理解して居ない反応にため息を吐く、飲み込みが悪い。



「まぁ、後で出してあげるから今は見てて」



役割は終えた。


火種は既に撒かれて居る……そして、それは人間側にも。



「なんだ……上が騒がしい」



ガルフィードは耳を動かして上の音を拾う、慌ただしい兵士の足音と大声が聞こえる……何が起きて居るのか。


茜が不敵な笑みを浮かべて居た。



「何をした……」



「ちょっと人間への不満とか恨みを煽っただけだよ」



「不満や恨み?」



「そう、私の仕事は獣人族が人間へ戦争を仕掛けるきっかけを作ること、その為に私は獣人族を殺し……そして人間がやったと言う証拠を残した」



人間と獣人族の戦争……何の為にそんな事を。


だが連続殺人で確かに人間への不信感や恨みは高まって居た、犯人も判明して居ないうちにそんな声が出て居たのだ……茜の言う証拠が何かは分からないが、そんな物を見つけた日には戦争が始まる。



「何の為に戦争を起こすんだ」



「簡単だよ、戦争は金になる……しかも獣人族と来たらそれはもう……とんでもない額にね」



「貴様……金の為に我らの平穏を奪う気か!!」



「そうだよ、せめて同胞が勝てる様にそこで祈ってる事ね、行くよもう一人の私」



そう言いナイフで紙を切る様に鉄の檻を切って開けると二人の茜は牢屋を後にする、檻に入って居た方の茜は何度も申し訳なさそうにガルフィードに視線を送って居た。


俺たちが何をしたのか。


ただ……この森で、誰にも迷惑を掛けずに過ごして居ただけなのに。


始まりはいつも人間側からだ。


長い歴史の中でも獣人族は人間に虐げられて来た。


個々の力は圧倒的に獣人族の方が上だが、人間の方が数も文明も進んで居る……群れないと何も出来ない奴らが支配者ヅラをして好き勝手する。



「うご……けよ!!」



まだ影魔法は解けない。


永続する魔法は無い、だから何は動ける……だが、今この時動けないと何の意味もない。



「頼む……動いてくれ」



恐らく戦争が始まるのは明日や三日後なんて事は無い、火種は撒かれた、そして仕事は終えた……あの口振りから察するに戦争はもう始まる。


勿論断定は出来ない、だが獣人族は元々野生の勘とでも言うべきか、具体的には説明出来ない何かを持っている。


その勘が告げている。



「動け……動け……動けよ!!!」



だが、ガルフィードの身体が動く事は無かった。



「馬鹿だね、動くわけないのにさ」



地下牢から茜はもう一人の自分を連れて階段を上がり地上を目指す、聞こえてくるガルフィードの悲痛な叫び声に少し笑って居た。



「ねぇ、何がおかしいの?」



大葉は茜の言動と笑みに表情を動かす事なく尋ねた。



「いや、滑稽でね……国が誇る兵士長か部隊長か知らないけどそんな獣人族があんな声で叫ぶなんてさ、同じ私なら気持ちくらいわかるでしょ?」



茜はそう告げる。


だが大葉には一切気持ちは分からなかった。


何が面白いのか、不快でしか無い……なぜ獣人族を、彼を傷付けるのか……同じ自分とは思えなかった。


二人は同じ姿をしている、能力で派生した存在故に二人とも大葉茜……だが性格が違えばもうそれは別の人間だった。


ナイフを持ち、簡単に生きている者を殺める事の出来る茜と、戦闘もろくに出来ない、人なんて殺められる筈も無い茜……二人は同じであり、別人だった。



「さてと、ゲートの設置は終わってるし……開戦の狼煙をあげようか」



茜はそう告げると大樹に視線を向ける。


この国を象徴する大きな大きな木、どれ程の年月を掛けて育ったのか見当も付かない。


茜は大樹を眺めながら片手を天に掲げる。


そして次の瞬間、大樹は天にも届き得る、巨大な火柱に包まれた。



「やっぱ、祭りはド派手に……ね」

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