最弱クラスの少女
「はぁ、はぁ…………いや…………」
森の中を少女は涙目で逃げていた。
呼吸が苦しくても、足が悲鳴を上げても生き延びる為に全力で駆けていた。
「なんで………センティワームが…………!」
少女の後ろにいるのはワームのように細長い体躯を持つモンスター。
全身針金のような体毛が忙しく蠢き、這うように少女を追いかけるセンティワームの頭部には二本の触手が生えている。
眼がない代わりにその触手を用いて獲物を見つけるセンティワームは今日のご馳走となる少女のどの部位から食べようか悩んでいるのか、口腔から涎が地面に垂れている。
「ひゅう!?」
逃げ回る少女は遂に限界を迎えたのか足をもつらせて転んでしまった。
動きを止めた少女にセンティワームはゆっくりと近づいてくる。
いや、元から捕まえようと思えば捕まえることができたのかもしれない。
逃げまとう少女に狩猟本能が訴えて少女が恐怖と絶望に染まるのを楽しんでいた。
「ほ、《炎》!」
少女の手元に魔法陣が出現して炎が放出されるが、センティワームに当たる前に自然消滅する。
センティワームはそんな少女を嘲笑っているように思えた。
「ど、どうして…………!?」
こんなところで死にたくない。モンスターに食べられたくないと少女は涙ながら生に縋る。
少女のクラスは最弱で有名な魔術師だ。
そのせいで周囲から疎まれ、苛まれる日々に嫌になった。
今日もそんな嫌な日が続くと思いながら自分の通う学院に足を運ぶと今日は街の外に赴いてモンスターと簡単な実戦を行う授業のはずだった。
だけど、魔術師である自分は足手纏い。班分けされた同級生からも嫌悪と嘲笑を向けられた。
始めは予定通りゴブリンなどを順調に倒していたのだが、突然現れたセンティワームに驚き、逃げようとする。
その際に同級生の一人に倒されて囮にさせられて、逃げ遅れた少女はセンティワームに狙われた。
死にたくない想いで必死に逃げても変わらない。
モンスターに食い殺される。
「誰か、助けて…………」
誰でもいいから助けて欲しいと少女は心から懇願したその時、センティワームの上空に魔法陣が出現して炎柱がセンティワームを包み込む。
「え…………?」
眼前に燃え上がる炎の柱に戸惑いを見せる少女。
「はっ、毛虫が。通行の邪魔だ」
消える炎柱から姿を見せるのは一台に荷台を引いた馬車。
その先頭に立っている黒いローブを羽織る眼帯の男性を見て少女は呆然と時を止める。
女王となったレイナと別れて翔達は再び旅を再開させる。
勇者が魔族を撃退したという情報を頼りに南にあるエクスエラという都市を向かう道中で翔は荷台の中で塩を舐めていた。
予想通り何も味はしなかった。
女神から力を貰う対価として味覚を失った翔はもう食事を楽しむことはできないようになった。
「懐かしいですね、エクスエラ…………」
手綱を握っているラヴァンが懐かしそうに声を出す。
「なんだよ? 故郷か?」
「いえ、その都市にあるアレス学院の卒業生なんですよ、私」
「へぇ~、どんな学院なの?」
「己のクラスを伸ばす学院です。その為にあらゆる分野が揃り、優秀な講師の方も大勢いらっしゃいます。その学院で己のクラスを伸ばす為に勉学に励み、心身を鍛えて卒業する。その学院を卒業した生徒の多くは実績を上げています。今の時期でしたら確かモンスターと簡単な実戦訓練を行っていますね」
「学生がモンスターと戦って危なくない?」
「勿論怪我人は出ますが、それも訓練の一環です。それに事前に講師の方が危険なモンスターがいないか調査も行っておりますからよほどのことがない限りは大丈夫ですよ」
安全を確保された中にいる弱いモンスターと戦わせて実戦を経験させる授業の話を翔は半分聞き流しながら荷台で横になろうとするとハルの耳が逆立つ。
「ご主人様、この先で誰かがモンスターに追われています」
獣人の優れた五感と仙気でこの先の様子を察知したハルにラヴァンは馬車を急かせる。
「モンスターの大きさはわかるか?」
「大きいです。あとミミズのように長いです」
「それってもしかしてセンティワームですか!? 肉食のモンスターですよ!」
「人間だって肉だろうが」
自分が卒業した学院の生徒の危機に急ぐラヴァン。すると、視界にそのモンスターを捉える。
「あれか」
センティワームの上空に魔法陣を出現させて炎柱を生み出した翔はセンティワームを消炭にして馬車から降りる。
「はっ、毛虫が。通行の邪魔だ」
鬱陶しそうに言葉を吐き捨てる翔は腰を抜かしている少女に近づく。
「おい、生きてるか?」
「……………………」
翔に視線を向けながら何も反応をしない少女に翔は怪訝しているとラヴァン達が駆け寄ってくる。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫? 怪我とかは?」
「怪我はねえみてえだが、放心してんぞ?」
「無理もありませんよ。ゴブリンやコボルトとは大違いなのですから」
放心している少女。それだけ怖い思いをしたのだろうと思ったラヴァンはその少女を立たせようと手を差し伸ばすが――――
「あ、あの!」
少女は勢いよく立ち上がって翔に尋ねる。
「わ、私はセシル・エフォールといいます! 先ほどの炎はもしかして魔術なのでしょうか!?」
「それ以外になんに見える?」
「わ、私に魔術を教えてください!!」
「断る」
翔は少女の懇願を迷いなく断って二人に先に進むように声をかけようとするもセシルは懲りずに断られた理由を訊いた。
「ど、どうしてですか!? 私もクラスは魔術師で、でも、そのせいでモンスターの囮に…………ッ!」
「俺が知ったことか。そんなもんお前が弱いのが悪いんだろうが。魔術のせいにしてんじゃねえ」
死にかけた少女にかけるとは思えない冷たい言葉に涙目になるセシル。
「ショウ様。この方先ほど私が話したアレス学院の生徒です」
「ああ、お前が卒業した学校だったな」
黒髪銀眼の少女、セシルが身に包む白色の学生服はラヴァンが話したアレス学院の制服だった。
「実はと言いますと、私が在学している時から魔術師の方々はなんといいますか、居場所がないに等しいのです。御存知でしょうが魔術師は最弱のクラス。どんなに努力しても魔法や他のクラスにも劣りますので…………」
「蔑まれているってか?」
「……………………はい」
「ハッ、人間らしい行動じゃねえか。自分より下の奴を見て悦に浸かる暇があんなら上を見ろってんだ」
忌々しく吐き捨てる。
「ショウ様ぐらいですよ、そういうことを言えるのは。普通の魔術師の方はその道に進まずに一般職に就くのが普通ですから」
対して役に立てないクラスの職についても食べて生きていけない。なら、一般職で働いた方がマシだ。
「ですからショウ様にはこの方、いえ、アレス学院で在校生に魔術を教えてあげては頂けませんでしょうか?」
「はぁ? なんでそんな面倒なことを俺がしなきゃならねぇ? そんな暇ねえだろうが。俺達の旅の目的を忘れたわけじゃねえだろう?」
煌とローレルの行方を探している翔にそんな暇などない。
やることが多い翔達に誰かを師事する暇も時間も持ち合わせてはいない。
「勿論存じています。ですが、私達だけで情報を集めるのも限度があります。そこでショウ様が学院の功績を上げてその見返りとしてアレス学院の講師、もしくは卒業生に二人の行方を探して貰うのです。ここで人脈という力を得るというのはいかがでしょう?」
「……………………こんな冒険者の端くれを学院が雇い入れるとは限らねえぞ?」
「その点は問題ありません。私はアレス学院を首席で卒業しましたので講師の方達の前にショウ様の実力を見てもらうように頼めば聞いてくださるはずです。ショウ様の実力でしたら十分に合格も可能でしょう」
「……………………」
思案する翔。
ラヴァンの言葉も一理ある。この異世界で誰かを探すのなら人手は多い方が見つけられる可能性は上がる。
あらゆるクラスを育てる学院ならそれだけ幅広く活動している者も多いはずだ。
「……………チッ、仕方がねえ。お前の提案に付き合ってやるよ」
「ありがとうございます。それでは彼女と共に移動しましょう。ハル、この付近に大勢の人はいますか?」
「はい。少し離れたこの先に大勢います」
ハルが指す方角に講師や他の生徒達もいるとわかると翔はセシルを荷物のように担ぐ。
「ひゃ!? は、放してください!」
「喚くな。モンスターの巣にぶち込むぞ」
軽く脅して静かになるセシルに翔達は移動を再開する。




