自由の選択
ヴァロノスとの戦闘から三日が過ぎた。
戦闘で命を落としたエルフの戦士達を埋葬、怪我を負った者の治療、戦闘の際に壊れた箇所を修繕したりとエルフ達は戦闘が終えてからも慌ただしく後処理を行っている。
そんな中で翔は宿の寝台の上で養生している。
白魔術の無理な重ね掛け、出血、左腕の欠損と重症である翔は身体を休ませることに専念している。
「気分はどうですか? ご主人様」
「ああ、マシにはなった」
ハルの仙気で身体の気を良くして貰っている翔は左腕が欠損したことで起きる幻肢痛に悩まされている。
ないはずの左腕が痛み、寝ることもできない状態だったが、ハルのおかげで痛みも大分緩和されつつある。
失った血液もある程度は元には戻り、後は負担をかけ過ぎた肉体の調子を戻すだけ。
もうしばらくの安静は必要だ。
「何でも申し付けてください。ハルは皆様の分までしっかりとご主人様を奉仕します」
そう告げるハルの表情には少し曇りがある。
恐らくは左腕を欠損させてしまったことに責任を感じているのだろう。それと、何かしていないと余計なことを考えてしまうから。
復讐を果たした後は何も考えないぐらい忙しいぐらいがいい。その方が余計なことに悩まされる暇もない。
今この場にはハルと翔しかいない。
エルティは里を少しでも早く元に戻そうとリヤン共々里中を動き回り、ラヴァンはこれから先に必要な物資を揃え、聖職者であるサクロは怪我人の治療に当たっている。
だから翔の世話はハルが一任している。
始めは全員が世話をすると言って聞かなかったからそこはジャンケンで決めて貰った。
異世界でもジャンケンがあるんだな、と少し感慨深くなった。
「白亜の塔に向かうまでまだ時間がかかるか………………………」
今の自分の状態では碌に戦えないのは火を見るよりも明らか。欠損した左腕も使えなくなった為にどうにかしなければならない。
少なくともあと数日はこの里に滞在することになる。
「ご主人様。汗を拭いましょうか? それとも添い寝いたしましょうか?」
「どっちもいらねぇよ」
少しでも何かしようとするハルだが、今は特にはして貰うようなことは無い。
寝台で横たわりながら目を閉じる翔とその側で控えているハルはしばしの沈黙が続く中でハルは不意に口を開いた。
「あの、ご主人様にお願いがあります」
「…………………なんだ?」
「ハルをご主人様の女、いえ、ものにしてほしいのです」
「はぁ!? ガキが何言ってやがる!?」
あまりにも予想外過ぎる言葉に思わず起き上がってしまった翔だがハルは自身の首に嵌められている首輪にそっと触れる。
「ハルはご主人様のおかげで復讐を果たすことができました。なら、この首輪はもう意味を成さないものです。そうなればハルは誰のものでもない一人ぼっちになってしまいます」
「………………………………」
元より翔はハルの奴隷の首輪を外すつもりだった。
だが、復讐を果たすその時までハルは翔のものになると決めてこれまで共に旅をしてきた。
しかし復讐が終えた以上はその首輪は不要の代物。外そうと翔も思っていた。
ハルが望むのならハルの故郷もしくは同じ狐人族の元に帰すことも視野には入れてはいたが、ハルは天涯孤独の身。翔達がいなければ一人孤独で生きていくことになる。
「ハルはもう誰も失いたくはありません。でも、一人になるのも嫌なのです」
首輪が外されればハルは完全に自由の身となる。だが、それは同時に誰のものでもないということだ。
奴隷でもなければ翔の所有物でもないハルをこれからも共に連れて行く責務はない。
孤独になりたくない不安から脱却する為にハルは翔のものになろうと我が身を捧げようとしていた。
それを聞いた翔は呆れたように溜息を吐いた。
「んなことしなくてもついてくるかなんてお前の好きにしろ。ついてこようが離れようがお前の自由だ」
「本当、ですか…………………?」
「ああ、あいつらだってそうだろうが。んなもん自分の意思でも決めろ。俺からどうこう言う気はねえよ」
ラヴァンもサクロも自分の意思で翔と共に旅をしている。
一度でも強制させたことなんてない。
翔は奴隷の首輪を外す鍵をハルに投げ渡す。
「外すのも好きにしろ。どっちを選ぶのもお前だ」
「………………………………」
鍵と翔を何度も見返して悩むハルに嘆息しながら再び横になる。
「俺は寝る。何かあったら起こせ」
「………………………………はい、お休みなさいませ」
それから更に数日後。
体調を完全に回復させた翔は錬金魔術を使って新たな腕を作り出した。
「よし」
無くなった左腕の代わりに錬金魔術による作り出した義手をつけて動作に異常がないかを確認する。
義手『ルドニーク』。
世界最硬の鉱石であるアダマンタイトを材料に完成させた。
その気になれば腕を完全に元通りにまではできなくても人間の腕となる材料を集めれば腕を生やすことぐらいはできる。それをしなかったのはこれからの戦いの幅を広げる為だ。
先のヴァロノスの戦闘。あれで反省するべき点は多い。
勝つことはできても次が勝てるとは限らない。もっと強い相手と戦うことになるかもしれない。
その時の為に今回の戦闘を糧に翔は戦いの幅を広げる為に様々なギミックを搭載した義手『ルドニーク』を作り出した。
「ショウ様。準備が整えました」
「ああ」
ラヴァンに呼ばれて翔は荷物を持って宿を出るとそこにはもう準備を終えていた仲間達が待っていた。
「ショウ、体調はもういいの? 今なら五万ユールで魔法をかけてあげるけど?」
「いるか」
いつもの調子で指で輪っかを作って金銭を毟り取ろうとする守銭奴聖職者の隣には新たな得物である刀を腰に携えている首輪をつけたハルが小さく会釈する。
その首輪を一瞥して翔は特に何も言わずにハルの頭を軽く叩く。
「この身は御身と共に。どうか私をお役立てください」
騎士のように翔の前で跪く新しい仲間であるエルティ。
「本当にいいんだな? 残るなら今の内だぞ」
「迷いなどありません。私はどこまでも貴方についていきます」
心残りなどない。そんな顔ではっきりと告げられた。
「ん?」
翔達より離れた場所で物陰に隠れながら遠くから娘を見送りにきているリヤンの姿を見て溜息を吐いた。
堂々と見送ればいいものを、と内心でぼやく。
「それではショウ様。参りましょう」
「ああ、行くぞ」
目指すは白亜の塔。
煌とローレル、二人を見つけ出す為に翔は仲間達と共に旅を再開する。




