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第93話 捨て駒

「そう言えば重要な事を聞き忘れていた」



大樹を目前にしてカナデが立ち止まり、思い出したかの様に言う。



「な、なんでしょうか」



怯えてるのか、かしこまって少女は尋ねる。



「お前の能力、それを聞き忘れていた」



「私の能力ですか」



「ああ、能力はなんだ?」



こんな重大な事を忘れているとは我ながらかなりやらかしている、能力によっては俺は無事でもこの国の人間が危険に晒される。


だが、彼女の口から出た言葉は予想していたものでは無かった。



「能力は分からないです」



「分からない?」



嘘を言っている様子は無い、信じられないが……彼女は自分の能力を知らない。


だがそんな事があるのだろうか……転生者はこの世界に来る際、リリアーナから能力を授かっているはず、説明も受けている筈だった。



「お前この世界に来て記憶喪失になったりしてないよな?」



「し、してないです!名前は大葉茜、年齢は21、出身地は新潟でスリーサイズが……」



「分かった、それ以上言うな」



記憶はある、となれば彼女は本当に能力が分からない、能力も使わずに数年間を生きて来たのだろうか。


だが分からないとなると、彼女の危険度は大幅に上がる、いつ何処で……どんな能力が暴発するかも分からない。


今始末すべきか……だが、今のところ彼女は無害、それにクリミナティにも入ったばかりの下っ端で特に人を殺した訳でも無い。


殺す理由が無かった。



「大葉茜とか言ったか、クリミナティが犯罪者集団って知って入ったのか?」



「一人ぼっちは嫌だったので……」



「一人になるくらいなら犯罪者になるってか」



「い、いえ……そう言うつもりじゃ……」



よく分からない奴だった。


彼女の、大葉茜の行動は不可解、一人が嫌なら異世界の人間とコミュニケーションを取れば良い、犯罪に進んで手を染める人間には見えない。


だがクリミナティが犯罪者集団なのは知っていた……嘘をついている様子は無いが、本心が見えない。


挙動もただ怯えているだけ、危険性は皆無に見える。


心の中まで見えれば楽なのだが。



「カナデか、こんな所でなにしている?」



ちょうど、大樹の下に着くと同時にガヌスが姿を見せた。



「ちょうど良かったです、クリミナティの人間を見つけました」



「見つけたって……仕事が早いな」



彼と話してからまだ一日、あまりの仕事の速さに苦笑いを浮かべていた。



「クリミナティとやらはそっちの女か?」



「はい、名は大葉茜、正直目的は分かって無いですけど、クリミナティで間違いないですね」



「ん?その顔……」



ガヌスは茜の顔を覗き込む。



「あんた、この間農作業を手伝ってたよな?」



「は、はい……暇だったので」



「見た事ある顔だと思ったが……まさか人間だったとはな」



ガヌスの言っている意味が分からなかった。


まさか人間?


どっからどう見ても茜は人間だった。


するとガヌスの言葉に何処からとも無く猫耳と尻尾を取り出す、そしてそれを付けた。



「まさか変装だったとは……」



どっからどう見てもただのコスプレした人間なのだが……こんな変装で今まで乗り切れていたのが驚きでならない。


ガヌスもガヌスでなぜ見破れないのか……頭が痛くなって来た。



「とにかく、彼女の処遇はそっちで決めてください、どんな事があったであれ……クリミナティには変わりないですから」



「そうだな……まずは色々と聞きたいことがある」



ガヌスはそう言うとカナデがした質問と同じ質問を茜にした。


当然、返ってくる言葉は全て同じ、有益な情報なんて物は無く、ガヌスも渋い表情をしていた。



「うーむ、どっからどう見ても、聞いても捨て駒だな」



「同感です」



見つかっても情報が渡らない、こうして彼女の処遇に困っている時間も木中の想定通りなのだろう。


だが何故彼女をここに送ったのか……それ程重要では無い作戦なのだろうか。



「ガヌス様、ご報告があります」



「どうした」



息を切らして現れる獣人族の兵士、表情からあまり良い報告では無いのは察した。


兵士はガヌスの耳元に近づくとなにやら囁く、するとガヌスの表情は曇った。



「何かあったんですか?」



「殺人事件だ、1ヶ月ほど前から不定期に起こる、被害者は例外なくバラバラ……犯人は影すら掴めてないよ」



どの種族でも、そう言う事件は起きる物だった。


生きている以上、避けては通れない……知能があり、感情のある生き物なら尚更。



「まぁ、あまり気にせんでくれ、こっちはガルフィードに任せてある」



「そうですか、それで……こいつの処遇はどうしますか?」



「そうだな……」



ガヌスは迷っている様子だった、人間を恨み、殺すと言っていたが……何を迷う必要があるのだろうか。



「そう言えば、大葉がこの国に来たのもちょうど1ヶ月前だったよな」



不意に会話を思い出した。


彼女がこの国に来たのは確か1ヶ月前、そして殺人事件が起き始めたのも同時期だった。



「言われてみれば……」



「ち、違う!違います!!」



茜は必死に首を振る、これも偽りは無い。


だが偽りがないと言うのも不自然だ、人間誰しも嘘は吐く、些細な嘘から身を守る嘘まで……彼女はその嘘が何も無かった。


此処まで正直な人間が居るのか……もしくは俺の魔法がおかしいか。



「ムタ、俺の事嫌いって言って見てくれ」



「嫌いっす!」



ムタのオーラが揺らめく、嘘の発言……魔法は正常に発動している。


ムタが俺を慕って居るのは見るまでもない、となれば大葉は本当に真実だけを言っている事になる。



「もし犯人だとすれば、此処ですぐにでも……同胞がされた様に、八つ裂きにしてやりたい、だが真偽を確かめるのが先だ……こいつを牢に放り込み、ガルフィードを看守として付けろ」



大葉に手錠と足枷を付けると牢へと連れて行かれる、取り敢えずは一件落着……なのだが、腑に落ちない部分が多過ぎる。



『新城、居るか』



『能力であんたの事を監視するのが仕事だからな』



通信魔法で新城と連絡を取る、見ていたのなら話しは早い。



『潜入してたクリミナティってのはあいつで合ってるのか?』



『そこまでは分からない、俺達もクリミナティが潜入した噂しか知らないからな』



『いい加減だな、だが一応俺の仕事はこれで終わりで良いんだろ?』



『そうだな、こっちもクリミナティの情報を出来るだけ掻き集めて居るから報酬は少し待ってくれないか?』



『おいおい、それじゃただ働きと変わんねーじゃねーか』



『こっちとしても予想以上に早い解決だったんだよ、今情報収集に動けるのはアルスフィアぐらいだ』



『でかい貸しにしとくぞ』



『あ……』



新城が何かを言う前に通信を切る、大葉とクリミナティの目的が分からない以上、数日は様子を見る必要がありそうだった。


遠くからメリナーデの声が聞こえる。



「ダイコン取れました!!」



彼女も彼女で楽しんでいる様だ。



「カナデ、もう一度手合わせを願えないか」



遠くで聞こえるメリナーデの声に耳を傾けているとガルフィードが姿を現す、声にカナデはムタとほぼ同タイミングで振り返った。



「あんたか、警備の方は良いのか?」



「これからオオバとやらの見張りだが、牢屋まではそう遠く無い、それに一戦くらいなら良いだろ?」



獣人族の男はどうも戦いが好きらしい。


ガルフィードの一言で若干ギャラリーも集まる、こちらも数日此処に留まろうとしていた所……要するに暇だった。



「良いぜ、こっちもちょうど暇だったんだ」



彼が俺に勝つ事は天地がひっくり返ってもあり得ないが……獣人族から学べる事は多かった。


彼らは野生的な戦闘スタイルで人間ではあり得ない動きをする、戦いが好きな訳では無いが、戦っていて面白い相手ではあった。



「武器なし、能力、魔法無し……純粋な素手だけで良いぜ」



「要するに前回と同じって事だな」



「ああ」



素手だけの手合わせなんて、懐かしかった。


良くフィリアスや父、部隊の先輩達と手合わせしたものだ。


フィリアスや父だけでも1000回以上は負けている、お世辞にも俺は強いとは言えない。


その点ガルフィードは基礎がしっかり出来ている、その上獣人族の身体能力もある……異世界人の視点からみればかなり化け物じみた強さだった。



「相変わらず強いな」



ガルフィードの右拳が空を切る、体勢を崩したかと思い一歩踏み出すと彼は尻尾を足代わりに踏ん張り、左の拳を繰り出した。


予想外の行動に反応が遅れる、受け流そうとするがタイミングがずれて片腕でガードする様な形になる、勿論ダメージは無いが、それは女神の力のお陰だった。


力を得る前の俺なら確実に腕が折れていた……これではダメだった。



「予想外だったか?」



「ああ、尻尾で踏ん張るとは獣人族ならではだな」



「純粋な一対一の戦闘なら獣人族が最強、そう呼ばれる所以を見せてやるよ」



ガルフィードとの戦いは学びが多い、身体能力だけに任せず、タイミングをしっかり見極めている、それに加えて彼らだけに許された尻尾を使う戦闘スタイル……確かに一対一の戦闘なら人間に負ける訳がない、そう思う程に彼は強かった。


そして何よりも打たれ強さ、ガルフィードは恐らくそれが誰よりも抜きん出ていた。



「相変わらず強いな」



ガルフィードは汗を手で払いながら少し攻撃の手を止める、手加減しているとは言え、20発以上は攻撃を当てている、それにも関わらずまだ余裕がありそうだった。


彼の攻撃はまともに受けては居ないが、ガードの比率が多い……本来ならもう負けている。


受け流そうにも尻尾のせいでタイミングが掴めない、しかしこれだけ強い種族が人間に追い詰められるとは……数の暴力は改めて脅威だと再認識した。



「改めて分かった、カナデ、お前は強すぎるな」



「急にどうしたんだよ」



「いや、世界は広いと思ってな……そろそろ警備に戻るわ」



そう言い地面に投げ捨てていた服を拾い上げると肩に掛けて大樹の方へ去って行く。


まだ余力はありそうだったが……仕事の事を考えて切り上げたのだろう。



「メリナーデ様達の様子でも見に行くか」



おおよそ何しているかは想像付くが。


地面に置いた剣を拾い上げ、散り散りになるギャラリーの中に混じって、カナデはメリナーデ達の元へと歩いて行った。

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