黒衣の人物
白亜の塔を攻略した翔達は次の街を目指して街道を走っていた。
「何度乗っても凄いものですね、この車というのは」
「俺の世界の乗り物だからな。この世界には物珍しいのも無理はねぇ」
エルティは恐ろしい程の速度を出す車という乗りものに今も慣れずに戸惑いながらもそう口にする。
翔達にとっては日常でも異世界では一生見ることもない代物だから無理もないと思いつつ翔はそう答える。
「ショウの世界だとこれってよく見るものなの?」
「ああ、毎日見てんぞ。つっても乗って運転したのはこの世界に来て初めてだけどな」
まだ高校生の為、免許は持っていないがここは異世界。年齢も法律も関係なく乗れる。
煌やローレルと会ったら乗せてやるか、と一考する。
「ああそうだ。次の街は治安がよかったら少し休むぞ」
「え? よろしいのですか? いつものようにコウ様とローレル様の情報収集と食糧確保をした方が……………」
「あのクソ神の使徒が言ってたろうが。あのお人好し共は生きて俺以上に強いならそう簡単にくたばりはしねぇ。それにあの塔での疲労もデカい。足手纏いになっても困るんだよ」
淡々と告げる翔の言葉は正しかった。
途中までとはいえ、終わりが見えない階層を上がって行ったんだ。自分が思っている以上にも疲労が溜まっている恐れがある。
「お前等がくたばろうがどうでもいいがな。それはそれで目覚めが悪いんだよ。いいから休んどけ」
素っ気なく言う翔の言葉にラヴァン達は微笑しながら頷く。
相も変わらずぶっきら棒な優しさに愛嬌すら抱く彼女達は素直に彼の言葉に応じることにした。
「はい」
「はーい」
「わかりました」
「かしこまりました」
返答する彼女達に「フン」と鼻息を鳴らす翔は車を走らせていると、不意に前方に人が現れた。
「!?」
咄嗟にブレーキを踏んで急停止する。彼女達の小さな悲鳴が聞こえるも無視して翔は窓を開けて顔を出す。
「おい! 危ねぇだろうが!!」
前方にいる人に声を飛ばすも翔はその人物の姿に眉根を寄せた。
そこにいたのは黒ずくめのローブを全身に纏い、フードを被って顔は仮面で素顔で隠している。
両手には手袋はめて肌の露出が一切存在していない。
「んだ? お前…………………?」
性別すらも検討できない黒衣の人物に怪訝すると、ラヴァン達も翔と全く同じ反応をする。
「この先には行かない方がいい」
「あぁ?」
不意に黒衣の人物はそう言葉を発すると、別の方角を指す。
「この先に街がある。そこに行くといい」
「なんでお前の指図を受ける必要があるんだ? あぁ?」
「指図ではない、忠告だ。とはいえ、疑うのも無理はないか…………」
「たりめえだ。顔も見せない奴をどう信用しろって話だ」
正論を口にする翔に黒衣の人物は少し考える素振りを見せる。
「御尤もな意見だ。だが、生憎と正体を明かすことはできない。だから勝負をしようと思う」
「あぁ?」
「君達が勝ったら私は正体を明かそう。だけど、私が勝ったら私の言葉をどうか信じてくれ」
「………………………………面白ぇ。やってやろうじゃねえか」
翔はその勝負を受けて車から降りようとするが、黒衣の人物は制止の声を投げてこう言った。
「いや、私が戦うのは君ではない。彼女達全員だ」
「私達………………………?」
黒衣の人物は勝負の相手を翔ではなく、ラヴァン達を指名すると翔は苛立つように舌打ちする。
「チッ、おい、俺と戦るのがそんなにも怖ぇのか?」
「いや、そうではない。君のせいで己の殻を割れていない彼女達が不便だから少し勝負ついでに手ほどきをしてあげようと思っただけさ」
挑発染みたその言葉に流石のラヴァン達も表情が険しくなる。
会ったばかりの人にそんなことを言われるほど彼女達は弱くも落ちぶれてもいない。
「ショウ様、ここは私達が」
「そうだね、流石にちょっとカチンってきたよ」
「ハル達だって強くなっているのです」
「ええ、そう易々と負けるつもりはない」
それぞれが杖、メイス、刀、弓矢を手にして黒衣の人物と対峙するように立つ。
「いつでもくるといい」
「それじゃ―――」
「参ります!」
サクロとハルがメイスと刀を持って黒衣の人物を挟むように左右から得物を振るう。回避も防御もする素振りも見せない黒衣の人物にメイスと刀を叩きつける。
―――だが。
「「!?」」
サクロとハル。二人の得物が粉々に砕け散って四散してしまった。
その光景に誰もが目を見開き、言葉を失う。それは翔も同じだ。ラヴァン達の得物は全て錬金魔術によってより強固にしているだけではない。素材にもオリハルコンも加えている。
不壊とまでは言わないが、ああもあっさりと壊れることはまずありえない。
しかし、その現象は起きている。
何をした? と思い翔は魔昌眼で黒衣の人物を解析しようと開眼する前にラヴァンが叫んだ。
「魔法です! その方は自身に魔法を施して防御を固めてます!」
「正解だ」
ラヴァンの言葉に黒衣の人物は頷いた。
「これは何も特別な力じゃない。やろうと思えば誰だってできる」
簡単に言うも、魔法使いであるラヴァンでもまずできない。いったいどれほど鮮明に強固に想像しているのか自分にはわからない。
「ならば!」
エルティは地面に手を当てて精霊魔法で黒衣の人物の足元を一瞬で泥沼に変える。それで動きを封じて風を纏った矢を放つ。
だが、黒衣の人物は沈むこともなければ風を纏って威力を底上げしている矢を指二本で止めた。
「【カデナ・チェイン】!」
無詠唱から発動する魔法の鎖は黒衣の人物を拘束しようとする。
「【ラディック】」
黒衣の人物も無詠唱で魔法を発動させると、ラヴァンの魔法が霧散した。
「私の、魔法が………………………」
「君の魔法を私の魔法で上書きしただけさ。魔法の強さは想像力。君よりも私の想像力が上回っただけの話だ」
「やっ!」
語る黒衣の人物にハルは仙気を纏った拳を黒衣の人物に叩きつけて体内の気を滅茶苦茶にしようとするも、黒衣の人物に何の変化はみられなかった。
「仙気は狐人族の専売特許の力と言ってもいいが、今の君程度の仙気は私には効果がない」
黒衣の人物はサクロに声を投げる。
「聖職者、君に関しては特に言うことはない。君は既に強い心と折れぬ意思があるからね。そして」
続けてエルティに。
「エルフ。君はもっと精霊魔法を使いこなすんだ。その上でそれ以上の力を求めるといい」
「何を言って………………………」
刹那、背後からナイフを持った複数の黒衣の人物がラヴァン達の喉元にナイフを当てる。
「これは、魔法による分身……………………?」
「その通り。さて、では勝負もついたことだし、私の言葉を信じて貰うよ」
「………………………………ああ、癪だがな」
渋々と翔はラヴァン達の敗北を認めつつも黒衣の人物の強さに驚かされる。
翔がラヴァン達と模擬戦をすれば無傷で終わることはない。多少なりの手傷は負う。それだけラヴァン達は強くなっている。だが、黒衣の人物は本当に勝負しながら手ほどきをする余力と実力がある。
間違いなく強い。神霊魔術を手に入れた翔でも勝てるかわからないほどに。
「んで? 結局お前は何者なんだよ?」
「それは語れない。だが、呼び名がないと不便か………………………」
黒衣の人物は右手を顎に当てて「ふむ……」と考えるような仕草を見せる。そして…………………。
「”ブランク”。そう呼んでくれ」
黒衣の人物―――ブランクは己の呼び名を付ける。
「ブランク、空白か………………………」
英語で空白はブランクと呼ぶ。ブランクは己には何もないと比喩しているのか、ただの偶然かはわからないが、それだけの強さを持ちながら何故その呼び名をつけたことに引っかかるところはあったが、そこは追言することはしない。
「まぁ俺にはどうでもいい。約束通りあっちに行けばいいんだな?」
「ああ、それでいい。それははまた会おう」
そう告げてブランクはその場から姿を消した。
ブランク。何者なのか、何が目的で翔達に近づいたのかはわからない謎の人物。
だが、何故か翔はブランクを見ているだけで無性に腹が立った。




