暗躍
アレス学院がある都市エクスエラの路地で一人の男子生徒が物に八つ当たりをしていた。
「クソ、魔術師のくせに………………………ッ!」
苛立っている男子生徒の名前はスティル・フーリッシュ。以前、実戦訓練でセンティワームから逃れる際にセシルを囮にした男だ。
セシルを囮にしたおかげであの場から抜け出すことはできたが、セシルは戻ってきた。
それも魔術王などとふざけた呼び名を持つ男と共に。
スティルはその男に頭を鷲掴みにされて自分がセシルを囮にしたことがバレ、殴られた。
その場で膝をついて吐瀉物を吐き出してクラスメイトからは嫌悪の眼差しを向けられ、今では停学処分を言い渡された。
最弱の魔術師を犠牲にして何が悪い。自分の方が絶対に生き残った方がいいと信じて疑わないスティルはあの男、翔に闇討ちしようとさえ考えたが断念した。
いや、するしかなかった。
ゴブリンの群れを一撃を葬った。自分とでは実力差があり過ぎる。
不意をつけたとしても返り討ちにあうのが容易に想像できてしまうスティルはどうにかこの怒りを晴らせないか必死に考える。
「お困りのようですね?」
「あぁ………………?」
唐突の声に振り返るとそこにはいかにも怪しい人物が立っていた。
体格からして男性と思われる。道化師の仮面をつけたどこから見ても怪しい男性に怪訝するスティルだったが、男性はそんなスティルに言葉を投げる。
「報復したい人がいる。違いますかな?」
その言葉に眉根を寄せるスティルの反応に男性は言葉を続ける。
「でも今のままじゃ勝てない。どうすることもできない。何故なら弱いから。ああ、悲しいことに」
稚拙な演劇の台詞でも聞かされている気分で苛立ちを募らせるスティルは腰に携えている剣に手を伸ばす。
「私なら貴方の力になれますよ?」
だが、その言葉にその手を止めてしまう。
「強者に至る力を、絶対的な力を私は貴方に与えることが出来ます」
馬鹿々々しい。そんな簡単に強くなれる方法があるのなら誰だって苦労しない。
鼻で笑って一蹴する。
スティルも普段ならそんな甘い言葉に耳を貸すわけがない。
「………………………………それは本当なんだろうな?」
そう、普段であればだ。
今のスティルは翔に対する報復のことしか考えられず、冷静な判断力が低下している。
それが罠だとわかりきった誘惑だとしても手を伸ばしてしまう。
その言葉に男性は小瓶を取り出した。
その小瓶の中にはなにかしらの薬と思われる錠剤が入っていた。
「これは強くなるお薬。ですけど、それ相応の代償を負うことになります」
「代償…………………」
男性の言葉に生唾を飲み込む。
「そうでしょう? 何の代償もなしに強くなれるとお思いですか? それでも構わないというのであればこれを差し上げます。選択するのは貴方です」
出された小瓶を見据えるスティルは苦悩する。
確かに強くなってあの男、翔に報復はしたい。だけど代償が怖くないといえば嘘になる。
それでも――――
スティルはその小瓶を手にした。
たかが最弱クラスである魔術師の分際で自分を陥れた翔を倒せれるのならと己を納得させて力を手にする。
力を手にしたスティルに心なしか道化師の仮面が嗤っているような気がした。
アレス学院の敷地内でセシルは魔術を起動する。
「《術式展開・強化》」
セシルは脳内に刻まれた術式を展開させて己の肉体を強化させる白魔術を施して身体を動かす。
「うわぁ!」
身体が羽のように軽くて力も強くなっているのがわかる。
一通り動くと今度は実験用で借りてきた兔に魔術をかける。
「《術式展開・睡眠》」
魔法陣が展開して兔に睡眠の魔術をかけると兔はすぐに眠りについた。
「で、できた…………………」
「当り前だろうが。誰がお前の頭に術式を送り込んだと思っていやがる」
魔術がきちんと起動させることに成功したセシルは驚き、その近くに翔は呆れるように口を開いた。
「どうやらお前は黒魔術と錬金魔術の方は駄目みたいだが、白魔術に関してはマシだ。それだけ鍛えてさっさと強くなりやがれ」
ぶっきらぼうにそう告げる翔は自分の役割は終わったようにその場から離れようとする。
「先生! ありがとうございます! あの時、先生に出会わなければ私は両親を探しに行くことすらできなかったかもしれません! だから、本当にありがとうございます!」
深々と頭を下げて礼を言うセシルを背に翔は軽く手を上げて応えた。
きっかけは与えた。
後はセシル本人の成長次第。
それでも駄目だったその時は、旅のついでに探してやろうと考える。
「車もあと少しで完成する。長くてもあと一週間には出発するか」
次の目指す場所『白亜の塔』。
そこにある神剣を煌なら求めているはず。少なくともそこで煌の安否がわかる。
心配なんてこれっぽちもしてはいないが、一応確認する必要がある。
「やっほー♪ ショウ」
「ご主人様。ハル、ただいまご主人様の元に戻りました」
「お前等なんでいやがる?」
臨時とはいえ講師をしている翔とラヴァンと違って学院の関係者ではない二人は基本的に街で情報を集めたり、他にもして貰うことを任せている。
それなのにこの二人と学院内で出会った。
「学院の人に神聖魔法について調べたいって人がいてね。報酬を貰う代わりにいくつか神聖魔法を見せたんだよ。ハルちゃんは付き添い」
サクロの右手には袋にぎっしりと入っている金を見て相当毟り取ったのがよくわかった。
「まぁいい。他の奴等の邪魔だけはすんなよ」
「はーい」
「はい」
嘆息して一応は注意しておく翔は次の授業の準備をする為に移動を開始しようとした。
その瞬間。
ハルの耳と尻尾が逆立った。
「ご主人様、何かこの学院に近づいてきます。魔族…………………? いえ、妙な気を感じます」
「あぁ? どういうことだ?」
「ごめんなさい。ハルにもよくは…………………ただ、魔族のようで人でもあるような交ざり合った気を感じます。このような気はハルも初めてです」
煮え切らないハルの言葉に怪訝する翔とサクロは今になってようやくその気配を察知した。
「なにこれ………………?」
肌で感じる膨大な魔力は魔族に酷似しているも、これまで戦った魔族のどれにも当てはまらない気配。
弱い魔族とも一瞬だけ考えるもそれは違う。
人間が住む街や都市には常に魔族に強い警戒態勢を強いている。
そう簡単に魔族が人間族の住む街には入れない。
「まぁいい。正体を見ればわかることだ」
その魔力が感じる場所に足を動かす。
相手が何者かはわからないが敵なら倒す。それだけだ。
学院の校門前までに足を運ぶとちょうどその魔力の持ち主が視認できた。
「あいつは……………………」
見覚えがある。
確かセシルを囮にして停学処分を受けている男子生徒だったはずだ。
「スティル・フーリッシュだったか? こんなところになんのようだ?」
翔はそう問いかける。
魔族に酷似した魔力を持っているにしても一応はこの学院の生徒で自分は臨時とはいえ講師。
まずは言葉を投げてみるとスティルは顔を上げて翔を見ると殺意が溢れ出す。
「殺ス………………魔術師、殺ス…………………ッ!!」
人間ではありえない速度で驀進するスティルは瞬く間に翔の懐に入り込んで拳を叩き込んだ。
「………………………正気じゃねえな」
瞬時に魔法陣を展開させて攻撃を防いだ翔はスティルの血走って濁った眼を見てそう確信した。
「お前等離れてろ。どうやらこいつは俺に用があるみてえだ」
「死ネ死ネ死ネ! 魔術師、死ネ!!」
人間離れした膂力で魔法陣に攻撃を続けるスティルに翔は嘆息する。
「たくっ、面倒だ………………」
翔は正気を失い、狂気に走る生徒をどうしようかと一考する。




