傷付ける、傷付けられたい
翔がアレス学院で臨時の講師を務めてから数日が過ぎた。
生徒達は翔が行う魔術の授業に真剣に耳を傾けて自分の力にしようと懸命に知識を収集している。
これまでに知らなかった魔術の造詣に足を踏み入れた生徒達は放課後にも書庫で調べ物を行う程だ。
だが、当の本人は嘆くように溜息を吐いていた。
「この世界の学力水準低すぎんだろう…………」
そう、この世界の学力の水準は地球、日本と比べてはるかに低い。
科学よりも魔法が発展した世界だからそれが当たり前かもしれないけど、掛け算や割り算から教えることになるとは思いも寄らなかった。
小学校の先生をしている気分を味わいつつ小テストを作成していく。
「おまけにサクロが集めた情報もガセだったしよ…………」
勇者が魔族を撃退したという情報を元にこの街にやってきた翔達なのだが、それは大きな勘違いだった。
勇者のように勇敢な戦士が魔族と戦い、後はこの街の兵力で魔族を撃退した。
それがねじ曲がって勇者が魔族を撃退したというデマになったそうだ。
正直、今すぐにでもこの街を出て行きたいが、一度引き受けた仕事を中途半端で投げ出すようなふざけたことはしない。やるのなら最後までこなさなければ気が済まない。
そんな自分の難儀な性格に再び溜息が出る。
「先生、教えて欲しいところがあるのですが」
「自分で調べろ」
質問してくるセシル・エフォールに素っ気なく返す。
授業初日から休み時間、放課後など空いている時間があれば質問をしてくるセシルに翔は少々うんざりしている。
翔と同じ魔術師のクラスを持つセシルは他の生徒と違って魔術がメイン。サブとして魔術に取り組んでいる他の生徒とは違って誰よりも魔術について知る必要がある。
「いちいち人の教わるぐれえなら自分で勉強しやがれ。俺は忙しいんだ」
勉強は自分でやらないと身に付かない。だから遠回しに自分で頑張れと告げる。
「それじゃ今日の授業で思いついたこの術式を見てください!」
だが、こちらの事情をお構いなしに術式が書かれた羊皮紙を渡してくるセシルに嘆息しながら羊皮紙を手に取ってその術式を見て帰す。
「お粗末だ。7点」
「うっ! ど、どこが駄目なんですか?」
「炎を生み出して火力を上げる術式だろ? だが、術式そのものがお粗末すぎる。この術式で炎を生み出したとしても大して火力は上がらない。一が二になるだけだ。もう一回計算をし直せ」
突き放つように告げて追い出そうとする翔にセシルはわかりやすいぐらいに落ち込む。
本当にクラスが魔術師かと疑うぐらいにお粗末な術式だったが、この世界の学力の低さを考えればセシルはまだ妥当かもしれない。
もしくはただ単に翔は高すぎるということも考えられるが。
「たく………………」
落ち込んでいるセシルを見て乱暴に頭を掻くと一枚の羊皮紙に術式を書いてセシルに渡す。
「この術式を解明してからこれを土台に自分なりに考えてみろ。そうすりゃ少しはマシになんだろう」
翔なら容易に行える火炎放射する炎の魔術。
セシルにはまだできないその術式を書き上げて成長にヒントを与える。
「いちいち俺のところにこられるのもうんざりだ。それで少しは自分で勉強しやがれ」
「はい! 私、頑張ります!」
先程の落ち込んでいる態度はどこへやら。笑顔で離れていくセシルの後ろ姿に翔は呆れるように息を吐く。
講師としての仕事を終わらせて翔はラヴァン達がいる宿に戻ってきた。
「お帰りなさいませ、ご主人様」
「ああ」
出迎えにきたハルは手を差し伸ばすと翔は荷物をハルに持たせ居間に向かう。
「あ、お帰り」
献身的に奉仕するハルに居間で金を数えているサクロは帰って来た翔に挨拶する。
「ラヴァンは一緒じゃないの?」
「やることがあるんだとよ」
講師をしているのは翔だけではなくラヴァンも翔と同じく魔法について生徒達に教えている。
アレス学院の首席卒業生だけあって人気があるラヴァンは一人一人懸命に教えて次はどのようにするのか考えている。
真面目で常識人のラヴァンがいるだけで翔も本当に助かっている。
いなかったらもっと苦労していただろう。
「どうぞ」
「ああ」
茶を淹れて来てくれたハルに翔は一口飲む。
「で、どうだった?」
「駄目。二人の情報がなかったよ」
いつものように街で情報収集をしているサクロに尋ねるも収穫はゼロ。
煌とローレルの情報は何もなかった。
「でもね、面白い話なら聞いたよ」
「面白い話だぁ?」
含み笑みを見せながら勿体ぶるように話すサクロに訝しむとサクロは集めた情報の内、一つだけ確かな情報を口にする。
「”神剣”。ここから西にある『白亜の塔』の頂点に突き刺さっている神の剣。誰もが危険を冒してでも手に入れようとするその剣だけど、実在しているのは確かだよ。なら」
「……………………ああ、煌なら間違いなく取りに行く」
護る力を求めてその剣を手に入れようとする。
煌なら間違いなくその神剣を求めに行くと断言できる。
少なくともその『白亜の塔』の頂点に辿り着ければ煌の生死はわかる。
あのお人好しが死ぬとは到底思えないが、それでも絶対ではない。
安否できる方法があるのならそれを確かめない手はない。
「よし、目的を果たしたらすぐにそこに行くぞ」
次の目的地は決まった以上は必要以上に留まる理由もない。
人手を増やせたらすぐに移動を開始することを頭の片隅に置いておく。
「うん、じゃあ」
「……………………なんだ?」
「ご褒美ちょーだい♪」
笑顔で褒美を要求してくるサクロにしかめっ面になる翔は別に褒美ぐらいなら与えるも、サクロなら話は別だ。サクロが欲しがるのは一般的でも常識的なものではない。
「……………………………………………………何がいりやがる?」
「そんな怖い顔しなくてもいいと思うけどね」
「今までのお前の言動を思い出してみやがれ」
スキンシップと称したセクハラ、夜這い、それ以外にも数え切れない本当に聖職者と疑うほどの性的接触をしてくるサクロに警戒しない方がおかしい。
「好きな人と触れ合いたいと思うのはごく自然なことだよ」
あっさりと好意を伝えるサクロに視線を逸らす。
サクロが翔に恋愛感情を抱いているのは知っている。本人の口から堂々と聞かされたのだから。
それにサクロだけではないラヴァンも同様に翔の事を慕っている。
好きだからという理由でこんなひねくれ者に付き従う面倒好きだということも理解している。
それに対して翔は応じる気はない。
元の世界に帰ればもう二度と会うこともない奴と関係を結ぶ方が余計に相手を傷付けるだけだ。
「ショウってさ不器用だよね、それも恐ろしいくらいに」
「あぁ?」
不意にそんなことを言われた。
「私達の気持ちに応えられないからそうやって何も言わない。ううん、傷つけるように言ってしまうと分かっているから言わないが正しいかな?」
「……………………何が言いてぇ?」
「女の子ってね、好きな人には傷付けられたい生物なんだよ? 自分が傷つけばその人の傷は少しは癒される。そう思えるからその傷さえも愛おしく思えるんだよ」
「マゾか…………」
「違うよ、愛だよ。それに女はショウが思っている以上に強い生物なんだよ。好きな人の傷ぐらい受け止める度胸と器量は持ち合わせているんだからね」
愛を語る聖職者の言葉にハルが耳を逆立てて興味深そうに聞き耳を立てていた。
「だからショウの胸にある傷ぐらい受け止められるよ」
「……………………」
「ほら、何も言わない。ショウはそうやって自分の傷を晒さず、それでも相手の傷を受け入れる。自分が一方的に傷付けられる立場になっているショウは優しくてそれ以上に不器用。例えばだけどね、私が責任なんていいから身体だけの関係でもいいからって言ったらショウは私を抱く気になれる?」
「するか」
迷いもなく即答するとサクロは予想していた通りの答えに頷く。
「そうだよね、それならショウは女王様を抱いているし、私達なんかとっくに処女じゃなくなっているしね。でも敢えて言わせてもらうとしたらショウのその優しさは私達を傷付けているんだよ? 中途半端に何も答えないのならいっそのことはっきりと言って傷つけた方が時にはその人の為になるんだよ? でも、ショウはそれさえもしない。それは恐れているから。傷つけることにも傷付けられることにも」
「……………………黙れ」
ぽつりと怒気を滲ませた言葉が自然と出た。
それ以上踏み込んでくるなと警告しているかのように。
それでもサクロは言葉を続ける。
「ショウが探しているローレルさんを一途に想っているから? 違うよね? それならそう言って私達をふればいい。それをしないのはショウは――――」
翔はサクロの言葉を遮り、首を掴んで押し倒す。
その瞳を憤怒に染め、歯を強く噛め締めているその顔は抑えきれない怒りを必死に抑えようとしているように見える。
「……………………ッ」
何か言おうと口を開こうとするも口を閉ざして言わない様に堪える。
そんな翔をサクロは真っ直ぐ見据えて告げる。
「言ったよね? 好きな人の傷ぐらい受け止める度胸と器量は持ち合わせているって」
暴力も罵詈暴言さえも受け入れようとするサクロは本気だった。
本当に愛しているから翔を救おうとしている。
「いいよ、ショウにならなにをされても私は受け入れる」
堅い意思を見せるサクロは自分を押し倒している翔から視線を逸らさず真っ直ぐ見つめる。
何をされようがどうなろうが構わない。
そんなサクロに翔は離れて扉の方に歩く。
「……………………俺は、お前が嫌いだ」
表情を曇らせ呟くように告げる翔の言葉にサクロは言葉で返す。
「私は愛してるよ」
本心を語るサクロに翔は「…………頭を冷やしてくる」とハルに告げて部屋から出て行く。




