第三十五話 廃人
「この辺りか」
日が傾き、酒場が賑わいを見せる頃合い、そんな中でカナデは一軒の酒屋を訪れていた。
地下へ向かう前に、メリナーデを回収しておきたかったのだ。
「メリー様、酔い潰れてる場合じゃないですよ」
机に胸を乗せ、周りの視線を集めながら涎を垂らし眠るメリナーデをゆっくりと起こす、良くこんな所で飲んでいて襲われない物だった。
意外と異世界も治安が良いのかも知れない。
「兄ちゃん、その人のツレかい?」
店主だろうか、照明の光が頭に反射して目潰しされそうな程の輝きを放ちながらカナデに話し掛ける、その表情は少し苦い様だった。
「そうですが、どうかしましたか?」
お金の面は大丈夫な筈、メリナーデにはそれなりにお小遣いは渡してある。
「いや、その人出禁な、うちの客を5人も潰しやがったからよ」
そう言い床を指差す、そこにはガタイの良い男が5人、酔い潰れて地面に突っ伏していた。
「これは?」
「この美人さんの飲みっぷりを見てコイツらが勝負を仕掛けたんだよ、まぁコイツらが悪いんだが……とんでもない飲みっぷりでな、このままウチの客が居なくなる、悪いが出禁って伝えといてくれ」
そう言い店主は男達を店の奥へと引きずっていく、屈強な男達を酒で負かせるほどに彼女は強く無かった筈なのだが……不思議だった。
メリナーデをおんぶすると酒場を出る、相変わらず酒臭かった。
「起きてください」
そう言いメリナーデに治癒の魔法を施す、あまり酔いを消したく無いのだが……今日は特別だった。
「あれ……カナデしゃん?」
「起きましたか?少し話したい事があるんですよ」
「話したい事……ですか?」
治癒魔法のお陰で酔いが覚めたのか、ゆっくりメリナーデを下ろすとしっかりとした足取りで歩き始める、カナデの言葉に不思議そうな表情をしていた。
「メリナーデ様は転生者を殺して欲しい……そう言いましたよね」
「ええ、あの時は二つ返事で少し驚きましたが……私はそう言いましたね」
「最近、わたあめと出会って少し思うんですよ、死んだ方が良い転生者ばかりですが、それと同時に殺す必要のない者も居るんじゃ無いかと」
わたあめは許されない事をして居る、だがそれは出会った人間の所為であるとも言える筈だった。
彼女がもっとしっかりとした……善人に出会っていれば年相応の少女になった筈、それに人を助けようとして居る転生者も殺す必要はない筈だった。
カナデの言葉に、メリナーデは何故か嬉しそうだった。
「そうですね、私としては……無責任かも知れませんが、善人悪人関係無く……あまり人が死ぬのは見たくありません」
前にも聞いた様な気がする……本当に無責任だ。
「ですが、私の力はカナデさんの中にあります、どんな選択をとっても、私は否定しません……例え私を殺しても恨みはしませんよ」
そう言い女神の様な微笑みを浮かべる、その言葉と笑みにカナデは少し悪寒を感じた。
「メリナーデ様を殺す事なんて、無いですよ」
「そうですか、ではお酒代をもう少々……」
そう言いにやけヅラを見せる、前言を撤回しようか。
「それとこれとは別です、それに今から少しハードな現場を見る事になるかも知れないですよ」
「ハードな現場?」
カナデの言葉にメリナーデは不思議そうに首を傾げる、口で説明するよりも見せた方が早い。
信者の数も少なくなって来た廊下を抜けて本部内に併設されている教会へと向かう、いつも赤井が教えを説いている教壇の後ろにある女神の像、以前来た時から少し不恰好だと思っていた。
教会自体は改装していないのか、それなりに年季が入った内装にも関わらず、像だけがやけに立派で新品だった。
「この像は、リリアーナですね」
そう言いメリナーデは感心して像を見上げる、この様子だと忠実に再現されている様だった。
風貌はメリナーデとは逆で、首元にかからない位の髪の毛に少し小柄で胸元が寂しい姿をしていた。
石像故に顔や髪色は分からないが、正直、世間一般の女神像からは少し離れていた。
「ここに何かあるんですか?」
メリナーデの言葉で本来の目的を思い出す、少し脱線してしまった。
「そうでした、この教会の何処かに地下へ続く階段がある筈なんです……まぁこの女神象の下だと思いますが」
そう言い少し身をかがめて女神象の下を調べる、微かに隙間がある……だが像を無理矢理動かすと何かしら壊してしまいそうだった。
「こう言う場合は何処かにボタンがあるのが定石ですよね!」
メリナーデは目を輝かせて言う、何処でそんな知識を身につけて来たのか、何故か楽しそうだった。
と言うか、ボタンの場所はもう分かっているのだが……まぁ余興と思って待ってみるのも一つだった。
「じゃあ手分けして探しますか」
「ですね!」
そう言いメリナーデは床のタイルを這う様に目を凝らして探す、正解は石像の踵付近にボタンがあるのだが……彼女の探している場所へ見当違いだった。
「中々見つかりませんね……」
そう言いながらもボタンを探し続けていた。
「メリナーデ様は、力を奪われる以前はどんな生活をして居たのですか?」
「突然ですね」
カナデの質問に少し驚いている様子だった。
「まぁボタンが見つかるまでの雑談ですよ」
「うーん、そうですね、主に死んだ人の善行や悪行の数を精査して、天国行きや地獄行きなどを決めてましたね」
「一日中ずっとですか?」
「うーん、そこが難しいとこで、私達のいた空間はそちらで言う時間と言う概念が無くてですね……それに人間は生まれては死を繰り返すので……」
そう難しい顔で答える、忘れていたが彼女は女神、俺の様な人間の尺度では測れない生活の様だった。
「あ、でも人間が作った書物は読んでましたよ、人が考える物語が好きなんですよ」
「そうなんですか?」
「はい、神様が全知全能で描かれていたり、神殺し何て物語があったり、人間が創作する物語が……好きなんですよ」
「は、はは……」
女神の口から神殺しなんて言葉が出ると少し気まずい、だが自分では到底出来ない事を物語として作るのは人間にしか出来ない、俺も漫画や小説は好きだった。
この世界ではそれに近しい物はあるが、少し物足りない内容だった。
「そろそろ地下に行きますか」
いつまで経っても見つけられないメリナーデを他所に、カナデは石像に付けられたボタンを押す、すると石像は動かずに石像脇のタイルがスライドし、地下への階段を現した。
「あ、最初から場所分かってたんですか!?」
「まぁ、メリナーデ様が楽しそうだったので……」
「女神様への冒涜ですよ!!」
そうぷりぷりしながら怒る、そもそも女神の威厳などあって無い様な物だが、言わない方がいい事もある。
「行きますよ、少し……酷い光景かも知れませんが」
「は、はい」
カナデの言葉にメリナーデは息を呑む、そして階段を降って行った。
地下は冷房でも掛けているのか、冷たい風が下へ行くにつれて感じた。
「少し肌寒いですね」
そう言い身を振るわせる、やたら胸を強調したノースリーブなど着ていたらそりゃ寒い筈だ。
「これでも来て下さい」
そう言いメリナーデに上着を脱いで手渡した。
「さり気無い気遣い、モテますね」
「うるさいですよ」
メリナーデの無駄口を黙らせると階段が終わった。
少し開けた薄暗い通路、その両脇には格子が設置されていた。
酷い悪臭に思わず鼻を塞ぐ、薄暗くてよく見えないが衛生管理もクソも無い……呼吸するだけでも病気になりそうだった。
「ここは……」
そう言い少しメリナーデは前に出る、彼女は鼻を摘んでいない様だった。
「灯りを灯します」
そう言いカナデは光魔法を発動する、照らされる辺りに2人は目を疑った。
「うっ……」
思わず口を覆うメリナーデ、格子の向こう側……檻の中にはまるで老人の様に老け、痩せ細った男女が横たわっていた。
「酷いな……」
排泄物は処理されず、腐った食パンが転がっている……固形物の便がない辺り、まともな物すら食べさせられてないのだろう。
「こんな事が……あっていいのでしょうか」
「残念ながら、これが現実ですよ……この場合は少し特殊かも知れませんが」
そう言い檻の鍵を壊す、だが檻を開けても彼らが出てくる事は無かった。
ただ檻の中で呻き声を上げ、死を待つのみとなっていた。
「しかし、廃人になるとは言え、ここまで老化するのか?」
檻の中を調べてみるがみんな、見た目が80〜90代程、とてもプルラルフの息子が居るとは思えなかった。
「リリアーナは……何を持ってあの方々を転生させたのでしょうね」
「分かりません、ただ……善人では無いのは確かですね」
そう言い、死を待つ人々に安らかなる死を与えて行く。
メリナーデの治癒魔法の効力は千切れた腕もくっ付けれる、瀕死の重体を負った人間も治癒出来る……だが、治せるのは傷だけ、彼らの症状は老化と同じだった。
進んだ時を巻き戻せないのと同じで、老化した身体も戻せない……強制的に老いる事は出来るのに、その逆は無理なんて理不尽な話だった。
「すまない……」
そっと目を閉じさせ、苦しまない様に絶命させる、無敵と思える力を持っても……救えない者もある事に自身の無力を感じていた。
「私の本来の力を使えれば救えるのに……不甲斐ないです」
悲しみ、怒りが混じった複雑な表情をメリナーデは見せていた。
「誰か……居る、のか?」
奥の方から声が聞こえて来た。
ガラガラでしゃがれた声でこちらを呼び掛ける、光を照らしながら向かうと50代程だろうか、まだ檻に入れられていた人達の中では若い方の男が端に座っていた。
「貴方は……プルドフさんですか?」
「俺の事を知っているのか?」
「お父さんの方から捜索するように頼まれてましたので」
そう言い扉を開けると彼の側へ行く、排泄物はしっかり端に避けられ、まだ形を保っているのを見ると体調の方は深刻では無い様だった。
「少し待ってくださいね」
そう言いプルドフに軽い治癒魔法をかける、老化は治せずとも、体調を良くすることは可能だった。
「気分が……楽になったよ」
「良かったです、立てますか?」
「あ、あぁ……だが、その前に食べ物を貰えないか?」
そう言い腹の音を鳴らす、体調が良くなって空腹も紛らわせなくなったのだろう。
「これを」
そう言い一応持ってきたパンとバターを渡す、写真で見た彼とはまるで別人だった。
「すまない、まさか生きて此処を出られるとは思わなかったよ……」
そう言いフラついた足でカナデの肩を借りる、先程の治癒魔法で中毒症状も取り除けた様だった。
聞きたい事は山ほどあるが……まずはこのクソみたいな地下を出る方が先決だった。
「久し振りに地上をみれますよ」
そう言い、カナデ達は階段を上がって行った。




