最後に言えない言葉
魔法の常識を覆す世界規模の魔法を想像し、創造してみせたローレルの魔法によってブランクの能力は強制的に低下した。
ローレルが作り出してくれたこのチャンスを逃すことなく煌と翔。そして二人の仲間達は一斉にブランクに攻撃を仕掛ける。
「神剣よ!!」
最初に動いたのは勇者のクラスを持つ煌。その手に握りしめる神剣エヴァンゲイムをブランクに振り下ろす。
だが、いくら能力を低下させられたとはいえ、その程度で揺らぐほどブランクは甘くない。
「舐めるな!」
未来でその神剣の恐ろしさを知っているブランクは飛翔魔術を起動させて空へ飛び、複数の魔法陣を展開させて攻撃魔術を煌に放つ。
しかし、その攻撃を大盾を持つプリセラが防いだ。
「守護者、プリセラ!」
「だけじゃないわ」
「ハル達もいます」
ブランクの背後から戦斧と刀で攻撃をしてくるルビーノとハルだが、ブランクは背後に防御魔術を展開させてその攻撃を防いだ。
「チッ! 戦士、ルビーノ! ハル!」
「エルティ様!」
「はい!」
忌々しそうに舌打ちするブランクに今度はラヴァンとエルティの魔法と精霊魔法の同時攻撃を攻撃魔術で相殺する。
「ラヴァン! エルティ!」
かつての仲間達からの攻撃に苛立ちを露にするブランクだけど、そんな暇はなかった。
不意にブランクは眩暈に襲われる。
「闇術師、クーファ!」
すぐに状態回復魔術を起動させて闇術師の状態異常魔法を解除する。
かつて共に戦った仲間達の攻撃。それに何も思わないブランクではない。
「ふざけるな!!」
怒声と共に放たれる数十もの魔術による乱れ撃ち。その攻撃を受けて負傷してしまう彼女達に。
「【我が神よ、大いなる神よ。卑小なる我が声に応じてくださるのなら聖なる力を持って彼の者達に癒しの施しを】」
神聖魔法によってラヴァン達の傷を治療する聖職者のサクロ。
「サクロ!」
サクロの治療を受けて再び攻撃を再開する彼女達にブランクは叫んだ。
「お前等わかっているのか!? 遠くない未来でお前等は死ぬ! 間違いなくリュマダの手によって死ぬんだ! それを回避する為に俺は未来から来たのにどうして邪魔をする!?」
「それはショウ様が一番傷つくからです」
その叫びにラヴァンが答えた。
「確かにローレル様一人を犠牲にすれば私達、いえ、この世界は救われるのかもしれません。ですが、その結果一番傷つくのは他の誰でもないショウ様自身です」
「そうだよ。これまでだっていっぱい傷ついてそれでもまだ傷つく姿なんて私達はもう見たくない」
「愛する貴方の為に死ねるのなら私は本望なのでしょうが、誰かを犠牲に生き永らえる気は私にはありません」
「ハル達だってもっと強くなります! だからご主人様、もう止めてください!」
ラヴァン、サクロ、エルティ、ハル。これまで翔と共に旅をして好意を寄せている彼女達の本心。
心身共に傷つきながらも戦い続けている彼を終わらせようとする。
だが。
「どうしてわからない! 俺にはもう、これしかないんだよ!!」
ブランクは止まらない、いや、止められない。
千年もの間、リュマダを殺す為だけに生きてきたブランクにとってもはやそれは彼を生かす理由となっている。ここでブランクを止めるということはブランクを殺すということだ。
「この世界は終わる! 煌が死ぬことで世界も、人類も全てが終わる! 俺はそれを見てきた! それを回避する為にも無限動力が必要なんだ!!」
何もない終わりの世界。それがこの世界の終末。
その終末をたった一人で生き永らえてきたブランクはどうしてもそれを回避したかった。
仲間の為に、親友の為に、この世界に住む人々の為に。
その為にならブランクは愛する人を殺す覚悟を決めた。
「だから、俺の邪魔をするな!!」
魔法陣を展開する。そこに急速に集束するプラズマは強烈な雷となって降り注がれる。
「させないよ!」
だが、煌は神剣エヴァンゲイムの力によって両断する。
「翔!」
「わかってる!」
言葉に応じるように煌の足元に魔法陣を展開させて足場を作る翔。煌はその魔法陣を足場に空に漂るブランクに接近するが、ブランクは腕に幾重もの魔法陣を展開させて強化と硬化更に回復まで施して神剣を躱しつつ煌と接近戦を繰り広げる。
「こっちの方が俺は得意だってこと知ってんだろ?」
「ああ、勿論。だから近づいた」
翔は魔術師。だけど翔自身は接近戦の方が得意とする。それは煌も良く知っている。
だからこそ近づいた。自分が得意とする距離なら翔は必ずそれに応じると。
「!?」
神剣エヴァンゲイムに複数の魔法陣が展開されて神剣の威力が跳ね上がった。
「くたばれ、俺」
そして更にブランクの背後に転移した翔が神霊魔術を起動させる。
正面は強化された神剣を持つ煌の一撃。
背後からは神の使徒を一撃で葬った神霊言語が含まれた神霊魔術。
挟まれたブランク。絶体絶命の状況化に陥りながらも冷静に思考を巡らせて転移魔術でその場から離脱する。
―――のだが。
「なっ!?」
魔術が起動しなかった。
何故? と疑念を抱くその視線の先には………。
「ごめんなさいなのです」
こちらに杖を向けて悲しい瞳で見据えるローレルの姿が。
それを見てすぐに理解した。ローレルが魔法で魔術を封じたということを。
魔法と魔術では意味もその能力も似ているようで全く違う。だから魔術が魔法に干渉することも魔法が魔術に干渉してその力を封じることはできない。
それなのにローレルはまるで当然のようにやってのけた。
千年も生きて魔術の研鑽を積み重ねてきたブランクでもそんなことができないというのに。
「規格外め………」
そこまでされたのならもはや怒りを通り越して笑いが出てくる。
(凡人はどこまで行っても凡人か………)
どれだけ強くなりたいと願っても、どれだけ強くなろうと研鑽を積み上げても、特別な存在にはなれない。
煌のような勇者にも。
ローレルのような規格外にも。
凡人以外何者にもなれない。
そんなこととっくの昔にわかっていたはずだった。
(だからこそ、俺は………ッ!!)
抗うしかなかった。
血反吐を吐きながらも、何度地面に這い蹲ることになって、抗い続けるしか道がなかった。
親友が殺され、愛する人が殺され、仲間も殺されてもそれ以外の道はなかった。
突き進むしかなかった。それしかなかったから。
―――だから。
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっっ!!!」
「「っ!?」」
ブランクは迫りくる危機的状況のなかで空間を震えさせるほどの咆哮をあげて神剣を素手で掴み、翔の腕を掴み取って魔術でも技でもない無茶苦茶な力技で強引に二人を地面に叩きつける。
「がっ!?」
「ぐっ!?」
地面に叩きつけられる二人にブランクは叫んだ。
「俺は負けられない!! 負けるわけにはいかねえんだ!!」
叫びを上げるブランクは胸にある賢者の石を強引に剥ぎ取る。それを媒介に魔術を起動させる。
「千年間、俺はずっとリュマダを殺す為だけに生きてきた! それの邪魔をするな!!」
「いいえ、邪魔するのですよ」
千年間積み重ねてきたその魔術を起動させる瞬間、不意に現れたローレルの存在に一瞬の虚を突かれるブランクだが、ローレルはその一瞬の隙を逃すことなくブランクを抱きしめた。
それは魔法でも特別な何かでもない。誰でもできるただの抱擁。
何故そんな事を? その抱擁の意味に理解できなかったブランクだけど構わずに魔術を起動させる筈だった。
「なぜ………」
魔術が起動しない。起動条件も問題はない。ローレルからも魔法どころか魔力の一欠けらの気配も感じられない。それなのに魔術が起動しないことに怪訝するもその疑念をローレルが答えた。
「無理なのですよ。翔は私の事が大好きなのですから。そんな大好きな私を巻き込むような攻撃はしないのです」
「馬鹿が………ッ! んなわけがあるか!? 俺はお前を殺そうとしているんだぞ! こんなの魔術に欠陥があっただけで………………」
「翔がそんなヘマはしないのです。手先だけは器用なのですから」
「うるさい! すぐにお前諸共他の奴等も!」
「だからできないのです。だってそれは翔が一番嫌っていることなのですから。現に私は翔から傷一つ負っていないのです。私を傷つける。それを誰よりも嫌がるのは翔なのです」
「そんなのたまたまだ! お前は殺す! そして無限動力を手に入れて俺はリュマダを殺す! それで全てが解決する! 解決するんだ!」
「しないのです」
ブランクの言葉をローレルはきっぱりと言った。
「翔が無事でなければ解決とは言わないのです。翔はいつだって自分の事は度外視して他の人ばかり助けようとするお馬鹿さんです。それでとても頭が固い大馬鹿なのです。だからそんなお馬鹿さんに言ってあげるのです」
ローレルは大きき息を吸って何一つ曇りも憂いもない満面の笑みで言った。
「私は翔を心から愛しているのです。馬鹿で、ドジで、オタクで、家事一つ何もできない私をいつも助けてくれる翔が大好きなのです。だから、大好きな人が傷つく姿なんて見たくもないのです」
胸に秘めたその想いをローレルは言葉に変えてハッキリと告げた。
そしてその想いは翔が抱えているものと同じだった。
「だから私は翔を大事にするのです。一人で傷付かないようにこうするのです」
背に腕を回して抱きしめる。
抱きしめられるローレルの温もりが、言葉が翔の心に響かせる。
「それでも欲しいというのならあげるのです。どうか私の心臓からそれを抜き出してください」
ローレルの魔法によって上書きされた世界が元に戻ってブランクの力が元に戻る。今ならその無防備な背中に一撃入れてそこから無限動力を取り出せる。
けど、手が、腕が、身体が動かなかった。頭ではそうした方がいいと理解していても感情がそれを許さなかった。
「俺は……俺は………っ!」
葛藤する。
千年後の未来からローレルを殺して無限動力を手に入れてリュマダを殺す為に覚悟を固めて来たというのにローレルの言葉にその覚悟が揺らぐ。
「おお、おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっ!!」
双眸から涙を溢してローレルの心臓を貫こうとした瞬間、ブランクの右腕が崩壊した。
誰かが何かをしたわけではない。勝手にブランクの右腕が崩壊した。その光景に誰もが目を丸くしているなかでブランク本人は己の寿命が限界を迎えたことに気付いた。
元々賢者の石で延命しているに過ぎない。それ抜き取ればこれまで騙し続けてきた肉体が限界を迎えるのは当然のことだ。崩壊した腕を見てブランクは皮肉を込めて笑った。
「ハッ、本当に最後の最後まで中途半端な屑野郎だ………」
「翔! しっかりするのです!」
腕が崩壊して今度は足まで灰になっていく。力無く倒れ込むブランクをローレルは支えて地に降り立つとブランクを横にする。
「サーちゃん! 翔を!」
聖職者であるサクロにブランクの身体を治して貰おうと叫ぶもサクロは小さく首を横に振った。
「もう、休ませてあげよう………」
傷でも病気でもない。寿命を元に戻す方法はどれだけ優秀な聖職者でも不可能だ。サクロ以外もブランクがもうすぐ死ぬことを悟るように表情を暗くする。
「でも!」
「いい。もう遅い………」
それでもどうにかしようとするローレルにブランク自身が制止の声を投げる。
ブランクの身体の崩壊が広がっていく。
もうすぐ死ぬ。だけどその前にやるべきことを終わらせる。
「お前………」
「んだよ?」
「煌を死なせるな………。煌が死ねばこの世界は終わりを迎える。そうなる前にリュマダを倒せ」
それは忠告であり、警告でもあり、預言でもあった。
「そしてもう一つ、十二神に会え。全ての十二神に出会い、力を手に入れろ。そして手に入れろ、アカシックレコードを………」
「アカシックレコード………?」
「世界の理を支配する力。それを扱えることが出来るのは魔術師だけだ。リュマダはそれを恐れて魔術師を最弱のクラスに仕立て上げた………………」
全身に亀裂が広がりながらもブランクは必死に口を動かす。
「俺はそれを手に入れることができなかった。だから無限動力を手に入れようとした………………」
ブランクは手に持つ賢者の石を翔に投げ渡した。
「賢者の石はお前の好きに使え………………。俺の千年間の叡智を託す」
「言われるまでもねえよ」
そう答えるのは知っていた。だからこれでいいとブランクは小さく口角を曲げる。
「煌……………」
「いいよ。何も言わなくても。その分、ローレルと話しなよ」
残りの時間は少ない。だから煌はその時間の分もローレルに回させた。
「ローレル……………」
「はいなのです」
「悪い。もうお前の顔がよく見えない」
崩壊が進み既に視力も低下。更には下半身は既に崩壊して残されているのは上半身のみ。けど、残された時間はもう残り僅か。だからブランクはどうしても伝えたい一言を最後にローレルに告げる。
「俺がこんなことを、いう、資格なんてないけど、ローレル…………どうか幸せになってくれ………………」
「なら生きて欲しいのです!! もっともっと私の傍に居て欲しいのです! 翔が死ぬなんて傷つく以上に嫌なことなのです!」
溢れ出る涙が頬を伝ってブランクの頬に温かい雫が落ちる。
「いるさ、ずっと傍に………………。この世界の、俺が………………だから泣く、な」
「泣きます! 大泣きするのです! もううざったらしいぐらいに泣いてやるのです!! それだけ悲しいのです! 辛いのです! 苦しいのです! だから、だから勝手に一人で死なないで欲しいのです!!」
「……………………じゃあな」
そしてその言葉を最後にブランク、未来からやってきた九条翔の身体は崩壊した。
ローレルは泣いた。
込み上げてくる衝動に身を任せて声を上げて涙を流した。
翔に付き従うラヴァン達も静かに涙を流し、サクロは指で十字を切る。付き合いが短い煌の仲間達であるルビーノ達は背を向ける。
煌と翔は涙を流すローレルを見据えながら口を開く。
「最後ぐらい好きの一言ぐらい言ってやりなよ」
「俺にそんな資格はねえよ。あいつもそれを知っている」
それを言う資格などない。だからこそ最後の最後までその一言を告げなかった。好きも、愛しているも、それをローレルに伝える資格は九条翔には存在しない。
ただ翔はどこまでも泣き続けるローレルに血が出るほど手を強く握りしめる。




