ここから始まる
「はぁ、はぁ、はぁ……………………」
魔族襲来から運よく生き残った翔はラヴァンの師匠のレノアの家で一ヶ月間治療に専念して動いても問題ない程度には回復した。
今は森の中を走って鈍った身体を鍛え直している。
流石に一ヶ月も碌に動かなさなかっただけあって身体が鉛のように重い。
それでも足に力を入れて強引にでも走る。
何においても体力は必要だ。魔族襲来の時のように力不足で動けなくなるのはもう御免だ。
「はぁ…………はぁ…………」
山頂まで昇り切るとそこにある泉の水を手で救って喉を潤す。
力がいる。
強さがいる。
元の世界に帰る為にもまずは自分自身が強くなる必要がある。
ありきたりだが、純粋に体力をつけるにはやはり走り込みは一番だと思う。
特に舗装されていない獣道は鍛えるのにちょうどよかった。
一呼吸置いて翔は次に魔術の訓練に入る。
「《術式展開・雷》」
空から現れる魔法陣から雷が落ちる。
療養中の間にレノアから本を借りて知識を蓄えてきた。その結果といえばいいのか魔術についてわかってきたことがある。
まずこの世界で魔術は弱い。最弱のクラスだ。
魔法使いの下位互換に値するクラスである魔術師が使う魔術は応用力はあっても単純な威力などは弱い。
魔法使いが50の威力の魔法を魔力消費30削って発動させとすれば、魔術師が使う魔術は魔力消費は魔法使いと変わらず、その威力は魔法の半分以下の20程度。
その理由は魔法使いは体内にある魔力を直接放出しているに大して魔術師の魔術は術式や魔法陣を介して起動させる。
直接的と間接的。それが魔法使いと魔術師の差で最弱のクラスと呼ばれる由縁だ。
この世界にも計算式はある。だが、ごく単純な足し算や引き算などの現代社会において小学生が習う程度の計算しかない。だからこの世界の魔術師は弱い魔術しか起動できない。
例外があるとすればこの世界の住人ではない翔ぐらいだ。
現代社会で量、構造、空間、変化などを計算式や方程式などで答えを導き出す数学は翔の得意科目であり、ついでに科学も得意とする。
この二教科だけなら煌にも負けたことがない。
異世界に来ることがなければ数年後には理数系の大学の入試を受けにいく予定だった。
そう考えればこの最弱のクラスは翔にこれ以上にないぐらいに適している。
この世界にやってきた時は術式などどうすればいいのかわからないと頭を悩ませていたが、それは大きな誤解だった。術式は要は計算式だ。そう思えば容易に魔術を起動することができた。
この世界の魔術師は何かを起こすという魔術で限界だが、翔は違う。
翔は何かを起こして、それに新たに変化を加える計算を行うことができる。
膨大な計算式を方程式やグラフなどで省略化して、そこから関連する意味から力を引き出す。
後はそれを呪文、魔法使いでいう詠唱を口にすることで世界に干渉する魔法陣を形成させる。
そうしておくことで魔法陣は自動で発生し、魔術を即座に行使できる。
呪文や魔法陣がなくとも何かを起こすという簡易な魔術なら起動することもできる。
そこから変化を与えるのなら呪文は必須だ。
それ以外にも魔術には利点がある。
魔法は簡単に言えば想像を具現化させる力だ。だが、想像できないものは具現化できない。
逆に魔術師は理論と計算さえクリアすれば人間の想像以上のことを引き起こすことができる。
その証拠がネイション王国の城にある勇者召喚の魔法陣だ。
あの魔法陣を調べて解析できないのが殆どではあったが、あれを参考に翔は新たな理論を構築して転移魔術を可能にした。
座標指定には指定する場所に魔法陣を予め設置しなければならないという欠点があるが、これは翔にとっても大きな変化だ。
「《術式展開・転移》」
足元に魔法陣を展開させてレノアの家付近まで転移する。
見慣れてきた森林に包まれた木造建築の小さな家。静かに余生を過ごすならこういう家で過ごすのもいいかもしれないと思う。
家の中に入って借りている部屋に入るとすぐに作業に取り掛かる。
「お帰りなさいませ」
「ああ」
部屋の扉を開けて入ってきたのはラヴァン。ネイション王国一の魔法使いであった彼女は興味深そうに翔の作業を見入る。
「……………………なんだよ?」
「あ、いえ。男の方が裁縫されるのは少し珍しくて……………………何を作っておられるのかお聞きしても?」
「服だ。着ていた服はもう着れねえ」
学生服は崩壊した城の瓦礫の中。着ていた服は何度も修繕している跡はあるが、血や汚れは完全に染みついてしまっている為に取れない。
ボロボロの服で旅に出る訳にもいかない翔は新しい服を自分で縫っている。
チクチクと手際よく布に糸を通していく。
「お上手ですね」
「ローレルによくコスプレ衣装を作らされたからな」
「コス……………?」
ローレルは自他共に認めるオタクでコスプレも好きなのだが、手先が非常に不器用だ。
手先の器用な翔にローレルは駄々をこねて渋々と翔はコスプレ衣装を作らされる羽目になった。その経験がこんなところで役に立つとは人生は何が起きるかわからないものだ。
「……………………ショウ様はローレル様のことがお好きなのですか?」
ラヴァンの言葉を耳にして針を指先に深々と刺してしまう。
「だ、だだだだだだだ誰が、あんな天然不器用オタク女のことを!? す、すす好きなわけねえだろう! 変な事言ってんじゃねえ!!」
「ショウ様落ち着いてください!! 先ほどから布ではなくご自分の指を縫っております!!」
何度もグサグサと自分の指を刺すも本人は動揺してしまっている為に気付かない。
慌ててラヴァンが止めに入った。
「……………………《術式展開・治癒》」
人間の持つ自然治癒能力を活性させる魔術を使って止血する。
「いいか? 俺は別にあいつに特別な感情なんて抱いちゃいねえ。ただの腐れ縁、幼馴染、面倒のかかる駄妹だ」
「あ、はい………」
「第一あいつにどれだけ振り回されたか…………何かあれば泣きついてくるし、面倒ばかりかけてきやがって……………どれだけ俺が苦労したと思って……………………」
ぐちぐちと文句を言う翔にラヴァンはそれ以上の追言はなく生暖かい目で見る。
ああ、この人は本当にローレルのことが好きなんだ。
彼の表情を見てラヴァンは胸に走る痛みと共にそれを悟った。
「……………………ショウ様はお二人を探すにいずれはここを出て行かれるのですか?」
「ああ。数日後にはここを出る。今は無理だが、面倒をかけた礼は必ずする」
「面倒だなんてそんなことは……………………」
「貸しを作る気はねえ」
翔は確固たる意思を持ってここを出て行くつもりでいる。それがラヴァンは嫌だった。
「あの、私も連れて行っては頂けませんでしょうか?」
「ハッ、足手纏いを連れて行って何になる?」
思い切って尋ねたラヴァンの言葉を翔は嘲笑と共に吐き捨てた。
「一応ではあるがお前には感謝している。助けられた恩もある。その礼もするつもりだ。だが、ついて行くかどうかは別問題だ。俺には一分一秒の時間も惜しい。お前を連れて行くのは時間の無駄だ」
翔は傲慢なまでに言い切った。
「元はつくが確かにお前は王国一の魔法使いだ。それ相応の実力を持っているんだろうがそれだけだ。お前を連れて行くメリットが俺にはねえ」
「ショウ様の力になれるはず―――」
「ならねえよ。俺に言い負かされてガキみてえにびゃーびゃー泣きじゃくったお前に旅は無理だ。お前は大人しくここで自分の師匠の面倒でもみていろ」
嘲弄と共に冷笑を浮かばせながら告げる。
「素直じゃないねぇ」
「あぁ?」
「お師匠様……………」
いつの間にか部屋に入ってきたこの家の女主人であるレノア。
「お主、いくら私の弟子が心配じゃからって女にはもっと優しく扱ってやらんといかんよぉ?」
「え?」
「はぁ? 耄碌したか?」
「ふふ、お主は自分が進む道は危険だから安全であるこの家にラヴァンを置いておこうと思って突き放すように言ったんじゃろう? そうじゃないのならもっと言いようがあるしねぇ」
「ハッ、都合のいい解釈だ」
鼻で笑うもレノアはニコニコと笑みを崩さない。
その瞳もまるでお見通しのように翔を見据えている。
「ショウよ。年寄りの頼みとしてラヴァンを共に連れて行ってやってはくれんか?」
「………………今の話、聞いてなかったのかよ?」
「聞いとったよ。じゃがお主は私の弟子を見誤っておる。いいかい? 魔法とは想像の力。使い手の想像次第で無限に強くなる。それが魔法」
魔女は魔法を語る。
「経験を、未来を、想いを、夢を、願いを想像し創造する。魔法とは自由の象徴。我が弟子ラヴァンはまだ成長途中。まだまだ強くなる」
「お師匠様…………」
「その為にはもっと世界を見て回り、経験を積み重ねる必要がある」
「…………………弟子の成長に俺を利用しようってか?」
「そうじゃよ」
何の悪びれもなく断言したレノアに笑みを溢す。
流石は年寄り。老獪はお手の物かと一考して視線を窓の外に向けながら言う。
「……………そいつがどこでなにをしようがそいつの勝手だ。好きにしろ」
「えっと、それは…………」
「よかったのぉ。お許しがでたよ」
「ありがとうございます、お師匠様………………」
「いいわい。弟子の世話も師匠の務めだからねぇ」
嬉しそうに笑う弟子に当然のように返す師匠。そんな二人を置いて翔は小さく息を漏らした。
我ながら情けない。と自嘲する。
数日後。
家の外で二人の男女が立っている。
一人は白のローブを羽織る女性、ラヴァン。
もう一人は黒のローブを羽織る男性、翔。
「行って参ります。お師匠様」
「世話になった……………………」
「気を付けるんだよ」
その二人をにこやかに見送るレノアを背にして二人は歩き始める。
幼馴染である二人を見つけて元の世界に帰る為の冒険が始まった。




