魔法使いの憂鬱
白亜の塔に向かう道中、野営中にラヴァンは見張りと同時に魔法の訓練を密かに行っている。
師曰く、魔法とは想像の力。使い手次第で無限に強くなる。
自身の想像力によってその力を発揮するラヴァンは暇さえあれば魔法に必要なイメージトレーニングを行っているのだが―――
「はぁ…………」
ここ最近伸びしろに悩まされている。
王城にいた時に比べれば成長している自覚はあるけど、ここ最近はその成長に悩まされる。
「おい、交代だ」
そんなラヴァンの背後から声をかけてきたのは翔だ。
どうやら交代の時間に気付かない程にイメージトレーニングをしていたようだ。
ラヴァンの横に乱暴に腰を下ろして焚火の火を調整する翔はラヴァンがお慕いしている人でもある。
ネイション王国に魔族が襲撃した際に襲われそうなところを助け、命懸けで逃がしてくれて、師であるレノアの家から共に旅をするようになった。
始めはその乱暴な言動に戸惑いなどもしたが、今ではすっかり慣れて素直ではない彼の性格に好感を持てるようにもなったまではよかったのだが、今となっては恋敵が増えた。
ただでさえ翔にはローレルという想い人がいるのにこれ以上恋敵が増えるのは勘弁して欲しいが心情だ。
「寝ねぇのか?」
「あ、はい……………そのもう少し起きています」
「そうか」
バチバチとなる焚火を見ながらそれだけ話す翔は本当に強い人だ。
その実力もだが、それ以上にその折れない意思の強さだ。
絶対に二人を見つけ出す。この広い世界でたった二人の人間を見つけるのは至難だ。見つかる可能性だって非常に低い。それでも彼が歩みを止めたことなど一度だってない。
その行動がどれだけ二人を心配し、大切に想っているのか。
「おい」
「あ、はい、なんでしょう?」
「さっきからぼけっとしているみてぇだが、眠いなら寝とけ」
どうやら自分のことを心配して声をかけてきたようだ。
しかし、別段眠いわけではない。ただ悩んでいるだけとは言えなかった。
「大丈夫です。少し、考え事をしているだけですので」
愛想笑みを浮かべてそれとなくはぐらかしてしまうラヴァンに翔は特に気にすることなく「そうかよ」と返した。
「道中でぶっ倒れるのは勘弁しろよ。お前が倒れたら誰があの守銭奴聖職者を見張っておく必要がある」
「あはは………………………」
その言葉に思わず苦笑い。
「まぁ、それは置いとくが。お前、イメージは固まったのかよ?」
「え?」
「とぼけんな、魔法にきまってんだろうが。その為に色んな魔法を使って模索してんだろう? 前のエルフの里の時も炎以外にも使ってたじゃねえか」
「……………………………よく見ておりますね」
「たまたまだ」
自分の事を見ていたことに恥ずかしくも嬉しい気持ちになるラヴァンは翔の言う通り色々な魔法を使って自分の中のイメージを固めようとしている。
ネイション王国にいる時は炎しか使わなかったのは自分がそれが一番想像しやすかったという意味合いも含まれている。だが、翔と出会って旅をしてそれだけでは駄目だと一から自分を見直し始めている。
その結果、無詠唱で魔法を発動できるようになったまではよかったが、そこから先が中々進めない。
「いえ、それがまだ………………………」
「そうかよ。まぁ、現段階でも魔族を倒せる実力は持ってんだ。焦る必要はねぇかもな」
―――違います。
それは違いますと思わず口から出そうになった。
あれは翔が改良してくれた杖と能力増大のおかげで強くなっただけだ。自分の力だけでは魔族は倒せれない。
遠慮でも謙虚でもなくそれが真っ当の評価だと自負している。
それに比べて翔は既に七魔将を討ち取った実績がある。自分とでは天地ほどに差が存在している。
「……………………ローレル様はどうしているのでしょうか?」
当時、自分とほぼ互角の魔法使いまでに急成長したローレルのことを思い出す。彼女から生み出される多種多様の魔法は本当に魔法を覚え始めて半月とは思えない想像力を持っている。
「あの天然のことだ。エクスプローションとでも叫んで自爆してんだろう」
その姿が容易に想像できてしまったのか、呆れるようにそう返した。
「そもそもあの妄想女に比べてお前は常識も遠慮も配慮も持っているから俺は非常に助かる」
さらりと毒をはく翔は時折本当にローレルのことが好きなのか疑ってしまう。
「まぁ、その妄想力を力に変える異世界だ。しつこく生き永らえてんだろう」
だが、その言葉とは裏腹に穏やかな表情を浮かべる。
その表情を横から見て改めてローレルのことが好きなのだと思わされる。
それを言ったら否定するのは目に見えてわかる為に口には出さないが。
「魔法で試したいことがあんなら付き合ってやる。俺も試してみたい魔術もあるしな」
飽くことなく強くなろうとする翔にラヴァンは思い切って声をかける。
「あの、ショウ様。私の話を聞いてはくれませんか?」
「なんだ?」
「私がネイション王国に仕える前、それこそアレス学院に入学するよりもずっと前、私がお師匠様に出会うまではハルと同じ奴隷だったのです」
ラヴァンはこれまで過去、師であるレノア以外に誰も知らない自分の過去を翔に打ち明ける。
「私が生まれ育った村は飢餓が酷くて餓死する人が珍しくないぐらいに瘦せこけている人達ばかりでした。その村をたまたま通りかかった奴隷商に両親は食べ物を引き換えに私を売ったのです」
だが別にラヴァンはそのことで両親を恨んだりも憎んだりもしていない。
幼いながらもそれは仕方がないことだと自分でも思っていたから。むしろ、このまま村にいるよりも奴隷の方がまだ食べ物には困らないと思っていたほどだ。
「奴隷になった私はある程度大きな街で競売にかけられて、そこでお師匠様に買われました。運がいいことに私には魔法の才能がありました。そのおかげでお師匠様の目に留まったのでしょう。そこからはお師匠様と共に暮らしながら魔法の修行に励み、見聞を広げるという意味でアレス学院に入学。後はショウ様のご存じの通りです」
そこからネイション王国に仕えて翔達と出会った。
ラヴァンの普段からの丁寧な口調や態度は奴隷商からそう言う風に教養されたからだと思えば妙な納得がいく。
「で、それがどうした? 俺は別にお前の過去に何があろうがどうでもいい」
しかしそんなことは些細なこと。翔にとっては気に留めるまでもない。
「存じ上げています。ただ、私がどういう過去を持っているのか知って欲しかっただけです」
「あっそ」
そう、ここは異世界。
奴隷が当たり前のように存在するこの世界ではたった一つの出会いでその運命が大きく変わることだってある。実際にラヴァンがそうだったように翔だってその例外ではない。
「原点回帰」
「はい?」
「何かに躓いたり挫折している時は一度初心に戻れって意味だ。自分の原点に戻ると解決することだってある」
助言してくれているのだろう。いや、きっとそうだ。
普段は自分から話しかけるようなことはそうそうしない翔が今は自分からよく話しかけているのがその証拠だ。きっと翔は悩んでいるラヴァンを見て気を遣ってくれたのだろう。
ただ、素直にそのことが口にできずに遠回りなっているが、それでもその気持ちは嬉しかった。
「ふふ」
「なんだよ?」
「いえ、なんでもありません」
彼の不器用な優しさにラヴァンは静かに微笑んだ。




