第85話 また10年後に
「ねぇ、カーニャ」
「なに?」
時間は昨日へと遡る。
辛うじて残って居た学院の寮にアリアとカーニャは戻って居た。
カナデ達は倒壊して居ない宿屋に身を寄せ、翌日には経つと言っていた。
「ちょっと、外行かない?」
「いい……けど」
今は夜の23時、もうかなり暗い。
学院の外は襲撃のせいで街灯も壊れて真っ暗の筈だった。
アリアに連れられるがまま、真っ暗の外を歩く、はぐれない様にアリアの手を握った。
「私達が初めて会った時、覚えてる?」
「うん、試験の日だったね」
「そう、あんた試験なのに筆記用具持って無かったわよね」
「要ると思わなくて」
その言葉にアリアは笑う。
「相変わらず抜けてるわね」
その言葉にカーニャはむくれる、だが当然暗闇で互いの顔は見えず、伝わる訳も無かった。
「ねぇ、私がカーニャ達と戦う時に言ったこと覚えてる?」
「戦う時?」
色々と必死で記憶を辿らなければ思い出せない、2人の間には沈黙が流れた。
アリアは何を言って居たのか……そして思い出した。
「あ……」
「思い……だした?」
勿論。
アリアは……私に『好き』と言った。
今が夜で良かったと、互いに思っていた。
「うん、思い出した」
「色々とゴタゴタしてたし、私もおかしくなってたけど……有耶無耶にはしたく無くて」
「うん」
2人の間に沈黙が流れる。
人から、純粋な好意を伝えられたのは初めてだった。
そもそも奴隷として長い時間を過ごし、世間を知らないカーニャにとっては同性とか異性とか、そう言うのはどうでも良かった。
「私もアリアは好き、でもそれ以上に好きな人が居る」
「カナデ?」
「うん、私を奴隷から助けてくれた人」
「そっか、仕方ないよね」
意外にも、アリアの声色は明るかった。
「そうだ、明日この国を出るんでしょ?カーニャ」
「うん、聞いてたの?」
「当然よ、言わずに行く気だったの?」
「明日言おうかなって」
「それじゃあお別れ会出来ないでしょ?ブレット達も待ってるから」
そう明るい声でアリアは言うと手を引く、彼女がそれ程ショックを受けてなくて良かった……そう思った時、雲の隙間から月明かりが2人を照らした。
「あ……」
彼女の瞳が煌めいて居た、頬を伝う雫と共に。
一瞬彼女と視線が合う、そしてアリアは直ぐに逸らした。
「皆んな私の家で待ってるから、急ぐわよ」
そう言いアリアはカーニャの手を引いて速度を上げる、彼女の涙には何も触れなかった。
お別れ会は翌朝まで続いた。
これからの事を話したり、短いながらも思い出を話したり……恐らく過去一番、カーニャは感情が出て居た。
この学院生活は……とても楽しかった。
これからの人生に於いても、決して忘れる事のない時間になって居た。
「もう朝か」
ブレットが店の扉を開けて昇る太陽を眺める、その言葉に他の皆んなも外へ出た。
「この国、どうなるんだろうな」
「ですわね、たった数日で……まるで別の国かのように変わってしまいましたから」
この国に親を、大切な者を残す彼女達にとっては、この先は不安しかなかった。
大国が数日にして小国までとは行かずとも、同じ大国には遠く及ばない程に弱体化した……この世界では致命的な事だった。
「カーニャはカナデと転生者を探す旅に出るんだろ?」
「うん」
彼らには殺すと言うことは伝えて居ない。
別に深い理由はないが……何と無くだった。
「なぁ、ここで十年後……また全員で集まる事を約束しないか?」
ブレットの提案に皆んなは首を傾げた。
何故10年なのかと。
「この国は明日あるかも分からない程弱ってる……けど、約束すれば……その日まで俺達は必死に生きる目標が出来るだろ?」
皆んな共通の……ブレットなりに考えた結果の提案だった。
そして、その言葉にルルノアはいち早くブレットの出した拳に拳を当てた。
「流石ルルノア、理解が早いな」
その言葉に嬉しそうに笑う。
「成る程、ブレットにしては良い提案ですわね」
ルナリスがそっと手を当てる、いつ死んでもおかしくない、命の保証なんてされて居ないこの世界に置いて、約束は重いものだった。
だが、その約束が明日を生きる糧になる。
「こう?」
よく分からず、カーニャは拳を当てる、そして残ったアリアに視線は集まった。
「どうしたの?アリア」
アリアは、自身が拳を当てるに値する人間では無い……そう思って居た。
国を裏切り、信じてくれた仲間を裏切った……そして殺そうともした。
そんな人間が約束を交わす、既に人を殺した自分が醜く明日を生きようともがく……そんなのが許されるとでも。
皆んなは気にするなと言ったが……アリアの罪悪感は思ったよりも大きかった。
『アリア』
母の声がした。
「お母さん!?」
気が付けば、知らない空間にアリアは居た。
カーニャ達は居ない、そして母が立って居た。
『アリアを置いて、先に行っちゃってごめんね』
そう言い申し訳なさそうに微笑む母の顔、アリアは空間の謎に疑問を抱く事も無く、母に向かって走り出して居た。
ずっとずっと会いたかった。
『もう、泣き虫は治ったんじゃないの?』
母に抱きつき、声を出して無くアリアに母は微笑みながら告げた。
『アリア、泣いてばかりじゃなく、お別れをしましょう』
「お別れ?」
『ええ、私は死んだ……それは紛れもない事実、でもアリアと少しだけ話す時間を貰ったの』
その言葉に現実を思い出す……だが涙は堪えた。
「ええ」
『流石私の娘ね、アリア……罪悪感ってのはどうやっても消えないのよ』
「何でそれを?」
『母だもん、全部分かるわ』
「でも、私は国を裏切った……」
『ええ、それは消える事は無い……でも出来る事はあるでしょ?』
その言葉にアリアは首を傾げた。
『国を裏切ったなら、今度は全力で国を、皆んなを守れば良いじゃ無い、貴女には仲間も居る』
その言葉に……何故だろうか、少しだけ楽になった様な気がした。
『もうそろそろ時間、アリア……何処に行っても、いつでも……愛してるわ、大好きな娘』
「お母さん!?」
アリアの伸ばす手は空を掴む、そして気が付けば元の場所に戻って居た。
「何泣いてんだよアリア」
ブレットの声に、涙を流している事に気が付いた。
「うるさいわね、あくびよ」
そう言いごまかす、突然誤魔化し切れて居ないのだが……アリアは勢い良く拳を皆んなと合わせた。
もう迷わない。
私は何を言われようと国を守る、母とした約束だから。
「おっしゃ!じゃあ……10年後、またこの場所で会おうぜ!!」
「「「また!」」」
カーニャ達が拳を合わせる、向こうからは見えない建物の影でカナデは笑って居た。
「青春だな」
手に持っていたアリアと母親で撮ったツーショット写真が入ったペンダントが灰となって消える、別れも済ました様だった。
カーニャには宿屋に来る様に伝えてある、これからは更に忙しくなる。
彼女と別れた後の数年間、目まぐるしく状況が変わり続けた。
数々の転生者とも戦ったが、現状を簡単に説明するなら大陸を巻き込んだ英雄組合対クリミナティと言った構図だった。
状況から言えばカナデは英雄組合に協力する立場だった。
彼らには幾度と無く助けられた。
そしてこの数年で、転生者は皆殺しと言う考えも少し変わり初めて居た。
「ムタもメリナーデ様も待たせてるし……戻るか」
灰を息で吹き飛ばすと、カナデは姿を消した。




