心に刻む
「カカッ、七魔将である我を三流呼ばわりか」
結界内で対峙するヴァロノスは翔の言葉に笑みを見せるが―――
「どうやらよほど死にたいと見える」
額に青筋を浮かばせて怒りを滲ませる。翔の挑発がヴァロノスの怒りを買った。
万全の状態に近いヴァロノスに対して翔は肘から先の左腕を失っただけではない。サクロによって傷口は癒えても失った血液までは元には戻らない。更に白魔術の重ね掛けによって全身の筋肉が悲鳴を上げている。
ほぼ満身創痍の状態にも関わらず翔の意思は揺らぐことはない。
「なら、望み通りあの世へ送ってやろう!」
突貫するヴァロノスに翔は肉体の損傷を無視して白魔術を肉体に施して強化する。
「ソラソラソラソラソラソラソラソラソラッ!!」
ハルバードを振り回すヴァロノスの攻撃を持ち前の運動神経と反射神経で避け続ける。
〈破砕〉の能力の攻撃は一撃でもまともに喰らえば防御ごと損傷を受け、当たり所によってはその一撃で命を落とす。
そんな攻撃の前で翔は避けるしか道はない。
「チッ!」
「無駄!」
更にはこちらの攻撃もその〈破砕〉の力の前では砕け散るのみ。
手数も威力も関係なく砕け散る最強の攻防を繰り広げるヴァロノスの前で翔はただ攻撃を避けるのに専念する。
「どうした!? 避けるばかりか!?」
「うるせぇ!」
ヴァロノスの挑発を一喝するも歯がゆさがないことはない。むしろ攻撃が通用しないことに苛立ちを増している。
「ええい! ちょこまかと!」
攻撃を避け続ける翔に痺れを切らしたのか、ヴァロノスはハルバードを地面に叩きつける。
砕かれた地面の破片をハルバードで打ち出して即席の広範囲攻撃を繰り広げるヴァロノスに翔は魔法陣を展開させてその攻撃を防ぐ。
ただの破片なら防御することはできる。だが、それはヴァロノスも知っている。
「貰った!」
ヴァロノスの狙いは防御する為に一瞬動きを止めるその瞬間を狙って翔目掛けてハルバードを振り下ろす。
左肩から右胴に斬り裂かれる翔の身体。それを結界外から見ていたラヴァン達は顔を青ざめる。
しかし―――
「ぬ? 幻影か…………小賢しい」
それは翔が魔術によって生み出した幻だった。
幻の翔は消えて別の場所から姿を見せる翔に安堵する。
「小賢しい人間め。我に攻撃が通じるのなら大人しく死ねばよいものを」
「悪いが、はいそうですねと頷くほど俺はお人好しじゃねえんだよ」
変わらずに悪態を吐く翔だが、ヴァロノスは口角を上げる。
「しかし、そう長くは続くまい。お主の魔力が尽きたその時こそお主の最後だ」
「………………………」
ヴァロノスの言葉は正しい。
いくら周囲の魔力を利用して魔力を補充しているからといっても限度はある。それに大規模魔術や数多くの魔術を起動した翔の魔力は既に半分は切っている。
少なくとももう一度雷轟の烈撃槍を放てるだけの魔力は残されていない。
それなのに翔は笑った。
「安心しろ。そうなる前にお前がくたばる」
剛毅な笑みを見せながら傲慢にも言い切った。
「ぬかしよる。その身体で何ができる? 先にくたばるのはどう見てもお主の方だ」
万全の状態のヴァロノスとほぼ満身創痍である翔。誰が見ても優劣ははっきりしている。
「それにお主の攻撃は我に一度でも通じたか? ないだろう」
そう、翔の攻撃は一回たりともヴァロノスに傷一つ与えてはいない。
たった一つの能力の前に成す術がない絶望的な状況化でも、翔の表情から笑みは消えなかった。
「…………………………気にくわぬな」
自身の勝利を疑わない自身に満ち足りたその笑みがヴァロノスの心を苛立たせる。
何か策でもあるのか? と疑問を抱いたが、現状を覆すだけの策があるとも思えない。
仮にあったとしてもその時は自身の能力でどうにでもなる。
ならこれはただのブラフ、ハッタリ。
自分の能力〈破砕〉の力の恐ろしさをその身を持って知っている筈なのに結界に閉じ込めるなど無意味なことを眼前の人間がするとは思えない。
それでも結界を展開させてたった一人で立ち向かうその理由は―――時間稼ぎ。
結界外にいるエルフ達が逃げる為に命を賭けて時間を稼いでいるというのなら現状にも納得できる。
その考えに至ったヴァロノスは眼前にいる人間に僅かばかりの敬意を称する。
一人で七魔将の一角を担う自分と対峙するその度胸に免じて苦痛なき死を与えようとハルバードを振り上げる。
「これで終いだ」
瞬間、ハルバードから莫大な魔力が噴出する。
当然それにも〈破砕〉の力は加わっている。魔族特有の莫大な魔力による広範囲の魔力放出と〈破砕〉の能力を組み合わせたヴァロノスの必殺技。
如何に防御を重ねようが意味を成さない。全てを破壊するヴァロノスが持つ最強の一撃。
結界外にいるラヴァン達もその膨大な魔力をその身で感じ取り、死を連想してしまう。しかし、結界内にいる翔だけは臆することなく見据えている。
「冥途の土産に受けるがいい。魔砕衝撃波!」
振り下ろされるその一撃は緑で溢れるエルフの里の荒野に変えるほどの強力で無慈悲な一撃。その一撃の前では成す術もなく、その範囲内にいる全ての命を奪う。
本来なら――――
「がふ………………」
その一撃が振り下ろされる前にヴァロノスが吐血し、膝をついた。
完全に発動する前、中途半端に終えた為に放出した魔力は霧散し、その一撃はその効果を発揮することはなかった。
「な、なにが……………」
どうして自分が血を吐き、膝をついているのかわからないヴァロノスを一瞥して翔は小さく息を吐く。
「たくっ、ようやくか…………」
冷汗を流しながら運よく最悪な状況を回避することができた翔の確信染みた言葉にヴァロノスは食ってかかる。
「我に何をした…………………!? 毒か!?」
「そんなもん持ってねえよ」
自分の状態に真っ先に思いついた原因を告げるも即断で返す。
「お前のその能力はどんな攻撃も防御も意味を成さねぇ。どんな魔術もお前には通用しなかった。だが、一つだけ違和感を覚えた」
「違和感だと…………………?」
怪訝するヴァロノスに翔は指を頬に当てる。
「その頬の傷だ」
翔を下げ、エルフの戦士達が命を賭けてヴァロノスと交戦している最中、エルティがつけたその傷に翔はある疑問が生まれた。
「どんな攻撃もお前には通用しなかった。だが、それはお前の認識内の攻撃だけだ。だから認識外からの攻撃にはお前に傷を負わせることができた」
自分の最強の一撃を正面から受けたにも傷一つ負わせれなかったのに、エルティの一太刀は確かにヴァロノスに傷を与えた。
「そうとわかれば話は簡単だ。お前の認識外で攻撃すればいい」
翔は右手から隠蔽していた魔法陣を出現させる。
「超音波って言っても知らねえわな」
超音波は人間の耳には聞こえない高い振動数を持つ弾性振動波、音波である。
人間が声を発声できるのは、喉にある声帯を震わせることで空気を振動させ、音を出しているからであって以前に翔がリヤンを言葉を発声させなくしたのもその振動を魔術によって停止させたからだ。
目視もできず、聞こえもしないその超音波を使って翔はずっとヴァロノスに攻撃を行っていた。
どのようなものでも固有周波数というものがあり、その固有周波数に近い周波数の超音波を与え続けることで共振現象を起こして破壊する。翔はそれを魔術を使って再現した。
ヴァロノスは知らず知らずの内にその超音波をその身に受け続けて内部から確実に壊されていた。そして、それが今、肉体の限界を超えてその身に受けている。
「なら、この結界も、攻撃を避け続けたのも……………………ッ!」
「ああ、この瞬間を狙っていた」
誤算だった。
仲間やエルフ達を逃がす為に結界を張ったのではなく、時間を稼ぐために攻撃を避け続けたわけでもない。
本当に勝つ為に戦っていたのだ。
相手が人間だと見下し、未知の可能性に警戒しなかった自分の傲りがこのような結果を生み出した。
「お前を倒す為に戦ったエルフ達とエルティのおかげで俺はその正体を見抜くことができた。俺一人だけならお前の能力を見抜くことはできなかったかもしれねぇ」
この戦いの犠牲となったエルフの戦士達。彼等の死は決して無駄死ではなかった。
彼等が戦ってくれたおかげでヴァロノスの能力の正体を見抜くことができた。
「お前はもう終わりだ」
右手に魔法陣を展開させる翔。ヴァロノスはこれまでゴミのように殺してきた人間に見下され、膝をつかされるという屈辱に身体を震わせて吠え狂う。
「我はまだ負けてはおらん!!」
自分が脆弱で矮小の人間に負けるはずがない。
魔王にさえ認められたこの能力の前では誰だろうと塵芥も同然。
七魔将である自分に敗北はない。
「いや、お前の負けだ」
魔術を起動させて音の振動、超音波を発する。
その超音波の振動により、共振現象を引き起こしてヴァロノスの内部で蓄積された損傷が一気に膨れ上がって肉体の限界を超えたヴァロノスの身体から血が噴出する。
内部から身体を破壊され、致命傷を負うヴァロノスは得物であるハルバードを手放して前のめりに倒れる。
「さて、と」
結界を解除した翔はヴァロノスの得物であるハルバードを拾うとそれをコノハに投げる。
「意識はねえが、ギリギリで生かしてはいる。仇を取るなら今だ」
復讐を果たせようと翔はハルにそう告げる。それを聞いたハルはハルバードを強く握りしめてヴァロノスに歩み寄ってハルバードを振り上げる。
「父上、母上、村の皆の仇………………ッ!」
振り下ろされるその一撃はヴァロノスの首と胴を切断、絶命させる。
復讐を果たしたハルはその手に握ったハルバードを手放してただ虚空を仰いだ。
「気分はどうだ………………?」
「………………わかりません、ハルは、ハルは」
復讐という黒い炎は消えた。だが、残されたのは空しさと喪失感だけ。
過去に囚われていたハルはこれでようやく未来に向かって歩き出せるわけじゃない。これまで過去しか見てこなかったハルにとって未来などわからないのだ。
頭が真っ白になったハルの頭に翔は手を置いた。
「ごめんなさい………………………」
「なに謝っていやがる?」
「ハルのせいでご主人様の左腕が」
「ハッ、こんなもんたいしたことはねえよ」
自分の傷を鼻で笑う翔は乱暴にハルの頭を撫でる。
「強くなれ。もう二度とそんな想いをしないように。訓練ぐらい付き合ってやる」
「………………………………はい」
ハルは嗚咽を漏らしながら涙を流した。
仇を取った今、自分がどうしたいのかはまだわからない。だけど、もう誰も失わない様に強くなりたい。
ご主人様である翔のように誰にも負けない強い力が欲しい。
その想いだけは心に刻んだ。




