第45話 筆記試験
気まずい。
なんか流れで学院の試験を受ける事になったが、隣り合わせで座って居るアリアと言う子がとにかく何も喋らない。
元々私も口数が多い方では無いが、沈黙は苦手なタイプ……少し相性が悪いかも知れなかった。
「なにボケっとしてんのよ、筆記の試験が始まるんだから筆記用具出しなさいよ」
「あ、持ってない……」
「はぁ!?あんた何しに来た訳?!ったく、しょうがないわね」
呆れながらもアリアは自身のペンと消しゴムを1セットカーニャに渡す、口調は強いが、なんだかんだ悪い人では無いのかも知れない。
「ありがとう……」
申し訳無さそうに受け取ると裏返しの紙の横にペンと消しゴムを置く、いつ試験は始まるのか……他の受験者は大人しく前を見つめ座っていた。
ソワソワと辺りを見回したり消しゴムの位置を変えたりするカーニャ、すると突然アリアは此方に視線を向けた。
「あんたジッと出来ないの?」
「あ、ごめん……」
「別に謝んなくても……あぁ、調子狂うわね」
何をそんなに怒っているのだろうか。
「まぁ緊張するのも無理ないわ、この試験は人生を左右する訳だし」
「人生を左右する?」
「そうよ、この国は魔法大国、他の国よりも魔法に優れている……この国では魔法を使える者が成り上がれる、メイガスタ様のようにね」
「魔法が全てなんだ」
「えぇ、逆を言えば魔法が使えなければ虐げられる……ウチのママみたいにね」
そう悲しい顔で告げる、あれだけ美味しくて美人な人がやっているお店に人が居ない理由が何となく分かったかも知れなかった。
「だから私はこの学校を何としても首席で卒業する……もうあんな想いはしたくないから」
アリアがそう告げるのと同時に試験会場にチャイムが鳴り響いた。
そして一人の男が姿を現し、拡声器の様な物を持ち、試験会場にいる100を超える試験生に話し始めた。
『えー、お集まりの……なんだっけ、まあ良いや、筆記試験の時間は1時間、んじゃ開始ね』
気怠げに、雑な説明で開始を告げる、その瞬間一斉に机に置かれて居た紙を裏返し始めた。
カーニャも周りを真似て紙を裏返す、試験なんて受けるのは当然初めてだった。
私には幼少期の記憶が無い、父の記憶も母の記憶も……あるのは名前は何だったか、とある老人に拾われたあの日からの記憶しか無い。
何故名前を忘れているのだろうか……あの人は私に優しくしてくれたのに。
いや、忘れているのでは無い……思い出した、あの人は私に名を名乗って居ない。
そもそもあまり会話もした事無かった、だが今私がこうしてこの試験の答案を読めるのも書けるのも、あの人のお陰だった。
基本的な読み書きは全て教わっている、この試験も特に難しくは無さそうだった。
問題は魔法の基礎的な事や発動条件、詠唱の文など……数々の魔導書を読んで来た私の敵では無い。
30分ほど掛けて問題を全て解き終えるとペンを置く、まだ周りでは書く音が聞こえて居た。
「ふぅ……」
それにしても何故昔の事など思い出したのだろうか……分からない。
カナデに買われてから色んなことがあり過ぎて恐らく思い出す暇すら無かったのだろう、正直カナデに満たされている今、帰りたいとは思わないが……一言礼は言いたかった。
過去の事も分からない、未来なんて奴隷には無い……そんな絶望して居た私を救ってくれたカナデには感謝しても仕切れない。
「お前、もう終わったのか?」
いきなり隣で声がする。
驚きながら振り向くとそこには髪がボサボサの無精髭を生やしたおっさんがいた。
「あ、はい……」
「まぁ、基礎的な問題だしな……名前は?」
「カーニャです」
「そうか、実技期待してるぞ」
そう男は言い捨てると何処かへと去って行く、一体何だったのだろうか。
身なりからして教員には見えないが……
「あっ」
男の背を追っていると終了を告げるチャイムが鳴り響く、そして試験官が終わりを告げると先程まで静寂に包まれて居た会場は談笑の声でいっぱいになった。
「ふぅ、あんた試験の方どうだった?」
「結構自信はある……かな」
「私もよ、けど気は抜けない、次は実技試験なんだから」
アリアの顔は少し険しかった。
「実技って何するの?」
「あんた……何も知らないのね」
カーニャの言葉に呆れた表情をする、いきなり受験する事が決まったのだから知らなくて当然なのだが、彼女には知ったこっちゃ無いだろう。
「実技は例年の試験内容から見て、考えられるのは三つ、一つはルデール王都周辺にある森で出された課題をクリアするタイプ、もう一つは受験生同士の模擬戦、そして三つ目が……」
「俺達教員との模擬戦だ」
アリアの言葉を遮る様に先程のおっさんが現れる、彼を見た途端にアリアは驚いた様子で後退りした。
「おい、あれって次期賢者のアルト様じゃ無いか?」
一人の受験生がおっさんを見つけてそう言い放つと周りの受験生は興奮気味に彼へと押しかけた。
このままでは潰される、そう察知したカーニャはアリアの手を引いて集団の中から抜け出す、次期賢者……世間知らずの私でも魔導書を読んでいてその称号は知っている。
簡単に言えば存在する魔法を使う者達の中で最高峰の者に与えられる称号だった。
とは言え知っているのは賢者の称号がどれだけ凄いかと言う事位だった。
「ねぇ、あの人賢者にしては若くない?」
「えぇ、前賢者のメイガスタ様が引退してからその席は空席だったんだけど……彼が突然頭角を表して、一気に次期賢者まで駆け上がったのよ」
「突然ってこの国人じゃ無いの?」
「さぁ?まぁ良くも悪くも、この国は魔法の才能さえ有れば成り上がれるから」
そう言いアリアはカーニャに背を向けると試験会場を出ようとする、だが数歩歩いた所で止まると此方へと振り返った。
「何してんのよ、行くわよ」
「へ?」
「実技の試験会場よ、あんた抜けてるから一緒に行くわよ」
そう少し照れながらアリアは告げる、彼女は何なのだろうか。
私の事が嫌いなのかと思えば優しさを見せる……悪い人では無いのだが、よく分からない性格だった。
「あらぁ?これはこれは、血の魔女の末裔アリアちゃんじゃありませんかぁ?」
試験会場を出ようとしたその瞬間、突然出口を塞ぐ様に一人の少女が立ちはだかった。
彼女はアリアを見ると不敵な笑みを浮かべながら近づく、そして服に唾を吐き掛けた。
「言ったわよねぇ、アンタこの試験に出るなって」
この世界では少し珍しい青い髪を揺らしながらアリアに近づく、当の本人は何故か俯いて居た。
「まぁ、出ちゃったものは仕方ないし?許してあげる、実技……がんばってね」
そう肩を軽く叩くと彼女は取り巻きを連れて何処かへと行ってしまった。
「もう……服汚れたじゃない」
そう言いアリアはハンカチで服に付いた唾を拭き取る、何故怒らないのだろうか。
「ねぇ、何で何も言い返さなかったの?」
「別に、あんなの相手しても無駄でしょ」
そう言いながらもアリアは拳を握りしめている、悔しいのは見え見えだった。
私は……あまりコミュニケーションが得意では無い。
覚えている範囲で、生まれてから関わって来た人間なんて数える程、人の気持ちもあまり分からない。
正直カナデがこんなに大好きな理由だってイマイチ理解して居ない……だがこれだけははっきり分かる。
アリアが馬鹿にされてムカついた、悲しかった。
だが何でそんな感情を抱いたのだろうか。
別にアリアの事はカナデさんの様に好きでは無い……だが嫌いでも無い。
「うぅん……」
唸る様に頭を悩ませる、感情と言うのは難しかった。
「何唸ってんのよ、私達も実技試験場行くわよ」
「あ、うん……」




