嫌いじゃない
「ただいま戻りました」
明日の授業の準備が終わり、少し遅れて帰って来たラヴァンは居間まで行くと妙な空気に訝しむ。
サクロもハルもいつもと違う暗い雰囲気を醸し出している気がする。
「あの、何かありましたか?」
「ん~ちょっとショウの逆鱗に触れちゃってね」
「何をしたのですか? またセクハラ…………ではないようですね」
サクロの態度を見て察したラヴァンはサクロと対面するように座る。
「怒っておられましたか?」
「凄くね、押し倒されて嫌われちゃった」
冗談めいた口調で話すもサクロの顔は真剣そのもの。
踏み込んではいけない領域に足を踏み入れてしまった事に今更ながら罪悪感を覚える。
「ご主人様の気、とても荒々しく鬼を思わせる憤怒の怒気でした」
怒りに満ちていた翔の怒りの気を感じ取ってしまったハルは驚かされた。
本当に人間の怒りなのかと思えるほどにだった。
「私も詳しくはわかりませんが、おいそれと踏み込んでいい領域ではないことぐらいわかります。どうして強引にまで聞き出そうとしたのですか?」
「だって悔しいじゃない。私達ってショウに何かしてあげれた?」
「それは………」
「私達はショウに救われた。でもそれだけで私達は何もしてあげれてない。ショウの手助けもできず、心の傷を分かち合うこともできず、ただ一緒にいるだけって本当に仲間って言えるのかな?」
「「………………………………」」
サクロの言葉に神妙な顔で無言になるラヴァンとハル。
「彼はいつも危険な役目を自分だけで背負って、何がなんだと言っても誰かを助けようとしてくれる。私はショウの優しさが好き。だけどそれが辛い。私達ってショウの傍にいる意味ってあるのかなってそう思っちゃう」
「だから強引にショウ様の領域に踏み込んだのですか?」
「嫌われちゃったけどね………」
苦笑いするサクロの顔はとても悲しそうな笑みだ。
だけど、サクロの気持ちはラヴァンもよくわかる。何もしていないのは紛れもない事実なのだから。
「…………………………強く、ならないといけませんね」
「そうだよね」
「はい」
三人の少女はそう強く想った。
宿を出た翔は一人で街中を歩いていた。
「クソが………」
自分自身に悪態を吐く。
サクロの言葉に心をざわつかせて手を出すなんて最低なことをした自分に苛立つ。
自分の心にある黒い感情。怒りに染まれば染まるほどにより黒く禍々しくなっていくのがわかる。
こんな感情に支配されることがないくらいにもっと強ければサクロに手を出すことなんてなかった。
「弱ぇ………」
本当に弱い自分が嫌になる。殺してやりたいぐらいに。
「あ、先生!」
「あぁ? ああ、お前か」
不意に声をかけてきたのは教え子でもあり、翔と同じ魔術師のクラスを持つセシルは翔の傍に駆け寄る。
「こんなところで何をしているんですか?」
「俺が何をしようが勝手だろうが」
「それはそうですけど………会話を繋げましょうよ」
「話すことなんてねえ」
会話を即終了させる翔にやや呆れるセシルだが本人は知ったことかと鼻を鳴らす。
「んなことよりお前はすることがあんだろうが。俺が与えた術式の解明はちった進んだのか?」
「う………す、少しなら………………………」
視線を逸らしながらそう答えるセシルに嘆息し、歩を進ませるとセシルが翔の腕を掴んで阻害する。
「見捨てないでください! そしてもっと魔術について教えてください!!」
「知るか。自分でやれ」
必死に懇願する少女に対して冷たくあしらうもその手は離さない。
「同じ魔術師のクラスじゃないですか!? 私、もっと魔術について知りたいんですよ!!」
「お前の都合など知ったことか。俺はヒントは与えた。それ以上する気はねぇ」
「お願いします! やっと巡り合えたこのチャンスを一秒でも無駄にしたくないんです!!」
ついに腰にまでしがみついてきたセシルに翔は引きずりながら進むも周囲の人達からの視線に耐え切れず、深い、深~い溜息を吐いた。
「………………………………教えてやるから、離せ」
「はい!!」
満面の笑みでセシルは翔から離れると、近くに喫茶店に二人は入る。
そこで魔術の勉強を始める。
「いいか? お前は結果に焦り過ぎて基礎ができていない。まずは基礎を身に着けてから応用に入れ」
「はい」
「ならこれを解いてみろ。これが理解出来ればお前に渡した術式の意味が少しは理解できるはずだ」
「はい」
羊皮紙に記した術式を解こうと必死に考えるセシルのその姿に奇しくもローレルに勉強を教えていた時のことを思い出す。
項垂れながらも懸命に頑張っているその姿は本当に似ている。
ローレルの場合は勉強開始十分で机に突っ伏してしまうが。
「えっと………ここの式はこうして、あれ、だったらここは………………………」
口に出しながら解こうとするその姿は本当に真剣だ。本気で魔術を身に着けようとする姿勢が見て取れる。
「…………………………お前、どうしてそんなに魔術を覚えようとすんだ?」
その姿勢に翔は思い切って尋ねた。
この世界の魔術師のクラスを持つ者は大抵が一般職に就くと聞く。そのまま魔術師として生きて行くのは本当に極少数の話だ。
誰だってそうだ。生きて行く為にも金は要る。魔術師として生きるよりも一般人として生活する方が安定した生活が送れるのは考えなくてもわかる。
それなのにセシルは魔術師の道を行こうとしている。
その答えをセシルは羽ペンを置いて語る。
「私、学院を卒業したら両親を探す旅に出たいんです」
「親?」
「はい。私、小さい頃に孤児院の前に捨てられてしまってその孤児院で生活しています。でも、どうしても気になるんです。どうして私のお父さんとお母さんは私を捨てたのだろうって。だから、その答えを聞く為にもまずは旅に出られるぐらいに強くなりたいんです。その為にアレス学院に入学しました」
自分の両親を探して捨てられた理由を聞く為だけに旅に出ようとする。
女一人で旅に出るのはかなり危険だ。
まだモンスターに襲われて喰われるならいい方で最悪の場合は奴隷にされて飼い殺されることだってある。
ぱっと見ではあるが、セシルの容姿は悪くはない。それなにに整っている。
万が一どうなるかぐらい想像できなくもないのにそれでも旅に出ようとするセシルは本当に馬鹿なのかと疑いたくなる。
「………………………………そうかよ」
だが、生憎と翔はそんな馬鹿は嫌いじゃない。
「ならさっさとその程度ぐらい解けるようになりやがれ」
「うぅ………………先生、ヒントを下さい」
「却下だ」
ヒントを懇願する生徒に厳しく指導する。




