第69話 特訓
「来い」
対面するカーニャを両手を広げて挑発するアルト、訓練の一歩目……スタートラインに立つにはまず人を攻撃出来ないと行けない。
大きく深呼吸をしてカーニャは精神を統一する、どんな訓練をするにせよ、人を攻撃出来なければ意味はない。
彼女にとっては恐らくこれが最大の難関だった。
「そうだな、まずは拳を握れ」
「こ、こう?」
そう言い拳を握るカーニャにアルトは渋い表情を見せる。
「親指は中にしまうな、外に添えるだけで良い、それで俺を殴ってみろ」
「分かった」
そう言いカーニャは何の躊躇もなくアルトの顔面を殴る、あまりにも突然の出来事にキョトンとして居た。
「え?」
「え?」
二人は顔を見合わせる、アルトは何が何だかと言う表情だった。
「お前、攻撃できないんじゃ無いのか?」
「普通に殴るのなら大丈夫」
「どう言う事だよ」
別に殴るのは怖くない。
私は非力だ、だから相手を傷つけても殺す心配は無い……私が最も恐れて居るのは死ぬ事、相手を殺してしまう事だ。
だから非力な私が殴っても死ぬ心配はない、だから殴れる。
困惑するアルトにそれを説明すると彼は少し驚いた表情をして居た。
「死が怖いか……まぁ一理ある、死って言うのは一番理解出来ない事だからな」
そうだ、私も理解できない……だからこそ怖い。
死んでしまったらどうなるのか、魂は何処へ行くのか……生まれ変わりはあるのか。
時に、運命なんて言葉がある。
彼はここで死ぬ運命だった、だから仕方ない。
果たして本当にそうなのだろうか、それが病気なら仕方ない……そう思える。
だが人の手で人を殺す、それだけは間違って居ると思う。
例えカナデでも……許せる事ではない。
「私は……人は人を傷つける行為に付いては何も思わない、それで繋がる事もあるから」
「まぁ、不良漫画とか典型的だよな」
「フリョウ?」
「あぁ、何でもない」
「そう……続きだけど、人は皆んな平等に命がある、その命は寿命を全うして初めて失われるものだと思うの」
「人の手でそれを終わらせる事は決してあってはならない……てか?」
その言葉にカーニャは頷く、アルトが思って居るよりも色々と考えすぎて居る様だった。
人が死ぬ
それは至極普通のこと、そしてこの世界では殺人事件なんて物は日常的に行われている。
言ってしまえばこの世界の人の命は軽い。
「少しタバコ吸っても良いか?」
「……はい」
分かりやすく嫌な顔をカーニャはする、アルトは演習場を出ると外でタバコの火を付ける。
彼女に言われて思い出したが……人の命は平等だ。
異世界に来て忘れていた……そう言うわけではない。
元々ニュースで人が死んでも、『酷いな』その程度しか思わなかった。
普通そんな物だ、いや……命を平等にすら見れて居ない。
老人と子供、その両者を比べれば俺は未来ある子供の方が価値があると思う……だが彼女は違う。
本当の意味で全てを平等に見ている、正直……俺には想像できない。
悟りを開いた僧侶ですらどうか……だがそうなると攻撃するのは不可能な気がした。
「どうしたもんか」
タバコの煙が風に攫われ消えていく、タナトス、阿毘白……あいつらは恐らくこの国を攻撃しに来る。
この国に昔ほどの戦力は残って居ない、魔帝十傑もやられ……あいつらに対抗できるのは俺とメイガスタの二人、果たしてこの国を守り切れるか。
「心配事かな?」
「んお、メイガスタさん」
偶然か、メイガスタが演習場近くを通りがかる、そしてアルトを見つけるとゆっくりと近づいて来た。
「君がそんな表情をするなんてらしくないの」
「ことが事なだけに……下手すれば国が滅ぶも知れないですよ」
「……そうじゃな、儂も昔ほどの動きは出来ない、じゃがルデールの兵士は強いじゃろ?」
「まぁ俺が鍛える日もありますからね……でも俺達転生者は強いですよ」
「強いか……そう言われると昔の血が騒ぎ出すの」
メイガスタの言葉にアルトは苦笑いを浮かべる、転生者の俺が言うのもあれだが、彼の強さは桁外れだ。
さすが大陸最強と呼ばれて居ただけはある。
「それに、アルト……お主をこの国に受け入れた日から覚悟は決めて居た」
「本当に……申し訳ない」
「そうしおらしくなるで無い、そうじゃ……ここは久しく、一戦交えるか?」
「手合わせですか……確かに強者との戦闘も久しくして無いですし、リハビリを兼ねて、やりますか」
そう言いタバコの火を消してポケットから取り出した吸殻入れにしまう、すると物陰から勢い良く人が数人飛び出して来た。
「なんだお前達、話聞いてたのか?」
まだ包帯すら外れて居ないブレット達に加えてルナリスが物陰からドミノ倒しに姿を現す、いつから居たのか……と言うかルナリスは普通に訓練をしにくれば良いのに、何を隠れて居たのだろうか。
「国のトップと言っても良いお二人のお話を堂々と聞くのも失礼かと思って……」
「こっそりは余計にダメだろ、それに気配で何と無く気づいてたしな」
「申し訳ありませんですわ」
「まぁ良いさ……それより、メイガスタさん、演習場で良いですか?」
「まぁ……狭いが仕方ないの」
そう言いアルトとメイガスタは演習場の中へと入る、二人の戦い……それをブレット達は逃す訳もなく、演習場に続いて入った。
「さてと、メイガスタさんと戦うのは二年ぶりですかね」
「そうじゃな、まぁ今回は手合わせ……手柔らかに頼むよ」
そう言いメイガスタが杖を構える、相変わらず手合わせだと言うのに凄まじい威圧感だった。
彼の魔力が夏になると暑い気温でモワッとした様な感じで見える、かなりの魔力に当てられてなのか、観戦しているブレット達の中に少し体調を崩す奴も出ていた。
だがメイガスタの前でそんな事を気にして居る暇は無い。
「下か」
地面から嫌な感じを察知すると飛び上がる、すると次の瞬間魔法陣が出現し、金色の鎖がアルト目掛けて飛び出して来た。
無数の鎖はまるで生き物の様にアルトを目掛けて自動追尾する、ただ追尾するだけではなく、メイガスタに近寄れない……流石だ。
「相変わらず凄い魔法の練度だ」
あの鎖魔法自体はそれ程すごくは無い、彼の凄い点は一瞬にして複数の魔法を使用する事……この鎖魔法にも分かるだけで五つくらいは魔法が重ね掛けされて居た。
転生者でもできる奴は少ない……いや、居るかどうかすら怪しい。
「俺も少し本気を出させて貰いますよ」
剣を抜くと凄まじい程の突風が鎖を粉々に砕く、そしてアルトは目にも止まらぬ速さで方向転換するとメイガスタとの距離を詰めた。
「相変わらずデタラメじゃの」
そう言い杖で剣を受け止めると上へと弾く、純粋な肉体も老人とは思えない……一体どんな構造をしてるのやら、本当に異世界人なのだろうか。
「俺と戦えてる時点でメイガスタさんも相当化け物ですよ」
「まだまだ衰えては居らんからのっ!!」
二人が一撃を交える度に地が揺れる、あまりにも桁外れの戦いにカーニャを除いたメンバーは驚きを隠せずに居た。
次元の違う強さ、現賢者とその候補の戦いなど見れる物では無い。
カナデの戦いを間近で見ていたカーニャにとっては驚くほどの戦いでは無いが……その実力の高さは嫌でも思い知らされる。
そして自分の現在位置にも。
だがあの実力の持ち主にこれから鍛えてもらう……悲観することばかりでは無い。
「随分と鈍っておるのでは無いか?アルトや!」
「メイガスタさんこそ、老化には勝てない様ですね!!」
「何を!!」
楽しんでいる様にも見える手合わせは10分以上続く、そして演習場の崩壊と共に二人の手合わせは終わりを告げた。
「ちょっと……」
「やり過ぎたかの」
崩壊する演習場の中、少し反省する二人、そして唖然と立ち尽くすブレット達……何というか、言葉も出なかった。
「あ、あの……攻めてくる奴らはお二人よりも強いんですか?」
話の一部を聞いていたブレットが恐る恐る尋ねる、その言葉に二人は難しい表情を見せた。
「まぁ……強いな、かなり」
「アルトの様な者が他にも居るとは考えたくもないの……」
メイガスタも空を見上げて告げる、その言葉にブレットは息を呑んだ。
「まぁ、心配するな……生徒は必ず守る、この国の人達もな」
自身が運んで来た悩みの種は自分で消すまで……誰も殺させない。
「ちょうど良い、お前ら全員俺がきっちり訓練付けてやるから、覚悟しとけよ」
そう告げるアルトの言葉に面倒臭そうな反応をする者、喜びを表す者、反応は様々だった。
だが色々と言いつつも、とある事だけは共通していた。
強くなると。




