不器用な言葉
イクリム王国に二千の魔族の大群が進撃。
それに対抗してイクリム王国の国王はその三倍の兵力で応戦するも、劣勢。
人間よりも上回るスペックで兵力差をものともしない魔族の進軍は止まることなく、イクリム王国を滅ぼさんと突き進む。
「くそぉぉ、まだだ、まだ俺は…………!」
「戦える…………俺はまだ戦えるんだ!」
「魔族に…………国を滅ぼされてたまるか!?」
死者を出し、負傷する兵士が増えるも兵士達の戦意は消えていない。
傷だらけの身体を引きずってでも戦場に赴こうとその足を踏み出そうとする。
「え?」
その瞬間、兵士達の横を通り過ぎる一つの小さな影。
黄金色と髪と尻尾を揺らしてその手に刀を握る少女は目を疑うような速力で魔族の大群に突貫し、魔族を斬り刻む。
ぎょっと目を見開く人間族と魔族。だが、獣人の少女―――ハルは止まらない。
目にも止まらぬ速さで次々に魔族を斬り払う。
「魔族…………ッ!」
忌々しそうに呟くハルは憎悪と殺意を刀に込めて死神の鎌のように刀を振り回す。
魔族のせいで家族や友達、村の人達が殺されて天涯孤独となったハルの中には魔族に対して強い憎しみを抱いている。
その感情のままに凄烈な刃を解き放ち、鏖殺していく。
仲間が殺されながらも魔族はやっと見つけたハルの隙を狙って剣を振り下ろす。
「!」
だが、振り下ろした時にはハルの姿が消えていた。
「時間稼ぎよくやった」
兵士達がいる更に後方で魔法陣の上にいるハルはその隣にいる翔の転移魔術で強制的に魔族の大群の中から移動させた。
そして魔族の上空に巨大な魔法陣が出現する。
「天雷」
魔法陣から放たれたのは極太の雷はまるで神の裁きのように天から振り下ろされて魔族はその身を残さず全滅。その場には巨大な大穴が生まれた。
「なるほどな、確かに俺もハルも増大してんな」
五感の一つである”味覚”を対価に女神から貰った新たな力、能力増大。
能力を何倍にも増大させるこの力でハルは身体能力を、翔は魔術を増大させた状態で戦った。
その結果は想像以上。明らかに以前の何倍もの威力の魔術を起動させることができたことを確認して、ハルの頭に手を置く。
「……………………お前のその気持ちは怨敵までとっとけ」
「…………………はい」
魔族の進撃と聞いてこの場に誰よりも早く駆け付けたのはハルだ。
その幼い身ではありえない速力で戦場に赴き、魔族を斬った。
ハルの心にある憎悪の炎が魔族という言葉をきっかけに燃え上がり、居ても立っても居られずに戦場に踏み込んだ。
だが、翔はその憎悪を想い留めるように言い包める。
本当に殺したい相手、ヴァロノスを殺して復讐を果たすまでハルは憎悪は止まらない。
「生け捕りにしてトドメはお前にくれてやる。お前の手で復讐を果たしな」
更なる強さを手に入れた今の翔ならヴァロノスを生け捕りにすることが可能だろう。無理なら殺すが、もし生け捕りにできたら翔は最後の一振りをハルに譲る。
「……………………」
ハルは口を閉ざして何も答えない。ただ、得物を持つ手に力が入るだけだ。
「はいはーい。怪我した人はこっちに来て!」
治療の為に戦場に訪れたサクロは負傷兵を一箇所に集めて魔法による治療を行う。
「【神よ、地に住む下界の下々に癒しの施しを与えたまえ】」
詠唱を口にして魔法を発動させる。
「【キュアヒール】」
魔法を発動させると深手を負っていた兵士も瞬く間に傷が消えて全快になる。
「凄いね、魔法の力も上がってるよ…………」
驚嘆するサクロもハル同様に力を増大させてもらった。そのおかげもあっていつも以上の力を発揮できる。
「これは余計にお金が取れるね…………」
ぼそりとそう呟く。
王城の一室でラヴァンは王女であるレイナの護衛についていた。
継承式まであと半月。何度か王女暗殺があったがその全てを阻止した翔達は魔族の襲撃もあって戦場に向かい、護衛役としてラヴァンが王女の護衛を行い、窓際から戦場を見ていたラヴァンは苦笑い。
約二千の魔族の大群を一撃を葬った魔術師などこの世界で翔だけだろうと思いつつラヴァンはレイナに視線を向けると明らかに思い悩んでいるように見える。
「あの、どうかなさいましたか?」
ここしばらく人前ではいつものように変わらない態度を取っているレイナだが、ふとした時に今のような思い悩む顔をするレイナを心配して声をかける。
「王女様のお悩みなど私にはとうてい理解できないものだと存じます。ですが、口にするだけでも気は楽になると思いますよ?」
丁寧に優しい声音で語りかけるラヴァンにレイナはその言葉に甘えて口を開く。
「……………………どうしてあの方は何かを失ってまで力を欲するのでしょうか?」
あの時、女神からこの世界の真実を聞かされた。
その時に力を求めて訪れた翔は何の迷いもなく対価を支払い、力を得た。
だけど自分は恐れた。何も失いたくはないとそう思った。
女神はそれは正しいと言った。だが、本当に正しいのかとレイナは自問自答する。
「……………………それは私にもわかりません。あの人は、ショウ様は自分のことは決して教えてはくれませんので」
寂しくて悲しい声で戦場で兵士達に胴上げされて憤っている翔を見る。
「ただ、あの人には大切に想われている人がいます。きっと、その人の為に力を求めているのかもしれません」
翔がローレルのことを好いているのは承知済み。というよりも反応でわかる。
「ご自身の命を失うことになってでもショウ様は力を求めると思います。それこそ弱い自分を殺すその時まで」
「……………………どうしてそこまでして」
「自分の弱さが許せない。許せれない何かがあったと私は考えていますが、正直に申し上げますとわかりません。ただ、少しだけ寂しくはあります。何の相談もなく勝手に失って力を手に入れて、私達は何も失うことなくただショウ様についていくだけ。ショウ様は失う辛さも私達に背負わせてくれないのです」
自分の辛さは自分で背負え。かつて不死の王に向けて告げた翔の言葉。その言葉通りに翔はその辛さを少しもラヴァン達に背負わせていない。
「……………………ラヴァンさん。貴女はこのままでよろしいのですか? あの方はこの世界を見捨ててご自身の世界に帰ることしか考えてはおりません。そしてこの世界にいる限りは…………」
そこで言葉を濁らせる。
いずれ起きる神々の大戦。その大戦の勝敗関係なく世界は滅びる。
そうなれば翔達はよくてもレイナやラヴァン達を含めた全人類、亜人族、魔族も関係なく死を迎える。
だからそうなる前に翔の力を借りようとレイナはラヴァンを味方につけようと一考するもラヴァンはただ笑った。
「それはないと思います。確かにあの人の言動は時に人を傷付けます。ですがそれはただ不器用なだけで、その言葉は相手のことを考えた思いやりのある言葉なんです。私も、その言葉の意味が慣れるまで苦労しました」
苦笑いを浮かばせるラヴァンは兵士達をタコ殴りにしている翔を見てレイナに告げる。
「あの人は恐ろしいほどに優しい。口ではああ言っても困っている人がいれば放っておくことができない優しい人。そんな人が世界を見捨ててまで自分達だけ助かろうとはしないでしょう。色々取ってつけたような理由を言ってこの世界を救ってくれると私はそう信じています」
己の気持ちを正直に王女に話したラヴァンは王女相手に何を言っていることに気付いて謝る。
「も、申し訳ございません! 王女様のお話を聞くはずの私の方が話してしまって!」
「……………………いいえ、少しだけ貴女様方が羨ましく思いました」
微笑ましく笑みを見せるレイナは自分はとんだ勘違いをしていることに気付いた。
自分の弱さに目を背けて逃げるだけでは意味がない。
その弱さにとことん向き合う必要がある。
彼を見習い、レイナも強くなろうとその胸に刻む。




