魔族化
人間族と魔族では決定的な違いは一つある。
――それは魔力。
人間族の数倍から数十倍の魔力を保有している魔族はその魔力に対応する為に肉体が常識を逸する姿に変貌したという一説がある。
眼前にその魔族と酷似した魔力を身体から溢れ出し、人間離れした膂力を発揮するスティル・フーリッシュ。
間違いなく人間だったはずのスティルがどうして魔族に酷似した魔力を出しているのかその理由は不明。
ただ一つ分かっている事とすれば―――
「死ネ、死ネ、死ネ! 魔術師、ハ、死ンジマエ!!」
理性と正気を失い、凶暴化、いや、狂化しているスティルの姿に翔は訝しむ。
自尊心が無駄に高そうとは思っていたが、こんな風になるとは思ってもみなかった。
「異世界テンプレ的には面倒な薬物を飲んだか、禁忌の手段を取ったか。まぁ、どうでもいい」
人間離れした膂力で猛攻するスティルだが、翔の魔法陣に傷一つ負わせることが出来ない。
「ガァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」
掌から魔力の塊を凝縮させて至近距離で〈魔力放出〉を行う。
魔力を保有する者なら誰でも使える魔法や魔術のように性質や属性をつけずに魔力を直接体外から放出させる単純な攻撃。
放出する魔力によってその威力に変化はあるも人間族以上の魔力を保有している魔族に酷似したスティルの魔力は至近距離で放たれれば無事では済まない。
「その程度か?」
相手が普通の人間であれば。
翔は十二神の内、二柱から左眼と味覚を対価に魔昌眼と能力増大を手に入れて魔術師としての力を高めている。
その程度の膂力や魔力では翔の相手も務めらない。
「はぁ…………はぁ…………モット、モット力ヲ………………………」
懐から小瓶を取り出して中にある錠剤を口に入れて行く。ぼりぼりと音を立てながらその薬を飲み込むと、スティルの身体に変化が生じた。
「ア、アアア…………………アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」
両腕を抱きしめて絶叫を上げるスティルの身体から肉を引き千切るような不気味な音をあげ、左右非対称の蝙蝠の翼が生えて筋肉はありえないぐらいに膨張する。更には左右不揃いの爪や牙。獣のような獣毛がスティルの全身を覆う。翔と大して違いはない身長も倍近くまで大きくなった。
明らかに人間を止めたその姿はまさに魔族。
人間が魔族に変貌を遂げた。
「魔族化とでも呼ぶか?」
人間がなにかしらの薬物を服用して魔族になったその姿に翔は冗談半分でそう口にする。
「これはなんなんだ!? 何がどうなっている!?」
「魔族!? 何故魔族がここに!?」
騒ぎを嗅ぎ付けてこの場に集まってきた講師及び生徒達は魔族化したスティルの姿に驚愕と困惑に包まれている。
「ショウ様!? それにサクロ様にハルちゃんまで何がどうなっているのですか!?」
「先生!? どうして魔族がここにいるんですか!?」
翔の傍まで駆け寄るラヴァンとセシルに翔は簡潔に説明する。
「スティルつー野郎が薬を飲んで魔族になっただけの話だ」
「スティルが!? え、あ、あれがスティルなんですか!?」
「ああ。サクロ達が証人だ」
自分のクラスメイトが魔族になったことに驚きを隠せれない。
「わかったら下がってろ。すぐに終わらせる」
それだけ言って終わらせようと一歩踏み出す翔にセシルは恐る恐る尋ねた。
「ス、スティルをどうするんですか?」
「殺す」
「っ!?」
あまりにも簡単に返されたその言葉にセシルの肩がビクッと震えた。
「ああなったら元に戻すのは難しい。なら、このまま無残に殺されるのなら俺が一思いに殺してやる」
「で、でも………………薬ならどうにか解毒剤とかで」
「時間が掛かり過ぎる。それに解毒剤が作れるかどうかもわからねぇし、それまであいつが暴れない様に拘束し続けるのも現実的じゃねえよ」
「そ、それでも―――」
「諦めろ。それにあいつはお前を囮にして殺そうとした奴だぞ? 自業自得だ」
セシルは実戦訓練の際にセンティワームの囮にされて殺されかけた。
許せないし、許す気なんてない。
それでも―――
「お願いです、先生! 彼を助けてあげてください!!」
セシルは嘆願した。
「先生の言う通り、私は彼を許せません! 謝っても許す気なんてこれっぽちもありません! それでも、同じ学院で学ぶクラスメイトを見殺しになんてできません!!」
「………………………………」
「お願いします!! 彼を、スティルを助けてあげてください!!」
真意ある真剣な眼差しで懇願された翔は呆れるように息を吐いた。
「たくっ、仕方がねぇ………臨時とはいえ講師が生徒を殺すなんて真似をするわけにはいかねえか」
呆れ顔を作りながら魔族化したスティルに近づく翔の背中を見るセシルの肩にラヴァンが手を置いた。
「大丈夫です。あの方ならきっとやってくれます」
「は、はい!」
ラヴァンの言葉に安堵するセシルは他の皆と共にその行末を見守るしかなかった。
「ガァァァアアアアアアアアアアアアアア………………………」
「もうまともに言葉も喋れねえのかよ」
先程はまだ人語を話していたのに今は獣のような声しか聞こえない。
翔は眼帯を取り外して魔昌眼を開眼する。
「来い」
「ヴォォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!」
翔の呼び声に応じるかのように獣声を上げるスティルは拳を握りしめて振り下ろす。
「解析」
その拳を回避する翔だが、その拳は地面に炸裂すると爆発音のような音が響き渡って穴を空ける。
地面を殴った拳は無傷。人間を超えた威力で放たれるその拳は一撃でも受ければ致命傷は免れない。
その拳の一撃を連撃するスティルの攻撃を翔はただひたすらに回避するのみ。
「弱いな…………」
単純なテレフォンパンチ。これならいくら威力があろうと当たる気がしない。
七魔将の一人、エクエスの一流の剣技に比べれば避けることなんて簡単だ。
この学院の修繕費は学院に払わせようとと一考して翔はスティルの足元に魔法陣を展開させると、スティルの足元にある魔法陣から鎖が放出してスティルの身体に巻き付いて行く。
錬金魔術による鎖を作り出し、それを黒魔術によって操作する翔はその鎖でスティルの動きを封じる。
そして次に右腕を強化させて鋼よりも強靭にする。
その強靭した右腕でスティルの胸部を貫く。
スティルの胸部に貫通した翔の右腕。誰もが言葉を失くしたその時、翔は静かに右腕を抜いた。
鎖が消え、地面に前のめりに倒れるスティル。
血塗れとなった右腕を振るって払う翔の胸ぐらをセシルは掴みかかる。
「どうして――――っ」
殺したのか。
そう問いかけようとする前に翔の口から溜息が出た。
「よく見やがれ」
その言葉にセシルはスティルを見ると、胸を貫かれていたはずの傷はなく、身体の人間の姿に戻っている。
意識はないが、呻き声がセシルの耳に届いた。
なにがどうなっているのかわからないセシルに翔は呆れながら説明する。
「体内にある薬物を分解、消滅させてこいつの治癒能力と免疫能力を強制的に高めた。まぁ、寿命が十年ぐらい縮まったが、命があるだけありがたく思え」
口では簡単に説明するもそんな超が何個もつくような精密な魔術は世界中どこを探しても翔だけだろう。
そして、セシルは今更ながら気付いた。
「あの…………もしかして初めからこうするつもりだったのですか?」
翔は難しいとは口にしてもできないとは一言も言っていない。
「さあな」
質問の答えをはぐらすかのように翔はそれだけ答えた。




