破砕の力
ハルにとって翔は素晴らしいご主人様だ。
自分の復讐に利用しようとしたのにそれを許して代わりに復讐を果たしてくれると約束してくれただけではない。下手な優しさも慰めもせず、復讐と生きる為に必要な力を教えてくれた。
言動は粗野ではあるも、その心根は情が深くて優しい素晴らしい人だ。
偶然とはいえ、そんな人に出会えた幸運にハルは心から感謝した。
この人ならきっと弱い自分の代わりに復讐を果たしてくれる。両親と村の皆の仇を取ってくれると思っていた。
だが、怨敵であるヴァロノスが近くにいるとわかっただけで身体が勝手に動いてしまった。
昨夜に主人である翔に散々言われて大人しく待っていようと思った矢先にヴァロノスの気を察知すると同時にハルの心にある怒りと憎しみという黒い炎が燃え上がり、気が付けば刀を手にして宿を出ていた。
しかし、その結果が不幸を招いた。
主人である翔の肘から先の左腕が宙を舞って地面に落ちた。
「あ、あああ………………………」
目が見えなくても仙気で相手がどういう状態なのか見えているようにわかるハルは血の気が引いたように顔を真っ青にする。
自分が感情に身を任せて動いたせいで翔の左腕を失わせてしまった。昨夜あれほど言われたばかりなのに翔の忠告通りになってしまいハルは主人である翔に取り返しのつかないことをしてしまった。
「ごめんなさい………………」
罪悪感に押し潰されそうになって思わず謝罪の言葉を口にしてしまう。
忠告を受けた筈なのに感情に身を任せて勝手に動いて、そんな自分を助けようとしてくれた。それなのにその結果が今の現状を引き起こす要因となってしまった。
「ショウ様!?」
「ショウ!?」
「ショウさん!?」
ラヴァン達が翔の傍まで駆け寄り、サクロが治癒で傷を癒すも切断された肘から先の腕は戻ってこない。
その左腕は怨敵であるヴァロノスに踏み潰されている。
ハルの心は後悔と罪悪感でグチャグチャだ。
きっとこの後、自分は責められるのだろうと容易に想像できる。それだけのことをしたのだから。
それなのに――――
「下がってろ」
ハルの頭に大きくて暖かい手が置かれた。
「悪かったな」
「え?」
唐突の小さな謝罪。それに呆然とするハルを置いて翔は再びヴァロノスと対峙する。
「ほう、腕を切り落としても発狂をしないとは中々の胆力。それだけは褒めてやろう」
普通の人なら腕一本でも失くしてしまえば驚き、発狂して最悪は心が壊れてしまうのに翔は発狂するどころか悲鳴一つあげることなく耐えている。
「だが、所詮は人間であったな。そこの小娘を見捨てていれば我に一撃は与えられていただろうに」
わざとらしく嘆かわしいように喋るヴァロノスに翔は言い切る。
「俺は仲間を見捨てねぇ。絶対にだ」
翔はヴァロノスに踏み潰された自分の左腕と先ほどのハルの最後の一撃を思い返してヴァロノスの能力を言い当てる。
「お前の能力は触れた対象を砕く。違うか?」
「如何にも。我の能力は〈破砕〉。優れた武器も魔法や魔術であっても我に触れた瞬間に砕け散る。我の前では如何に優れた攻撃も防御も効かぬと思え」
「チッ、面倒くせぇ……………」
自慢げに己の能力を語るヴァロノスに苛立ちながら舌打ちをするも、その額にはうっすらと汗が滲んでいる。
左腕を失ったが不幸中の幸いにも利き腕ではないのが救いだ。
しかし、状況は更に不利となった。
恐らくはどれだけ威力を高めた魔術でも攻撃も防御も通用することなくヴァロノスの能力の前にただ砕け散るのが目に見えてわかる。
そうなれば攻撃も防御も手段は限られる。数少ない手数で相手をしなければならない。
だが、勝機がないわけではない。
ヴァロノスの能力についてもう一つわかったことがある。それは生物には効果が及ばないというとこだ。もし、生物にも〈破砕〉の能力が通用するのなら左腕を斬られた時点で翔の身体も砕け散っているに違いない。
勿論それが正しいというわけではない。ただ単に使わなかっただけという考えも頭の片隅に置いて防御よりも避けることを優先にする。
「では再開するとしよう」
戦いを再開するヴァロノスはハルバードを振り下ろす。それを避けて右手で拳を作って白魔術で強化した状態でヴァロノスの腹部に一撃を叩き込むもその瞬間、白魔術の効果が切れて素の状態で殴った為にヴァロノスの表情は苦痛に歪むどころかその様子を面白げに見下していた。
「今、何かしたか?」
「チッ!」
苛立ちと共に舌打ちする翔は再び白魔術を自身に施して距離を取りつつ魔法陣を展開させて複数の属性魔術更にはヴァロノスの足元に魔法陣を展開させてそこから錬金魔術を用いた鎖で動きを拘束しようとするも――
「小賢しい!!」
その全てが砕け散った。
「なら、これはどうだ?」
翔の上空に出現する雷の槍。かつてはエクエスを撃退することに成功した必殺魔術に能力増大によって更に威力を上げた最強の一撃に今度は名をつけた。
「雷轟の烈撃槍」
烈しく鳴り轟く雷鳴と共に放つその一撃は真っ直ぐにヴァロノスに直撃する。
だが―――
「愚かな」
その一撃でさえもヴァロノスの能力の前には意味を成さなかった。
ヴァロノスの能力〈破砕〉では手数も威力も関係ない。その全てが砕け散る。
「希望は潰えたか? なら死ぬがいい」
「ハッ、死んでも御免だ」
それでも翔の辞書に諦めるという文字はない。
そもそもこんなところで死ぬ訳にはいかない。
あの二人を見つけ出して元の世界に帰るまではこんなところで死ぬ訳にはいかない。
思考を働かせて、どうにか弱点を探そうと魔術を起動させる。
その瞬間―――
「総員かかれ!!」
リヤンの号令が響いた。それにより、エルフの戦士達が一斉にヴァロノスに向かって突撃する。
「な―――!?」
その光景に目を丸くする翔をラヴァンとサクロが翔の両腕を捕まえて強引に後ろに下がらせる。
「下がってください! ショウ様!」
「あの人達が時間を稼いでくれる今の内に少しでも回復しないと!」
「ば、んなこと言ってる場合じゃねえだろうが!!」
二人の言葉に声を荒げる翔の視界にはつまらなそうにエルフの戦士達を倒していくヴァロノスの姿。剣も魔法を付与させた矢もヴァロノスには通じず、ただ作業のように切って捨てられていく。
「離しやがれ! あいつを戦えられるのは俺だけだろうが!? 無駄死にする気か!?」
「無駄死ではない」
荒げる翔の言葉にリヤンが深刻な顔でそれを否定した。
「これは本来我々の問題。それを関係のない貴殿一人だけを戦わせて我々が何もしないのは恥だ。我等は誇りを胸に抱く種族。ただ呆然と眺めているわけにはいかぬ」
誇り高い種族として戦わないわけにはいかない。
それが死ぬことだとわかっていても誇りを捨ててまで生きようとは思わない。
その言葉の意味に翔は歯を噛み締める。
「死んだら誇りも恥もねぇだろうが……………………!」
サクロに回復されながらも翔は吐き捨てるようにそう言った。
だが今はそんなことで文句を言っている暇はない。一人でも多くの命が助かるように魔力の回復と打開策を考える翔の視界にヴァロノスの側面から斬りかかるエルティの一太刀がヴァロノスの頬を浅く切った。
それを見て僅かな違和感を覚える翔だが、エルティの存在に気付いたヴァロノスがエルティの命を刈り取らんとばかりにハルバードを振るう。
刹那、翔は白魔術を重ね掛けして足裏から魔力放出で魔力を噴出させて爆発的な加速力でエルティを抱きかかえてヴァロノスの一撃を紙一重で回避した。
「ショウさん!? 何故!?」
命を捨てる覚悟で戦ったエルティを翔は命懸けで守った。その行動に驚きを隠せれないエルティに翔は呼吸を整えながら言った。
「お前まで死んだら夢見が悪いんだよ、悪いか………………?」
そう言いながら翔はエルティとエルフ達を風魔術で吹き飛ばして自分とヴァロノスを中心に結界を展開させる。誰にも邪魔が入らない様に。
「どういうつもりだ? わざわざ我に殺されにくるとは酔狂な人間だ」
結界外でラヴァン達やエルティが何かを叫んでいるが、今はそれは置いておく。
白魔術の重ね掛けの副作用で全身の筋肉が悲鳴を上げているが無視する。
「お前を倒すのは俺一人で十分なんだよ」
弱さを見せない。
弱音を吐かない。
態度を崩さない。
強くなる為にもここで限界を超えて更なる強さを手に入れるまで。
「来いよ、ド三流魔族。格の違いを教えてやる」




