胸の奥にある想い
「お前を奴隷商に売って金にする。その金を報酬金として貰ってやるからよ」
凶悪な笑みと共に告げられた残酷な言葉にこの場の空気が凍った。
「別に構わねえだろう? なぁ、族長さんよぉ?」
魔術を解除して言葉を発せれるようになったリヤンは憤怒の顔で叫びを上げる。
「ついに本性を現したな! 欲に塗れた人間め!! 皆の者! 剣を手に取れ!!」
族長の言葉に鞘から剣を解き放つエルフ達にラヴァン達は驚愕と困惑に包まれているなかで翔だけは冷静だった。
「落ち着けよ。そもそもこの話はそいつの方から振ってきたことだ」
「黙れ! そのようなことが―――」
「本当です。お父様」
翔の言葉を否定しようとするもエルティが覚悟を固めた表情で肯定した。
「私は彼等の助力を得る為ならとこの身を彼等に売りました。彼がそうするというのであれば私にそれを拒む権利はありません」
「な、何を言って………………………」
「私一人の身で同胞を救えるというのであれば安いものです」
エルティの真のあるその言葉にリヤンもエルフ達も開いた口が塞がらない。
そこに翔は口を挟む。
「別に強制はしねえよ。お前等でどうにかなるんなら俺はそいつに手を出さねぇ。まぁ、その時は俺はこの里がどうなるが手を出す気はないがな」
エルフ達は悔しげに歯を噛み締めて酷く翔を睨み付ける。
先程の話で五千の勢力も七魔将もどうにかなるかもしれないという光明が見えた。だが、それはエルティを同胞を対価に支払うという前提でだ。
彼等が協力しないのなら話は振りだしに戻る。
勝てる可能性が限りなく低くて数多くの犠牲者が出る。もしくはエルフが全滅するという最悪な展開に戻ってしまう。
「貴様…………………ッ! そこまでして金が欲しいのか!? この悪魔め!!」
怒声を飛ばすリヤンに翔は鼻で笑った。
「ハッ、俺が悪魔なら人間と共に生きる道を選んだだけで親子の縁を切ったお前はなんだ?」
「わ、私は―――」
「お前はそいつを捨てたんだ。なら、拾った俺がどうしようが俺の勝手だろうが」
リヤンは先日言い争いのなかで娘であるエルティと親子の縁を切った今は完全な赤の他人。それも里を追い出そうとした張本人。つまりリヤンは実の娘を捨てたに等しい。
「別にいいだろう? もうお前とそいつは何の関係もない赤の他人なんだからな」
赤の他人。その言葉がリヤンに耳朶に響き渡り、リヤンはその手を強く握る。
「違う! 私は、私は――――」
「何がどう違うんだよ? お前は俺達の目の前で堂々と娘ではないって言ったじゃねえか? それとも何か? エルフの族長様は自分の言った言葉に何の責任も持たねぇってか?」
リヤンに向けて嘲笑を浮かべる。
その笑みが引鉄となってリヤンは自分の腰に携えている剣を手にして翔に斬りかかった。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!」
雄叫びに近い叫びを上げて斬りかかるリヤンの斬撃が翔の直撃する。
「ハッ」
その瞬間、獰猛な笑みと共にリヤンの斬撃よりも速く翔の拳がリヤンの顔面に当たり、吹き飛ばした。
「お父様!?」
「はっ、口ほどにもねぇ」
殴り飛ばされたリヤンを見下しながら吐き捨てる。
「ぐ、う…………………」
「動かないでください! すぐに治療を行いますから!」
エルティに抱き起され、呻き声を上げるリヤンに向けて翔はせせら笑う。
「そいつから聞いたぞ? お前は自分の女が人間に騙されて奴隷にされたってな。それで人間を憎んでいるともな。下らねぇ、全部お前の弱さが招いた結果だろうが。お前が何もできないぐらいに弱いからお前の女は攫われたんだろうが。自分の弱さに甘えて人間を憎むなんてとんだ屑だ」
「貴様………………………ッ!!」
その言葉にリヤンは再び立ち上がって翔を殴る。
「私が、私がどれだけ妻を探したと思う!? どれだけ己の無力さを憎んだと思っている!? 何も知らない貴様が私を語るなッ!!」
胸の奥にしまい込んだ激情を吐き出すと共に翔を殴るリヤンだが、その程度の拳で翔は怯みもしない。
「だが、お前は自分の女を守れなかった」
「―――――――っ」
翔の鋭い拳撃がリヤンの腹部に直撃し、リヤンは腹を押さえて数歩後退りする。
「守れなかったのも何もできなかったのも全部お前のせいだろうが。そして今もお前が弱いから自分の娘を俺のような屑に攫われちまう。ここまでくればもう滑稽だな。族長さんよぉ?」
嘲笑う。
そんな翔に顔を怒りに燃やしながら歯を噛み締める。
「娘は………………娘は絶対に渡さん!!」
強い意思を表すような言葉と共にリヤンは翔に拳を叩きつける。
「娘は、エルティは私の愛するイシャメルが残してくれた大切な私の娘だ! 貴様のような男には決して渡す訳にはいかん!!」
「――――――――っ」
「ハッ、なら守ってみやがれ!!」
「ぐっ、まだだ!!」
激しく拳の打ち合いを繰り出す一人の父親と一人の男。
互いに放たれるその拳は決して避けることなくその身で受け止め、何度も殴打を繰り返す。
当然互いに痛みはある。ダメージもある。
それでも二人には折れない強い意思を胸に秘め、また拳をぶつけあう。
その父親の姿にエルティの頬に涙が垂れる。
父親の反対にされながらも改革派を、母親の意思を受け継いで努力してきた。
それでも父親は一向に認めてはくれなかった。人間と関わるな、もう止めろ、と会う度に散々言われてきた。それでもいつかはわかってくれると信じて頑張ってきた。
勘当を言い渡された時は内心酷くショックを受け、もう母親も自分も愛されていないのではいかと思ってしまった。
だが、それは大きな勘違いだった。
父親は今でも母と娘を愛している。
それに気付かせてくれた。
ラヴァン達も途中から察することができた。
翔は悪役を演じてリヤンの胸の奥にある想いを吐き出させようとしていたことに。
勿論本人はそれを否定するだろうが、微笑ましくなる。
「やっぱり素直じゃないな………………………」
サクロはそうぼやくと二人もその言葉に頷く。
でも、そんなひねくれても優しい彼のことを彼女達は好いている。
「どうした? もう息が上がってんぞ?」
「ふん、そういう貴様も先ほどから威力が落ちているようだが…………………?」
「ハッ、言ってくれるじゃねえか? ならもう手加減抜きだ」
「それはこちらの台詞だ!」
互いに凶暴な笑みを見せ、容赦のない殴り合いを始める。
そんな彼等を止める者はこの場に誰一人もいなかった。




