第70話 変わる世界
「おっ」
頬を掠める拳にアルトが驚きの表情を見せる、通り過ぎた拳に視線を向けていたが直ぐに正面に戻すと一瞬にして流れる様にカーニャの腕を固め無力化した。
「うぶっ……」
「おおすまん」
少し押し付ける力が強かった様だ、だが初めて彼女から1発……擦り程度だが貰った、大きな成長だった。
「だいぶ成長したな」
「アルトのお陰」
「まぁ、次期賢者直々の特訓の成果だな」
そう誇らしげに告げるアルトをよそにカーニャは立ち上がる、今日は嫌に天気が良かった。
アリアが姿を消した日から約半年、私達はただひたすらにアルトの特訓を受けていた。
私の対人にへの恐怖も多少は和らいで来た、軽い魔法なら打てる……だが正直意味は無いレベルだった。
だから途中から体術系に力を入れ、自身に支援魔法を掛けて戦うブレットの様なスタイルに変更した、自分でやると初めて分かる、アリアやブレットがどれだけ凄いのか。
こればかりは日々の積み重ね、私がどれだけ特訓を積んだ所で追いつく事はない。
「流石に強いなブレット」
「アルトさんにそう言ってもらえて光栄ですね」
カーニャの特訓と並行してブレットとの手合わせを行う、先程の戦闘は比にならない程激しい……日々の特訓で強くなった自負はある、だがそれでも不安しか残らない。
アリアの強さはよく知っている、普通の一対一の演習でも勝てなかったのに今のアリアは恐らく比にならないほど強くなっている筈だった。
それに不安要素はまだある、最近転生者が表立って姿を現し始めた事だった。
街中やその辺に居るとかそう言ったことでは無く、この国だけならず、大陸中に異界から来た神の如く強い力を持つ者たちとして転生者と言う存在が浸透し始めていた。
何があったのかは分からないが、学院でも度々噂になっている……それに彼らが正体を明かし、特別な存在という事が知れ渡った所為でこの世界はおかしくなりつつある。
簡単に言えば転生者争奪戦、他の国よりも転生者の多い国が強い、そんな状況になっている。
その中でも代表的なのはメリハと言う半年前までは飢饉に苦しみ、殆ど潰れかけだったこの国……今ではルデールやナルハミアに並ぶ主要3カ国の一つと称されるほどに発展を遂げた。
半年で……あり得ない速度、その裏ではどれ程の国が犠牲になったかも分からない、だが少なからずルデールも犠牲の上に成り立っている。
大国とはそう言う物なのだから。
「相変わらず白い頭ですわね」
「あ、ルナリス」
走り込みと基礎的な筋力トレーニングを終えたルナリスが汗を掻きながら演習場に姿を現す、ブレットとアルトの模擬戦に関心を示しながらも、ゆっくりと息を整えていた。
この半年で彼女も随分と成長した、伸び代だけで言えば5人の中でもトップクラス、だがそれも頷ける。
アリアが居なくなってからルナリスと一緒にいる時間が増えたが、彼女は尋常では無いほどの努力をしていた。
「何見てるんですの?」
「いや、筋肉ついたなって……」
カーニャの言葉にさっと近くに置いてあったタオルで体を隠す。
「何変態みたいな事って言ってますの!?そう言う貴女はプニプニじゃないですの!」
そう言いTシャツから出ていた二の腕を指差す、その言葉にカーニャはカチンと来た。
「プニプニは私のアイデンティティですから!」
「何よアイデンティティって!努力が足りない証拠ですわよ!」
「ぐっ……ルナリスが努力し過ぎなの!」
「べ、別に私は努力なんてしてませんわよ?!天才なんですもの!」
その言葉にカーニャはシラーっとした視線を向ける、まだその設定を貫いていたとは思っても居なかった。
「何ですのその目!」
「ほれ、くだらない事で喧嘩するでない」
メイガスタの軽いゲンコツで二人のくだらない言い争いは幕を閉じる、彼女とは半年でかなり仲は良くなった。
ブレット達とも親交はある、たまに5人でご飯を食べに行く事だって……楽しいが、いつも心の何処かでアリアが気になって楽しめなかった。
「何……してるんだろう」
青い空を眺め呟いた。
「今日の特訓はこれで切り上げだ」
日が暮れ始め、アルトがメイガスタの横に立ち、5人にそう告げる。
ブレットとルナリスはまだ余力がありそうだったが、他の3人は死にかけの表情だった。
訓練を始めて半年、それでも慣れる事は無かった。
「お前ら気をつけて帰れよ」
そう言いアルトとメイガスタは手を振る。
「なぁ、ちょっと飯でも食って帰らねーか?」
「あたしはパスでー」
ブレットの提案に珍しくルルノアが乗らなかった。
「私はもう少し訓練してくわ」
「私も気になる本があるから」
そう言いカーニャとルナリスも別れ、残ったのはブレットとレレリアだけだった。
「二人になったな」
「は、はひっ……」
きょどりながらブレットから少し距離を取りレレリアは返事をする、相変わらず挙動不審だった。
前髪は長く伸び目に掛かっている、眼鏡も掛けているし、視界は悪くないのだろうか。
今思えば……彼女とまともに話した事も、しっかりと顔を見た事も無かった。
「なぁレレリア、二人で飯食いに行くか?」
「ぶ、ブレットさんと二人ででででですか?!」
興奮なのか、動揺なのか、以上に『で』の回数が多かった。
「嫌か?」
「め、滅相もな、ないでしゅ!」
「でしゅって、可愛いやつだな」
「ふひっ……」
その変な笑い方はあまり可愛くないが……まぁそっとしておいてやろう。
「レレリアは何か食べたい物あるか?」
「わ、私はブレット様にあ、合わせましゅ!」
「様って……そうだな、最近転生者が発明したって言うらーめんとかどうだ?」
「是非!」
ブレットの提案に間髪入れずに返事をする、恐らく何が来ても頷いて居たのだろう。
最近この国にも転生者が開発した技術やら食べ物が多く入って来て居た、そのうちの一つがラーメン……何でもパスタとはまた違う麺類の料理らしかった。
食べた事は無い、故に少し楽しみだった。
「らっしゃっせー!」
「2名さまですか?」
「はい」
「奥のテーブル席どうぞ!」
元気の良い接客を受け、奥の席へと通される、それなりに人が入っていると予想はして居たが、思っている以上に大繁盛している様だった。
「ご注文は!!」
「あー、ラーメン二つで」
「あいよ!!」
元気が良すぎて逆に落ち着かない。
「ラーメン二丁、お待ち!」
まるで最初から用意してあったかの様なスピードでラーメンを勢いよく机に置く、いや……ラーメン屋なのだから最初から用意されて居たのだろう。
レレリアとブレットの間に会話は無く、周りの雑音とラーメンを啜る音だけが響き渡る。
そしてブレットは食べ終えると器を置き、自身の周りを綺麗にするとゴミを丸めて器の横に置いた。
「なぁ、レレリアは俺の何処が好きなんだ?」
「ぐふっ!」
突然の言葉にレレリアは思わずラーメンを吐き出すほど咽せて居た。
「いやいや、そんな驚く事か?」
「す、すみましぇん!私の汚い色々がブレット様に!!」
慌てて有りったけのティッシュをブレットにレレリアは渡す、別にそれ程気にしても無いのだが……
「まぁ言いたく無かったら別に良いぜ、俺も軽い好奇心だったしな」
「わ、私がブレット様のことが好きな理由は……」
「理由は?」
みるみるレレリアの顔が赤くなって行く。
そして恥ずかしさからなのか、水を取って飲もうとするがラーメンの湯気で曇った所為で目測を誤り水を倒しそうになって居た。
「そそっかしい奴だな」
「す、すみません!」
そう言いながら眼鏡を外す、そして髪を掻き分け、ラーメンを啜る、その時に初めて見えた彼女の顔にブレットは視線を奪われて居た。
何処かで見た様な……だが思い出せない。
そして結局、レレリアがブレットの事が好きな理由も聞く事なく……二人は別々の帰路へと着いた。




