使徒
階段を上がり、80階層に到着した翔達はその階層に目を瞬かせる。
そこはまるで神殿。石材を削って造られた壁や柱の内装も精緻かつ荘厳であり、豪奢の極みがつくされたような階層だ。これまでとは異なるその階層に呆然とするなか――――
「ようこそ、我が主が創られた塔の最上階へ」
上空から声が響き、全員は顔を上げるとそこには天使がいた。
純白の翼を羽ばたかせて現れたのは一人の女性。黄金色に輝く長髪、人間離れした相貌は恐ろしいほどに見目麗しく整っており、白を基調とした装束と銀色の軽装を身にまとう。その両手には白銀の輝きを放つ二振りの剣が握られている。空から舞い降りた天の騎士。その異名が似合う女性だが、彼女の瞳からは一切の生気がなく、まるで人形のように無機質だ。
「天使……………様…………………?」
聖職者であるサクロは彼女の存在に当てられ、その場で膝をつき、祈るように両手を組みながらそう呟いた。
「天使、ですか………………あながち間違いではありません。私は至高の神、リュマダ様より創られた使徒の一人ですから」
何の脈絡もなく己の事を語る使徒に翔の眼差しが鋭くなる。
「なるほどな、随分と意地が悪ぃ塔だと思ったら納得したぜ。流石は邪神だ」
「口を慎みなさい、異世界人。我が主の侮辱は死罪と知りなさい。…………………もっとも貴方方はここで死んでもらいます。我が主に退屈な思いをさせた貴方方を葬る為に私はこの塔に遣わされたのですから」
剣の切っ先を向ける使徒に全員はすぐに戦闘態勢を取る。
「この塔は下界の住民を招いてもがき苦しみながらモンスターの餌になる姿を見る為に創られたもの。それを貴方方は容易く突破してしまいました。故に強制的にこの塔の最上階まで来て貰いました。最後はリュマダ様の使徒である私と戦い、もがき、苦しみ、醜くも抗って、絶望と共に死んでください。それがせめてものリュマダ様に退屈な思いをさせた貴方方の罪滅ぼしです」
「そんなくだらねぇ言い分ではいそうですと頷くと思ってんのか? 人形風情が」
「我が神の前ではいかなる言い分も通ります。それができてこその神なのですから」
淡々と告げる使徒にエルティは風を纏った矢を放つも、剣で矢を払う。
「取りあえずは異世界人、貴方からです」
指名する使徒は一呼吸置いて。
「『神の代行者として告げます。跪きなさい』」
『!?』
たった一言発しただけで翔を除いた全員はその場で跪いた。
「か、身体が………………………」
「動かない………………………」
「そこで大人しく異世界人が死を迎えるのを見届けなさい」
身動きが取れないラヴァン達を一瞥して翔は前へ出る。
「強力な暗示、じゃねえな?」
「その程度のものと一緒にされては困ります。これは”神霊言語”。神の言葉の前では全ては無意味となるのです。最も使徒である私にはリュマダ様のと比べるのも烏滸がましい程に弱いですが」
「ハッ、そうかよ。その神霊言語ってやつは言葉で相手を操れるだけか?」
「まさか。神霊言語とは神の奇跡。言葉だけで奇跡を起こすことができる神のみぞ許された力。貴方のその左眼と彼女達に与えた能力も神霊言語の力の一端です。まさか、十二神と遭遇していたとは、なんとも罪深き人間なんでしょうか」
使徒に言葉に翔は己の左眼に埋め込まれている水晶に触れる。
魔昌眼と能力増大。この二つも元を辿ればその神霊言語という力の一端。その力を知らず知らずの内に手に入れていた。
「至高の神に仕える使徒として穢れた貴方を断罪しましょう」
「吠えてろ」
複数の魔法陣を展開させて魔術を起動させ、先手必勝の攻撃を放つ翔の魔術攻撃を前に使徒は手に持つ白銀色の剣に力を込める。すると剣身に光が帯びる。
「ハッ!」
振るわれた一閃から光の斬撃が放たれて翔の魔術を相殺する。
「私をこれまで倒してきた敵と一緒にしないで下さい」
「!?」
一瞬で翔の背後を取る使徒。背後から振り下ろされる一太刀を咄嗟に防御魔法陣を展開させて防ぐも、その剣圧で吹き飛ばされる。
「チッ!」
義手の五指からミスリルの鋼糸を噴出。柱に括り付けて態勢を整えて地面に足を付ける。
「やりますね。大抵の人間なら私の動きに反応することなく今の一太刀で葬れるのですが、流石は異世界人だけはあります」
「そうかよ」
「しかし、今ので確信が持てました。貴方は他の二人に比べると明らかに弱い」
「………………………………他の二人、だと?」
「はい。貴方は知らないでしょうから冥途の土産にお教えしましょう」
使徒は現在のこの世界の状況を翔に話す。
「以前は魔族が侵略を広げていましたが、今では人間と魔族は拮抗しております。その理由は貴方と同じ異世界人である勇者と魔法使いにあります。勇者は仲間と共に貴方方を探しながら魔族を葬り、魔法使いは古代竜を僕にして同様に魔族の数を減らしています。滅ぼした数だけで言えば既に数千万を超えているでしょう」
この世界に召喚された時は魔族は世界を侵略し、人間は窮地に追いやられていた。
だが、二人の存在がそれをひっくり返して今では拮抗状態まで持って来た。
「貴方も七魔将の一角を打ち倒したようですが、所詮はその程度。あの二人の実力は既に七魔将を上回っています。その二人と比べて貴方は取るに足らない存在」
使徒が語っているのは紛れもない事実だろう。
こんなところでそんな嘘をつく理由がどこにもない。
「しかしそれに気を止む必要はありません。勇者はともかくとして魔法使いは完全なイレギュラー。『勇者召喚』は元来一人しか召喚されないはずなのですが、予想外にも三人。その理由はイレギュラーであるローレル・ラウルスにあると推測しています。そして貴方はそのイレギュラーに巻き込まれた哀れな人間。同情しましょう」
煌は『勇者召喚』によって召喚された言ってしまえば正式な召喚者だ。それに巻き込まれて召喚されたと思っていた翔はその原因は実はローレルにあると知らされる。
本当に巻き込まれて召喚されたのは翔だけだったのかもしれない。
「………………………………そうか、あいつらは生きてんだな」
だが、そんなこと翔にはどうでもよかった。
巻き込まれたなどどうでもよかった。そんなことよりも二人が生きていることに安堵する。
「まぁ、しぶてぇからそう簡単にはくたばりはするわけはねえか………………………」
「何を、言っているのですか?」
多少なりと動揺すると思っていた使徒。二人より弱く、本当に巻き込まれて召喚されてしまったことに何かしらの感情を露にすると予想していたが、その予想は大きく外れた。
「俺があの二人より弱い? そんなもんとっくに知ってんだよ。だから俺は強くなろうとしてる。弱い自分をぶっ殺せれるようにな」
自分の弱さはとっくの昔に思いやられた。
それでもその弱さを受け入れる強さをあの二人は持っていた。
「俺はずっと自分の弱さから目を背けてきた。だが、あいつらは違った。自分の弱さだけじゃねえ、俺の弱さまで受け入れようとしてくれた凄ぇやつらなんだ」
「何の話をしているのですか………………………?」
「だから俺はもう自分の弱さからは逃げねえ。そうじゃなきゃ、あいつらの傍にいる資格はねぇんだよ」
その瞳には先ほどよりも強い意思と戦意を宿す。その瞳を目にして使徒は僅かばかりの警戒を強いらせて剣を構える。
「刑罰を執行します」
「ぶっ飛ばす」
使徒と魔術師は剣と魔術を繰り出す。




